第4話『転機』
俺は面接から帰って風呂に入った。
そして、今日あったことを思い出した。
2年ぶりに明美に会ったこと。
面接で内定を貰えそうなこと。
医療機器のメーカーで働き、
人命を救うという目標ができたこと。
けど、やはり一番気になるのは明美。
明美は私服にリュックサックを背負っていた。
明美は大学に行っているのだろうか。
まだ、あいつと付き合っているのだろうか。
明美の私服を見たのは中学生以来かな。
いきなり会って、
泣いた顔を見られた。
引かれたに違いない。
そういえば俺の顔も
覚えてくれていたんだな。
明美の髪は茶髪になっていた。
どこかキツさが抜け、
優しい雰囲気になっていた。
でも、面影が有りすぎて、
一目見ただけで明美だと分かった。
なぜ明美があの駅に居るのか。
大学が近いのか?
それなら何故今まで見かけなかったのか。
明美可愛かったな。
俺のことを好きになるなんて
、、もうないよな。
そんな時にサトシのことを思い出す。
俺の行動が原因で結果としとサトシが死んだ。
俺が恋愛感情なんか持って良いのか。
俺に人を好きになる資格があるのか?
なんだかヒロイズムに酔っている気がした。
お風呂を上がってベッドにつく。
明美のことばかり考えたまま、
気づいたら寝ていた。
「やば!」
ぐっすり寝てしまった。
朝起きて急いでスーツを身に付けた。
ネクタイを簡単に付け、
急いで面接へ向かった。
今日の面接は入社意思の確認。
遅刻だけはまずい。
そう思いながら、
いつもの電車に乗ろうとした。
「ふぅ、間に合った。」
そう言った刹那、足が止まった。
視界に明美が入った。
しかし、それより、、、明美の後ろ。
そして、その瞬間。全身に悪寒が走った。
背筋がピリッとして全身に衝撃が走った。
この感覚、、、、、、、
2年前と同じだ。
自分の本能が、危険を察知している。
俺は電車に乗るのを止め、
明美の方向へ全力で走った。
思考が停止している。
いや、その逆だ。全神経が明美に向いて、
頭がフル回転していた。
その時、面接のことは完全に頭から抜けていた。
電車をホームで待つ明美の後ろに
黒いフードを被ってパーカーを着た人が立っていた。
マスクをしているのも見える。身長175㎝程度。
その人が、背後から明美を
電車の線路に向かって強く押した。
線路には電車が猛スピードで来ている。
「あっ、」
明美は思わず声を発した。
そして、線路に落ちそうになる。
その犯人は、押すと同時に走って逃げていた。
電車が通り過ぎる音がする。
ギリギリだった。
間一髪とはこのことだろう。
俺は、明美が線路に落ちる直前、
明美の腕を引っ張ってホームに戻していた。
一瞬でも遅れたら、
明美は電車にひかれて死んでいた。
俺と明美は引っ張った勢いで
ホームに横たわっている。
その時、我に返った。
「あっ、ごめん。」
「ジロ、、ウ、、くん。」
明美は涙を浮かべていた。
俺の服を明美の手がギュッと握っている。
明美、、、
「大丈夫だからな。約束しただろ?
俺が明美を守るって。」
何でこんなことを言ったのだろう。
俺は明美のことが、まだ好きなのか?
こう言えば、
明美が俺を好きになってくれるかもしれない。
この状況で、そんな不健全な想いもあった。
それでも明美はギュッと俺の服を離さなかった。
「ジロウ、、、ありがとう。」
俺は明美をそっと抱き寄せ、背中をさすった。
「大丈夫。」
俺が安心させると、明美は小声で言った。
「いきなり、誰かに押された、、、」
「、、、、私、、怖い。助けて、ジロウ。」
明美は震えていた。
明美は命を狙われたのだ。
今回も。そして、
2年前のあの事件でも。
俺の目の前で。
これは偶然か?
今回も2年前と同様に
また俺は危険を察知した。
なぜ、明美が狙われたんだ。
あの黒いパーカーの犯人は、誰だ。
その時、俺は谷本先生の言葉を思い出した。
子供が人質に取られており、
脅されて犯行に及んだという弁明。
実際、谷本先生の子供に話を聞いても
誘拐・監禁されたという事実は全くないらしい。
裁判では、谷本先生の弁明には
合理的な根拠がないと評価されていた。
しかし、谷本先生を操っていた黒幕がいたら、、
駅のホームにある防犯カメラの解析。
真っ先にそれを思い付いたが、
フードとマスクで有力な人定情報を
得られるかは分からない。
とりあえず俺と明美は、
駅から出て警察署に向かった。
結局その日は、面接のことが頭から消えており、
その医療機器のメーカーには不採用となった。
今日、明美を助けなければ、
俺は、その医療機器のメーカーに勤めて、
多くの人命を救っていたかもしれない。
いや、確実に救っていただろう。
けど、俺は目の前の大切な命を優先した。
仮に、明美でなくても、
俺にしか救えない命が目の前にあれば迷わず救う。
そのために大きな目標を失う結果になっても。
それが人として正しい選択だと思う。
今日のことが転機となり、
俺は谷本先生によるあの事件の
裏の側面を掴むことになる。
そして、サトシが死ぬ直前に言った
あの言葉を思い出した。
「ジロウ、、、、約束して、くれ」
「 」