第一話「作者タイトルに困る」
時間を感じることは、視覚的なものからしか得ることができない。
今ひらりと落ちた葉を見ることでやっと時間を認識できるのだ。それはどれほど残酷だろう。一秒も無駄にしている暇なんてないという常識さえ忘れさせるような時間の認識が、日々毎秒人々を殺していくのだ。もし…、もし時間を戻せるなら、今よりも有効的な生き方ができるだろうか。
蝉の声があたりに響き渡る。
あの入道雲も、いずれは消えていく
あんなに高く、大きく、強いのに
あぁ、時間はなんて無常なんだろう
もう一度なんてない時間が
今日も無駄に流れていく
そして響き渡るブザー音
「私に会ったことを他の誰かに言わないと約束して。さもないと……」
橘は宮野と思われる人物から脅迫を受けていた。シャツの胸元をつかまれ、そのまま顔を彼女の近くまで寄せられた。目前の瞳は暗く光って、彼女の内面の黒いオオアマナが瞳越しにうかがえる。橘は彼女よりも十数センチ身長が高いはずだが、今の彼は二回りほど小さくさえ見える。彼女の腕元の白いリングが赤く点滅し、ブザーが鳴り響き、緊張感が高まる。
「えっと、いきなりそんな剣幕で脅迫されても。俺、何かしたっけ?」
「君さっき何て言った?」
「……宮野さん大人っぽくなったねって……タイムトラベルしたみたいだねって。何か気に障った?」
「OUTだよ。橘君、もう私はトラベラーの五原則の第一条を違反させられたんだ」
そういうと宮野は拳を緩め、頭を抱え、ふらつきながら一歩さがった。大きなため息は辺りに溶けるように消えたが、それはしっかりと橘をよくわからない罪悪感で包んでいった。
彼女は片方の手であの白いリングを触り、ブザー音を消すとそのまま目を隠すように手で顔を覆った。
「まだ初日だよ?まだ何もしていないのに……あんまりでしょ……そもそも女子にそんなこと言う?デリカシーがない」
「………?」
何を言っているのか理解ができぬまま、橘は形だけでもと謝罪を述べる。すると彼女は指の隙間から橘を睨んできた。きっと思惟がばれてしまったんだろう。
しかし、橘からすればそれは理不尽極まりないことだ。たしかに今言われてみれば、多少失礼な発言(ここは素直に謝る。橘的には誉め言葉のつもりだったが)があった。しかし、宮野が糾弾しているのはそこではなく、彼女自身が抱える「何か」の障害となったことに対することだろう。それは彼が知るよしもなければ、予想できるものでもない。そんなことを非難されてもどうしようもないのだ。
「いや、何の話をしているか全然わからないんだが」
橘は相変わらず睨みつけてくる宮野に、少し不機嫌を装いながら話した。数秒の沈黙の後、彼女は次は諦めにも似たため息をついた。
「しかたない。でも、私はまだ帰るわけにはいかないの」
だから、今日から四日間あなたは私を手伝いなさい
「は?」
「当然のことでしょ?こっちは高いお金かけてここまで来ているんだから……あんたのせいで滅茶苦茶にされてたまるもんですか」
そう一方的に言い放つと、彼女はポケットから何かバンドのようなものを取り出した。そして、手を出せといい橘のそれを通した。
「これなに?邪魔なんだけど」
「いいから。あと五秒くらいだから」
(何がいいのかわからないが)とりあえず五秒ほど待つと、彼女はそのバンドをゆっくりとなぞっていった。その指先が通った道筋には、さっきまでなかったバーコードのような線が羅列し始め、一周回ったところバンドがいきなり収縮し抜けないようになった。
「おいおい、なにしてんだよ!?」
「馬鹿、動かないで。ずれるでしょ」
そういうと彼女は斜め下をみた。
「……これは。そう、私の補佐として認識するための印なの」
「補佐として認識」
「そうよ、あなたは今から私の補佐……
第一種時空間移動権限許可者の補佐になったの」
宮野が真剣なまなざしで橘を見つめる。すこし緊張感が漂う中、橘が急に笑い出した。
「ははは、じぃくぅうかんいどう?まるでドラ〇もんにでてきそうな話だ」
「私が騙しているとでも言いたいの?」
「ああ、確かに君は少し大人っぽくはなったけど、いきなりそんな空言みたいな話しをされても、信じられないね」
名前からするに「時空間移動」ということが可能である、という話をする宮野。これは橘から疑念を抱かれて当然である。
たしかにいまの時代の科学の進歩というのは目覚ましいものがある。小型の携帯端末の登場、夢の医療細胞の発見、AIの進化というのは代表的な人類の功績だ。しかしその進歩が重宝される現代においても「時空間移動」ができるようになったという話は聞いたことがない。
橘は目の前のほら吹きを見て、少しニヤリとして言い放つ。
「君が未来人だったら別だけどね」
もちろん橘は信じているわけがない。もう月にも行かない人類が、未来、過去に行けるようになるとは思えなかった。
蝉が一層強く鳴いた後、ジジジといって飛び去る。視線の先の彼女はそれに驚いて、さっき取り出したばかりの手帳を地面に落とす。黒い皮の手帳、それはメモ用というより、身分証明としての役割が大きいようで、表面の窓から彼女の顔写真がみえる。宮野はさっとそれを拾うと橘の目の前に突き出した。
「わたし、大人っぽく見えるんじゃなくて実際に、お、と、な、なの」
わかった?とどや顔を決めてきたこの女。
いや、理解できないだが