ピーターパンの遺書
画監督を目指す洋一は大学の恩師である先輩・敬介の死で映画を撮れなくなっていた。そんな時アパートの隣の部屋に小学生の涼太が引っ越してきて…
大学生と小学生とのほのぼのを目指した内容です、多分
もうちょいギャグにしたかったです・・・
死んだある人について語る大学生男子と男子小学生・・・
〈BOOK SHORTS 2016年11月期応募分〉
ピーターパン。永遠の少年の名前だ。俺はピータパンはこんな人なのかもしれないという人を知っている。
その人ももしかしたらピーターパンのように不死身なのではないかと思っていたが彼は病気で亡くなった。
二十三歳のくせして子供みたいだった大学の先輩。子供のようなくだらないいたずらしたりしてたくせに後輩に優しかったり勉強見てもらったりしたから憎めない人。小説家志望でもあった男は交通事故というかなり衝撃的な形で人生を終わらせた。それが俺と先輩、敬介さんとの別れだった。
その先輩が書いた脚本を元に俺は大学の仲間と映画を撮っていた。原作者の死で俺のモチベーションが落ち撮影は中止。仲間達も乗り気ではなくなっていた。俺の脚本よりすごい良かったのに、なんで大事な時に死ぬんだ。大学で普段受講するのにも力が入らない。そんな時アイツに出会った。
「こんちはぁ」
「あ、こんにちは」
俺の住むアパートの隣の部屋は俺がやってきた頃は空き家だったが現在住人がいる。母親と息子らしい人物しか見たことがないので母子家庭のようだ。そこの子供がある日俺に声をかけてきた。
「おれ先週から隣に住んでる涼太です。お兄さんの名前は?」
「…洋一」
「?洋一?もしかして兄の、敬介くんの後輩ですか?」
「え?」
「おれ先月死んだ敬介くんの弟です!」
その子は死んだ先輩、敬介さんの弟だった。敬介さんにまだ小学生の弟がいるという事実を知ったのはこの時が初めてだった。
涼太の家は母子家庭で四十代後半であろう母親は夜スナックに勤めているから涼太は夜の留守番を余儀なくされる。そのたびに俺の部屋に来る。
「洋一さん、今日留守番の日」
「おう入れ」
その間俺は涼太から見た先輩の話を聞いて俺は大学での先輩の話をした。天真爛漫でたまにいたずらしたりする自由人。大人としてどうなんだという人種だったと。涼太から見た先輩は勉強を見てくれたり遊び相手になってくれたという、良い兄だったそうだ。涼太は明るくていかにも子供らしい普通の子だ。年が離れているからか何なのかは知らないが兄である先輩を「敬介くん」と呼んでいる。
たまにアパート近くの公園で見かけると友達と楽しそうに話していて中心人物にも見えた。だけど、兄である敬介さんの死でどこか元気がないようにも見える。
「敬介くんの小説、おれあんまり読ませてもらえなかったんだよ」
「俺はたまに読ませてもらったよ」
先輩は自分の書いた小説で読んだ人を驚かせたいというのが夢だと話していた。
俺は先輩の書いた小説には感動した、登場人物達には魅力があり、物語も見事に構築されている。だからみんなプロ入りは間違いないと考えたほどだった。でも実際あんまり読ませてもらえなかった。
そして先輩自体はまるで子供のように自由だった。勝手なことしているように見えるのに何故か許せてしまう。俺の映画の脚本も彼から志願した。先輩の自由さと小説の腕前に俺はいつしか敬意を覚えていた。
俺と涼太の認知する先輩の姿はまるで違っていた。俺の知る先輩は自由で明るいムードーメーカーで涼太から見た兄としての先輩は現実的で真面目。まさにギャップを感じた。
「なんか家での敬介くんと違ってたんだね」
「うん。別に俺は嘘なんて言ってないよ?…学校と家でテンション違う奴だって普通にいるだろ?」
涼太が言うには家が母子家庭で少し貧乏らしい。先輩の葬儀は実の血縁者らのみで行われ俺達大学の知り合いは呼ばれなかった。葬儀にもあまり金はかけられなかったようだ。高校時代から先輩は勉強やバイトに追われる日々だったと言う。学費も全て自ら稼いでいた。今思い出せば先輩は自分の出費はなるべく抑えているように見えたしバイトをいくつかやっていると言っていた。でも母子家庭だとか大変とか一言も聞いた覚えがない。何より、俺も大学の連中も先輩の家族には興味を示さないから訊かなかったし知らなかったのが当たり前だった。
涼太は俺の知る先輩を知ってため息をついた。
「敬介くん、おれとは楽しくなかったのかな。もっと笑って欲しかったなあ。もっと学校の話しても良かったのに」
大学と家ででと先輩は違う人だ。もしかして家での大変さを忘れたくて大学じゃあんな風に振る舞っていたのだろうか。学校はやめられても家族はやめられないから。
つまり、俺が子供のように無邪気だと思っていた先輩は家では現実と戦う母子家庭の長男だった。意外性が強くてぐうの音も出ない。
「確かにちょっとは相談して欲しかったよ。何か協力できたかもしれないし」
「洋一さん達には言いたくないって前に言ってたよ」
「え?」
「学校の俺と家での俺は別の人でその二人は絶対入れ替わったりしないんだって。変な気遣いはいらないって」
「…」
「おれ、学校での敬介くんに会ってみたかったよ」
「…俺だって『涼太のお兄さん』に会いたかった」
ウェンディの両親とフック船長のようなものだな。同じ物語の中にいたはずなのに決して出会わなかった。よく考えたら俺も大学の連中もそれ知ったら厚かましく気を遣っていたいただろう。
俺は涼太に会えてから少しずつ元気になっていった。大学の講義にもちゃんと集中できるようになってきたし中止になっていた映画撮影も再開を考えている。あの時、どこまで撮影が進んだんだっけ?未完成のままじゃ駄目だ。先輩に出会ってから俺は自己満足じゃなくて人の心を動かす映画と撮りたいと思ってたんだから。映画撮りたいって言い出したのは俺だしな。
涼太も先輩の死で落ち込んでいたのが回復しているそうだ。きっと敬介くんはおれが寂しくないように洋一さんに会わせてくれたんだね、それで俺の話をして仲良くしなさいって。と笑っていた。そうだとしたらすごいな、どんだけピーターパンなんだって話。
ついこないだ、先輩と涼太の母親とたまたま出会い少し話した。涼太は俺と会うようになってから元気を取り戻したと。俺は特に何かした覚えはないが、深く感謝された。そんなことを思い出しながら歩いていると見覚えのある子供の姿を見かけた。
「涼太」
アパート近くの公園で涼太と何人かの小学生男子が楽しそうに話している。なんかアイツがその小学生達の中心に見える。涼太は俺に気付きランドセルを取って俺の元に走ってきた。
「洋一さんおかえり」
「ただいま」
「ちょうど良かった。引っ越してまだ開けてなかった荷物見たら敬介くんの使ってたのが見つけたんだ。パソコンないと見れないみたいなんだ」
「なんだそれ?」
「敬介くんの名前が書いてる、ほらパソコンに刺す小さいあれ」
「USBメモリか?」
なんだろう。まずそれは見ていいものか?俺は涼太に指示され自分の部屋でパソコンを起動させてデスクに座り待機した。パソコンと言われ何かのデータなのは予想出来た。起動の完了と同時に涼太が来てUSBメモリを持ってきた。引っ越してからまだ開けてなかったダンボールの中にあったUSB本体にはシールが貼られていてそこには『ケイスケ新作』と書かれている。
「おれの家パソコンないから中身どんなのか知らないよ」
「わかったからちょっと静かに」
俺は渡されたUSBメモリをパソコンに刺し、早くしろとせがむ涼太はデスクにもたれる。ここまでは普通だ。
予想外だったのは涼太の持ってきたUSBの内容だった。それをパソコンに読み込ませデータを見るとそこにあったのは、先輩が誰にも見せたことのないだろう小説があった。これには俺も涼太も驚くしかなかった。ファイル名には先輩、敬介さんのペンネームが書かれていて間違いなく先輩の書いたものだ。
『須川ケイスケ ピーターパンの遺書』
「マジかよ…しかも最後までちゃんと書いているし」
「これなんで発表しなかったんだろ?」
「最後何か書いてる」
作品の最後にコメントのようなものがありこう記されていた。
この作品を見た人へ これをどうするかはあなたにお任せします
私は先月病院で末期の胃ガンと診断されました。まだどうにかなる可能性があると、治療を医師に薦められましたが断念しました。医療費で母や弟に負担をかけ大学の学費も払えなくなるのでは、通学も出来なくなるのではと考えると自分の治療なんて優先出来ませんでした。私には何十年先の未来など考えられない。今のことしか見えないです。だから今の精一杯がこれです。これは私の最後の作品です。これを書き終えたら私はもうどこにもいません。母さん、涼太ごめんなさい。大好きです
それは先輩が自分の最期の時を知ったことを確信させる文。小説のタイトルも『ピーターパンの遺書』だ、どんな遺書だよ。内容は大学生の女の子が私立探偵で殺された男の書き残した文をカギに犯人を探す学園サスペンス。タイトルが意味しているのは恐らく殺された男の文を意味したのだろう。作者が死ぬ前に書かれた最後の作品であることも意味してるようにも思った。データの日付けは先輩が事故死した日の一週間前だ。考えたくもない推測が一瞬頭に過ったがかき消す。先輩と涼太の母親も知らないだろう。
涼太も先輩がガンだったとは知らなかったらしい。かなり驚いているように見えた。それに最後の一行を見て泣きそうにも見える。
「…洋一さん、これどうするの?敬介くんは任せるって書いたけど」
まったくあの人は生きても死んでも俺をびっくりさせてくる。なら俺も貴方を驚かせてやろう。
「もう、誰なのよ!こんなところにパンの袋を捨てたのは!」
一人の女がゴミを片手に怒る。俺はその様子をビデオカメラで撮影する。何故かと言うと、
「ハイ、カット!OK!」
「ありがとうございます、洋一さん」
俺は先輩の遺作を映画にすることにしたからだ。仲間達も賛同しうまく撮影はすすんでいる。ただ映像化するのではなく中止になっていた前の映画の内容も元にし新たに作り直す。これは必ず完成させたい。元々撮影していた映画の映像もうまく編集して使う。脚本は先輩の小説が主体だが俺の思い描いているものに台本を書き直した。元々撮影していた仲間達はもちろん、新たに出演者もスタッフも増えて大学内では少し話題になった。
「この映画敬介さんの最後の作品から作られるんですよね?」
「うん。俺達で今度は先輩を驚かせてやろうよ」
この主演の女の子、みのりちゃんは先輩の彼女だった子で俺の後輩。先輩の遺作で映画を作り直したいと言ったら是非主演をさせてほしいと言ったのだ。この子とは先輩が死んでから会ってなかった。
「敬介さんが、見てくれたらいいですね…私、あの人が母子家庭で大変なの知ってたのに『気にしないで』って言われて何も出来なくて今でもそれが悔しくて、しかも病気なのも聞かされなくて…だから頑張りたいです」
「うん。綺麗でかっこいい女優のみのりちゃんを見せてやろうよ」
みのりちゃんは弟が二人いるし活発で先輩とお似合いで本当にウェンディみたいだった。でもピーターパンとウィンディの間に恋があったかはわからないがあの二人は何をどうしても結ばれなかったと思っている。別の世界の人間同士だし、それに望んでいたものの形は違っていただろう。そこまで二人はピーターパンとウェンディのようだった。先輩と妙な感じになったまま先輩が事故死して、みのりちゃんにも思うことがあっただろう。先輩が本気でみのりちゃんを好きだったかどうかは今となるとわからないし知る方法もないけど…
実はこの映画、小説とは違うエンディングを予定している。実はまだそれは台本には書いていなくて出演の子達にも秘密だけど。大学内で上映会もやる予定だ。その時に原作である小説もコピー誌にして配布しよう。いや、後で費用余りそうだったら印刷所に頼んで同人雑誌みたいにしょうか?
そして俺には撮影期間中の日課のようなものがある。その日どれくらい撮影が進んだかを涼太に報告することだ。アパートに帰ると俺の部屋の前に涼太はいた。何故かリュックサックを背負っている。
「洋一さんお帰り」
「ただいま」
「撮影どう?」
「このまま順調なら犯人のわかるところまですぐに撮り終わるよ」
「あのくだりおれも好きだよ。敬介くんの思いつきそうな展開だし」
「ほんとだよ」
「敬介くん喜んでたらいいね」
「『こんなもんかよ』って笑いそうだけどな。でも先輩が見たらびっくりするのは映画でしっかり撮るから。原文もコピーして読みやすくしとく」
「それすごく楽しみ」
なんかこうして二人して笑うの最初は全くなかったような・・・お互い身近な誰かが死んだと思ったら妙な出会いに繋がって。不思議なものだ。
「おれ今夜友達の家で誕生日のサプライズするんだ。すごいプレゼントを渡すから」
それでそんなリュックを。どんなプレゼントなんだか。
「ほう、後で結果聞かせろよ。俺が報告ばっかりだから」
「わかってるって」
部屋の前での会話が一段落すると、涼太は俺から離れる。リュックに付いた鈴が大きくチリンチリンと鳴る。
「もうそろそろ行くからじゃあね!」
「おー・・・」
笑顔で、楽しそうに走っていく涼太の姿が先輩に重なって見えた。涼太も先輩みたいな人になっていくのだろうか。いるだけで楽しくなる、ピーターパンみたいな人になるのだろうか。俺はピーターパンに二人も会った。
慕っていた先輩の死とその弟との出会いで俺は夢を与えられる人間は遺書を残しても死なないんだと知ったのだった。
終