第五話 第一王女(プリシス視点)
「……扉はそこだ」
目の前の男、エス・サドニアは扉の方を指さす。
ちょろい……この男の顔を見てにやけが止まらない。
まあ、それも仕方のない事。この美と気品を兼ね備えた私に涙目でお願いされているのですもの。騙されるなと言う方が無理な話。
あらあら、震えちゃって、そんなに私の言葉が響きましたか……それとも美しい女性を部屋に招けるとあっていけない妄想でもしているのかも。
そんな甘い話がある訳ないでしょうに。すぐに乗っ取って私の物に……いや目の前の建物はこの男の能力で出した物でしたね。
ということは追い出したり、殺してしまったりすると消えてしまう可能性があると言う事ですか
……まったく、たかが下民風情が能力持ちとは、分不相応ですね。
そういえばこの男、船での出会いから今まで、散々不敬に当たる行いをしてきましたね。
ヴァルデ王国第一王女であるこの私、プリシス・ヴィ・ヴァルデアに対してである。
思い出すだけで怒りがこみ上げて……フー、我慢よプリシス。安全に過ごすにはこの男の能力は必要不可欠。
「あ、ありがとうございます! あなたを信じてよかった」
とびっきりの笑顔を見せる。
屈辱的ではありますが島から脱出するまでは、この田舎臭い男に媚びを売って信用を勝ち取りましょう。
扉の方へ歩いている途中、カタリナが小声で言ってくる。
「プリシス様、あのような男に頭を下げなくても……」
「いいのよ、これも無事に国へ帰るためですもの。でも帰ったらあの男にはたっぷり教育してさしあげますよ」
フフフッ、まあ今の態度を見る限り、簡単そうですが。
貴重な能力持ちですし、国に帰ったら私の奴隷にして一生扱き使ってあげましょう。
そして、ドアノブに手をかける。
ガチャッ……
「……あら?」
ガチャッ、ガチャッと何度もドアノブを捻るが押しても引いてもビクともしない扉。
「ひ、開かない、サドニア様! あの、扉が開きませんよ! 聞こえています?」
その瞬間扉の上の方にある引き戸が開き男が顔を見せる。
「開けるわけないだろ? ヴァ~カ」
「は? バ……バカ?」
憎たらしい顔をする男を見て状況が呑み込めない私。
「貴様! 話が違うじゃないか!!」
後ろにいるカタリナが扉に詰めより叫ぶ。しかし男は憎たらしい顔を緩めず言い放つ。
「はぁ? 約束って何? 俺はただ扉の場所を教えただけで中に入れるなんて言ってないんですけど?」
「た、謀ったな!」
後ろにいるギャルとレーデもふざけるな! と扉に詰め寄ってくる。
「お前たちが勝手に勘違いしただけだろ? だから言ったんだよ、ヴァ~カってな」
こ、この男! 一度ならず二度までも高貴な身である私を侮辱して!!
……ふふふ、だけどこれを聞いても同じ態度でいられますかね?
「そんな事言って平気なのですか? この私、プリシス・ヴィ・ヴァルデアに対して!」
その言葉に一瞬首を傾げる男。
「ヴァルデアって国の名前じゃん……まさか!?」
「えっ? プ、プリシスって王女様だったの!?」
ギャルとレーデは目を見開き私を見ている。
「プリシス様! それは言わない約束――」
「――いいのよカタリナ」
目の前の男を見る。ふふ、驚いている様ですね。それもそのはず、ただの旅人風情が王女である私が頭を下げたにも関わらず無下に扱い、あまつさえ侮辱をしたのだから、死罪は免れないもの。きっと今頃は頭の中でどうやって許してもらうかでいっぱいなはず。
「へぇ~お前王女様だったのか……」
平静を装っているみたいですが、内心では混乱しているのでしょう?
「わかったのならやることはわかりますよね? さっさとこの扉を――熱ッ!!」
「プリシス様!!」
男が扉の小窓からかけてきた熱湯を頭からかぶってしまう。
何これ? この臭い……こ、紅茶!?
私は男をキッと睨みつける。
「あ、あなた!! これは一体どういうつもりですか!?」
「いや~王女様が来ているのにお茶もお出ししないのは失礼かと思いまして」
「だったら、部屋に入ってから出して下さい! というかカップごと渡しなさい!!」
「ふ~ん、生憎と王族のマナーには覚えがなくてな。すまんすまん」
「こんなもの万国共通です!!」
鼻に指を入れながら答える男。
は、腹立つ~、全然反省の色が見えないし!! 私の中で何かがプチッと切れる音がした。
「下手に出てれば、この下民が!! 素直に言う事を聞いていれば許してあげようと思っていましたがもう情状酌量の余地なしです! 国に帰ったら絶対に死罪にしてやりますからね!!」
「好きにすれば? まあ、それまでにお前が生きていればいいけどな~」
なっ! この男ぉぉ!
男はどこか嬉しそうに嫌な笑みを浮かべる。
「そう、それだよ! お前の悔しがるその顔をずぅ~っと見たかったんだ! はぁ~たまらん! どんな気分? 頭の悪いダメ王女様?」
「殺す! 絶対殺す!!」
私は思いっきりドアを蹴るがビクともしない。
「痛ぅ~、カタリナ! この扉をブチ破って!」
「は、はい!」と言うと扉を殴打し始めるカタリナ、しかし……
「か、堅すぎる!」
傷一つとしてつかない扉。終いには全員で壊そうとするもやはり意味はなかった。そんな私たちを楽し気に見ている男。
「あ~、そんなに必死になっちゃって、ここから見るお前たちの顔、滑稽で実に楽しいよ」
「この! 開けなさい!! 開けろ!!」
ウォーン!!
そんな時、森の方から魔物の泣き声が聞こえてくる。
「ちょ、ヤバいんじゃない!?」
「カタリナ様! ここに留まっていては危険です。離れましょう!」
「下民が調子に乗って!! 全裸に剥いて踏みつけてやるぅ~!!」
聞く耳持たず扉を蹴り続ける私を見てため息を吐くカタリナ。
「ギャル、レーデ、手伝ってくれ。こうなるとプリシス様は止められないんだ」
カタリナの言葉に頷くギャルとレーデ。三人は私を羽交い絞めにすると魔物の声とは逆方向の森へと駆け出していく。
「あれ? もう帰っちゃうの? 精々魔物のエサにならないように頑張れよ~!」
ハンカチをひらひらとなびかせ笑顔で叫ぶ男
「このー! 絶対服従させてやりますからなー!!」
丁寧語もまともに使えないくらいにキレている私を必死で引っ張る三人。
私の目には最後まで憎たらしい男の顔が映っていた。
エス・サドニアぁ~! この屈辱忘れませんからね~!!




