第二話 異世界部屋(ワンルーム)
二人から話を聞く限り、俺たちが乗っていた船はクラーケンによって知らない無人島に運ばれてきてしまったらしい。
なるほどねぇ~。
「今は他の二人に漂流した人が他にいないか見に行ってもらっています」
「他の二人? 俺たち以外にもいるのか?」
「はい。あ、ちょうど戻ってきました」
プリシスの指さす方へ眼を向けると、遠くからこちらへ歩いてくる人影が二人見える。
一人は腰までの金髪に胸元と肩が空いた赤い服に短いズボン。装飾品をジャジャラとつけて、何というか遊び人の様な女だ。
その後ろについて歩いている背の低い青髪ショートの女は黒い腰までのローブに黄色のスカートを穿いている。ローブの胸元には十字架の刺繍が施されている。確か、どこかの国の制服だったような。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
プリシスの問いかけに大きく首を振る金髪女。
「全然だわ、人っ子一人いない」
「そ、それにこの島、とても大きくて、歪な形。下手に探しまわると、はぐれる可能性あり」
おどおどする青髪女。あまり人と話すのが得意ではないのか。
「そうですか……」
口に手を当てて考え込むプリシス。
ここにいるのは俺たち五人だけ。いやでかい無人島らしいしもしかしたら森の中には先住民やらがいるかもしれない。ただ、いたとしても友好的とは限らないし。助けを待つにしても、ここら近海にクラーケンが出現したことから恐らく船での捜索は難しくなるだろう。
そうなると、俺たちはしばらくこの島でサバイバルしないといけない訳か。
う~ん、こういう人の立ち入らない島には、特殊な成長を遂げた魔物やらもいたりするんだよなぁ。
俺はチラッと女共を見る。
「私がいなくなったのですから、きっと王国は必死で捜索しているでしょうし、ここでじっと助けを待つべきでしょうか」
「安心してください! いざとなったらこの海を泳いでプリシス様を王国までお届けします! この命に代えても!」
「あ~喉乾いた! 海の水って飲めるのかな?」
「……日差しがキツイ、引きこもりたい」
こんなメンツで大丈夫か? 見るからにみんな野営なんてしたこともない箱入り娘な感じがするけど……。正直不安だ。
「はぁ、お前らもっと冷静になれよ。そんなんじゃすぐに野たれ死んじまうぞ」
俺の言葉に一斉にこちらを見る四人。
「まず船での助けは期待しない方がいい。災厄級の魔物が出たんだ、国はそっちを優先して対処するだろう。捜索はその後だ」
もしくは俺達を見捨てて捜索なしって事もあるが、それは言わないでおくか。
「泳ぐのなんかは絶対に無理だ、見てみろこの水平線。運よく魔物に出くわさなかったとしても体力が持つはずがない」
「グッ」と芯を突かれた表情をするカタリナ。
やっぱり本気で言ってたのか、できるわけねぇだろ。
「海水は飲むな、余計に喉が渇く。辺りを見てみろ、ここに引きこもれる場所があるのか?」
顔をムスッとする金髪女に落ち込む青髪女。
「お前らわかっているのか? これはサバイバルだ。しかも場所はどんな危険があるのかわからない未知な無人島。安易に勝手な行動するとすぐに死ぬぜ。助かりたいのなら、みんなで協力する以外に道はない」
反論しようにも俺の意見が正論過ぎて言い返せない四人。
「……ではどうすれば良いのですか?」
スッと前に出るプリシス。
火の確保、食料の確保、雨風が凌げる場所の確保、どれも大事だ。ああ、とっても大事な事だ。しかしそんな事よりまず速やかにやることがあるだろう。
「決まっているだろう」
「それは何ですか?」
「……俺のロープを解いて下さい」
そう、俺はずっと縛られたままなのである。
***********************
あの後、俺たちは食料の確保と寝床の確保のため、森の中に入っていった。道中に聞いたが、青髪の方はレーデ、金髪の方はギャルと言う名前らしい。
どうやら火の確保はレーデが多少なりとも魔法を使えるらしく大丈夫なようだ。
しばらく進むが森の中はかなり入り組んでおり、しかもそこそこ強い魔物が出てくる。
猪型の魔物ブルーや、猿型の魔物ラチェットモンチー。他にもトカゲ型リザードや狼型ウルフなど、しかもそれぞれの魔物は特殊な進化をしており、普通の魔物より強化されている。一体だけなら逃げる、それ以上なら戦うという戦法で森の奥へと進んでいく。
もちろん木の実やキノコなども採取している。
ちなみに俺のロープは足の部分だけ解かれ歩けるようになってはいるが、上半身はいまだ縛られている状態だ。しかも首にも巻かれてしまいロープの端をギャルに持たれている。
何たる屈辱! 俺は犬か!
「ほら、さっさと歩けっての!」
俺の背中に蹴りを入れるギャル。
くそ! 調子に乗りやがって!
なぜ俺がこのような酷い扱いを受けているのか。答えはプリシスが原因。どうやら俺が寝てる間に、船での出来事を過剰に盛って伝えたらしい。そのせいで俺は……。
「あっ、今プリシスの事見てた! こんな状況でも欲情するなんてとんだ変態ね! この性犯罪者!」
再び蹴りを入れるギャル。
そう、なぜか誰彼かまわず襲い掛かる変態と言う事になっているのだ。
いや、どう伝えたらそんなことになるんだよ! 確かに俺は男でこいつらは女だから少しばかり俺に対して抵抗があるのはわかる。でもこれは流石にやりすぎだろ。
「今度はギャルの事、い、いやらしい目で見てる。気を付けて」
見てねぇよ!
「おい、下卑た目でみんなを見るな! 切り捨てるぞ!」
魔物の血が付いた剣をこちらに向けるカタリナ。今まで出てきた魔物はほとんどこいつ一人で倒したと言っても過言ではない。 剣の腕はそこそこの様だ。
「おやめなさいカタリナ、今はそんな事をしている状況じゃないでしょう」
「その通りだな、じゃあロープを解いてくれ」
「すみません。……フンッ、プリシス様に感謝するんだな! お前の様な何もできない奴にも慈悲を与えて下さったぞ」
「いや、ロープをほどけば色々できるって、ほんとバカなんじゃない?」
「貴様の様な犯罪者に自由を許したら、何をしでかすかわからんだろう!」
「えっ? 自分たちが襲われると思ってるの? ちょっと待ってよ、こっちにも選ぶ権利があるんだからさぁ~」
「キサマァ!!」
その瞬間、首のロープがグッと引っ張られ苦しくなり倒れこんでしまう。
「ゲホッ! ゲホッ! 何すんだ!」
手綱を引っ張ったギャルは俺を嫌悪感のある目で見下している。
「あんた自分の立場が分かってんの? 生意気な口聞ける立場じゃないでしょ。この犬」
「犬だと? あんまり調子乗ってんじゃねぇぞ……このクソ女」
俺はな、他人をいじめるのは好きだけど、いじめられるのは大嫌いなんだよ。
ギャルを睨み返す俺。だがそれは悪手であった。俺の怒気に反応し、素早く動き俺の頭を地面に叩きつけるカタリナ。
「貴様! その殺気、やはり本性を隠していたな!」
顔をあげようとしても、ものすごい力で抑えられているためびくともしない。顔や口から血が流れる。
何なんだ、これ? 何で俺がこんな目に会わなきゃならない?
目だけを四人に向ける。蔑むギャル、見下すカタリナ、なぜか嬉しそうなレーデ。
確かに船での一件で多少なりともプリシスとは対立した。そのプリシスに依存しているカタリナも俺を嫌うのはわかる。しかしいくら話を聞いたからってギャルやレーデに関してはなぜここまでの仕打ちを受けなければならないんだ?
俺が混乱していると、パンパンとプリシスが手を叩く。
「皆さん、もうそれくらいでいいでしょう」
こちらへ来るプリシス。それに反応して俺の上からどくカタリナ。プリシスは俺の前に膝をつき「大丈夫ですか?」と手持ちのハンカチで俺の顔を拭く。
「わかってあげて下さい。あなたが憎いわけではないのです。ただこの状況で、怪しく、見知らぬ男性を信じろと言うのは無理な話。辛いでしょうが我慢して下さい」
その言葉を聞いて、後ろの三人は感心する。「出来た人だ」「優しい」「何て大人なんだ」と。
だが俺は騙されない。だってこいつ……笑っていやがるからだ。まるで自分の思い通りに事が運んだようなそんな笑いだ。
なるほど、こいつはあくまで中立的な立場の発言をするがその実、言葉巧みに他の奴らを誘導していたんだ。そして自分の手を汚すことなく、俺を服従させる。 船でも思ったがこの女はかなりやり手の様だ。
「ああ、プリシス様! なんと慈悲深いお方だ!」
そしてこいつはプリシスを崇拝する、忠義狂い。
「優しいプリシスに感謝しなさいよ!」
そして、プリシスにコロッと騙されるバカ。
「フフッ、わ、私より下の人間がいる」
こいつは……何考えてるのかわからない根暗。
「さぁ、皆さんで協力してこの窮地を乗り越えましょう」
プリシスの掛け声で「「おお!」」と腕を上げるやつらを見て冷静になる。
もはや俺の中でこいつらは見捨てる存在となっていた。
ダメだな。早い所、ロープから抜け出して俺一人で行動しよう。
少し頭がクラクラするが何とか立ち上がり口の中の血を地面に吐き出し、今だプリシスの演説に夢中の三人を睨みながら、どうやってこいつらから逃げるかを考える。
力技じゃこの頑丈そうなロープは外れないし、スキを見てカタリナの剣を盗むか、いやあんなんだけど実力は確実に俺より上だし……いっその事、魔物に頼んでみるか? なんてな。
そんな時、俺の背後からドスン! と何かが落ちてくる音が聞こえる。
騒いでいた女共の動きが止まり、皆一様に驚いた顔をこちらに向けている。
ん? 何だいきなり?
不思議に思い後ろを振り向く。
そこには全長三メートルは超えるであろう熊型の魔物ベアースレッグが牙をむき出しにして立っていた。
「……あの、この縄切ってくれません?」
一応言ってみよう。
「グオオオオオオオオ!!」
ベアースレッグの咆哮が響き、木々を揺らす。
あっ、やっぱりダメ? ですよねぇ~。……逃げろ!!
女共の横を通り思いっきり駆け出す。 唖然としていた奴らもそれにつられて走る。
「って! 何で俺と同じ方向に走ってくるんだよ! お前らバラバラに逃げろや!」
「うるさい犬! 真っ先に逃げて恥ずかしくないの!? 男だったら立ち向かう位の度胸を見せなさいよ!」
上半身縛られてるんだぞ! 無茶言うな!
「皆さん落ち着いて! 安易な行動をしてはダメです。みんなで協力しましょう!」
「それさっき俺が言ったんだよ!!」
その間にもベアースレッグはどんどん距離を縮めてくる。
「マジヤバかも! レーデ、あんたの魔法で何とかできないの!?」
「そ、それは無理です。私は炎魔法は使えますが、魔力量がとても少ない。なので数センチ位の火を出すのがやっと……」
指からこじんまりした火を出すレーデ。確かに火の確保は大丈夫そうだな……。
その時ベアースレッグがぶつかりなぎ倒した木の欠片がレーデの指をかすめ火が消える。
震えるレーデ。
「し、死ぬ。はははっ、みんなここで死ぬんだ。はじめは私、その次がカタリナ。その次が――」
「――縁起でもないことを言うなレーデ!」
不吉な事を言うレーデを叱咤するカタリナ。
「そ、そうだ! 大きくてわからなかったが奴はベアースレッグ。前に何度か討伐したことがある。とても凶暴で走るのは早いが、立ってする攻撃は見切れないほどではない」
そう言うと立ち止まり剣を抜くカタリナ。「はぁ!」と気合を入れるとカタリナの体が光りだす。恐らく魔力で身体強化をしたんだろう。ベアースレッグもカタリナの前で立ち上がる。
「さあ来い! 私の剣の錆にしてくれ――」
ベアースレッグの手がぶれる。その瞬間キィン!と音が鳴り、カタリナが持っていた剣が五メートル横にある木に突き刺さる。突き刺さった剣とカタリナを交互に見る俺達。
「「「「……」」」」
「フッ……さあ逃げるぞみんな!!」
いや、逃げるんかい! 何だったんだよさっきの威勢は!
再び駆け出す俺達。だがベアースレッグの足は予想以上に早く、このままではすぐに追いつかれる。
くそ! いつもだったら逃げ切れるのに、縄のせいでバランスが取りづらい。カタリナはともかく、他の女共はバテてきているし早く何とかしないと
……ってさっきこいつら見捨てるって言ったばかりじゃん俺! 自分の心配しろよ!
「はぁ、はぁ! もう……ダメかも」
今にも倒れそうなレーデ。苦しそうな顔、目からは涙を流している。そんな奴から目を逸らす俺。
「い、嫌だよ。し、死にたく……ないよぉ」
「諦めるな! まだ助かる」
「そうだよ! 一緒に帰るんでしょ! 約束したっしょ!」
レーデを励ますカタリナとギャル。そんな三人を見る。
……くそ! 柄にもないことをやりたくなってきちまった!
俺は地面に引きずられていた手綱を起用に口で手繰り寄せレーデに放り投げる。
それをキャッチするレーデ。
「引っ張ってやるから、しっかりつかんでおけ!」
「う、うん」
そして足に力を入れ、先頭に出てロープを引っ張る。
これで多少は楽になるだろう。
俺の行動に目を丸くする女共。
だけど今だ距離は縮まる一方。いずれは追いつかれる。 まあ、助かる方法は二つある訳だが、一つはもっと開けた場所に行かないとできず、それまでこいつらの体力がもたない可能性がある。もう一つはあまりにも外道、流石の俺もそこまで腐っていない。却下だ。しかし他に方法が思いつかない。どうする……。
「はぁ、はぁ。なぜ魔物は人を襲うのでしょうか?」
俺が考えていると今まで大人しかったプリシスが急にしゃべりだす。
いきなり何の話だ?
同じ疑問を持ったギャルが少し怒りながらプリシスに問う。
「そ、そんなのそういう習性だからじゃないの? 急に何の話よ!?」
「いえ、人に飼われている魔物も存在します。では、なぜ人の言う事を聞くのでしょうか?」
「そ、それは、しっかりとしつけをして、できたのならご褒美を与え――あっ!」
プリシスの言葉に何かに気づいたようにハッとするカタリナ。今だ頭をひねっているギャル。
「これは仮の話なのですが……」
あれ? この流れ、何か前にも経験したことあるな……。
「も、森で人が魔物に襲われたとしましょう。その時、偶然鞄の中に肉が入っています。その人は多分、その肉を魔物に向かって投げると思うのです。だって魔物は総じて肉食ですから。そちらに気を取られている間に逃げられます」
そう言ってレーデが持っている手綱を見るプリシス。ギャルもレーデもハッとした表情になる。
おいおいおいおい! まさかだよね、そんな馬鹿なことしないよね? 否定してくれるよね? あれ、なんで無言なの?
走って流れる汗とは違う種類の汗が流れる。恐る恐る後ろを向いてみる。
ああ、みんな何その顔。なんでそんな光のない目をしているの?
レーデに近づくプリシス。
「このロープ、持ちやすい様に先端で輪を作っていますよね? でもこれは危険です」
「えっ?」
何言おうとしてるんだこの女!
「おい! 変な事考えるなよ!」
俺の叫びなんて聞こえていないかのようにレーデの方に手を置き喋るプリシス。
「こ、これは仮の話なのですけど、こんな木々が生い茂ってる森の中で、先端が輪になってるロープを垂らして走っていたら、どこかに引っ掛けてしまうと思うのです。でもそれを誰も責められない。だってそれは……不慮の事故ですから」
レーデの目をジッと見つめるプリシス。その黒くて吸い込まれそうな目を見て俺はゾッとする。
「いえ、お気になさらないでください。仮の話です。……所でレーデには大切な家族や夢はありますか?」
それだけ言い残すとレーデから離れるプリシス。
「はぁー! はぁー! はぁー!」
息がどんどん荒くなり、後ろと前を交互に見るレーデ。
クソ、この腹黒女が! 俺と同じ考えに至っていたのか! しかもいい感じにレーデの心を揺さぶりやがって。
「おいレーデ! バカな事考えるんじゃねえぞ! 不慮の事故なんかじゃねえ、れっきとした殺人罪だ!」
息がどんどん荒くなるレーデ。そんなレーデに追い打ちが掛かる。
「いえ、犯罪にはなりません。だってここにいるのは私たちだけですから」
カタリナは「はい」と返事を、ギャルは目を逸らす。ロープの輪を見るレーデ。
「ふざけるな! そんなことが許されると――」
「――グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
俺の言葉を遮りベアースレッグの咆哮が間近で聞こえる。
やばい! もう目と鼻の先じゃねえか――ぐおっ!
その時、俺の首がグンッと引っ張られ後ろに転倒する。首の痛みを我慢し急いで後ろを振り返ると、ロープの輪が太い枝にかけられている。
マジか!? マジでやりやがった!
その間に女共は俺の横を駆け抜けていく。
「このクソ女共!! 絶対許さないからな、憶えてろよ!!」
急いで引っかかっている枝の元に走るが時すでに遅し。
ベアースレッグは俺に向かって腕を振り下ろす。躱しきれず爪が肩を掠め血が噴き出る。
クソ、めちゃくちゃ早え! 早い所ロープを外して、げっ! 跨いでんじゃん!
ベアースレッグは俺のロープを跨ぐ様に立っている。そのせいで左右に逃げるとロープがベアースレッグの足に引っかかり上手く動くことが出来ない。
いや、足に引っかかると言う事は……一か八かやってみるか!
深呼吸をして前の魔物を見据える。咆哮を上げ振り下ろされた右腕を左前方に転がる事で躱す。そのまま素早く立ち上がりベアースレッグの左足にロープを引っ掛け思いっきり首で引っ張る。
ゲホッ! よし、上手くいった!
ベアースレッグは状態を崩し前に転倒する。その隙に枝からロープの輪を外し、口にくわえて走る。
*************
走りつかれ木にもたれかかる。そーっと後ろを確認するが魔物の姿は見えない。
な、何とか撒いたか。
フーッと息を吐く。
でも、まだ安心できない。とりあえずこのロープをどうにかしないと!
木にロープを擦り付けることによって切ろうと試みる。しかし中々切れる気配がない。
頑丈だな……ん?
ふと横に目を向けると、そこには先端が尖った石がある。
よし、あれなら何とか切れるかもしれない。
俺はその石を取ろうとして木から離れる。
しかしその瞬間、先ほどのベアースレッグが現れ腕を振り下ろす。 即座に横へ飛ぶが、無情にもその爪は背中の肉を深く抉る。数メートル飛んでドシャッと地面に叩きつけられる。
な、何でだ? まったく音がしなかった。そういえば、最初に出くわした時も、いきなりだったか。なるほど、この島特有の進化か……。
背中からは大量の血が溢れていて意識が朦朧となり始める。ベアースレッグはどんどん近づいてくる。
はぁ、ほんと柄にもない事するんじゃなかった。すげー後悔。なんであんな事したのかな? 今度からは絶対信じない……って今度はもうないか。
意識を手放しそうになった瞬間、気が付く。わずかに川の流れる音が聞こえることに。
前方に顔を向けると森の先に光が見える。 ロープを見ると先ほどの攻撃で縄が切れている。グッと拳を握りしめる。
ベアースレッグが叫びと共に腕を大きく上げたその瞬間、すかさず落ちていた石をベアースレッグの顔に投げつけ気力を振り絞り光に向かって走り出す。
一瞬怯んだがすぐに追いかけ来るベアースレッグ。
こんな所で死ねない! 絶対に!!
ギャルの見下した顔、レーデ女の嬉しそうな顔、カタリナ女の蔑んだ顔が俺の脳裏に思い浮かぶ。
ひと際、鮮明に頭に浮かんできたプリシス女の嫌な笑顔。
「うおおおおおおおおお!!」
雄叫びを上げる俺。そして遂に森を抜ける。広い青空、大量に転がっている小石。そして綺麗な川。
だが、俺が求めていたのは、これだけの広さがある場所だ!!
俺は前方に片手をかざす。
「異世界部屋!!」
その瞬間、俺を中心に光が生じ、ベアースレッグが弾かれる。
はぁ、はぁ……何とか間に合った。
周りに目を向ける。八畳程の空間、清潔感のあるベッド、整頓された机、きれいに光るキッチン、大き目な冷蔵庫、テレビ、床、壁、天井。
疲れ切った俺はそこで意識を失う。