ロクデナシンデレラ
昔々ある国に、それはそれは美しいシンデレラという名の少女がいました。
幼い頃に死別した母親の代わりに、父親が迎えた後添えは、二人の連れ子を連れてきました。
しかしその後、父親は不慮の事故で儚くなってしまいます。
シンデレラは継母と二人の義理の姉とともに生きていく事になりました。
父親は貧乏男爵だったため、残された財産も大したものではありません。
その僅かな遺産も、今や食い潰されようとしていました。
「シンデレラーっ!貴女また絵を勝手に売り払ったわねーっ?!」
・・・シンデレラ本人の手によって。
「うるさいわね。叫ばなくっても聞こえてるわよ、オカーサマ」
気だるげに階下へ降りて来たシンデレラは、大層なぼろを纏っています。
「うるさいわねじゃないわ!どうして旦那様の残してくださった絵を勝手に売り払うのよ?!またお酒?!」
「違うわよ。カレンの店のツケを払ったのよ」
「カレンの店って酒場でしょう?!やっぱりお酒じゃないの!」
「仕方がないじゃない。ツケを払わないと呑ませないって言うんだもの」
「呑まなきゃいいでしょう?!ウチが火の車だって事ぐらい、貴女も承知しているわよね?!」
「甲斐性のない父親を持つと苦労するわぁ」
「旦那様を悪く言うのは止しなさい!旦那様はそれはそれはご立派な御方だったわ!わたくしは出会ったその日からフォーリンラブだったのよ!」
「義理の娘に惚気ないでちょうだい。親の生々しい恋愛模様なんて、聞きたくもないわ」
「ぐっ・・・そ、それより貴女、どうしてそんな小汚い恰好をしているの?!いくら部屋着とは言え、それは酷いわよ?!というか、家用のドレスはどうしたのよ?!」
「何を着てたって生きていけるわよ。そんな事よりも今日呑むお酒の方が大事よね」
「まさか売っぱらったの?!そしてそのお金が、その手に掴んでいる酒瓶に換わったと言うの?!」
「察しが良いじゃない」
継母にニヤリとした笑みを投げかけたシンデレラは、立ったまま手にした酒瓶を口に寄せ、ぐいっと呷ります。
「立ち呑み禁止ーっっ!!」
「オカーサマ、近頃ますますヒステリックになったわね。ストレスを溜めすぎるのは良くないわよ?」
「誰がストレスの源だと思っているのよ?!」
「甲斐性のないオトーサマかしら」
「だから旦那様を貶めるのは止めなさいって言ってるでしょう!!」
二人が実の親子のように忌憚なく意見を戦わせていると、帰宅したらしき義理の姉二人が部屋へ飛び込んで来ました。
「シンデレラーっ!貴女まだ掃除を済ませていないわね?!」
「夕飯の下ごしらえもしておくように言ったわよね?!どうして何もしていないの?!」
「あらオネーサマたち、おかえりなさい。帰宅の挨拶もせずに怒鳴り出すなんて、淑女としてどうなのかしら?」
酒瓶を直で呷る自分を棚に上げ、義姉二人の行儀の悪さを指摘しています。
「ああ、そうね、ごめんなさい。只今帰りました」
「駄目よお姉様騙されないで!誰よりも淑女としてクレイジーなのはシンデレラなのよ?!」
「オネーサマ2号ったら、今日は冴えてるわね」
「いい加減、わたくしたちを1号2号で呼ぶのは止めてくれない?!」
「通じてるから良いじゃないの」
「そういう問題じゃないわよ!」
「ちょっと、話を逸らされているわよ。貴女、掃除と夕飯の仕込みはどうしたのよ?やっておくように言ったわよね?」
「やろうと思ってたら、オネーサマたちが帰って来ちゃったんじゃない」
「帰って来ちゃったって・・・指示を出したのは何時間前だと思っているのよ?!」
「わたくしたちが仕事に行く前に言った事よね?!朝の出来事よね?!それが夕方になっても実行されていないのはどうしてなの?!」
「お二人とも、貧乏とはいえ貴族の令嬢なのに、働くなんて大変よね。オネーサマたちが身を粉にして働いてくれるからこそ、うちはギリギリ保たれてるんだわ」
「それを理解しているのなら、どうして家事ぐらい率先してやってくれないのよ?!」
「それに、その手の酒瓶は何?!今度は一体何を売り払ってお酒に換えたの?!」
「オネーサマたち、あんまりキィキィ叫ぶと、ご近所に筒抜けよ?」
「それがどうしたって言うのよ!!」
「誤魔化さないでちょうだい!!」
更にキィキィ怒る義姉二人に、シンデレラは肩を竦めてみせました。
「オカーサマもオネーサマたちも、あんまりうるさくするものだから、ご近所中で『シンデレラをいびっている継母とその娘たち』って噂になってるわよ?」
頑張ってるのに空回って可哀想ねぇ、と再度酒瓶を呷るシンデレラに、継母と義姉二人は膝から崩れ落ちました。
「お母様・・・わたくし辛いです・・・」
「わたくしも辛いわ・・・でもここが正念場なのよ。ぐっと耐えなくてはならないのよ。旦那様の残してくださった、思い出の詰まったこのお邸だけは、手放す訳にはいかないのだから」
「それに、一刻も早くシンデレラを矯正しなくてはいけないわ。このままじゃ、お嫁に貰ってくださる方が見つからないもの」
「そうよ。シンデレラが生活費で勝手にお酒を買ったり、家財を売り払ってお酒を買ったりするようなアル中一直線なロクデナシだとしても、あのお優しかったお父様に報いるため、わたくしたちでシンデレラを幸せにしなくてはいけないのよ!」
「その通りだわ!それがわたくしたちにできる亡きお父様への親孝行なのですもの!」
「旦那様のため、わたくしたちの力を合わせて頑張りましょう!」
「盛り上がってるわねぇ。あたくしなんかより、オネーサマ二人がお嫁に行く方が手っ取り早いんじゃないかしら?それにオカーサマも、後妻の地位ならまだまだ狙えるわよ。そんなにお若いんだもの」
地に膝を付いた三人を揶揄うような目で見たシンデレラは、ふと目線を壁の時計へと向けました。
「あらいけない。もうこんな時間だったのね。あたくし出掛けるわ」
「お待ちなさいシンデレラ!またカレンの酒場に行くつもりじゃないわよね?!」
「嫌ぁねオカーサマ。毎晩同じ酒場に入り浸ってる訳じゃないのよ、あたくし」
「あ、あらそうなの?じゃあどこへ行くのかしら?」
「今日はジャンの店よ。たまには河岸を変えなきゃ飽きちゃうわ。じゃあね」
ひらひらと手を振り部屋から出て行ったシンデレラの後姿へ、継母はあらん限りの力を込めて叫びました。
「ジャンの店ってそれも酒場じゃないのーっ!!!」
けれどシンデレラを止める事はできませんでした。
******
ある日のこと。
いつもなら昼間は働きに出ているはずの義姉二人と、パートに出掛けているはずの継母が、めずらしく揃って家に居ます。
「ほらシンデレラ、貴女も居間へ下りていらっしゃい」
シンデレラの部屋に入り込んだ三人は、だるそうに欠伸をもらすシンデレラをせっつきます。
「三人お揃いで、一体何を企んでるの?」
「企むだなんて人聞きの悪い。今日は新しいドレスを仕立てるために職人を呼んでいるのよ」
「正気?あれだけ火の車だと喚いてたのに、ドレスを仕立てるだなんて。ついに金欠が脳に回ってしまったのかしら?」
「違うわよ!パーティーのためにドレスを仕立てるのよ!」
「それもただのパーティーじゃないわ!お城で開かれる、王子様の花嫁を探すためのパーティーなのよ!」
「シンデレラ、貴女は黙ってさえいれば、紛うことなき美人なのよ?その美貌で王子様をゲットすれば、貴女の人生は薔薇色だわ!」
「オネーサマ1号ったら、あたくしへの評価が過大すぎて引くわ。そもそも、あたくしが黙っていられると思うの?」
「いられるかどうかじゃないわ。黙っているのよ!美しく装って黙ってにっこり笑えば、どんな殿方だってイチコロよ!王子様だって敵じゃないわ!」
「あたくしは王子を倒さなくてはいけないのかしら?」
「悩殺という意味で、完膚なきまでに叩きのめして差し上げたら良いのよ!」
「パーティーの間だけ黙っていれば、貴女は未来の王妃様よ!」
「貴女の輝かしい未来が見えるようだわ!」
「旦那様も草葉の陰でお喜びになってくださるわね!」
興奮してキャアキャアさざめく三人に、シンデレラは目を眇めます。
「結構よ。あたくしはオネーサマたちより先に嫁ぐつもりはないわ。これは決定事項よ」
「何言ってるのよ。貴女はパーティーで誰よりも美しく咲き誇り、王子様に見初められるの。これこそが決定事項よ」
「わたくしたちの器量は並ですもの。シンデレラが嫁ぐ方が現実的だわ」
「そうと決まれば、早く下へ行きましょう。仕立て屋さんが待っているわ」
義姉も継母もシンデレラの言葉を一蹴し、ごねるシンデレラの腕を取ると、階下へと引きずって行きました。
ずるずると引きずられ、ふわりと舞ったシンデレラの長い髪からは濃厚なアルコール臭がしましたが、全員スルーしました。
******
そして迎えたパーティー当日。
着飾った継母と義姉二人に囲まれて、シンデレラも完全武装を決め込んでいます。
「シンデレラ、とっても素敵だわ。今日のミス・パーティーは貴女に決定よ」
「絶妙に野暮ったい称号をありがとう、オネーサマ2号」
「本当に素敵ねぇ。同性のわたくしでもうっとりしてしまうわ」
「けれど少し用意をするのが早かったかしら。パーティーまでまだかなり時間があるわね」
「テンションが上がって早起きしちゃったものね」
「じゃああたくし、少し出掛けてくるわ」
「何言ってるの?!」
「駄目に決まっているじゃない!」
「そんな格好で出掛けるだなんて、何を考えているのよ?!」
シンデレラはいつものようにささっと出掛けようとしましたが、さすがに三人が阻止しました。
「大事な用があるのよ」
「今夜のパーティー以上に大事なことなんてないわ!」
「とても重要な用事なの」
「今夜のパーティー以上に重要なことなんてないわ!」
「あたくしの今後に関わる用件なのよ」
「今夜のパーティー以上に貴女の今後に関わることなんてないわ!!」
何を言っても行かせてもらえそうにありません。
「・・・分かったわ。大人しくしてるわよ。とりあえず、ご不浄に行ってもいいかしら?」
「家の中でなら自由にしていて良いに決まっているじゃない。ただし、ドレスを汚したりしないように気を付けてちょうだいね?」
「目の玉が飛び出そうなほど高額だったものね。充分気を付けるわ、オカーサマ」
そうしてトイレへと向かったシンデレラは、まんまと脱走し、夕暮れ間近まで帰って来ませんでした。
******
「あら、わざわざ雁首そろえて出迎えてくれる必要なんてないのに。そろそろお城に向かった方が良いんじゃなくって?」
帰宅したシンデレラが開口一番そう笑うと、その姿を見た継母と義姉二人は唖然としました。
「シンデレラ!一体どういう事なの?!」
「どうして・・・そんな!!」
「オネーサマたちったら。主語が抜けてるから、何を言いたいのかさっぱり伝わってこないわよ?」
「とぼけないで!!その恰好は何?!」
「ドレスは・・・ドレスはどうしたのよ?!」
帰宅したシンデレラは、麗しいまでのドレス姿ではなく、ぼろぼろの服を纏っていました。
「シンデレラ!貴女、貴女まさか、あの渾身のドレスを・・・止めて嘘よね嘘だと言ってちょうだいシンデレラ!!」
「相変わらず良い勘してるわね、オカーサマ。そうよ、今日の戦利品はこれよ。カレンから稀少なお酒が入荷したって連絡があったのよね。素敵なドレスのおかげで手に入れる事ができたわ」
そうシンデレラが掲げて見せたのは、一本の酒瓶でした。
「嘘でしょう?!あの贅を尽くしたドレスが、そんなお酒に換わったって言うの?!」
「そこじゃないわ!ドレスなしでどうやってパーティーに行くつもりなのよ?!」
「だから、行かないって言ってるじゃないの。あたくしの話を聞き入れなかったのはオカーサマたちじゃない。それにドレスはもうないのよ。今更、後の祭りだわ」
「嘘、嘘よ、こんな・・・」
「駄目よオカーサマ、泣いては駄目。お化粧が崩れて化物になっちゃうわ」
「誰が化物ですって?!」
「そうそう、その意気よ。さあ早くパーティーへ行って。オネーサマたちのどちらかが王子を射止めれば良いじゃない」
手にした酒瓶に口を付け、一口呷ったシンデレラの顔は、幸せで蕩けんばかりでした。
「こんな、こんなのってないわ・・・」
消沈しきった三人を馬車へ押し込めたシンデレラは、くあっと伸びをすると、家の中へと入って行きました。
******
すっかり日も暮れ、辺り一面が闇色に染まっています。
そろそろお城ではパーティーが始まっているころでしょう。
「王妃なんて、死んでもごめんだわ」
窓からお城の方角を見つめたシンデレラは、一人ぽつりと呟くと、手にした空の酒瓶を床へ放り捨てました。
「やあシンデレラ!唐突だけど、君をお城のパーティーに連れて行ってあげるよ!」
ひと眠りしようと窓に背を向けたシンデレラの目の前に、突如として陽気なイケメンが出現しました。
「・・・誰だか知らないけれど、残念だったわね。この家に盗るようなものなんてないわよ。粗方あたくしが売り払ってしまったもの」
イケメンの言葉を丸っと無視したシンデレラは、イケメンを盗人扱いすると、興味を失ったかのようにベッドへ横たわりました。
「僕は物盗りなんかじゃない、魔法使いさ!君をお城のパーティーに参加させるためにここに来たんだよ!」
「興味ないわ」
身振り手振りを用いた大げさなイケメンの熱弁を、まったく熱のこもらない返事で切り捨てるシンデレラは、うつ伏せたベッドから顔を上げる事さえしません。
「そんな強がり言わないで!君が継母と義理の姉二人に虐げられてて、それでも耐えてる健気な娘だってことを、僕は知ってるんだ。そんな君を誰よりも美しく仕上げてパーティーに送り出すのが僕の使命さ!」
「興味ないわ」
「でも、パーティーへ行けば王子」
「興味ないわ」
「君が未来の王妃」
「興味ないわ」
「・・・いい天気だね?」
「今は夜よ」
「・・・ちゃんと聞いてたんだね。それで、パーティ」
「興味ないわ。そろそろ出て行ってくれない?あたくし眠りたいのよ」
シンデレラは相変わらず顔を伏せたまま、イケメンへとひらひらと手を振り追い返そうとしています。しかしイケメンはめげません。
「君は誰より幸せになる権利が」
「あたくしお酒さえあれば幸せなの。王子だとか王妃だとか、そんな事はあたくしの人生にこれっぽっちも必要ないのよ」
「王子と結ばれれば、君を虐げる義理の家族から逃げられるんだよ?」
「貴方、顔と同じぐらい能天気な頭の中身をしてるのね。オカーサマもオネーサマたちも、あたくしを虐げてなんかいないわ。逆にあたくしが三人をいじめているのよ」
「・・・え?でも調査では」
「ねぇ自称魔法使いさん。あたくしの日常を教えてあげましょうか?」
そう言ってシンデレラは、己の日々の行いを赤裸々に語りました。
それを聞いたイケメンは、徐々に険しい顔になったかと思うと、片手で頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜ叫びました。
「何っだそれ?!まーた調査課のミスかよ!ったく、いい加減にしてくれよ!これで今期何度目だ?!」
こーゆーミスが現場では致命的なんだぞ?!と荒々しく文句を垂れるイケメンに、シンデレラは白い目を向けます。
「ほとんど意味は分からないけど、何らかの手違いであたくしの所に来たんだという事は分かったわ。気が済んだのなら帰ってちょうだい」
「そういう訳にゃいかねーんだ。指令が下っちまった以上、これをこなさねーと俺の査定に響くんだよ。具体的に言うと、ボーナス下がるからマジ勘弁」
すっかり口調の変わったイケメンは、シンデレラの実態を知っても引き下がろうとはしません。それはきっと、ボーナスのためなのでしょう。
「やる気のないアンタにゃ悪いが、これも仕事なんでね。とっとと済ませちまうわ」
イケメンがパチンと指を鳴らすと、寝転がったままのシンデレラの粗末な衣服は豪奢なドレスに変わっていました。昼頃まで着ていたドレスより、更に高級そうなドレスです。
「よし、じゃあ後はカボチャとハツカネズミとトカゲを持って来い。カボチャを馬車に、ハツカネズミを馬に、トカゲを馭者とお供にしてやるよ」
「あたくしが従う訳ないでしょう?頭の悪い人ね」
「せっかくドレス着てんだ。パーティーに行きたくなっただろ?」
偉そうに命令するイケメン魔法使いに、シンデレラは冷え冷えとした目線を送ります。
「興味ないわ。ああでも、このドレスは貰ってあげても良くってよ」
「っつってもそれ、今夜の12時には元のぼろ服に戻るけどな」
「チッ・・・売り払うつもりが、台無しだわ」
心底憎々し気な舌打ちは、イケメンの耳にもくっきりと届きました。
「せっかく美人なのに、中身がマジ酷え。こんなんじゃ王子と結ばれるのは無理なんじゃねーの?・・・ああでも、パーティーに行かせさえすりゃボーナス額に変動はねーから、関係ねーか」
そう言うイケメンも、大概な性格をしていました。
「じゃあまあ、これ以上は時間が勿体ねーから強制的にいくぞ。材料も特別に提供してやる。ほらよっと」
間抜けな掛け声と共にイケメンが指パッチンをすると、シンデレラは庭に佇み、その目前には六頭立ての馬車と優雅にお辞儀をする馭者が居ました。
「仕上げはこれだ。ほら、履けよ」
シンデレラの前に跪いたイケメンは、ガラスでできた靴をシンデレラに差し出します。
シンデレラは躊躇うことなく、イケメンの頭を踏みつけました。
「っにすんだテメー!!」
「あら、あたくしの前に跪くという事は、あたくしに踏んで欲しいという事でしょう?光栄に思いなさいよ」
「本気で中身が酷え!ガッカリだよ!ちくしょー騙された美人だよほら早い者勝ちだよってエマーソンの野郎ぉぉ!!」
頭を足蹴にされたまま、見知らぬエマーソンへの怒りを露わにするイケメンに、シンデレラは今こそ逃げ出すチャンスだと踵を返します。
「逃がさねーよ!ほら履け!乗れ!行け!」
しかしさすがは魔法使い。魔法によってシンデレラを拘束すると、無理やり靴を履かせ、無理やり馬車に乗せ、無理やり出発させてしまいました。
拘束の魔法がかかったままのシンデレラは、お城に着くまで身動きひとつできませんでした。
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お城に到着した途端、拘束の魔法が切れたシンデレラは即座に逃走しようとしましたが、今度は操りの魔法が発動し、自動的にパーティー会場の大広間へと入場させられました。
入場したと同時に操りの魔法は解けましたが、一瞬で会場中の視線を独占してしまったシンデレラには、今更ここから出て行くという選択肢は用意されていません。
ひとつ溜息を吐いたシンデレラは、彼女の余りの美しさに固まっている給仕係から細いグラスを取り上げると、一息に呑み干しました。
「あら、さすがに良いお酒を置いてるのね」
艶然と微笑むシンデレラに、給仕係は頬を赤く染めます。
こうなったら会場中のお酒を呑み干してやるわ、と決意したシンデレラは、こちらをぽーっと見つめてくる給仕係が手にした盆の上のグラスを、次々と空にしていきました。
未だに会場中の視線を集めてはいましたが、咎める人は一人も居ません。シンデレラの美しさに、その一挙手一投足を見逃すまいと、誰もがただただ見惚れるばかりです。
「もうなくなってしまったわ」
盆の上が空のグラスのみになると、シンデレラは切なげな吐息をもらしました。
「す、すぐにお持ち致します!少々お待ちくださいませ!」
「ええ、よろしくね。愚図は嫌いよ?」
お酒の匂いが漂うその口から吐かれた言葉は酷いものでしたが、シンデレラの笑顔が輝いていたため、給仕係の脳は酷い言葉を見事にスルーし、この美しい方のために最高の美酒をお持ちしなくては!一刻も早く!という使命感で溢れました。
「姫君。給仕を待つ間、どうか僕と踊っては頂けませんか?」
背後から掛けられた声にシンデレラが振り向くと、そこにはキラキラしたイケメンが立っていました。このキラキラ具合は、多分王子様です。
即座に断るつもりのシンデレラでしたが、意外と近くに継母と義姉二人の姿があったので、三人に聞かれてシンデレラだとバレてははまずいと思い、申し込みを受けざるを得ませんでした。
王子様(暫定)の手を取り広間の中央へと進み出ると、それと同時に音楽が流れ始めました。このナイスなタイミングを鑑みるに、やはりきっと彼は王子様なのでしょう。
「これほど美しい方に出会えるとは、今日は僕の人生最良の日に違いありません」
「つまらない口説き文句ね。そんな言葉は聞き飽きてるわ」
観衆とは距離があったため、シンデレラはこれなら誰にも聞こえないだろうと、目の前の王子様(暫定)へ冷たい言葉を浴びせます。
「・・・これは手厳しい。貴女のような美しい方から、そのような言葉をいただくとは」
「大衆と同じような褒め言葉しか浮かばないだなんて、残念な方ね」
スパスパと切れ味の良い言葉の刃で王子様(暫定)を斬りつけるシンデレラは、少しだけ楽しそうな顔をしていました。
「滑らかな言葉とは違い、ダンスは不得手でいらっしゃるようですね。それとも、僕の相手という事で、意外と緊張していらっしゃる?」
シンデレラのぎこちないダンスへと言及した王子様(暫定)は、きっと“倍返し”という言葉を知らないに違いありません。
「そう思うなら、貴方もドレスで踊ってみたら宜しいのよ。ドレスという名の鎧を纏って踊っているあたくしは、讃えられこそすれ馬鹿にされる謂れはないわ」
「いえ、僕は決して貴女を馬鹿にした訳では・・・」
「あらそう」
「・・・どうもご機嫌が麗しくないようですね。僕の何がお気に障ったのでしょう?」
「このパーティーはまるで牛の品評会のようね。下衆という言葉ですら追い付かないわ。誰も彼もが、競り落とされるその瞬間を心待ちにしているだなんて。反吐が出そうよ」
身分を問わず未婚の娘を集め、王子様による品定めを待つその様子は、紛れもなく品評会そのものでした。
「それは、このパーティーそのものへの嫌悪ですね?僕を個人的に嫌っている訳ではないのですね?」
「好き嫌い以前ね。貴方程度の男には、爪の先ほどの興味も湧かないもの」
眉目秀麗を地でいく王子様(暫定)にシンデレラが冷え切った目を向けると、ちょうどそのとき、音楽が余韻と共に消えていきました。
「さあ曲が終わったわ。放してちょうだい。お酒があたくしを待ってるわ」
「いいえ、是非とももう一曲お相手ください」
「下手なあたくしと踊るより、他のご令嬢と踊った方が楽しいのではなくって?」
「僕とでは、貴女は楽しくありませんか?」
「お酒を呑んでいる方がよっぽど有意義だわ」
歯に衣着せぬシンデレラの物言いに、それでも王子様(暫定)はぎゅっと握ったシンデレラの手を放そうとしません。日々お酒を呑む事しかしてこなかったシンデレラには、王子様(暫定)の細マッチョな腕を振りほどく事はできませんでした。
結局もう一曲相手をする事になったシンデレラの不機嫌は頂点に達しましたが、曲が終わるころ、先刻の給仕係が急ぎ足でお酒の乗った盆を手にやって来たので、すべてを許せるような気持ちになりました。
「お待たせして申し訳ありませんでした、姫君!」
「待ちくたびれたけれど許すわ。さあ、その手のお酒を寄こしなさい」
「はいっ!こちらが最高級の物です!」
「・・・美味しいけれど、もう少し強い方が好みね」
差し出されたグラスを掴み、一息に呷ったシンデレラは、最高級だというそのお酒にダメ出ししました。
「それでしたら、こちらはいかがでしょう?」
「・・・良いチョイスね。気に入ったわ」
「あああありがとうございます!」
シンデレラが給仕係の捧げた美酒に顔を綻ばせると、給仕係は林檎のように顔を真っ赤にしました。尻尾があればぶんぶん振っていそうなほどに嬉しそうです。シンデレラの美しさは、短時間で給仕係を忠犬にレベルアップさせてしまったようでした。
王子様(暫定)は給仕係にシンデレラを取られてしまいましたが、踊っていたときのまま、シンデレラの片手を握り続けている辺りが大変ちゃっかりしています。
「姫君、そちらを呑まれたら、是非また僕と踊ってください」
「あたくしに指図しないで。不快だわ」
「踊っていただく間に、彼には別の美酒を運ばせますので」
「仕方がないわね。ダンスであたくしの足が壊れてしまう前に戻って来れるわね?」
「はいっ!超特急でお持ちします!!」
そうして、踊っては呑み踊っては呑みを繰り返すうち、とうとう12時を告げる鐘の音が響き始めました。
「あらもうこんな時間。あたくしは帰るわ。それではごきげんよう」
12時にはドレスが元のぼろに戻ってしまうというイケメン魔法使いの言葉を思い出したシンデレラは、ダンスという名目の元、ほぼシンデレラを抱きしめかかっていた王子様(暫定)の腕の中からするりと逃げ出すと、走って会場を後にしました。
「お待ちください姫君!」
「嫌よ」
お城の中を疾風のように駆け抜ける、逃げ足だけはピカイチだと自負しているシンデレラの後姿に、そんなシンデレラを追い会場から飛び出してきた王子様(暫定)の制止の声が掛かります。
しかし、それで止まるようなシンデレラではありません。
「もう少しお時間を!」
「嫌よ」
「あとほんの少しで良いのです!」
「嫌よ」
王子様(暫定)の嘆願に、シンデレラは振り返る事すらしてあげません。
「せめて、せめてお名前だけでもっ!」
「しつこいわね。あたくしがうっとりするような上等且つオリジナリティーあふれる口説き文句を用意して、出直してらっしゃい」
お城の大階段を駆け下りながら、やはり振り返りもせずそう返したシンデレラは、その拍子にガラスの靴が片方脱げてしまった事に気付きました。
けれど、どうせあの靴は自分の物ではないので、気にしない事にしました。尚且つ、実用性が低い上に、一度履いてしまった以上、飾り物としても高値はつかないと想像できたので、清々しいほど未練はありません。
そのままお城の外へ走り出たシンデレラは、お城の前に横付けにされていた元かぼちゃの現馬車に飛び乗り、元トカゲの現馭者に大急ぎで家に帰るよう命令します。
12時を告げる鐘の音が鳴り終わる瞬間、家へと到着した馬車は元のかぼちゃの姿に戻り、ハツカネズミとトカゲはちょろちょろと逃げて行きました。
「ギリギリで間に合ったわね。さあ、部屋に戻って休みましょう」
お酒臭い欠伸をひとつ吐いたシンデレラは、家の中へと入りました。
「株式会社トレーディング・フォーチューンのご利用ありがとうございましたー!」
そんなシンデレラの脳に、イケメン魔法使いの言葉が直接聞こえてきましたが、意味が分からなかったので放置して、さっさとベッドへと潜り込みました。
******
パーティーの翌日、シンデレラが自室で惰眠を貪っていると、けたたましい音と共に部屋のドアが開かれました。
「ん・・・何よ、うるさいわね・・・」
「シンデレラ、まだ寝ていたの?もう午後よ?」
「貴女の体内時計はどうなっているの?」
「起きたいときに起きるわよ。放っておいてちょうだい」
「ねえそれより聞いて!わたくし、婚約したのよ!」
「わたくしも婚約したの!ねえ素敵でしょう?」
義姉二人が、未だ横たわったままのシンデレラの横で、キャアキャアと騒ぎ立てます。
「あらオネーサマたち、良かったわね。これであたくしの世話から解放されるわよ」
「シンデレラ、良く聞いてちょうだい。わたくしも婚約が決まったの!ああ麗しの宰相様、わたくしは貴方に出会った瞬間にフォーリンラブいたしました!」
「・・・ひとつ聞くわ。オカーサマは宰相サマと、いつ出会われたのかしら?」
「昨晩のパーティーよ!」
そう言う継母の目は虚空を見つめ、うっとりとしています。きっと脳内で、愛しい宰相様の姿がリピート再生されているのでしょう。
「昨晩の今日で既に婚約、ね。オカーサマの手練手管を侮っていたわ」
「あらシンデレラ、わたくしもお姉様もお母様と同じく、昨晩のパーティーで出会った方と婚約したのよ?」
「わたくしは王子様の側近を務めていらっしゃる方へフォーリンラブしたわ!」
「わたくしは宰相様の補佐官様よ!フォーリンラブだったわ!」
どうやら継母のフォーリンラブ体質は、しっかりと義姉たちに遺伝していたようです。
「三人まとめておめでとう。どうか幸せになってね。この家はあたくしが高値で売り払ってみせるから、何ひとつ心配せずお嫁に行ってちょうだい」
邸を売り払えばしばらく呑むお金には困らない、と瞬時に脳内のソロバンをはじいたシンデレラは、心の底から三人の婚約を祝福しました。
「嫌だわシンデレラ。どうしてそんな他人事のようにお祝いを言うの?」
「貴女だって王子様と結婚するんでしょう?」
「オネーサマたち、立ったまま寝言を言うのは止めた方が良いわ。淑女として、とてもクレイジーよ」
「寝ぼけているのは貴女でしょう?今も王子様が階下でお待ちよ?」
「そうだわ。それを伝えに来たはずなのに、どこから話が逸れてしまったのかしら?」
逸れるどころか、初めから全く違う話をしていましたが、誰もそれについては突っ込みません。
「あたくし急用ができたわ。それではごきげ」
「逃がさないわ」
「さあ、早く居間へ行きましょう」
なけなしの腹筋を駆使しベッドから跳ね起きたシンデレラの両腕を、息の合った義姉たちが拘束し、継母の先導の元、そのまま階下へと連れ去りました。
******
「こんにちは。今日は貴女にお願いがあって参りました」
両腕を引っぱられ居間に突入したシンデレラを、昨晩シンデレラのダンスのお相手をしたキラキラなイケメンが笑顔で迎えました。
昨晩は王子様(暫定)でしたが、義姉たちの発言と現在の状況を照らし合わせるに、彼は王子様(確定)で間違いないようです。
「こんにちは見知らぬ方。残念ながら、面識がない方の頼みごとは引き受けてはいけないと、先祖代々言い伝えられているのよ」
シンデレラは、知らないふりを決め込む事にしました。
昨晩の自分は魔法によって美しく装っていましたが、今の自分はぼろきれのような衣服を纏い、パーティーで浴びるように呑んだおかげで、まるでお酒の漬物のように芳醇なアルコール臭を漂わせているのです。よもや、昨晩の美姫と同一人物だとは見破られないだろう、とシンデレラは確信していました。
「そうですか。では少し、僕の話を聞いてください」
「お断りするわ」
「僕は昨晩パーティーで、この世の者とは思えないほど美しい方に出会いました」
「断ると言っているのに続けるのね。意外と神経が太いわ」
「その方は名前も告げず僕の元から去ってしまいましたが、このガラスの靴を落として行かれたのです。そこで僕は、おふれを出しました。このガラスの靴に、ピッタリ合う女性を妻とすると」
シンデレラは嫌な予感がして室内をちらっと見渡しましたが、数ある窓にはそれぞれ王子様の従者らしき人が、唯一のドアには継母と義姉二人が張り付き、脱出経路はすべて塞がれているようです。
「ですので、真っ先に貴女にこのガラスの靴を履いて欲しいのです」
嫌な予感が確信に変わりました。しかしシンデレラは、ろくでもない人間ではありますが、頭の回転は早かったため、この場を逃れる方法を思い付きました。
「でしたら、身分の高い女性からお試しになるのが筋でしょう。あたくし共のような貧乏男爵家ではなく、公爵位を賜る家のご令嬢から試されるべきではありませんの?」
「それはできません」
「あら、どうして?」
「靴のサイズが同じな人なんて、この世にあふれるほど居ますから」
そう告げる王子様の笑顔は、キラッキラでした。非常にキラッキラでした。
昨晩の美姫と今のシンデレラを繋ぐ線はないはずですが、どうやら王子様は同一人物であると見切っているようです。
このままでは負けると本能で察したシンデレラは、できるだけぼかして尋ねてみました。
「どうして、あたくしだとお思いになられるの?」
具体的に“何が”とは言いません。それを言ってしまっては、戦う前から負けが決まってしまいます。
「貴女のお名前はシンデレラ、と仰るそうですね。昨晩、貴女が帰ってしまった後、貴女のご家族から伺いました」
しかしどうやら、昨晩の内に勝敗は決していたようでした。
「オカーサマ?オネーサマたち?どうして誤った認識を王子に植え付けたの?」
それでも、あくまで継母と義姉たちの間違いであると主張するシンデレラの目は、敗者の物ではありません。まだまだ戦えるようです。
「誤った認識?」
「王子の仰る“美しい人”というのがあたくしの事だなんて、とんでもない誤解だわ。オカーサマもオネーサマたちも、お城でのパーティーに浮かれて目がいかれてらっしゃったのね」
「何を言うのシンデレラ!わたくしたちが貴女を見誤ったりする訳ないじゃない!」
「わたくしたちは貴女の美しさを誰よりも理解しているのよ?」
「それに、何より」
継母と義姉たちは顔を見合わせると、声を揃えて言いました。
「「「あの呑みっぷりは、貴女以外に有り得ないわ!!」」」
何という事でしょう。三人に気付かれないよう注意を払っていたはずのシンデレラでしたが、お酒の呑みっぷりで筒抜けだったようです。
シンデレラは、生まれて初めて、膝から崩れ落ちました。
「くっ・・・迂闊だったわ・・・」
呑みっぷりを指摘されては、往生際悪く足掻く訳にはいきません。酒呑みの矜持に傷が付くからです。
「お酒が身を滅ぼすというのは本当だったのね・・・こうなったら・・・」
シンデレラは、普段の緩慢さからは考えられないほど素早く立ち上がると、壁に掛かっていた亡き父の短剣を手にし、鞘から抜き放ちました。
「シンデレラ?!」
「何をするつもり?!」
「そんな、自害なさるほどに僕の事が嫌だと言うのですか?!」
悲痛な叫びをもらす王子様に、シンデレラは真顔で答えました。
「誰が自害なんてするものですか。死んだらお酒が呑めなくなるじゃない」
お酒で身を滅ぼしたと自覚はしましたが、改める気はまるでないようです。
「でしたら何故剣などっ」
「足先を斬り落とすのよ。そうすればその靴にピッタリではなくなるもの。足が小さくなるぐらい、どうって事ないわ。お酒を呑める口さえ無事ならそれで良いのよ」
猟奇的な発言をしながらもお酒に関しては譲らない辺りに、業の深さを感じます。
「駄目です止めてください!貴女が傷付くなんて僕が耐えられません!」
「まぁ王子様ったら、それほどまでにシンデレラの事を・・・!」
「フォーリンラブの威力は凄いわ・・・!」
「シンデレラも素直にフォーリンラブしたら良いのに・・・!」
「傷付けるのなら、是非僕を!是非とも貴女の手で僕をいたぶってください!」
「「「・・・え?」」」
王子様の愛の深さに感激する継母と二人の義姉でしたが、直後の王子様の叫びにより、その感激はどこかへ吹き飛ばされました。
「僕の事ならどれだけでも罵って詰って責め立ててくださって構いませんから!どうか昨晩のように冷たい言葉を僕に浴びせてください!手も足も出してくださって構いません!むしろ僕はそうされたい!!」
続いた王子様の言葉に、室温が2度ほど下がりました。
王子様はどうやら、特殊性癖を患っているようです。
そんな王子様へ、シンデレラは哀れみの目を向けました。
「貴方、扉を開けてしまったのね」
「いいえ。僕は元々、扉の向こう側の住人ですよ」
暗に『マゾヒズムに目覚めてしまったのね?』と問い掛けるシンデレラに対し、こちらも暗に『生来のマゾヒストですが、何か?』と返答する王子様は、とてもとても良い笑顔でした。
「美しい女性に罵詈雑言を浴びせられる事こそ僕の幸せ。それなのに、王子という立場の僕にそうしてくださる女性はいませんでした。僕の悲しみが貴女に分かりますか?」
「欠片ほどにも理解したくないわ」
知勇兼備と名高い王子様の心の闇は、シンデレラの興味の対象外でした。
「そこへ、貴女という女性が現れた。僕の身分を気にも留めず、冷たい目で僕を切り捨てる貴女。これはきっと神のお導きに違いありません」
実際に導いたのはボーナス目当てのイケメン魔法使いですが、それを知らない王子様は神様に感謝しているようです。
「言っておくわ。あたくしに他人をいたぶる趣味はないの。他を当たりなさい」
「いいえ、いたぶるつもりもなくいたぶってしまう貴女のその言動は、天性の才能と言うに相応しいものです。どうかその才能を、僕のために発揮してはくださいませんか」
「どうしてあたくしが貴方如きに何かしてあげなくてはならないの?思い上がらないでちょうだい」
「ああっ、その蔑むような目と言葉!これこそ僕の望んだものだ!」
「気持ち悪い目であたくしを見ないで。抉り取るわよ」
「貴女になら抉り取られても良い!本望です!」
何を言っても喜ばせてしまうだけだと理解したシンデレラは、話の矛先を変える事にしました。
「例えガラスの靴がピッタリだろうとも、貴方に嫁ぐ気はないわ。あたくしが王妃だなんて、国が滅んでしまうわよ」
シンデレラはロクデナシですが人でなしではないので、国を傾けるのは本意ではありません。
「貴女が僕の妻になって、国が滅ぶなどという事は有り得ません。貴女が傍に居てくだされば僕は、今まで以上に政務に力を注げることでしょう」
「そのためにあたくしに堅苦しい生活をしろと言うの?王妃なんて過酷な労働、絶対にごめんだわ」
シンデレラは人でなしではありませんがやっぱりロクデナシなので、王妃という華々しい称号より、それに付随する労働が心底嫌なようでした。シンデレラはただただ、毎日お酒を呑んで暮らしたいだけなのです。
「貴女は誤解していらっしゃる。堅苦しい事などありません。年に数回、式典の際に着飾っていただく程度です。後は毎日、楽な服装でお好きなだけお酒を呑んで、僕を罵ってくださればそれで良いのですよ」
それを聞いたシンデレラの脳裏に、『お酒を呑んで、旦那様を罵倒するだけ!誰にでもできる簡単なお仕事です!』という謳い文句が浮かびました。
「年に数回の式典と言ったわね。仮にあたくしが王妃になったとして、その場で具体的に何をさせられるのかしら?」
シンデレラの心は揺れているようです。
「僕の隣で国民に微笑みかけてくださるだけで結構です。貴女の微笑みは、誰にとっても幸いに成り得る、奇跡のような美しさですから」
「そのとき以外は、ドレスではなく気楽な姿で良いと言うの?」
シンデレラの心は揺れまくっているようです。
「勿論です。貴女の美しさは、服装などに左右されるものではありません」
「でも、現在の国王と王妃が嫌がるのではないかしら?」
もうそろそろ振り切れそうなほどに揺れているようです。
「国王陛下も王妃殿下も僕の性癖を知っています。嫁に来てくれるなら誰でも歓迎する!嫁に来てさえくれればそれで良い!どんな難があろうとも気にしない!と仰っていました」
「難有り物件でも気にしない・・・何て心の広い方たちなの」
遂に、シンデレラの心は陥落したようです。
「貴女こそ僕の理想。貴女以外には考えられません。どうかこのガラスの靴を履いてください。そして、僕と結婚してください」
シンデレラの表情から好機を読み取った王子様は、シンデレラの前に跪き、心からのプロポーズを贈ると共に、ガラスの靴を差し出しました。
シンデレラは躊躇うことなく、王子様の頭を踏みつけました。
「なっ?!貴様、何をする?!」
「この無礼者!不敬罪で」
「止めろお前たち!」
それまで居るのか居ないのか判らないほど存在感の薄かった王子様の従者たちが、こぞって大声でシンデレラを責め立てようとしましたが、更に大きな声で王子様が彼らを制止します。
「余計な口出しをするな!これは、僕にとってはご褒美だ!!」
踏まれたまま、うっとりと頬を染め上げる王子様の姿に、室温が更に2~3度下がりました。
「愛しいシンデレラ。僕の氷の女神。こんなにも素敵な仕打ちをプレゼントしてくれるだなんて。僕の申し込みを受けてくれるのですね?」
「あたくし、パーティーを去るときに言ったわよね。『あたくしがうっとりするような上等且つオリジナリティーあふれる口説き文句を用意しろ』と」
「はい、覚えています」
踏みつけられ恍惚とした表情ながらもシンデレラの問いに従順に答える王子様の姿は、従者や継母や義姉たちの心を冷え冷えと凍えさせていますが、シンデレラと王子様は気付きません。
「『好きなだけお酒を呑んで』というフレーズは、あたくしのハートをがっちりキャッチしたわ。とてつもなくうっとりしたわ。こんなときめき、初めてよ」
シンデレラの王子様を踏む足に若干力が入り、王子様は蕩けんばかりの顔になっています。
「そ、それではっ」
「ええ。貴方の申し込みをお受けするわ。末永く、あたくしにお酒を呑ませてちょうだいね。あたくしの王子様」
王子様を踏みつけた足をぎりっと躙ると、うっとりした微笑みでシンデレラは応えました。
「シンデレラ!ああ僕のシンデレラ!冷たい目で見下されながら詰られるのも素敵だったけれど、そのうっとりとした笑みで踏みつけられるのもまた素晴らしいよ!ああ、新しい扉が開いてしまったみたいだ!」
悲鳴のような歓喜の声を上げる王子様の頭から足をどけたシンデレラは、王子様の差し出していたガラスの靴へその足を入れました。
「ふふ、ピッタリね。さああたくしの可愛い人、あたくしを幸せにしてちょうだい。貴方が開いた扉はあたくしが責任もって面倒見てあげるから、安心する事ね」
高みから見下ろすかのように艶やかに微笑んだシンデレラに、王子様のハートはこの瞬間、永遠にキャッチされたのです。
こうしてシンデレラは王子様と結婚し、末永く幸せに暮らしました。
二人の結ばれた経緯は関係者全員が固く口を噤んだため、聡明な王子様と、彼に見い出された麗しい姫君という間違ったラブストーリーが巷を席巻しましたが、国民の夢を奪う事はないとの王室の判断により、訂正される事はありませんでした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
フォーリンラブの使い方が明らかに間違い倒していますが、スルーでお願いします。
そして、
シンデレラの物語を愛する方へ、心よりお詫び申し上げます m(_ _)m
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<<どうでも良いオマケ>>
ちなみに件のイケメン魔法使いは後日、“善人救済措置の下調べと選定に於ける抜本的な欠陥とその改善策”を上層部に提案しました。後にシステム改革の責任者へと抜擢され、社内で異例の大出世を果たした彼は、その後も人々に幸せを与える仕事に精を出しました。幸せと高額な報酬を引き換えに。
~株式会社トレーディング・フォーチューンは皆様の幸せをお手伝いいたします~
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なぜ魔法使い(チョイ役)にスポットを当てたオマケを書くんだ、というお叱りは甘んじて受け入れる所存。