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あめつちひかり  作者: せせり
野ばら
9/16

1

 秘密は、夜つくられる。大人はあたしたちに、いつも大事なことをかくしている。

 あたしは机の引き出しをあけて、きらきら光るダイヤを模したかけらをとり出した。これ、フジケンのお母さんが落としたのかもなあ。

 五年生になって、フジケンとはクラスがはなれた。ひと学年に二つしかクラスがないから、同じクラスになる確率は高いんだけど、はなれてよかった。正直、ほっとしている。

 去年の夏休み以来、あたしも市太もフジケンの家に遊びにいくことはなかった。フジケンをきらいになったわけじゃない。ただ、フジケンのお母さんの顔を見たくなかったんだ。

「こはる」

 お姉ちゃんがそっと近づいてきて、あたしの頭をなでた。

「最近、元気ないね。どうしたの」

 この春から、となり町の県立の高校に通っているお姉ちゃんは、この頃ますますきれいになった。もともとお姉ちゃんはまつ毛が長くて色白の美人なんだけど、最近とくに肌がぴかぴかと輝いているように見える。それになんだか、とてもやさしい。

「さなえはきっと、恋をしているんだよ」と、この間、ばあちゃんがこっそりとあたしに教えてくれた。

「なんでもない」

 あたしは机にぺったりと頬をつけたまま、こたえた。

 食欲がない。二学期さいしょの身体検査で、身長が五センチも伸びていた。

 あれから一ヶ月。今、この瞬間もぐんぐんと伸びている。かかとのあたりがぎしぎしと痛いんだ。整骨院に行ったら、「成長期による痛みです。心配ありません」と言われた。

 セイチョーキ。最悪だ。

「こはる。何か悩みでも、あるの」

「お姉ちゃん、お姉ちゃんって、恋をしてるの?」

 お姉ちゃんが目を見開いて頬を赤らめた。

「やあだ、こはる、急に。なに? こはるもひょっとして好きな人ができたの」

「いないもん、そんな人。あたし、一生、恋なんてしないもん」

 お姉ちゃん、今、「こはるも」って言った。も。やっぱり好きな人がいるんだ。

「ほっといて。ひとりになりたいの」

 吐き捨てるように言った。お姉ちゃんは、すごく悲しそうな目をしてあたしを見た。

 胸が、きゅううと痛む。恋なんて。きっといやらしいものに決まってる。

  

「おい、こはる。おれさ、サッカーと野球、どっちが向いてると思う? どっちかのクラブに入ろうと思ってるんだよね」

 市太が空き缶を蹴りながら言う。カラカラと、かわいた音がする。缶を追いかけてジグザグに走りまわる市太。どこから拾ってきたんだろう。登校中だというのに、落ち着きがない。

「……どっちでもいいんじゃない」

 適当に答える。ほんとにどうでもいい。

「こはるさあ、最近暗いぞ。どしたの? 加世も心配してるぞ」

「何でもないよ」

 力なく答えた。本当に、自分でもよくわからないんだ。

「体育祭がおわったばかりで、疲れがとれてないんだよ、こはるちゃん」

 琢磨くんがにっこりと笑ってあたしを見下ろす。琢磨くんも、いつの間にか背が伸びた。もう六年生だもんね。琢磨くんはいやじゃないのかなあ。自分の背が、勝手にどんどん伸びたりするのって。

「どーんッ!」

 市太が突然あたしのランドセルに後ろから体当たりしてきた。きゃああ、ってあたしは高い悲鳴をあげた。つんのめって転びそうになる。

「ばか市太。サイテー」

 あーばよ、のろま。市太は捨てぜりふを残して走り去っていく。あはは、琢磨くんがわらう。

「市太のやつ、あれでこはるちゃんのこと元気づけようとしてるんだよ。こはるちゃんは市太のお気に入りだから」

 琢磨くんはすずしい顔でそう言った。秋の空のように澄んだ目をしている琢磨くん。

「琢磨くん。そういうこと、言わないで」

 うつむいて、つぶやく。

 道路わきの草むらに、赤い彼岸花が咲いている。田んぼの稲穂は黄色く色づいている。秋は、大好きな季節なのに。今年はちっともきれいに見えない。高い空も、ひつじ雲も、おみなえしも、すすきの銀色の穂も。


 きょうの五時間目の体育は、一組と二組合同、の、はずだったんだけど。女子は着替えずに教室に残りなさいと言われた。男子は普通に、外でラインサッカーだ。いったい何ごと、と、ざわめくあたしたち。

 加世ちゃんがあたしの席に駆け寄ってくる。

「こはるちゃん。今日、ぜったい、あれだよ。生理のはなし」

 あたしにこっそりと耳打ちする。

「六年生が言ってたの。宿泊学習のまえに、女子だけ集めて生理のはなしをされるんだって」

 やっぱりそうか。ため息をつく。このごろ、大人たちが、すこしずつ秘密を明かしはじめているんだ。きょうは女子だけの秘密らしい。

 二組の女子たちが、ぞろぞろと教室に入ってきて、空いている男子の席に座る。

 チャイムがなって、保健室の相良先生が教室に入ってきた。

 第二次性徴、と、大きな字を黒板に書く。

「このことばは、一学期にも学習しましたね。」

 学習、した。あのときは男子も一緒だった。女子のからだの変化、男子のからだの変化、ってやつ。そのうちのいくつかはすでにあたしのからだにもあらわれ始めていて、あたしはきもち悪くてしょうがなかった。大人のからだときいて思い出すのは、去年見たフジケンのお母さんの、白いむっちりとしたからだだった。

 相良先生が、子宮と卵巣のイラストのついたポスターを広げて黒板に貼る。月経のしくみ、ってやつを説明している。卵子が精子と出会わずに、つまり赤ちゃんができなかったら、毎月子宮のなかに用意されていた赤ちゃんのベッドが外に流れます。これが月経です。

 と、ここまでは、すでにならったこと。

「みなさんの中には、もしかしたらもう初潮を経験した人がいるかもしれませんね。そういう人は、復習だと思って、聞いてください」

 どうやらここからが本題みたい。

 相良先生がナプキンを取り出して、生理の手当ての仕方について説明しはじめた。なるほどね、この説明をするのには、たしかに男子はじゃまかもなあ。使ったあとの始末のしかたとか、マナーとか、さらに先生はつづける。

「五年生はもうすぐ宿泊学習がありますね。環境がかわったとき、いきなり初潮がくるというのは、よくあることです。そのときになってあわてないように、おうちのひとと、生理用品を一緒に準備して持ってきてくださいね」

 ぼんやりと先生の手元を見つめる。お母さんに、そんなこと言えないよ。

 生理なんて一生、来なければいいのに、そう思った。


 授業終了のチャイムが鳴って、相良先生が出て行くやいなや、ろうかで聞き耳をたてていた男子どもが、どどどっと教室になだれこんできた。

「ね、何だったの、何だったの」

 佐々木ハジメがキャッキャとはしゃいだ声をあげる。佐々木はこのクラスで一番落ち着きがない。ぶあつい、まるいめがねの奥の目はいつもらんらんと輝いている。授業中はいつも何でもハイハイハイと手を挙げて、指名されると「わすれましたあ」ととぼける。五年生にもなって、まだこんなことやってるバカなんてこいつくらい。

「ねーねー、セイ教育でしょ、セイ教育。ねー加世っぺ。教えてよ」

 加世ちゃん、かわいそうに、たちの悪いやつに絡まれて。加世ちゃんの人の良さそうな小さくて丸い顔が、迷惑そうにゆがんだ。

 大体、先生たちもいけないんだ。これ見よがしに女子だけ集めたりなんかして。男子だって隠されたら気になるにきまってる。

「こはる、こはる。教えてよ」

 げ、こっち来た。しっ、しっ。顔をしかめて佐々木を手で追い払うしぐさをする。

「つれないなあ、こはるってば。いいじゃん、ちょっとくらい」

「うるっさいなあ。あっち行ってってば」

「機嫌わるっ。わかった、こはる、さては、あの日だろ」

「バカッ」

 思いっきり佐々木を怒鳴りつけた。

 せーいーり、せーいーり。佐々木は小躍りしてはやし立てる。何なの、こいつ。教室で何の話があったのか、知ってるんじゃん。

「ちょっと佐々木、やめなよー」

 女子たちがかばってくれる。ほかの男子は教室の隅っこに固まって、にやにやしている。

「おーい、こはる。コンパス、貸して」

 間のわるいことに、となりのクラスから市太がやってきた。あいたた。あたしは目をとじて神様に祈る。どうか事態がこれ以上悪化しませんように。

「お、ナイス・タイミングで里中市太」

 佐々木がうきうきとした声をあげる。

「おう佐々木バカメ。相変わらずじゃん」

 何も知らずに、のん気なやつ。でも佐々木バカメって、ナイスなあだ名だ。

「市太くうん、お前の嫁さん、生理で機嫌わるいの。どーにかして」

「はあ?」市太がまゆを寄せた。

「嫁さんなんてもらった覚えはねーぞ」

「とぼけちゃって。野々村こはるに決まってんじゃん」

 佐々木が思いっきりにやけた。ひゅーっ、嫁、嫁。男子たちが口笛を吹いてひやかす。

「嫁じゃないッ」

「嫁じゃないッ」

 あたしと市太が叫んだのが同時だったので、口笛の嵐がさらにひどくなった。さいあく。

チューしろよ、チュー。さらに調子にのって佐々木が手をたたく。バカ、やめろよ、と市太が静めようとしている。

「だまれ佐々木ッ」

 あたしはかつてないほど大声で怒鳴った。

「チューなんてするもんか。あたしはあんなきたないこと、一生、だれとも、絶対にしないッ」

 叫んで、机に突っ伏してわあわあと泣いた。

「ひさびさに出たぜ、こはるの大泣き。市太くん、なぐさめてやればあー?」

 まだ佐々木はへらず口をたたいている。

 市太は

「バカ。お前が泣かしたんだろ。ほっときゃそのうちおさまるだろ。それより佐々木バカメ、コンパス貸して」 

 と、しらっと言い放った。


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