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「め、つ、ぼ、う、す、る」
ひとさし指をのせた十円玉がつう、つうと動く。加世ちゃんが、きゃあと悲鳴をあげた。
背すじがひやりとして、わきの下にへんな汗をかいた。ほんとうに十円玉が動くんだ。がくがくとひざがふるえる。
「おい、いんちきだぜ、いんちき。フジケンのやつが動かしてんだ」
市太がかん高い声をあげて、藤巻健一 (りゃくしてフジケン)の右手をつかんでみせる。
フジケンはまゆひとつ動かさず、どうでもよさそうに市太をみつめた。
「ばれたか」
あたしと加世ちゃんは、ふわあ、と胸をなでおろして、もう、フジケンのばかあ、と文句を言った。ほんとにこわかったんだから。
加世ちゃんは
「もうこっくりさんなんてやめて、まじめにしゅくだいをしよう」
と言ってせすじを伸ばした。
フジケンは「やだね」と言って、しゅくだいつづりのかわりに自分の本を開く。「マヤ歴がつげる世界の終わり」とかいうタイトル。うさんくさい。
まったく、そもそもフジケンがこんな本を持ってきたのがわるいんだ。
公民館のクーラーはぽんこつで、ひくいうなり声をあげているわりにはぜんぜん効いてなくて、ほんとうにあつい。ぐわんぐわんと蝉の大合唱がきこえる。
夏休みの間、こども会では、公民館で週一回宿題を持ち寄って勉強会をすることになっている。終業式前の子ども会の話し合いできまった。というか、毎年恒例なんだけど。
加世ちゃん、あたし、フジケン、市太の四人は四年生になっておなじクラスになった。なかよしの加世ちゃんとクラスが同じになるのははじめてでうれしかった。フジケンは、少し、というか、だいぶ変わっている。
「知ってるか。二〇一二年十二月二十一日、何かが起きて人類はめつぼうするんだ」
鳥の巣のようにぼさぼさの頭をぼりぼりかきながらフジケンは言った。
「うそじゃない。この本に書いてある」
「そんなの当たるわけないじゃん、だいたい『何か』ってなんだよ『何か』って。おれらが一年のときだって、ノストラダムスっつーのが滅亡するとか言って大さわぎしてたのに、なんもなかったじゃん。すげー肩すかし」
「あれはたぶん、解釈がまちがってたんだよ」
と、フジケン。
へん、言い訳なんて見苦しいんだよ、と市太が鼻でわらったので、それならこっくりさんに聞いてみよう、ということになったんだ。
勉強会っていっても、みんなめいめいに漫画を読んだりトランプをしたりして遊んでるから問題はなさそう。あたしたちはみんなのいるお座敷をはなれて、縁側の人がいないところへ移動した。
こっくりさんは一学期クラスでブームになった。こっくりさんに質問をすると、五十音の書いてある紙の上を、指をのせた十円玉を動かして答えてくれるんだ。あたし、じっさいにやるのはさっきのがはじめてだった。だってこわかったから。
ああ、でもフジケンのいんちきだったなんて。正直、半分安心で半分がっかり、ってかんじ。
「こっくりさん、あんまりやらないほうがいいよ」
帰り道、琢磨くんが言った。野ばらのメロディが流れてくる。正午の合図だ。
「なんで、兄ちゃん」
市太が空き缶をけりながら言った。
あおあおとしげったたんぼの稲の葉がゆれている。入道雲のりんかくが青空にくっきりと映えている。なつはひかりが強くて、まぶしい。
「こっくりさんが帰ってくれなくなって、とりつかれて狂ってしまった人がいるんだって」
琢磨くんがしずかに言った。大事なひみつを打ち明けるみたいに。
琢磨くんは夏なのに日焼けしてなくて、色が白い。ふちなしのうすいめがねをかけていて、その奥のひとみは茶色がかっている。髪の毛だってさらさらだ。本当に市太ときょうだいなのかなって疑っちゃうほど。
いっぽう、市太は丸刈りでくるくると大きな瞳をいつも輝かせている。やせっぽちの腕は日に焼けて真っ黒。だけど、琢磨くんのことばを受けて、市太の瞳はくもった。
「とりつかれて、……くるう」
「こっくりさんはおキツネさんのことだから。キツネつきになっちゃうんだよ」
あたしはごくりとつばを飲み込んだ。夏なのに鳥肌がたった。
お昼ごはんはそうめんだった。テレビで「ほんとうにあった学校のこわい話」とかいう怪談の特集があっていて、こわいのにくぎづけになってしまう。
ずるずるとそうめんをすする。なんで、こわいって思えば思うほど、気になっちゃうんだろう。
ただいま、と声がした。お姉ちゃんが部活から帰ってきたんだ。
「えーなに、今日もそうめん?」
あからさまにいやそうな顔。お姉ちゃんは中学で音楽部にはいっている。三年生だから、夏の大会でインタイするらしい。
「こはる、何でこんなの見てるの。あたし怖いの、苦手」
お姉ちゃんはそう言って勝手にチャンネルを変えた。画面がわかい男女の映像に切り替わった。だんな様おやめください、いけません、女の人が男の人に押さえ込まれて悲鳴をあげている。
なに、このドラマ。いやああ、ってかん高い叫び声。プツン。ここで画面が消えて灰色になった。
「ごはんを食べながら、テレビはいけません」
お母さんが電源をきったんだ。ばあちゃんもお父さんもだまりこくって、なんだか変な空気が流れてる。
お姉ちゃんは落ち着きなく、消えた画面をちらちらとながめていた。