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あめつちひかり  作者: せせり
てんとうむし
2/16

2

 つぎの日、学校で市太はしゅくだいをわすれておこられた。

「やってきたけど、家にわすれましたあ」

 なんて、見えすいたうそをつく。でも先生にはもちろんお見通しだ。

「ほう。家にわすれた、ね。今からお母さんに電話して、確かめようか」

「え……。お、お母さんは今兄ちゃんと病院に行ってていません」

「琢磨君は、今日学校来てたぞ。先生は今朝会った」

 それで市太はげんこつをくらった。病気の兄ちゃんをいいわけにつかうとはけしからん、と説教されていた。もっともだ。

 災難にみまわれた市太を尻目に、あたしは上きげんだった。だってきょうは、三・四時間目が図工なんだもん。きょうは、「なんのたまご?」というタイトルで、絵をかく。なぞのたまごの中から生まれる生き物を、自由に想像して描くんだって。考えただけでもわくわくする。


「ほう、野々村の絵の具のつかいかたは、なかなか面白いな」

 先生があたしの絵をのぞきこんで、言った。手をたたいて、作業中のみんなをあたしのつくえのまわりに、集める。

「野々村は、まずクレヨンで絵のりんかくを描き、その上から絵の具で色をぬっています。そうすると、クレヨンの油が絵の具の水分をはじいて、こんな風におもしろい線ができます」

 先生はあたしの絵をみんなに見えるように高くもちあげて、かいせつする。

「それから、たまごのもようの、ここの部分。ここが先生はすばらしい色あいだと思うんだけど、野々村はどういうくふうをしましたか」

 顔がかあっと熱くなるけど、いっしょうけんめい答える。

「……わざと筆に水をたっぷりふくませて、黄色や緑色がにじんでぼやけるように、くふうしました」

 ほう、と、あつまったみんなが感心したようにため息をつくのが聞こえて、あたしははずかしくなる。でも、正直いって、悪い気分じゃない、かも。

「みんなも野々村のように、自分なりのくふうをしながら、絵を描いてみてください」

 はあい、とみんなはいっせいに返事をして、自分の席にもどった。

 筆洗いの水かえに席を立った市太があたしのところにやってくる。

「うりゃうりゃ」

「やめてよお、なにすんの」

「こうすれば、おもしろいもようができるだろ?」

 市太は筆についた水滴をはじいて、あたしの絵にかけた。市太の筆には色んな色が混じった水がついているから、きたない色の水滴があたしの絵に点々とつく。

「やめてってばあ」

 市太を追い払おうと手をふり上げたしゅんかんに、あたしの筆洗いの水がこぼれて、画用紙が水びたしになった。あっ、と声をあげて、ぶちまけられる水のしぶきを見ていた。テレビでよくある、スローモーションの映像みたいだった。

「う……う……」

 あたしの顔はいま、たぶん、真っ赤になってゆがんでいる。

「うう……ふえっ、ふえっ、」

 なみだがふきだした。あたしの絵。あたしの、絵。

「おれ、しらねーぞ」

 市太が逃げようとするのを、思いっきりにらむ。あたしの絵がほめられたのが、おもしろくなかったにちがいないんだ。市太は、そういうヤツだ。

「ぐす、ぐすっ」

 どうしたあ、と先生が気づいてこっちに来ようとしている。みんなはざわめき、あたしを見ている。

 女子の、「あーこはるちゃんかわいそう、せっかくじょうずにかけてたのに」って声が聞こえる。それとまじって、「こはるのやつ、また泣いてんの」という男子のあきれ声もきこえる。

 そうなんだ、あたしはからかわれたり、おこられるとすぐに泣いてしまう「くせ」があるんだ。これはもう、くせ、としかいいようがない。

「おい、里中あ」

 先生が市太のほうをにらみ、くびねっこをつかまえて廊下につれ出す。今から説教タイムにちがいない。ふん、いい気味。

 結局、あたしの絵はだめになってしまい、先生がくれたあたらしい画用紙に、いちから書き直すことにした。しゃくりあげながら、あたしはごおごおと情熱の炎をもやし、おそろしいほどの集中力で絵を描いた。先生が、十五分前なので給食当番のひとは先にかたづけなさい、と言ったけど無視してぎりぎりまで描き続けた。


「おせえ」

 はやばやと給食着に着替えた市太が、いらいらと貧乏ゆすりをしている。ほかのメンバーもとっくに着替えて廊下に整列している。あたしを待つあいだ、先生がマスク着用や手洗いのチェックをしている。

「おい。給食が遅くなったら昼休みがみじかくなるじゃんかよお」

 市太は自分がしたことはたなにあげて文句をたれた。頭の中がドッヂボールのことでいっぱいなんだ。

 あたしは急いで着替えているのに、どうしてももたもたしてしまう。いつもそうだ。とろいんだ。

 ようやく終わって整列した時には、となりの三年二組はもうとっくに給食をはこび終えたところだった。

 あたしたちは二列になって給食室へと足早でむかった。

「三年一組、おなべをとりにきました」

 はいよ、と係りの先生が、大きなずん胴のお鍋をわたしてくれる。

「重いから、気をつけて」

 温食のお鍋をはこぶ当番は、間がわるいことに、あたしと市太だ。いらいらしてあせっている市太と、何をやってもとろい、あたし。なんだかいやな予感がする。

 食器やごはん、牛乳のトレイをもったほかのメンバーが、整列して待っている。かえりも、きちんとならんで教室に向かわなきゃいけない。温食の係りは、重いのでいちばんうしろ。渡り廊下のすのこをかたかたと踏んで、あるく。かいだんをのぼる。廊下のまんなかにひかれた、黄色いテープから左側にはみださないように注意する。鍋の取っ手をもった右手がいたい。

「市太。はやいよ」

「うるせえ。だれのせいでおくれたと思ってるんだ」

「もとはと言えばあんたのせいじゃん」

「水こぼしたのは自分だろお」

「せきにんてんかだ」

「うるせえ。てんかって何だ、てんかって。天下とういつか」

 お話にならない。「四字熟語辞典」も貸してあげたほうがいいのかも。

 市太はさらにスピードをあげた。あたし、足の速い市太には追いつけない。

「ちょ、ちょっ、まっ」

 足がもつれる。がっしゃあああん、ってハデな音がして、鍋が廊下にころがった。あつあつの中身がこぼれて、ボルシチのいい匂いが広がる。ずいぶん前をあるいていたクラスメイトがびっくりしてふり返った。

 先頭にいた先生が顔色を変えて駆けよってくる。

「ふたりとも、けがはないか。やけどは、してないか」

 あたしはぼうぜんとしながら、だいじょうぶです……、とこたえた。なにがおこったのか、よくわからなかった。


 先生はそのあと、ほかの教室をまわってボルシチの残りをかきあつめてくれた。それでも、みんなのおわんにはほんの少ししか行きわたらなくて、大食いの男子たちに「あーあ、だれかさんのせいで」とあからさまにいやみを言われた。はりのむしろって、こういうことをいうんだ。

 昼休み、みんなが運動場や図書室にめいめいに遊びに行ったあと、あたしと市太は教室で先生の事情ちょうしゅをうけていた。

「つまり、里中の言い分としては、図工のかたづけが遅れた野々村が原因で昼休みが短くなるのがいやで、つい早足になった、と」

 それから先生はあたしの方を見た。

「野々村の言い分は、そもそも図工の時間、里中が絵をだめにしなければ、余裕をもって片付けができたはずだ、と。そういうことだな」

 先生は、ゆっくりとあたしたちを交互に見比べる。そして、はあ、とため息をついて、「けんか両成敗だな」と言った。それから急におにの形相になって、おなかの底からひびくような大声で、

「給食は、安全に気をつけてはこぶように、といつも言ってるだろう!」

って、怒鳴った。雷がおちて、あたしは「ひっ」と肩をすくめてのけぞった。

「里中。遊びたいという理由で、いそいで駆け足で重いなべを運んだら、どんなあぶないことになるか、三年生だったらもうわかるだろう」

 厳しい顔をあたしに向ける。

「野々村。給食当番は早めにかたづけて準備をするように、ということは、授業の前にも授業中にも言っていた約束だっただろう。いくら遅れをとっていたとはいえ、約束を破ってクラスのみんなに迷惑をかけてもいいと思ってるのか」

 市太はぶうたれて、もごもごと、すいませんでした、と小さく言った。あたしは、またもや胸がいっぱいになって、何もいえなくて、しゃくりをあげはじめた。

 先生は表情をゆるめた。

「もういい。ふたりとも、今日の昼休みは反省のしるしに、漢字の書き取りをしなさい。先生がいいと言うまでだ。ていねいに心をこめて書くこと」

 市太はぶうたれて、ええーっ、と声をあげた。はやく遊びたくて心にもないシャザイのことばを口に出したにちがいない。それなのにこれだ。


 先生の言うことはもっともだけど、反省のしるしに、なんで漢字の書き取りなんだろう。でもしょうがない。あたしはすごすごと席にもどろうとした。そのときだった。

 市太があたしの耳もとで、ぼそっとささやいたんだ。

「お前、泣けば何でもゆるされると思うなよ」

 それを聞いたしゅんかん、頭がかあっとなって、市太を思いっきりにらみつけた。

「泣きたくて泣いてるんじゃないもん!」

「そうかな。自分につごうの悪いこと言われると、いつも泣いてごまかしてるじゃん。ずるいよ、こはる」

「…………」

 あたしはおもいっきりまゆを吊り上げ、にくしみをあらわにした。今のあたしは先生みたいにおにの形相になっているはずだ、と。自分では思う。

「市太なんか大キライだ。絶交だ。こんりんざい、絶交だ!」

 あたしはわめいた。市太はあたしのいかりなんてどこふく風、といった顔で、

「のぞむところだ。ぜっこー!」

 と、けらけら笑った。ばかにしやがって。これであたしのいかりのメーターは、完全に振りきれた。

 ぎゃあ、とわめきながら市太のにやけ顔をグーでなぐった。市太は、なんだあそのへなちょこパンチは、と言ってあたしの髪の毛をつかんで思いっきり引っぱる。

いたい! あたしは叫んで市太のうでをつねった。いででで、と顔をしかめる市太。やった。これにはダメージをうけたらしい。市太のひらべったい足をふんづけてやろうと思いっきり足をあげた。こん身の力をこめて足をたたきつけようとすると市太のやつは寸前でひょいと足を引っ込めた。結果、あたしはかたい床に、だあん! と自分の足を打ちつけてしまった。じいいん、としびれるような痛みが背すじをつたってあたまのてっぺんまでとどく。あまりの痛さに声も出ない。

 市太はそんなあたしを見て、「ばっかじゃねーの」と、せせら笑った。

 くやしい。まるで歯がたたない。あたしのいかりなんてこいつにしてみりゃ屁みたいなもんなんだ。くやしい……。

「ふたりとも、そこまで」

 先生のひくい声が聞こえたと思ったつぎのしゅんかん、あたしたちはねこのように首ねっこをつかまれて席にもどされた。

「まじめに反省すればすぐに開放してやろうと思ってたのに……。先生は残念だ。昼休みいっぱい、書き取りをがんばりなさい」

 先生はおだやかに言ったけど目は笑ってなくて、こわかった。

 しゅんとなったあたしたちを見ると先生は教室のすみの自分のデスクにもどって、しゅくだいの丸つけをはじめた。   

 あたしは、さすがにこんどはおとなしく先生の言うことを聞いてまじめに書き取りをすることにした。

 だけど、あたしのこころはいつまでもちりちりといかりに燃えていた。昼休みのあいだもそうじ時間のあいだも、五時間目がおわって家にかえるときも、それは消えずに、どこにぶちまけようもなくって、あたしはどうしようもなくいらいらしつづけたんだ。


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