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お座敷の、日やけしたたたみの上に、ぺたりとほっぺをくっつける。
えんがわの窓からはいりこむ太陽のひかりが、しかくいスポット・ライトのようにあたる場所があって、そこだけほんわりあたたかいんだ。にやりと口もとがゆるんで、よだれがこぼれそうになっちゃう。
「こはるー。宿題は、もうおわったの。こはる。しゅくだい、早くしなさい」
お母さんの声。うらの畑からもどってきたみたい。あたしはゆめ心地からひきもどされて、むすっとほっぺたをふくらませた。
「こはる。こはる。あそぼっぜっ」
えんがわの窓のすきまから、こっそりと手招きしている坊主頭がいる。市太だ。グッド・タイミング。
お母さんにみつからないように、えんがわからこっそりとはだしで外に出る。そのまま勝手口に入って、土間にぬぎすててあるピンクの運動ぐつをはいた。
だっしゅつ、せいこう。ぬき足、さし足で家からはなれる。市太がケケケとわらっている。
「こはる。いないの」
お母さんの声が遠くでひびいている。まだ気づいていないみたい。
よし、ダッシュだ。うらの畑をぬけて、そのままだんだん畑のあぜ道を走る。はあはあと息をきらしてかけまわる。むき出しのすねに、やわらかい草の先っぽがあたって、くすぐったい。
あたしたちは、れんげ草が生いしげっている畑に、ふわりととび下りてしりもちをついた。
「あーはははは。はっはははは」
おかしくてたまらなくなって大声でわらった。市太もつられてわらった。とまらなくて、わらいすぎておなかがひきつりそう。はらいてえ、と市太はなみだ目でわき腹をおさえている。
あたしはれんげ草のじゅうたんの上にぼふっとあおむけにたおれこんだ。そして、すぐさま、ぴょこんととび起きた。
「何してあそぶ?」
市太のまるい頭の後ろに、うす青い空がひろがっている。ぽっかりと、わたあめみたいな雲がうかんでいる。
市太はきゅうに仁王立ちになって、うで組みして、ごほんとせきばらいした。
「たんけん隊ナンバー三号、野々村こはる隊員。今日のわれわれの任務はたいへん重要なものだ。くれぐれも、上官であるおれの命令にさからわないように」
「はっ」
なんで同級生のこいつが上官なんだって思うけど、きびきびした口調でいわれると、つい条件はんしゃで返事をしてしまう。
あたしは「気をつけ」のしせいで、
「隊長。今日は二号のタクマ隊員はどうしましたか」
って言った。タクマくんは市太の一こ上のにいちゃんだ。
「うむ。タクマ隊員は、持病が悪化して、家でねているんだ」
タクマくんの持病というのは、小児ぜんそくのこと。タクマくんはからだがあまり丈夫じゃない。だけど弟の市太はかぜひとつひかない。それに、タクマくんより足もはやいしドッジボールもつよい。学校だって、今のところはかいきん賞だ。だから、タクマくんじゃなくて、市太が隊長なんだ。年下なのに。
市太はどこからかひろってきた木の枝であぜ道をかきわけてすすんだ。ハーフ・パンツからにょっきりとのびた足がきびきびと動く。あたしはその後を追う。
「あっ、てんとう虫だっ」
足もとのからすのえんどうのつるの先っぽに、てんとう虫をみつけた。オレンジ色に黒い水玉。ナナホシテントウだ。
つかまえて指にはわせる。つつつ、と人さし指のつめの先までたどりつくと、かぱっと羽をひろげて、ぷうんと飛んでいってしまった。
「あーあ」
ため息をつく。市太がポン、と手のひらをこぶしでたたいた。
「よし。思いついたぞ。きょうの任務。てんとう虫の御殿をつくるんだ」
「えー、なんだ、重要な任務とかいってたくせに、何も考えてなかったの? 隊長失格だね」
「うるせえ。子分のくせにナマイキ言うな」
市太はあたしの頭をぽかりと叩いた。いたい。市太はあたしに対してやたらといばる。
「いいか、おれたちは今からそこらじゅうのてんとう虫をつかまえる。んで、おまえんちの庭にてんとう虫のパラダイスをけんせつする。そこにてんとう虫を住まわせるんだっ」
市太は目をらんらんとかがやかせて、こぶしをかかげて燃えている。
パラダイス? 頭のなかにベルサイユのようなお城がうかぶ。市太にしてはわるくない思いつき。
「でも、虫かごも何もないのに、つかまえた虫はどこに入れるの?」
市太はチッチッと指を左右に動かし、ハーフパンツのポケットからビニール袋を二枚とりだした。こいつにいれるのよー、と鼻歌でもうたうように言う。
「隊長をあまく見てもらっちゃこまるよ、こはる隊員」
学校にはいつもちり紙とハンカチをわすれて行って先生に怒られているのに、あそびにかんしてだけは用意がいい。
「さすが隊長。『そなえあれば、うれいなし』だね」
「……なんだ『うれい』って」
話の通じないやつめ。あとであたしの「ことわざ辞典」をかしてやることにする。
ナイロン袋をぶんぶんふりまわしながらズンズンあるく。ため池からひいてある用水路の水がきらきらしている。畑はどこもかしこもピンク色。あぜ道はまぶしいきみどり色。
てんとう虫をさがす。
「いたっ」
「隊長5匹目であります」
「でかした。こはる」
「あっ、こんどはフタホシテントウです」
あたしたち、もう夢中だ。
すずめのてっぽうを摘んで、草笛をならす。ぴいぴい。市太もピイプウならす。
気がつけば、ビニールふくろはうごめくてんとう虫でいっぱい。あたしのふくろだけでも、二十匹はいそう。みんな、からだからきいろい汁を出している。いくらかわいいてんとう虫でも、これだけうじゃうじゃいると、ちょっときもち悪い。
「そろそろ帰ってこいつらのすみかをけんせつしよう」
市太がそう言って、あたしはこくりとうなずいた。
あたしの家の庭っていっても、どこからどこまでが庭で、どこからが畑で、さらにはどこからが雑木林なんだか、さかい目はわからない。しき地の道路側には柿の木とか枇杷の木とかたくさんはえている。ひろい庭に、お母さんはきんぎょ草やデイジーをたくさん植えているし、おばあちゃんはねぎを植えている。あぜ道をはさんだ向こうには畑が何枚もかさなって、つらなって、さらにその奥には雑木林が広がっている。たんけん隊はもちろんこの林もちょうさ中だ。
あたしたちは柿の木のねもとにパラダイスをつくることにした。アイスの棒に折り紙をはりつけて、サインペンで「てんとう虫パラダイス」と書いて看板にする。けんせつしゅうりょうまで、虫がにげないように、ビニールの口をきつくしばった。
「おいこはる、なんでてんとう虫はてんとう虫っていうか、しってるか」
「しらーん。なんで」
「てんとうってのは、お天道様のことだ。てんとう虫は、お天道様をめざしてとぶんだ。だから、てんとう虫は、草の上でも、いちばん高い先っぽまで登ってからとぶんだ」
なるほど、言われてみれば、たしかにそうだ。へええ、と感心してみせると、市太は調子にのって、こはるはこんなことも知らないのか、ってエラそうに言った。自分は「そなえあればうれいなし」も知らなかったくせに。でも口答えすると、またたたかれる。
「だからあ、できるだけ高いところに登れるように、ながい棒とか、たくさん立てておいてやろう」
「うんっ」
それからあたしたちは、柿の葉で虫のベッドをつくったり、きんぎょ草の花をしきつめたあそび場をつくったりした。かってに花を摘んだことがお母さんにばれると大目玉をくらうので、これはトップ・シークレットだ。
「こはる。市太くん」
お母さんが勝手口から出てきて呼んでいる。あたしはびくっとなる。
「まんじゅうふかしたから、食べなさい」
やったあ、おやつだ。あたしたちはどろんこの手で、いちもくさんにお母さんのもとへ向かった。