tale 6
そんな風にモヤモヤ考える日々が続いているというのに例の件を知っているのかいないのか、ルイはいつも通り呑気だ。さすが我が国の一応トップ。国風と見事にマッチしている。まあまだ14歳だし。
「マリ、今日は勉強も休みだし久しぶりにサイクリングしないか」
「いいね! 行く!」
モヤモヤめんどくさい時にはスカッとするに限る!
ワンピースからシャツとクロップドパンツに着替え二人で(とはいえもちろん少し間を開けて近衛兵が後をついてくるけど)城下へ出た。道中「あ、陛下―!」「王妃さまー」なんていう声にひらひら手を振ったり、城御用達の果実屋のおかみさんに「どこ行くんだい? トゥーラス湖? じゃあこれもって行きなさい!」と採れたてのボイセンベリーをもらったりしながら、目的地を目指す。
40分ほどで着いた湖畔では、足を水に浸し、ベリーを食べ、木登りをし、昼寝をする。教師のマネをして笑って、執事や女官の失敗談などを話す。生まれたときから一緒だっただけあって、やっぱりこういうときはぴったり話が合う。笑いが止まらない。
「ジューンベリーを持って帰ってパイにしてもらおう!」
私はかなり大きいその果樹にするすると登り、下にいるルイに実を落とした。
ルイは笑いながら「マリは猿みたいだなあ」とそれを受け取る。
「誰が猿ですって!? ──きゃあ!!」
キッと見下ろしたところで足が滑った。落ちる!
しかし次の瞬間、私はルイの腕の中にいた。落ちた私をルイが受け止めたのだ。受け止めた反動でそのあとよろよろぺたりと私を抱えたまま尻もちをついたが。
ルイはそのままの姿勢で「危なかったなー。木登り名人のマリが珍しい。正に『猿も木から落ちる』だな!」と、はははっと笑う。笑う振動がこちらに伝わるその腕や身体は、まだ少年期とは言え私よりは大きい。……な、なんだか急にドキドキしてきた。
ふと、思う。ルイって私のことをどう思っているのかしら……。妻、とか、そういうのは、ちょっと置いておいて。
そして、Xデーは何時なのだろう……ルイは承知しているのかな……?
黙り込んでいる私にルイが聞く。
「どうかした? マリ。もしかしてどこか痛くした?」
覗き込んできた顔が思ったよりも近くてどきっとする。通った鼻すじ、薄い唇、まだ少年さが残るつるりとした肌、から少し生え始めた産毛のような髭、細い睫毛が縁取る瞳には、私が……私だけが、映っている。
気がつくと顔がかなり近づいていた。私はすっと顔を逸らし、大丈夫、なんでもない、と平常心を装って微笑んだ。
それから暫く、ミルカを脅してそれらしい日が来たら報告するようにきつく言っておいたら、遂に来た、Xデーが。やっぱり実施されるんだ!
「あの、明日の晩、と伺いました……」
私もあれからいろいろ考えた。確かにルイが慣れておいてくれた方がラクなのかもしれない。あんなのでも国王なんだし私以外の女の人を知っておいた方がいいのかもしれない。私たちはいわゆる政略結婚なんだし。
死ぬほど死ぬほど考えた。
そして私が出した結論は。
やっぱりイヤ! 男だろうが女だろうが、ルイに誰かが触れるのは、絶ッッ対イヤ!!
Xデーと言われた夜、私はルイの部屋に乗り込むことにした。こういうのは現場を押さえなければいけない、と何かの本で読んだのだ。寝間着の上にガウンを羽織り、勢いよく自室を飛び出す。
「あ、妃殿下、どうされました? あの、もうお時間が……」
同じ4階とはいえ、ルイの部屋と私の部屋は両端だ。ルイの部屋の前に立っている近衛兵が、こんな時間にやってきた私を軽く静止したが知ったこっちゃない。
「私を止めたら噛みつくわよ!!」
私は子どものころから噛みつき癖がある。城内では密かに有名で、ルイなんか最たる被害者だ。近衛兵が一瞬ひるんだ隙に、扉を開ける。
「たのもー!! 失礼するわよ! ルイ!!」
「…………マリ?」
なるべく早く来たつもりだったが、コトがある程度進んでしまっていることも覚悟して突入した。が、乗り込んだ寝室にいたのは、薄明りの中、寝台でヘッドボードに背を寄りかからせ、行儀悪く脚を組んで本を読んでいるルイだけだった。