SpiritⅢ 嫉妬と同期とデビルの力?
皺の無いスーツを着て化粧をした自分が映る扉の前に立ち規則正しい電車の音を聞きながら、私は流れる外の景色に目を向けている。
「あ!あそこって巨大な映画館があるんだろ?!」
『ええ!他にも有名なレストランなども入っている大型ショッピングモールですよ!』
そして、私の隣でははしゃぐライザくんとその隣で頬を紅潮させた零が手元のスマホをいじりながら説明していた。
「…なんで付いてきてるのよ」
思わずポツリと呟いてしまえば、ライザくんが人懐っこい笑みを向けてきた。
「え?だってメル姉と一緒に居たいからだよ」
(きゅんっ…!)
「って、イヤイヤ。仕事場に流石に小さい子を連れて行く訳にはいかないでしょ…」
一瞬トキメいてしまったことを上手く隠し、呆れた風を装い眉間に皺を寄せれば、ライザくんが少し唇を尖らせ上目遣いで私を見た。
その目には少し涙も浮かんでいた。
「えー…行っちゃダメなの?」
(ズキューン!)
ふらりとよろめく。それくらいの迫力があったライザくんの可愛さに思わず抱きしめたくなってしまう。
しかしそれを抑え、私はライザくんの頭を撫でた。
「朝言ったでしょ?ちゃんとお留守番しててって。そうしたら晩御飯は好きなもの作ってあげるって…」
「そうだけど…」
「お昼だってお弁当作ったでしょ?」
「それなら持ってきてあるぜ!」
ライザくんは得意げにショルダーバックを開けると中を見せてくれた。
そこにはちゃんと今朝私が用意したお弁当が入っていた。
――――今朝のやり取りで思っていたよりも時間を取られていたのだが、ライザくんを部屋に一人で置いて行くのも不安だったので自分用と共にライザくんのお弁当も作ってあげていた。
その際「ちゃんとお留守番しててね?」と約束したのだが、知らぬ間に付いて来ていたようで気が付けば隣にいた。…ということである。
「えっと…」
どうしたらいいのか。
私は無意識に助けを求めるべく、零に視線を向けていた。
それに気付いた零はスマホを白のスーツの胸ポケットにスマホを仕舞うとライザくんを鋭い視線で射貫いた。
『ライザ。……悪ふざけが過ぎるぞ』
「え…?」
訳が分からず首を傾げていれば、零は一つため息を吐くとライザの襟を掴みまるで猫を掴むように少し持ち上げた。
『全部“演技”ですよ。ライザは見た目十二、三歳ですが…たぶん芽瑠さんと同じくらいのはずですよ』
「え…――――」
言葉を失うとはまさにこの事だろう。
目の前にいるのは間違いなくパンクな服装をしている小学生(それだけでも十分に怪しい)だ。
とても同い年には見えない。
(冗談…だよね?)
『冗談ではありませんよ。僕らスピリットが年齢を気にしないような造りになっているように、ライザたちデビルも外見だけでは実年齢など分からないような造りになっているはずです。』
又も心中の呟きを拾った零に向けていた視線をライザくんに戻せば、彼は頭の後ろで手を組むと唇を尖らせた。
「俺は生まれたときからこんな性格なだけだよ。身体だって成長速度が他のデビルより遅いだけだ…別に年齢を偽ってたわけじゃねーし」
『そうですね…。芽瑠さん、ライザは“見た目が小学生の中身&実年齢はアラサーデビル”と覚えて頂くのが良いかと!』
「ややこしいわ!」
自信満々で拳を握り締める零にツッコミを入れつつ、もう一度ライザくんと視線を合わせる。
そこにはまるで親に叱られた子供のようにぶすっとした表情で私を見上げるライザくんがいた。
(つまり、ライザくんの本当の年齢は私と同じくらいだけど、見た目は見ての通りの十二歳くらいの少年…って事でいいのかな?)
自分なりに納得していれば目の端で零が今度は『その通り!』と片目ウインクをしていた。
「俺…メル姉を騙そうとか思ってた訳じゃないよ」
「うん…分かってるよ」
しゅんと俯くライザくんの頭を撫でる。
そこで、されるがままに撫でられているライザくんの頬が少し赤くなっていることに気付いた私は「可愛い」という言葉を飲み込み微笑むだけに留めた。
例え年齢が同じくらいでも、見た目が可愛ければいいのだ。
「あれ?……やっぱり!姫宮!」
「え…?」
突然、後ろから声をかけられ振り返る。
そこにはサラリーマンといった感じに黒のスーツと青いネクタイ。
髪は黒髪で短く整えられた、如何にも爽やか系の青年が立っていた。
「佐伯くん…」
「偶然だな!同じ車両に乗り合わせるなんて!」
「う、うん」
ニコニコと笑顔を絶やさない佐伯くんは、私との和やかシチュエーションを邪魔されまるで悪魔(実際にデビルだけど)のような表情で睨みつけているライザくんに気付きもせず私の横に並んだ。
『どちら様ですか?彼。』
「えっと…」
ライザと共に不審な目を向けている零に、私はちらりと隣に立つ佐伯くんを見た。
彼は佐伯一眞。
私と同期で同じ高校出身でもある。見た目からも分かる通り爽やか好青年といった人だ。
昔からスポーツが得意で高校時代はバスケ部に入っていたのを覚えている。
(文武両道でこの笑顔でいつも人に優しく接するから、会社でもモテるのよね…)
『そうですか。』
自分から聞いてきた癖に素っ気ない返事を返す零にムッとしていれば、佐伯くんが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「どうかした?…あ、もしかして俺…何かした?」
「ううん、何にもないよ!佐伯くんは悪くな…」
「悪いよ。」
両手を振り否定の意を表していた私に対し、背後で舌打ちをしたライザくんが前に進み出る。
「え?誰…この子」
「俺をガキ扱いするなよ、人間風情が。」
(ええー…なんで私と佐伯くんとの態度がこんなに違うの!?)
腕を組み私と佐伯くんの間に入るとライザくんは睨み付けるように佐伯くんを見上げた。
その視線の鋭さと重圧的な低い声に佐伯くんは一瞬ビクッと肩を揺らすも、ライザくんと目線を合わせるように膝を折った。
「君は小学生かな?こんな時間に電車に居るなんて…学校は?親御さんは一緒じゃないの?」
(え、そっち?まず最初にライザくんの服装の事を聞くのかと思ったのに…)
少々ズレている佐伯くんの視点に、苦笑を浮かべていればトントンッと肩を叩かれ其方を向く。
『彼…いつも“ああ”なのですか?』
「え?まあ…うん。あんな感じかな?」
高校時代もそうだったが会社でもいつも笑顔で誰かに接している。それが取引先の人だろうと上司や先輩、後輩だろうと楽しい話の時や初対面の相手に対してはいつもあんなだと思い返す。
『なるほど…道理でライザがイラつくわけですね…』
「ん?どういう意味?」
隣で腕を組みながら静かに何度も頷く零を、私が首を傾げながら見上げれば、彼はちらりと視線だけを私に移し顔色を変えず興味なさげに言った。
『…いいんですか?』
「え、何が…?」
『このままでは彼……死にますよ?』
「え――――」
突然、日常では決して軽く言うものではない言葉を零が軽く行ってのけるので一瞬動きを止める。
けれどだんだんと理解し始める脳とは違い、体は佐伯くんの方を向けと言わんばかりに私の視線はライザくんと目線を合わせる佐伯くんへと向いた。
「俺は生かす者を…気に入るか、気に入らないかで選別している」
「えっと…そうか、今流行りのゲームか何かの言葉かな…?」
子供の言う事だと話半分で聞く佐伯くんは笑顔のままだ。
けれど彼からは見えないライザくんの背後で蠢く黒い何かは、確実にライザくんの言葉に反応し佐伯くんに徐々に迫っていた。
「メル姉は前者。…お前は後者だよ」
その言葉が合図だったかのように黒い何かが覆いかぶさるように佐伯くんを呑み込もうとした。
「ライザくんダメッ!!」
咄嗟に手を佐伯くんに伸ばした私に驚いた表情でライザくんが息を呑む。
体中から嫌な信号でも発してるかのように悪寒がした。けれど伸ばした手は止まることなく佐伯くんの周りを囲む黒いものに触れてしまう。
「メル姉!!」
「っ!」
チリッと電気が走ったような痛みを指先に感じ、つい顔をしかめてしまう。だが変化はそれだけではなかった。
私の指先から青い光が放たれる。それはゆっくりと黒いものを埋め尽くすように広がり、全体にまで広がり終えると音もなく弾けて消えてしまった。
(今の…変身した時と似てる光だった?)
呆然と立ち尽くす私とライザくんに、佐伯くんのきょとんとした声がかかる。
「…どうかした?」
「え…?」
「いや…この手はどんな意味があるのかな…と思って、さ」
照れたように頬を染め頭を掻く佐伯くんの視線を追った私は、先程のばした手で彼の腕をがっちり掴んでいることに気づき赤面する。
「ご、ごめん!」
「え、いや!全然……その、嫌じゃないし」
「へ…?」
同じように赤面する佐伯くんをぽーっと見てると、不意に腕を引かれ後ろに倒れこむ。
「まったく…もう少し遅ければ自分の身が危険だったというのに、貴女という人は…」
(げっ!?)
背に当たる逞しい胸板と香る微かなチョコレートの香りに、今半抱きしめ状態をしている人物が誰なのか気づき私は青ざめる。
「あの、君はいったい?」
「初めまして佐伯さん。私の名は零…いつも“芽瑠”がお世話になっております」
ニッコリとした笑みを張り付けた零が私の名を親しげに呼んだことを訝しんでか、佐伯くんは少し顔をしかめた。
(ちょっと!普通の人には見えないんじゃないの!?)
家から駅までの間、ライザくんの事は通りすがりの人でも驚いたように見ていた。けれど零には一切目をくれることが無かったので聞いたところ、どうやら寄生したスピリットは余程“霊力”の高い人でないかぎりその姿を目にすることも声を聞くことも出来ないそうだ。
そのため零と話す時は極力心の中で話すようにしていた(でないと私が独り言をいっているようにしか見えない)のだが、今、佐伯くんには零の姿がはっきりと見えているらしい。
(佐伯くんは霊力が高い人ってこと?)
『それは違いますよ』
零が私にしか聞こえないように脳に直接話しかける。未だに違いは分からないけど、佐伯くんが反応してないのでそうなのだと思うことにした。
(じゃあ、なんで?)
『私が自分で“姿を現した”からですよ』
「え…?」
「ん?」
私が気の抜けた声を出してしまえば、佐伯くんも不思議そうに首を傾げた。
『つまり、力を使うために此方に実体を保たせたという訳です』
(力って……あ。)
『そうですよ、あの黒きモノを浄化したのは私です。芽瑠さんは確かに私と適合したスピリッターですが、元は人間の体。あまり邪悪なものに触れてしまうのはよくありません』
厳しい顔つきで言う零の言葉に、先程の光が変身する時と同じような光だという感覚は間違いではなかったと気づく。
(追い払ってくれたんだ…ありがとね、零)
『……随分と素直ですね。ですが、悪い気はしません』
満足げに微笑んだ零の笑顔にちょっとキュンときていれば、佐伯くんが顔を寄せてきた。
「あの?姫宮?」
「へ!?何っ!?」
「いや…その人、姫宮の知り合いなの?」
ジロッと少し睨みつけるような視線で佐伯くんが零を見れば、零はしれっと私の肩を抱き寄せ笑みを浮かべた。完璧なまでの“営業スマイル”だ。
「知り合いも何も私は彼女と同じ場所で暮らしていますよ?」
「「なっ!?」」
佐伯くんと私の声が重なる。
(何を平然と言ってのけてんのよ!それに零の言う場所って、私の体って意味でしょ!?)
『ええ。そういうつもりで言ったのですが?』
(他の人には同じ家に住んでいるって風に聞こえるのよ!)
『そうなのですか?…これは失敬』
(微塵も反省してない顔で言うな!)
私と零の心の中での言い合いは、表面上は静か視線のぶつかり合いにしか見えなかった。だが佐伯くんにはそれすらも互いに想い合って視線を絡ませているようにみえたらしく、眉間に皺を寄せていた。
「そっか…姫宮って、彼氏いたんだな」
「ち、違うよ!」
「え、でも…」
困惑する佐伯くんに私もどう説明したら良いか分からずしどろもどろになる。
(まさか自称精霊な男が体の中に寄生してます…なんて言えるわけないし)
『当たり前です。彼は“普通”の人間ですよ?』
(私も人間だけど…?)
『この場合“だった”が正解です』
脳内会話が続く中、佐伯くんは急に俯くと深く息を吐いた。
「ま、いっか。もう何も聞かないから安心して」
「佐伯くん…?」
「とりあえず今は、姫宮の口から“彼氏じゃない”って否定の言葉が聞けただけで嬉しいからさ」
そう言って少し頬を赤く染め、佐伯くんは笑った。
きっと優しい彼のことだから、困っていた私にこれ以上追及するのは可哀そうだと思ってくれたのかもしれない。
どちらにせよ救われたことには変わりないので、お礼の代わりに私も笑顔を見せた。
(そうだ。ライザくんは…)
後ろを振り返りパンクな少年を探すも、そこにライザくんの姿は無かった。
「あれ…ライザくん?」
「もしかしてさっきの男の子も姫宮の知り合いだったの?」
「うん、そうなんだけど…」
周りを見渡すも朝の通勤時間ということで、車内にはどんどん人が溢れてきているのか背の低い子供を見つけるのは困難に思えた。
「その子だったら、さっきの駅で降りたよ?」
以外にも情報はすぐ隣(佐伯くん)から手に入った。
「……。え!?何で言ってくれなかったの!?」
「ごめん…知り合いだとは思わなくて」
申し訳なさそうにする佐伯くんを尻目に、私は腕時計に視線を落とす。
「次の駅で降りて戻れば間に合うかな…」
「まさか姫宮戻るつもりなのか?それじゃあ、会社に遅刻するよ!」
必死に引き止めようとする佐伯くんとただ静かに様子を窺う零に、私は顔を上げ口を開く。
「いいの、それでも。遅刻したらその分の仕事はちゃんとやる。それよりも今はライザくんを見つけることが大事なの。…きっと今、一人にしちゃいけないから」
真剣に今の自分の想いを伝えたつもりだ。
さっきの邪悪な黒いもの、あれは間違いなく“危険”なものだ。もしそれをデビルであるライザくんが出したのなら、一人にする事自体が危険だと思う。
いくら私を気に入ってくれたからといってもデビルの力はああやって使える。なら、佐伯くんのように気に入らない人間が目の前に現れたら?
(また、同じようなことになってしまうかも…っ)
丁度その時、次の駅に到着するというアナウンスが流れた。
「佐伯くん、悪いけど課長や先輩に遅刻しますって伝えといてくれないかな」
「……。ああ、分かった。伝えておくよ」
佐伯くんの返事と共に、電車は駅に到着した。
「ありがとう!また、会社でね!」
駆けだすように電車から降りた私に、佐伯くんは手を振りながら見送ってくれた。
――――「…あれ?」
電車が発車し、佐伯は仕方なさそうに一つ溜め息を吐くとあることに気づき目を丸くする。
「あの男の人…いない?」
芽瑠に馴れ馴れしく接し、電車内にそぐわない白のタキシード風スーツを着ていた茶髪の男性がいないことに気づき周りを見渡す佐伯。
「降りたのは姫宮だけだったよな?……まさか、幽霊…とか?」
自分で考え出した答えだったのだが、すぐにそれを振り払い自嘲気味に佐伯は笑った。
「いや、無いか。そんな非現実的なこと」
自分の身近なところにそういった存在が居たにも関わらず何一つ気づかなかった鈍感な佐伯は、ゆっくりと流れる外の景色を会社のある駅までずっと眺めていたのだった。
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