4.鶏肉の汁気をきった後に薄力粉、片栗粉をまぶします。
教室に着いてからの僕は……そう、まるで冷めた唐揚げのようだった。
だって、ありえないじゃないか! まさか……。
「殻尾さんもカラチューなの、まだ信じられないのか?」
「うわぁあああっ!!」
いきなり目の前に空の顔。僕の今の状態の元凶(その1)だ。もう一人は言うまでもない。
「おまっ……急に話しかけるなよ! びっくりするじゃないか!」
「へ? あーごめんごめん。……で、お前まだ殻尾さグァアアア!」
「……はっ」
「……はっ、じゃねえよ! 思いっきり目潰ししてそれはねえよ流石に!!」
「いや、今セーラー服を着た変態が何かおかしなことを口走った気がして、思わず」
「思わずで目潰しする奴がどこにいるっ!」
「ごめんここにいる」
変態に対してのツッコミはなかった。て、あれ? いつの間にか、いつもは後ろで縛っているだけの髪が、ツインテールになっている……。
「な、なあ空。お前その髪」
「聞くな」
「……」
「別にあいつにやられたとかじゃ……ないからな」
「……ごめん」
「何言ってるんだよ昇…………うぅ」
「ほんとごめん、空。放課後唐揚げ奢るから」
「いらない……」
つーか俺なんかよりさ、と空。
「お前、放課後は殻尾さん誘え」
「は?」
「だってあれだろ? これってすげえチャンスじゃね? 共通点があったんだぜ。しかも一致する確率がかなり低い方面のが」
「え、でも、僕自分から誘う勇気ない。それに、」
まだ本当かどうか分からない、と続けようとしたが、空に遮られて、
「何言ってんだよ! 男ならそこんとこの意地を見せろよ! せっかく殻尾さんからチャンスもらったってゆーのに!」
チャンス……というと、あれか? 数学の課題の。確かにそれなら、自然に話をもっていける……かもしれない。
「昇は変なとこで遠慮したりおじけついたりするけど、今回はダメだ。必ず殻尾さんとの放課後デートをゲットしろよ!」
「でっ、ででで!?」
「大王じゃねえぞ」
そんな訳で、僕は殻尾さんを“放課後デート”に誘う、という正直とんでもないことをすることになった。
そのことで頭がいっぱいだったからだろうか。教室のどこかから、
「ほぁああああ!!」
「お、おおおおさおさ!!!?」
という叫び声と誰かの甲高い笑い声があがっていたことに、僕は全く気づいていなかった。
✧✦✧
……結局、あれから殻尾さんに話しかけられないまま、昼休みになってしまった。
「昇~、弁当食おうぜ」
「あー……うん」
「どうしたんだ? いつもなら『やっと唐揚げが食べれるよウェエエエエイ!』とか言ってるのに」
「いつからそんな危ないキャラになってた!? さすがにそこまでではない!」
「否定はしないのな」
どっこいせ、と空が僕の席の前に座り、弁当の包みを開く。僕も続いて弁当を取り出して、蓋を開けた。
ちなみに、彼の髪型は未だツインテールだ。何だかんだで、今までの授業の先生は誰もそれに触れなかったんだよな……。察したのだろうか。
「……うっわ。やっぱお前の弁当、いつ見ても気持ち悪……」
「何を言う。これ程素晴らしい弁当にはそうそうお目にかかれないぞ? その発言は失礼に値する」
「素晴らしい……? その弁当、唐揚げしか見えないんだけど」
「? そりゃあ、米の上に唐揚げを敷き詰めてるからな」
「……」
何を言っているんだろうか、彼は。これが僕のいつも通りだというのに。
それから空は何も言わずに、唐揚げを自分のと僕のとで入れ替えた。まさか朝の時の言葉を覚えてくれてたとは!
「うはー、ありがとう空。お前んちの唐揚げってさ、衣のカリッと感が鶏肉の弾力を壊してないところが良いよな。しかも、最近ヘルシー志向が高まって取り除かれがちな皮もしっかりついてるっていうのがまた素晴らしいね。それとモモ! 胸肉を使った脂っこさが少ない唐揚げも良いけど、やっぱり男子は肉汁がないと生きていけないよな。後さ……」
「はいはい、その褒め言葉はいつも聞いてるっつの……て、ん?」
空の視線を追いかけると、ちょうど有栖が僕たちの席の前にやって来た。
「んー? ありゃ、お二人なんか盛り上がってたん?」
「いや、こいつだけだから」
「いや、空も話弾んだよな。それで、有栖はどうしたの?」
僕が聞くと有栖は、ふっふっふー♪、と怪しげな笑みを浮かべて、
「いやあ、たまにはね? 私たちも一緒にお弁当を食べてあげようかなーってね!」
ん? 『たまには』って、今まで一緒に食べたことあったか? てか私たち?
僕が疑問符を浮かべているのとは対照的に、空は今の有栖みたいな笑みを浮かべた。
……なんか、嫌な予感がするのは僕だけか?
「あーあー成程な。いいぜ、そしたら机もひっつけよーぜ」
そして空と有栖は、四つの机を小学校の頃の給食班を彷彿とさせる、給食班のような体形にし、有栖は当然のように空の隣に座った。
……もしかして、私『たち』って。
「えっと。お隣……お邪魔するね? 柄川くん」
「……殻尾さん」
この時僕の胸は、揚げたての唐揚げのように一気に熱を帯びた。
高鳴る鼓動の中、しっかりと箸でつかんでいたはずの唐揚げが、静かに弁当の上に落下した。