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監獄街  作者: 俊衛門
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第一章:5

 そこは、熱風吹きすさぶ故郷の地だった。


 炎立ち昇る焦土を、人型の機体が行く。


 サイボーグ兵である。全身を機械化した兵士が、生身の群衆に迫る。その数は、省吾が確認しただけで100は下らない。

―― “ウサギ狩り”だ!――

 兵士の一人が軽機関銃を構え、省吾に向かって発砲した。省吾は弾丸を避けんと黒の大地を蹴った。その鉄の手から逃れんと、銃口から遠ざからんと、ひたすらに走る。彼と同じく、機械の兵士たちに追われ、逃げ惑う難民達。放たれた銃弾は容赦なく人々の体を砕く。

「省吾! こっちだ!」

 彼方より、師の声がする。省吾はその声のほうへ走った。

「先生!」

 黒煙の向こうに、女がいた。

 都市迷彩に身を固めている。両の手には機械兵から奪った無反動砲を持っていた。唇を真一文字に結び、刃のような瞳で機械の軍団を睨んでいる。

 省吾は師のもとに駆け寄った。

「いいか、省吾」

「先生」は、強い口調で諭すように言った。

「この先、10キロほど行った所に塹壕跡がある。そこから旧軍の地下シェルターに行ける。あそこなら機械兵も入れない。ここから先は、皆と連れ立って行け」

「先生は、先生はどうするの!」

「私はここで奴らを食い止める」

 決意に満ちた、眼と口調。キッと前方を見据え、「先生」は機械兵の一団にランチャーを撃った。

 轟音と共に、火柱。兵士たちが破壊される。

 もう一度、装填、発射。土と廃屋を巻き添えに、機械たちが破片となって宙に舞い上がった。

 その師を、不安な表情で見つめる省吾。弟子の意を汲み取り、「先生」は笑いかける。

「心配ない、早く……」

 笑顔が消えた。省吾にかけるべき、その言葉を吐ききることは出来なかった。


 彼女の胴を、機械の腕が貫いていた。


 人工の指が、背中から生えていた。キイキイと耳障りな音をたて、それは蠢めいている。鉄の指に、「先生」の血液が染み入った。

 その腕の持ち主の機械兵が、頭部をこちらに向けた。一つ目の紅いセンサーが、赤黒い空間で不気味に光る。無機質なその目に、射すくめられて省吾は凍りついた。恐れに、心が支配される。

「あ……あぁ」

「行け! 早く!」

 血の塊を吐きながら、息も絶え絶えになりながら「先生」は叫んだ。その師の必死の思いは弟子に届いた。

 我に返り、省吾はかつての師に背を向けて走り出す。

 省吾の足元に銃弾が刺さり、土煙が上がった。




 自分の叫び声で、夢から覚めた。


 目に光が飛び込んでくる。柔らかい、黄土色を含んだ白い光。目の前の光景を確かめるべく、眼を見開く。しかし、やはり景色は変わらない。

 なぜか、息が苦しかった。呼吸が出来ないことはない。ただ、鼻と口の部分が何かで覆われており、それが空気の循環を悪くしているようだ。

(ここはどこだ)

 そもそもなぜこんなところにいるのだろう。省吾は記憶を探る。俺はたしか変なナイフの男に斬られて……

 そのあと、これまた変な女に――とそこまで思い立ち、身を起こした。

(そうだ、あの女!)

「気がついた?」

 頭上から、女の声が降り注いだ。

 その声は、省吾の言うところの「変な女」のものであることは間違いなかった。

「……息苦しい」

「ああ」

 少女はどうやら省吾の右側に立っているようだった。

「包帯巻いているからね。顔、凄いことになっていたから」

 包帯――なるほど白い光はそのためか、と納得する。

 省吾は顔を撫で回した。どこを触っても布の感触しかない。もしや頭部全体に巻きつけたのか?

「で、ここはどこだ」

「ん? 私の家よ」

 省吾は自分の目にかかる布を、指で下げた。視界が開けたことで状況を確認できる。

 そこは、小さな部屋だった。焦げ茶色の木造仕立て。天井は梁がむき出しになっている。家具は、粗末なテーブルと椅子、そして省吾が横たわっていたベッドのみ。スラムの、よくある集合住宅の一室だ。

 だがスラムにありがちな不潔さはなく、むしろ手入れが行き届いた小奇麗な部屋だった。少ないながらも、戸棚にはシンプルな小物が並んでいた。テーブルにはヨーロピアン調のランプが灯り、部屋全体を薄く照らしている。

「もう大変だったわ。血がなかなか止まらなくって。何とか止血したけどまだ安静にしてて頂戴」

 そう言った少女の床には……省吾の血が染み付いたガーゼや包帯、薬瓶が散乱している。彼の止血に、相当な労力を要したことが伺える。

「……解せない」

「なにが?」

 省吾は、額辺りの包帯の隙間に指を差し入れ、思い切り引き剥がした。ベッドより、勢いよく飛び降りる。

「あ、ダメだって。まだ完全じゃな……」

「うるさい」

 血はもう止まっていた。眉間に鈍い痛みを感じたが今はそれどころではない。

「なぜ、こんなことをする。貴様一体!」

 手に絡みつく布をそのままに、少女に詰め寄った。とその時。

「……? あれ」

 立ちくらみが、省吾を襲った。本来なら目の前の女を締め上げるはずだったが、目標に1メートルも近づくこと叶わず、床にへたり込む。

「あー、だからダメだって言ったのに。あんだけ出血したんだからしばらくは動けないわよ」

 大丈夫? と省吾を助け起こそうとするが、彼はその腕を払いのけた。

「自分では分からないかもしれないけど、ひどい傷なんだから。安静にしなきゃダメよ」

 何とか自力で立ち上がる省吾に、少女は言った。

 省吾の左側に、鏡がかかっていた。薄汚れたその鏡を省吾は何の気なしに見た。

 眉間から、左頬にかけて大きな傷が刻まれている。ナイフの男に斬られた痕だ。あのまま放っておいたら傷口が腐っていたか、もしくは出血多量か。いずれにせよ処置が遅かったら死んでいた、そういう傷だ。

 もし、放置されていたら……今頃になって震えが来た。

「礼を言っとこう、一応な」

 壁に手をつきながら、とりあえずベッドまで戻った。

「だが俺をどうするつもりだったんだ。殺すつもりなら、とっくに殺せたはず。奪う物は何も持っていないのに、それどころか貴重な医療品を浪費してまで俺を助けて。何のつもりだ」

「死にそうな人がいたら、放っておけないでしょ?」

「正気か、お前」

 驚く省吾をみて、少女は声を上げて笑ってしまった。

「何が可笑しい」

「だ、だって。そんなに驚かなくても」

「驚かないほうが変だろ」

 省吾の言うことはもっともである。

 行政特区において、アジア人ほど不遇な生活を強いられている者はいない。社会保障は戦勝国民にしか適応されず、医療品など一部の人間にしか手に入らない。それなのにこの女は。 「なによ、変な顔して。倭人ってよく『相互扶助』とか言ってるじゃないの」

 そんな大昔のことを……と言い掛けて、はたと思いとどまった。

「ちょっと待て、『倭人』って言ったな。なんで俺が倭人って分かったんだ」

「そんなヘタクソなジャパニーズ・イングリッシュ、今も昔も倭人くらいなものよ」

 くすくすと少女は笑う。薄暗闇の無空間でも、微笑みを絶やさない。なんでこんなに笑っていられるのだろう。

「あんた、倭人なのか?」

「いえ、私は朝鮮人。あ、自己紹介がまだだったわね。私の名前は(パク) 留陣(ユジン)

 ユジンって呼んで頂戴、と言った。

「朝鮮人……だと?」

 省吾の顔が強張った。

「そう。なにか問題ある?」

「いや、別に」

 少女が、やや語気を荒げた。省吾は言いよどみ、下を向く。確かに問題ない、はずだ。終わったことを、しかも当事者でもないのに何を気にしているのだ、自分は。ちくちく刺さる胸の内を誤魔化すように、咳払いをしていった。

「俺は……真田省吾」

「そう、よろしく省吾」

 ユジンは右手を差し出した。が、省吾が握り返すことはなかった。

「とりあえず」

 省吾の態度に腹を立てるでもなく、ユジンは右手を引っ込めた。

「食事、出来てるから」


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