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監獄街  作者: 俊衛門
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第七章:7

 店の奥に、およそ店の構えには似つかわしくない鉄製の扉があった。分厚い、頑丈そうな扉である。鍵がいくつもつけられていて、店主がその一つ一つを開錠していった。

 「なにこれ。この中に何かあるのか?」

 無駄に立派な扉を見て、省吾は呆れたような声を出した。

 「ここは?」

 店主の開錠作業を眺めながら彰が応えた。

 「この界隈では有名でね。表向きは包丁やら中華鍋なんかを売っているんだけど、ちょっと裏の道に精通した者だったらだれでもここに通うようになる。そんなところだ」

 「いってる意味が分からん」

 「省吾はさ、疑問に思わなかった? なぜ武器の流れが制限されているこの街で刀が手に入るのか」

 彰が意味ありげな笑みを浮かべる。

 「省吾が使った長脇差、あれって俺が魔法みたいにポンと出したと思ってた? 安っぽいファンタジー小説みたいにさ」

 「その台詞は、危ういぞ」

 がちゃり、と4つ目の鍵が外れた。鍵の一つ一つに暗証番号を打ち込まなければならないらしく、おまけに店主はその番号を覚えていないようだ。いちいちメモを見ながら、番号を照合している。

 「ここはつまり、そういうことか」

 「そう。武器を扱う、非合法の道具屋。大陸から流れる武器を、当局の目を逃れてね」

 最後の鍵が解かれ、扉が開かれた。


 入るとすぐに飛び込んできた、道具の数々。

 「はぁ……」

 圧倒された。

 壁が見えなくなるほど、武器という武器が掲げられている。まるで武器そのものが壁になっているかのように部屋一面を多い尽くしている。

 その種類は豊富である。刀、剣、槍といったメジャーどころから鈍器や暗器まで揃っている。

 「ここじゃ、古今東西の武器が揃う」

 店主が下卑た笑いを浮かべながらいった。

 「古今東西? それをいうなら銃もあるのか?」

 「お前さんも随分白人寄りだな、『疵面スカーフェイス』よ?」

 その呼び名に、過剰に反応してしまった。

 「なっ、何を」

 「お前じゃろう? ひと月前に青豹とやりおうた奴というのは。顔に傷、と聞いていたからな。なるほど、彰のいうとおり危うい感じがするのう……」

 不気味な笑い声を上げるのに、省吾はたじろいだ。

 (何を話したんだよ、あいつ……)

 人のよさそうな笑みを返す彰を、思い切り睨みつけてやった。どうせ余計なことをいったのだろう。

 「武器というのは」

 店主が口を開くのに、省吾は向き直った。

 「己の体そのものじゃ。剣を振るう行為、そのことは拳を打ち出すのと同じこと。剣という媒介を通してはいても、鍛えられた自らの肉体を用い、最大限に生かすことこそが戦いというものじゃ」

 一方、と言葉を切って再び語り始めた。

 「銃なんてものは、当てようと思えばだれでも弾を当てることが出来る。いくら心身を鍛えても、引き金を引けばよい。そんなものは武器とはいわない」

 「そ、それは……」

 「はいはいはい、御託はいいからとっとと始めてくれよ」

 彰が口を出したことで、話は終わった。

 「どのみち銃器市場は大国のシンジケートが握っているんだ、こんなところにあるわけないだろう?」

 そういって今度は店主の方に話を振った。

 「例のもの、用意しているか?」

 「ああ、これだ」

 彰の「こんなところ」という発言に、別に気分を害したようでもないようだ。店主は奥の方から布に包まれた、棒状の物を取り出した。

 「これじゃろう? 注文の物は」

 彰が手に取り、布を払う。それは刀だった。

 「いつだったか、まともな刀欲しいっていってたろう?」

 彰は省吾に刀を差し出す。

 「いつまでも長脇差じゃ、もたないだろうからね」

 「メインイベントって、まさか」

 「そ、こいつのことさ」

 手に取って、その刀をまじまじと見た。

 二尺四寸の、一般的な打刀である。拵えは漆の朱塗り、鍔は龍をあしらっている。鞘には金箔の文様、豪奢なつくりだ。

 「すごいですね……」

 舞が横で、そう洩らした。

 「お前に、刀の良し悪しが分かるのか?」

 「いっ、いえそういうことじゃないんです。刀なんて、真近で見たのは初めてですからっ」

 「……なら、もっとよく見るか」

 いうや、省吾は鞘を抜きはなった。鞘走る音に驚いたのか、舞が小さく声を上げて身を縮めた。

 「だめだな、これじゃ」

 刀身を灯りに翳すと、省吾は嘆息するようにいった。

 「主よ、こんな商売でよく続けられたな」

 「なにか問題があるのか?」

 彰が覗きこむ。省吾は刀を傾けて、彰にも見易いように角度を調節してやった。

 「見ろ、錆びが浮いている。ろくな仕事してねえ」

 刀の中程が、明らかに色が違う。銀色に輝く海の中、赤錆が点々と浮き出ている。

 「砥げば使えるんじゃないのか?」

 「他にも問題はある。よく見れば刀が曲がっているし、目釘もちゃんとはまっていない。第一、この刃こぼれは修正不可能だ。そうだろう、主」

 鍔元の、大きく三角に欠けた箇所を指差して店主に見せた。

 「残念だが、俺は騙されない。わざと室内を暗くし、それで細かな傷や錆を目立たなくしているようだが……あいにく俺は夜目がきくものでね」

 刀を納めて、店主に突き返した。

 店主の顔が、明らかに不機嫌なものに変わった。それまでの卑しさを絵に描いたような笑みから憮然としたものに……少し、いい気味と思ってしまった。

 「まいったな……前金払ったのに」

 彰が心底、弱ったような声を出した。

 「これじゃあ、無駄になっちゃうよ。返してもらうか、前金分で長脇差いくらかもらうとか……」

 「だから何度もいっているだろう」


 ふと、壁に掛けられている一振りの刀に目がいった。


 「お前に情けをかけられる、覚えは……」

 黒塗りの拵えである。外見は特に変わった所のない、何の変哲もない刀。だが

 なぜか、惹かれた。

 (これは)

 ほぼ反射的に手が伸びた。手に取ると、ずしりとした重みがかかった。

 「これ、勝手に触るでない」

 店主が怒鳴ったが、それを無視して鞘を払った。


 剛直な同田貫である。刃は厚く、鉈のよう。鋼の輝きは鈍く、少し黒光りの刀身から武骨な空気が滲む。

 刃紋は粗く、立ち昇る火炎を思わせた。

 草原に放たれた火が、大地を焼き尽くして火柱を立てる。風に煽られ、渦を巻いているかのように荒れ狂う炎のような――。


 「いいな、これ……」

 思わず洩らした。

 「なんだ? 気に入ったのか?」

 彰が訊いたのも気づかないほど、食い入るように見つめている。まるで刀に酔っているかのようである。

 実際、酔っていた。省吾を惹きつけてやまない、静かで力強い刀の気に魅了された。

 「なんだ、まともなやつもあるじゃないか、主」

 「そいつは、簡単には売れないな」

 苦虫を噛み潰したような顔で、店主がいった。

 「どうしても欲しいというなら、そうだな、3万ドルは積んでもらわにゃ」

 「さ……」

 「3万ドルぅ!? 」

 絶句した省吾に代わって、彰が素っ頓狂な声を上げた。

 「ちょ、ちょっとそれって! それはちょっとたか……」

 「何が高いものかい。その刀は、名のある刀工が造った最後の作じゃ。その位は妥当じゃろう?」

 形勢逆転、とばかりに店主が再び笑った。勝ち誇ったようなその顔を潰してやりたいと、一瞬だけ思ったが

 「まあ、妥当だろうな。確かに」

 そこは納得するしかなかった。

 食うために誰もが必死になっているこの時代――このような刀を打つのは簡単なことではなかったはずだ。材料もろくに揃わず、環境を整えることすらままならないことが殆どだ。

そんな状況で、一切手を抜かずにこれだけのものを作り上げた。そんな刀を安い値で買い叩くなど、刀工への侮辱に等しい。

 「いや、でもしかし……」

 「もういい」

 省吾は刀を壁に掛けなおした。

 「で、でも……」

 「俺は刀はなくとも大丈夫だ。その金は、『OROCHI』のために使え。どの道、お前の世話にはならん」

 そう、刀はなくとも……ただし、それだと相当厳しいが。

 その時。

 「まあ、待ちなせえ『疵面スカーフェイス』」

 店主が声を掛けた。

 「確かに金がない奴には売れんが……金がなくても手に入る方法が、ある。1つだけな」

 「はあ? なにそれ」

 振り返ったその鼻面に、店主の指先がつきつけられる。思わず体をのけぞらせた。

 「ただし、お前さんが賭けるのならな……その命を」

次回、3月29日(土)更新予定。

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