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監獄街  作者: 俊衛門
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第七章:6

 屋台の1つに腰を落ち着け、彰が串焼きにした羊肉を3人分注文した。

 「今日は、俺のオゴリだ」

 串にかぶりつきながら彰が言った。

 「この間は助けられたから、そのお礼ということで……」

 隣では舞がおっかなびっくり羊肉にかじりついている。省吾は懐から10ドル紙幣を取り、彰に突き出した。 

 「いらねえよ。てめえに情けかけられるほど落ちぶれちゃいねえ」

 くしゃくしゃになった紙幣を押し付けるのを、彰は苦笑いしながら押しとどめた。

 「そんなに難しく考えなくてもいいだろう。別にそんなつもりじゃないからさ」

 というが、頑として省吾譲らない。渋々彰は、紙幣を受け取った。

 「全く……そんなんじゃ友達出来ないよ、省吾。舞からもなんかいってやって。この男、どうにもカタブツすぎて」

 「えっ、あの……ケホッ」

 いきなり話を振られた舞が、軽くむせてしまった。

 「あ、これとっても美味しいです……ね」

 話題を作ろうと取り繕うが、省吾の無言のプレッシャーに気圧されて黙り込んでしまう。彰はそれをみて「やれやれ」とばかりに手を広げた。

 「あのさ、そんなに四六時中ピリピリしていて疲れない? 言いたくないけど、さっきのだってそうだよ。そんな怖い顔して、いかにも絡んでくれってつらじゃないか」

 省吾は無言で肉を食らう。串から一気に引き抜き噛み砕いた。

 「まあ、こんな街じゃそうなるのも無理はないけどさ……ただ斬った張っただけじゃないよ、生きていくのは」

 「……いきなり銃で脅す奴が、なにをぬかすか」

 肉をそっくり食いつくし、串を投げ捨てた。

 「斬った張ったはお互い様だろう。俺の目には、青豹とやっていることは同じに見えるがな」

 「ははは……それをいわれるとつらいな」

  彰は悪びれた様子もなく笑った。

 「でもまあ、俺がいいたいのはもっと柔軟に対応しろってことだよ。でないと……」

 串をくわえながら、省吾に人差し指を突き出した。

 「人探しも難航するよ?」


 「何で知ってやがる?」

 「《南辺》の噂は、すぐに耳にはいってくるよ。」

  全く――舌打ちを、禁じえない。つくづく、忌々しい男だ。


  省吾がまだ幼い頃。彼が『先生』と呼び慕うある女性がいた。焼け野原の故郷で省吾を拾い、武術その他の技術を叩きこんだ。いわば省吾の師である。

 ただ、その師も数年前に他界した。

 戦勝国の一部機械兵による難民虐殺、通称“ウサギ狩り”によって。

 


 「それが、3年前のこと」

 口の中に残った香辛料の塩辛さを、水で洗い流して省吾がいった。

 「でも、目の前でやられたんだろう? 機械兵に」

 「胴体を一気に、腕で突き破られた。『鉄腕アイアン・アーム』じゃないけど」

 そういえばその“場面”も、しょっちゅう夢の中に出てくる。

 「なら、生きているわけが……」

 「だが、ジョーは“一心無涯流”っていったんだ。それを遣うのは、この世に俺以外では先生しかいない」

 それを確かめるためには、探すしかない。“クライシス・ジョー”が口にした、その女を。

 「で、人が集るところにいっては聞き込みして、返答に窮した相手をぶちのめしているそうじゃないか。この間、『招寧路』の酒場で暴れたんだって?」

 彰が問い詰めるのに、言葉を詰らせた。

 「……だから、何で知ってんだよ」

 「顔に傷つけた柔術使いなんて、この辺じゃ1人しか該当しないだろう」

 お前には関係ない。そういってペットボトルの残りの水を流し込み、空ボトルを握り締めた。

 「俺はお前たちとは関係ないんだから、何をしようが勝手だろう」

 「しかしね……」

 「俺は、先生を探す」

 もうこの話は終わりとばかりに、省吾は立ち上がった。背を向けて、会話の流れと場の空気を断ち切った。

 「省吾……」

 だが彰が最後に発した言葉に、省吾は動揺を隠せなかった。

 「何をそんなに焦っているんだ?」

 その言葉が矢となり、胸に突き刺さったのだ。

 

 さて、といって彰も立ち上がった。

 「じゃあ、行くか」

 「行くって、どこに? というかそれは俺も含まれているのか?」

 「当然」

 彰が手を差し伸べ、舞がそれに従った。怪訝な顔をする省吾に、笑いかけていった。

 「なんせ本日のメインイベントだかんね」


 通りを抜け、うらびれた路地裏に彰は入っていった。後ろを舞がとことことついてゆく。その5メートル後を、省吾がのんびりと歩いて行った。

 (なんだってんだよ、一体……)

 彰の足取りは軽い。入り組んだ路地を、自分の庭のように歩いている。ということはこれから行くところは

 (行きつけの所、ってことか)

 そびえ立つ壁が、圧迫するように見下ろしている。建物から伸びる看板やら洗濯物が空を塞ぎ、真昼の太陽を遮る。

 ぬかるんだ道に落とされる影。闇が、そこにあった。

 (いつかの地下通路を思い出すな……)

 顔の傷が、疼いた気がした。

 この傷が全ての始まり……《放棄地区》で“クライシス・ジョー”と刃を交え、

 「俺はこの街に巣食うゴミ共にめでたく仲間入りすることになった――と」

 「えっ、なんです……か?」

 前を行く舞が振り返ったことで、省吾の短い述懐は終わった。

 「……何でもない」

 俯き加減に、吐息のような声で訊く舞を、見下ろすように眺めた。上目づかいに、今にも泣きそうな目で省吾を見ている。

 今朝からずっとこんな調子だ。

 ――何でこいつは、俺のこと怖がっているんだ?

 なにか嫌われるようなことをしただろうか? それとも自分はそんなに強面なのか?

 「おーい、こっちだ」

 彰が呼ぶ声に、省吾と舞が振り向いた。

 彰が手招きしている、その頭上には古びた看板が見えた。そこに書かれている文字を読む。

 「……金物屋に何の用があるんだ?」

 首を傾げながら、とりあえず向かった。


 粘土質の土壁で出来た、崩落寸前の建物が二つ。その間に無理矢理割り込んだように、小さな、祠のような店がひっそりと建っている。

 店先には包丁や鍋といった、日用品が並べられている。おそらく正式な認可を受けていない営業店の1つであろう。それは、ほぼ間違いない。

 彰は無遠慮に店の中に足を踏み入れた。省吾も続く。

 店内は、表と変わらぬ薄暗闇に満ちていた。埃だらけで、電球がおぼろげな光を放っている。

 灯りの元に、屈強な男がひとり座っていた。

 「マスター、いるかい?」

 彰がいうと、男は頷いて店の奥に引っ込んだ

 しばらくすると、小柄な老人が店の奥から姿を現した。先ほどの男をひとまわりもふたまわりも縮めたサイズである。

 「久しぶりだな、彰」

 歳はもう80近い様子、どうやらここの店主のようだ。

 抱いたのは、まず嫌悪だった。

 (なに、こいつ――)

 不気味――月並みだが、そんな印象をまず抱いた。

 異様な雰囲気を纏った男だ。痩せこけた、樹木のような乾いた皮膚。素肌の上から直接、こげ茶色の上着を引っ掛けるように着ている。真っ直ぐに伸びた白髪が、顔の前に柳のように垂れ下がっていて、その奥から落ち窪んだ眼がのぞいた。瞬きひとつしないで省吾の方をじっと見ている。

 何故だろうか、その目が妙な迫力を放っている。ぎらついた瞳は、心の裏までを見通しているようで、何か居たたまれない。

 「いつぞやの青豹以来じゃな……最近見かけんから、くたばったかと思ったわい。ほう、その男が、そうか――」

 店主が笑うと、黄色い歯が口元から見えた。痩せこけた頬がひきつったように上向き、こめかみが痙攣しているように動く。それがまた、気味が悪くて――

 顔を背けた。

 「彰、なんだよここ」

 声のトーンを下げて耳打ちした。小声になったところで狭い店内のこと、意味はないのだが……

 目の前の老人はあいかわらず、不気味な笑みを浮かべたまま見ていた。

 「まあすぐにわかるさ……じゃ、マスター。いつものように」

 彰がそういうと、店主は「ついてきな」といって店の奥に引っ込んだ。

 彰もそれに続いた。

 「おい、ちょっと!」

 「早く来いよー」

 暗がりに消える彰が、声を掛けた。 

 来いといっても……こんな得体の知れないところに入る気には到底なれない。頭の奥では、本能が危険な匂いを察知して「退け」と発している。

 すると、隣にいた舞が省吾の前に割り込むようにして彰の後を追った。

 「真田さん」

 振り向いて舞がいった。

 「大丈夫です。ここは見かけほど、恐ろしいところではなさそうですよ」

 不思議なほどに落ち着き払っている。省吾と対する時はおどおどしていたのに、なぜこの場ではこんなに平然としているのだろうか。

 「……なんでお前にそんなことわかるんだ」

 反発するように省吾が返した。別に対抗意識を燃やしているわけではないが、これでは自分のほうが怯えているようではないか。

 「暗闇には慣れているんですよ」

 舞は何でもないというように答えた。

 「クラブにいたときに、似ているんでしょうね……」

 「それって……」

 「いきましょう」

 一瞬目を伏せ、次には向き直り暗がりに消えた。

 (あんな小娘に……)

 遅れをとってなるものか。省吾は早足で、彰たちを追った。

次回更新、3月27日(木)予定。

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