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監獄街  作者: 俊衛門
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第七章:5

 忌々しい――こんな男に弱みを握られるとは。

 「さて、それじゃあ腹ごしらえにでもいきますか」

 彰のその言葉を受け、3人は部屋を出た。

 ちなみに省吾に拒否権はない。行かないと突っぱねたのだが

 「別に来なくてもいいけどね〜、ただ俺って口が軽いからさ、さっきのことを“ついうっかり”口に出さないともいいきれないよ?」

 ……などと言われては、ついて行くしかない。


 (おかしいよな……絶対)

 路地を抜け通りに指しかかる間、省吾は自問しながら歩いた。

 戦いが終わった後、省吾は二度と彼らに関わらないと決めていたはずだ。それなのに、何を仲良く茶を飲んで、さらに連れ立って歩いているのか。

 「絶対おかしい」

 と呟いた声は、市の喧騒にかき消された。

 成海を東西南北に分けた《南辺》の、第2ブロックと呼ばれる地区が省吾の住む場所である。 アジア人のスラムが多く立ち並び、通りには違法営業の店が軒を連ねる。建物から看板がいくつも突き出ており、ただでさえ狭い空をさらに狭めている。

 通りにいくつも立ち並ぶ屋台から、苦椒醤香りが漂ってくる。男たちの怒号や叩き売りの声が幾重にも響き、それがまたやかましい。

 「離れるなよ、舞」

 彰が手を差し伸べた。舞は、その手に素直にすがりつく。省吾の前とは違い、自然なふるまいを見せた。すくなくとも、怯えの色は見えない。

 (彰の前では普通なんだな……)

 まあ、だからどうというわけではないが……なんとなく、気に入らない。

 それが顔に出てしまったのか。

 「おい、貴様」

 柄の悪い男に、思い切り絡まれた。


 「ぶつかっといてアイサツもなしかぁ? ガキ」

 アジア系の、スキンヘッドの男である。紫色のどぎつい色のシャツを着ている。顔立ちは欧米人のようだったが、言葉は広東語だ。混血だろうか。

 後ろにまた別の男を2人、従えていた。いずれもアジア系、同様のけばけばしい服装でこの汚れた街には似合わない。

 「なんかいえよ、クソガキ。人にぶつかったらまず土下座して相手の靴の先舐めるのが作法だろう?」

 相手をするのもばかばかしい。いつもだったら適当にあしらっていただろう。だが、この時は違った。

 「知らんよ、そんな作法。大体あんたの方からぶつかってきただろう、今のは。舐めるんだったら俺のを舐めやがれ」

 省吾は男に食ってかかった。後ろの男たちがそれを見て、にやついた顔を強張らせた。

 「……なんか言ったか、ガキ」

 ぶつかったほうの男はと言うと……爆発寸前といったところか。

 「餓鬼はそっちだと思うがな? 血と争いに飢えている、さもしい根性丸出しにしてよ。この街にはお似合いだが、己の力量ってものを見極められんと……死ぬぞ?」

 紫の男が、いきなり殴りかかってきた。無警告に、右の拳を省吾の顔面に叩きつける。

 省吾は身を低くしてそれを避けた。男の腕が空振りし、上体が崩れた。

 足払い。前のめりになる男の足を刈った。上半身は前に、下半身が後ろに流れ、それがそのまま体の崩しとなった。

 「ぼわっ!」

 間抜けな声を上げて男の体が宙を舞い、次にはうつぶせに倒れた。

 顔が足下に来たのをいいことに、省吾は顔面を踏みつけた。

 「おら、舐めやがれ。作法なんだろ? せいぜい味わえよ、靴の裏までとっくりとな」

 無表情のまま男の顎を蹴り上げた。男は血と共に、折れた歯を地面に吐き出した。

 「野郎!」

 後ろの男2人が、同時に殴りかかってきた。

 1人目が右手を突き出す。省吾、手首を掴みひねり上げる。関節が軋んだ。

 「ぐあっ」

 体を転換、男と同じ方向に体を向ける。そして極めた手首を一度頭上に掲げ、地面に向かって振り落とした。

 男の両足が地をはなれ、空中で舞った。掴んだ手首を支点に、一回転する。

 次には完全に投げ落とされていた。

 「ごはっ……」

 背中からまともに落ちた。気管が詰ったように鳴き、男は沈黙した。

 もう1人が殴りかかってくる。省吾はその動きを読んでいた。

 腕を取り、懐に入り込む。

 「脇が甘い」

 身を低くして肘打ちを叩きこんだ。胸骨にまともに入る。男が突進する勢いに、省吾の肘の勢いがプラスされた、いわばカウンターの状態だ。

 肘の下で、骨が砕けるのをはっきりと知覚した。

 「か……クソ」

 気づけば、男たちは全員省吾の足下にひれ伏していた。いつの間にやら集った野次馬達から、歓声があがる。それを受けて省吾は……勝者の愉悦に浸るでもなく、やはり無表情だった。

 「ふざけんな、この野郎」

 最初に絡んだ男が立ち上がった。

 「この……」

 紫の男がナイフを取り出した。腰だめに構え、刺突体勢をつくった。

 周りの野次馬が騒いでいる。止めるべきだという声ともっとやれという声が聞こえる中、省吾は相変わらず無関心かつ無感動な目で男を見ていた。周りの喧騒の中で、省吾だけが静けさを保っている。

 男がナイフを突きださんとする――その時

 「はいはい、そこまでだお二方」

 間延びした声と共に、彰が割って入った。

 「なんだ、てめ……もが」

 邪魔されたのが気に障ったのか、男が食ってかかった。

 「彼は、『OROCHI』の客人なんだよね……彼にちょっかい出すってことは『OROCHI』と構える覚悟があるということか?」

 彰は懐から銃を取り出し、銃口を男の口に突っ込んだ。旧型のコルト・ガバメントだ。

 空気が、凍りついた。

 「ひ……」

 その名を聞いた時、男の顔色が変わった。自分が喧嘩を売った相手が、何であるのか――いまや《南辺》で『OROCHI』を知らぬものはいない。

 「今ここで、君達が暴れるのは勝手だけど」

 撃鉄ハンマーを起す。男の額に汗が浮かぶ。野次馬たちも騒ぐのを止めて固唾を呑んでいる。

 「ここは誰の庭か、ちゃんと考えることだな。それとも、その貧相なナイフで俺たちに弓引く気かい?」

 「わ、わかった。わかったからこいつをどけてくれ!」

 銃を抜くと、男の唾液が糸を引く。彰は男のシャツを引っ掴むと、汚れた銃身を拭った。

 「分かったらさっさと行くことだ、蛇ににらまれないうちにね」

 さっさといけ、と命令する彰に対し舌打ちしながら男が呟いた。

 「畜生……豹の次は蛇の天下かよ」

 聞こえぬように、そっと毒づいて。

更新遅れて申し訳ありませんっっ。


次回は、少し予定を変更して3月24日(月)に更新します。

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