第一章:4
成海市は東西南北に分かれ、それぞれ5つのブロックに区分けされている。
その南辺地区の東側、第5ブロックは都市部の『東辺』地区に隣接している繁華街である。クラブや劇場が並び、南辺の労働者、東辺の資本家たちの遊技場となっていた。
クラブ“パープル・アイ”は、南辺を仕切る『BLUE PANTHER』が経営する店である。一見するとただのクラブだが、入り口は銃器で武装した黒服で固めており、物々しい雰囲気をかもし出している。
そのガードマンに身体チェックをされ、GOサインをもらいマイケル・B・クロッキーは店内へ入った。
扉を開けると、鳴り響くHIPHOP音楽がマイケルを迎えた。暗い店内に紫やピンクの光線が交錯する。光に照らされ、女達は挑発的に腰を振る。
うんざりだ、と首を振った。マイケルは、こういう雰囲気は好きではなかった。どちらかというと、彼は静かな場所を好む。耳障りな騒音よりクラシックを聞き、アルコール度数が高いだけの安酒よりもブランデーを傾けたい。革のソファに身を沈め、傍らには高級な女……やたらと薄着をしたがる商売女に興味はない。
店内のむせかえるような熱気に当てられ、ネクタイをゆるめる。これも仕事のためだ、とマイケルは自分に言い聞かせた。
ギャング『BLUE PANTHER』のボス、ビリーとの対談なのだ。
VIPルームに入ると、すぐ目の前に、男がいた。
グレーのシャツに、大きく髑髏のイラストがプリントされている。首飾りを何重にもかけ、それらがライトに反射して光った。灰色の布地に、金色のアクセサリーが映える。
左手には一面刺青を施している。その指先には、不恰好に大きなリングがはめられていた。
一方、右手は……なぜか肩から指先まで包帯で覆われている。こちらにはなにも装飾はない。
大柄で、しかし肥満体ではない巨大な筋肉に包まれた体つき。シャツの上からでもその盛り上がった首と肩が確認できる。その巨体とあいまって、威圧するかのような目がジョージを圧倒した。
この男こそ『BLUE PANTHER』300人を束ねる、『鉄腕』の二つ名を持つビリー・R・レインであった。
「で、話ってなによ社長?」
はるか天上より、見下ろすかのように高圧的な態度である。
「ビリー、本来ならば私が依頼主、つまり客なのだよ」
「ほう」
「私が君達に工員狩りを依頼し、君達がそれを実行する。店員とクライアントの関係だ。それなのにその態度はなんだね?」
恫喝したつもりが、声が震えてしまった。虚勢を張るマイケルを、ビリーは嘲るように鼻で笑う。
「とっくの昔に滅んだ、ジャパニーズビジネスマンみたいなこと言ってんじゃねえよ」
まあ飲め、とビリーはウィスキーを差し出した。
「で、そのクライアントがクレームでもつけにきたのか?」
「察しの通りだ」
マイケルは、穴だらけのソファに座り込んだ。
「先日、脱走した工員は100名余り。そのうち80名は、おとといまでに君達が確保した」
「ほう」
「残り20名のうち、5名確保したと昨日電話してくれたな?」
「ああ、したよ」
「なのにあと15名、捕まらないとはどういうことだ?」
酒には全く手をつけず、マイケルはまくし立てる。
「あのよぉ、マイケル。そんだけの人数を探すの大変なんだぜ? こっちも暇じゃねえんだしよ」
「だとしても、もっと力を入れて探したまえ! 今までの割合から言うと3日で4,5人のペースで捕まえてそんなんじゃいつまでたっても工場が再開できない!」
「もう遠くにいっちまったか、さもなくばくたばったかだろう」
マイケルの怒りなどどこ吹く風、といった顔でビリーは葉巻を吸いだした。濃い煙が、部屋中に立ち込める。
「ま、今の報酬をもうちっと上げてくれんならもっと人を使ってもいいけどな」
「あげるとはどのくらいだ」
ビリーは指を3本、立てた。
「300ドルか。分かったそれで……」
「はぁ? 何言ってんだよ桁が違う桁が」
口に含んだ煙を、マイケルに吐きかけた。思わず咳き込む。
「3000ドルだよ。そんぐらい、出せんだろ?」
「な……」
マイケルは、顔を真っ赤にして叫んだ。
「ふざけるな! 人の足元を見やがって。大体なんで貴様らのような俗物にそんな金を払わなければならんのだ!」
「おいおい、口のきき方には気をつけろよ」
ビリーは立ち上がり、ゆっくりと歩を詰めた。
「何で、俺が『鉄腕』って言われているか、分かるか?」
そう言うと、彼は右腕、包帯で包まれた腕を、マイケルに差し出した。
すると、その腕から、ブーンというモーター音のようなものが聞こえてきた。次の瞬間、彼は腕に巻かれている包帯を引きちぎった。その腕を見て、マイケルは息を呑む。
布の下から現れたのは、人の手ではない。それは機械で出来ていた。
鋼で出来た鈍色の腕。それが動くたび、金属が擦れる音がする。
それをマイケルの喉にかけた。冷たい感触が、首筋から全身を伝う。
「そ、それは」
「文字通り鉄の腕だ。戦時中の、軍用の物を流してもらってね」
言いながら、ビリーは徐々に力をこめる。
「う……ぐっ」
「気をつけなよ、こいつで頭をなでてやるとなぜか頭皮がはがれて頭蓋骨にひびが入って、そっから脳みそが漏れ出ちまう。俺も未だに力の加減が分からなくてなぁ……」
冷え切った、ビリーの言葉。路傍の石にしがみつく、虫を踏み潰すような目で、マイケルを見た。
「一応、俺としては卵を持っているぐらいしか力入れてないけど。でもこのまま行くと、マジでどうなるかわかんねーよ〜?」
「わ……った」
「ああ? 何だって?」
「分かった……3000、ドル……払う……だから……これを……」
苦しい息の下から、ようやくそれだけ言えた。ビリーは満足したように手を離した。
「はじめからそういやいいんだよ。素直じゃねえな」
髭面を歪ませ、不適な笑みを浮かべた。
「さて、その工員狩りなんだが」
ビリーは、部屋の隅に立っていた男に声をかける。
「なにやら面白そうな奴がいるみたいだな、ジョー」
ジョーと呼ばれた男はうなずいた。
青いバンダナで顔の下半分を覆った、黒シャツの男がナイフをくるくると指先で回しながら
「カンパニーの工員には間違いないが……動きが素人ではない。なにか特別な訓練を受けているようだ」
「へーそう。そんな奴が何でおとなしく難民やってたのかね」
機械の腕に、再び包帯を巻きつけながら、ビリーは言った。
「俺としては、お前の邪魔をした女の方が気になるけどね。その女……」
「ああ」
マスクの向こうから、押し殺したような声が聞こえる。
「『OROCHI』のNO.2、朴 留陣に間違いない」
「なるほど、ね。工場の襲撃といい、今回といい……」
葉巻を噛み、吐き捨てた。床に散らばった残り葉を踏みしめる。
「ケツの赤いサルが、でしゃばってきたな」