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監獄街  作者: 俊衛門
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第七章:1

長らくお待たせいたしました。第二部スタートです。

 ――アメリカ N・Y 国際連合本部


 西の空に日が消え、冬の冷気が夜の香りを運ぶ、午後8時。


 草木は寝静まり、獣たちは息を潜める。闇が地を統べるこの時間は災厄が棲むとされ、太古より忌み嫌われてきた「夜」という世界。


 しかし、それも人が火を灯し、闇を駆逐すると共に夜に対する怖れは消えていった。


 そして、ここに眠らぬ街が1つ――


 マンハッタン。かつて海を渡り、災厄を運んできたのは暗闇ではなく白い肌をした人間だった。赤い肌の人々は住処を追いやられ、迫害され、流れた血と屍の上に白い悪魔たちが居を構えた。

 だれかが石を積み、その上にまた誰かが居座る。その繰り返し。いつしかここは、世界最大の都市へと姿を変えた。

 

 空を突く摩天楼。極彩色の電光が、巨大なビルの狭間で煌く。地を這い蠢く幾万の人々を酔わせる妖しい、人工の光が闇を照らす。

 塵のようだ。ビルの上から下界を臨みながら、男は呟いた。

 眼下に広がる、ビル郡とその間を縫うように行き交う人々。繁栄と享楽に身を任せ、刹那の快楽に溺れ――彼らの過ごす時間など、歴史の中から見ればほんの一刹那であることなど忘れているかのようである。

 いや、本当は気づいている。栄えれば滅びる、その理には決して抗うことは出来ないと理解はしている。それでも、手放すことはできないのだ。人は一度手にしたら、失うことを極端に恐れる動物なのだから。

 そしてそれが――

 「例え、誰かの犠牲の元になりたっているとしても、な」

 ひとしきり見下ろしてから、その男――国際連合事務総長、アブドゥル・ザウードは振り返り、秘書官のアラン・ロスに語りかけた。

 「……犠牲、とは?」

 ロスは無表情で、ザウードの褐色の肌と蓄えられたあごひげをじっと見つめている。ザウードは、また再び窓の外へ目を移した。

 「もう27年も経つのか……」

 今度はボガードに投げかけられた言葉ではなかった。

 「戦乱で彩られた20世紀を反省すべく設立された、この国際連合という組織は果してどれほどの役割を果せたか? 希望と期待を込めて迎えた21世紀もまた、混迷を極める暗黒の時代となった。その幕開けとなったのが、ここマンハッタンの――」

 そこで言葉を切り、一瞬目を宙に泳がせた。そして呟いた。

 「“グラウンド・ゼロ”。あの9・11からだ」


 2001年9月11日、イスラム系テログループによって4機の旅客機がハイジャックされた。そのうちの1機はワシントンD・Cにあるアメリカ国防省、そして2機はマンハッタンの、世界貿易センタービルにスーサイド・アタックを仕掛けたのだ。これが、歴史に名高いアメリカ同時多発テロである。

 「この事件から、世界は国家対国家の戦争から国家対テロとの戦いにシフトした。先進諸国はテロ撲滅をスローガンに、テロ国家とされた国々に反撃の狼煙を上げた。アフガニスタン、イラク、そして朝鮮……」

 「……」

 1人滔々と語るザウードに、ロスはただ無感動な視線をくれる。

 ザウードは続けた。

 「大国は、自らを省みることはなかった。イスラム社会の貧困と紛争は、大国のグローバリズムに呑み込まれた結果だったというのに。そして、混迷は東アジアにも伝播した。それが」

 「2020年の極東紛争、ですか?」

 今まで黙っていたロスが口を開いた。

 「2010年の朝鮮有事に対するアメリカの介入は、それは強引なものであった。アメリカの横暴な振る舞いで日米関係に亀裂が生じた。日中が協調路線を取り始めたことで東アジアの緊張が高まり、ついに戦争に至った……」

 ふっ、とロスが溜息をついた。

 「その戦争に踏み切らせたのが、自国の技術だったとは……皮肉ですね。自らが推し進めた義体技術が、自分たちの首を締めることになろうとは」

「歴史とは何が起こるか分からんものだよ」

 ザウードは、しかし、といって向き直った。

 「その歴史の狭間で、幾人の者が犠牲を強いられている。国連われわれが、動かなければならない。そのために、私たちがいるのだからな」

 熱の篭った声であった。ここにはロス1人しかいないというのに、まるで数千の聴衆を前にした演説であるかのように、朗々たる声で語っていた。そんな熱の入ったザウードに対し、ボガードは飽くまで醒めた態度を通した。

 「それが、行政特区であっても、ですか。安全保障理事会を欺き、国連事務局の“中立性”を逸脱するようなことになっても」

 「正攻法では対処出来ないこともある」

 ザウードはまた、普通どおりの喋り方に戻っていった。

 「私は、ストリートチルドレンだったんだ」

 「は?」

 いきなり話題を変えたザイードに対し、ロスは素っ頓狂な返事を返してしまった。

「あの時はいつも、夜が怖くてね……いや昼も怖いのだが。街が闇に包まれると、獣が現れるんだよ」

 「獣……ですか」

 「野獣といってもいい。生きるためではなく、欲のために爪を砥ぐものたち」

 ビルの窓から、ニューヨークの空を仰いだ。地上の華やかさに対し、曇天広がるくすんだ夜空が広がっている。

 「弱き物は、ただ餌食にされるのみ……その連鎖を、断ち切りたい」

 最後に、そう付け加えた。


 かくて、マンハッタンの夜は更ける――

 


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