第六章:3
今回も、スラング連発です。くれぐれも、良い子は真似し無いように。
「鼠ども、来ねえんならこっちからいくぞ」
背中をさすりながら、左手のUZIの空の弾倉を落した。
左手で扱い易いように、マガジンキャッチや安全装置ボタンを左側に設けた特注品。ビリー自身は右利きなのだが、右の『鉄腕』を攻撃の要としているため、サイドアームは左に持たざるを得ない。
左利き用の銃器はあまり市場には出回ってなく、仕方なくオーダーメイドで作らせたのだ。そのため、値段は倍近く張ったのだが。
如何せん利き腕でない以上、射撃の正確性に欠ける。おまけに慣れない左手の作業、手こずる。
「ガキがっ……!」
悪態をついた。
そもそも、ビリー自らが銃を振るい、戦うなんてことはありえない。普段は“クライシス・ジョー”や、デニス“ザ・ロック”、『突撃隊』に命令を下して自分は自室でお気に入りの葉巻を吸い、女を抱いて酒に溺れていられた。『鉄腕』は、いわば組織の恐怖の対象、シンボルであり実際に使うことなんか殆どなかった。
それなのに――舌打ちしながら、弾倉を交換する。
なぜ、俺はこんなところで、必死こいてガキの遊び相手をしているのだ? いつもならこんな抗争、瞬きしている間にでも終わるというのに。ジョー、デニス、『突撃隊』……使える手駒はことごとく潰された。あのガキに――クソッ。
ハンマーコックの音色が、重く響いた。
殺ってやる――あのクソガキどもに、教えてやらねばならん。
この街のルールを、街に逆らったらどうなるか、を。
銃口を向け、引き金を引いた。その瞬間
壁の向こうから、影が二つ飛び出した。
右側に省吾、左側に雪久が飛び出した。
「拿来刀(刀を持て)!」
雪久が叫ぶと、誰かが白鞘を投げた。一尺九寸の長脇差。それを省吾に投げて渡した。
右手で掴み取る。持ち替えるのももどかしい。鞘を口で噛み、抜いた白鞘を吐き捨て、刀を諸手に握った。
ビリーの背後から、雪久が迫る。
ビリー、発砲。射線をくぐり、雪久が接近。鉄パイプを横なぎに打った。
それを『鉄腕』で防ぎ、雪久の腹を蹴りこんだ。渾身の力をこめた蹴り、雪久の体が吹っ飛ぶ。
「甘えよ、後ろ見な」
その言葉どおりに、ビリーが振り向いた先に省吾が振りかぶって迫っていた。
省吾、踏み込みビリーの背中側に回る。そして脇に構え、切り上げた。
が、浅い。剣先がわずかに皮一枚を斬った。ビリーがわずかに下がり、斬撃を避けたのだ。
――不覚。
ビリーが腕を返し、右手の指を揃えて貫手の要領で突く。硬い四指が刃物となり、省吾の顔面に伸びる。
省吾は剣先を返した。『鉄腕』を刀の腹でなぞるように、軌道を外す。省吾の右肩を、わずかに抉った。
「ち……」
省吾は後ろに退く。雪久も退がり、両者背中合わせになった。
「何やってんだよ、ちゃんと仕留めろよ」
「うっさい。お前がバラすから悪いんだろうが。お前こそもっと長く、ひきつけろ」
「ん? なんだそれは? 俺のせいだっていいてえのか? ヘボ剣術使いが」
「何だと」
戦いの最中に口論を始めた2人に、ビリーは黙って銃を向ける。そして発砲。
散開。右と左に分かれた。省吾が左で、雪久が右。
発砲。銃弾が宙を泳ぎ、唸りながら飛来する。
省吾は足下の――自分が斬ったであろう死体を盾にした。弾丸が骸に当たる度、電気刺激のように死体が痙攣した。
ビリーのUZIのハンマーが、後退したまま止まった。弾切れだ。配分を考えぬ撃ち方だと、32発の装弾はあっというまに無くなってしまう。
好機と見て省吾、そのまま突進、間合いに踏み込む。領土を、侵す。
一閃。袈裟に斬りこんだ。『鉄腕』に刃が食い込んだ。
闇夜に煌く、緑色の光輪。発射炎が夜を照らす。
硝煙の香り、怒号、そして銃声。
戻ってきた――。
棍の端を持ち、槍のようにしごく。男の喉を砕き、硬い衝動が手に伝わった。
頭上に掲げ、旋回。今度は横なぎに、半円を描く。
衝撃。高速の一撃は風を切り、鋭く鳴った。直後、グラスファイバー製の棍がギャングどもの顎を、顔面を叩き割った。
この感覚――。
光が生まれた。後方から投げ込まれた閃光弾が破裂、マグネシウムの真白い光を生み出した。光が男たちの目を焼き、うろたえる。
その隙をついて、ユジンは棍を突き出した。背中に回し、両断。さらに手首を返して横なぎに打つ。全て正確に、敵を穿った。
「犯すぞ、あばずれが!」
ライフルをフルオートで撃ちながら、黒人の男が叫んだ。
退くことなく、ユジンはその銃声の元へと走った。射撃主の顔が、みるみる恐怖に歪んでいくのが分かった。
「ひっ、く、くるな。くるなこのっっ!!」
滅茶苦茶な射撃。恐怖に支配された戦士など、ものの数ではない。
ユジンは跳躍、空中で身を回転させた。しなやかな肢体が猫のように、躍る。そして着地とともに、棍を叩きつけた。
先端が、男の肩にめり込んだ。肩から肩甲骨までを砕き、白目をむいて崩れ落ちる。悲鳴すら、あげる暇はなかった。
「次、行きます」
血まみれのククリナイフを引っさげ、グエンがユジンにいった。ユジンはこの男の素性を良くは知らない、ただ『突撃隊』の副長であるということだけ聞かされていた。
もちろんグエン自身もユジンのことを知らない――互いのことは、なにも。
ただ、戦いとなったら体が勝手に動く。互いに何を考えているのか、次にどう動いて欲しいか。言葉ではない、呼吸の読み合い、目配せでパートナーの意図を汲み取る。2人はまるで、 長年のコンビであるかのような連携を見せた。
ユジンが閃光弾で隙を作り、棍で活路を開く。グエンが飛び込み、男達を切り伏せる。急ごしらえのタッグには、とても見えない。
グエンが、ユジンに話しかけた。
「さすがですね。動きがまるで違う」
「無駄口叩かない!」
ぴしゃりと言い放ち、棍を振り回した。敵の銃を叩き落とし、間髪入れず突き。
グエンはククリナイフを振りかぶり、止めを刺した。重い刃が頭蓋骨を縦に裂く。血と脳漿が弾け飛び、ユジンの肌に飛び散った。
「この地では、“鬼”という字は死者の霊を表すそうです。だから、この『百鬼地区』を訳すと『ゴーストタウン』となる。ただ、宮元サンの故郷では違う意味をもつらしいです」
「なによ、それ」
銃弾が飛来して来た。慌てて2人は、近くの廃屋に身を潜める。
「日本では“鬼”という字はモンスターを表すようです。私は、怪物など見たことはないですが……しかし、もしかしたら“鬼”とは、和馬雪久や貴女のような人のことを指すのかもしれませんね」
「……どういう意味?」
「いえ」
ライフル弾が土壁を抉った。ユジンは銃声のする方へ、走った。
「あまりに……楽しそうに戦うものですから」
グエンはそう呟いた。笑いながら棍を振るう、ユジンを見て。