第六章:2
射線が、真っ直ぐに伸びてきた。貫くように、梁の肉体に黄色いラインが突き刺さっている。
雪久が、叫んだ。
「梁、右に避けろ!」
その言葉の通りに、梁が動いた。その数瞬後、銃弾が梁のこめかみを撫でた。
「次、しゃがめ!」
地を這うように、身を低くした。雪久の言葉をそっくりそのまま、トレースする。弾道が3本、梁の頭上を通った。
「さすが『千里眼』」
弾む声で梁がいった。同時に、ビリーの間合いの内に踏み込んだ。
前蹴り一閃、ビリーの水月に強靭な爪先が、突き刺さった。
体を折り、ビリーが呻いた。効いている。
次に、右正拳を打つ。が、それは『鉄腕』に阻まれた。鉄と衝突、砕けたは梁の拳だった。
「いっつ……」
右手を押さえた。その梁に、ビリーが鉄槌を打つ。
梁、体を反らして避けた。梁の前髪に『鉄腕』が触れ、地面を穿った。コンクリートに蜘蛛の巣状の亀裂を走らせた。
「こっちだ、クソが!」
背後から雪久が鉄パイプを打ち下ろし、ビリーが右手で受け止めた。鐘の音ような重い金属音が、廃墟中に響き渡った。
「て、てめえこの野郎!」
ビリーがUZIを雪久に向けようとした。梁がその銃を、掴んだ。
右手に雪久、左手に梁が取り付いた状態になった。雪久の鉄パイプは右手に、梁の握力が銃身にかかる。ビリーが押し返し、3つの力がせめぎ合う。
その均衡が崩れた。ビリーが『鉄腕』で雪久の鉄パイプを掴み、力任せに投げ飛ばしたのだ。雪久の体は、ゴムボールなにかのように、いとも簡単に宙を舞った。
「雪久!」
叫んだ瞬間、梁の首根っこに『鉄腕』が伸びる。猫を持つように首を掴まれ、軽々と宙に持ち上げられた。
「な……」
驚愕する、暇もなく。梁の体が投げ出された。肩から地面に叩きつけられた。
「……クソ、この馬鹿力め」
忌々しげに呟いて、雪久が立ち上がる。鉄パイプを両手に持って、走った。
「死ねこの鉄屑野郎が!」
ビリーが発砲。射線の一つ一つをパイプで切り崩し、銃弾を避け、再びビリーの間合いに入る。
鉄パイプを、野球のバットの要領で振りかぶり、ビリーのわき腹めがけてスウィング。
『鉄腕』が、横なぎに唸る。巨大な鉄の腕が水平に斬りかかり、雪久の得物を弾き飛ばした。
狼狽する雪久の首に、鉄の指がかかる。白い喉を掴み、そのまま雪久の体を持ち上げたのだ。雪久の体は、首を締められた状態で宙吊りにされた。
「捕まえちまえば、『千里眼』なんか関係ねえだろう?」
指が、喉を締め付ける。おそろしく強大な力が、いたぶるようにゆっくりと、気道を塞いでゆく。
「雪久!」
梁はビリーの背後に回り、拳を腰だめに構えた。だが、それより先にビリーのUZIが火を噴いた。
いくら鍛えた体も、銃弾の前には脆い肉の器でしかない。9ミリ弾が梁の両足を打ち抜き、肉と骨が砕け散った。梁は腰が砕け、どす黒い血の溜まりの中に跪いた。
「……野郎」
「この裏切り者が。貴様は後でゆっくり料理してやる」
さて、といって再び雪久に向き直った。
「このまま絞め殺すのも良いんだが、お前に選ばせてやってもいい。絞殺と銃殺、どっちがいい?」
右手を首にかけたまま、左手の銃で雪久の体を小突く。愉悦に顔を歪めて、キスしそうなほどに顔を近づけた。
「どっちでもいいぜ、死ぬことには変わりないけどな」
空気が漏れたような声を上げ、ビリーが笑う。苦しい息の下から、雪久が呟いた。
「かっ、この空気デブ」
「……ああ?」
「哀れな奴だな、貴様。銃と、機械の腕と……それがなきゃ不安か? 自分の身一つじゃ戦えねえ、臆病者野郎。全部とっちまえば、お前の存在なんてちいせえもんだろうが」
ビリーの顔つきが変わった。憤怒の形相。反対に、今度は雪久の方が笑った。
「あと一つだけいわせてもらう……お前、息くせーんだよ」
右腕が、高く振り上げられる。次に雪久の体を、地面に叩きつけた。
「やめた」
仰向けに倒れている雪久の体を踏みつけ、ビリーが唸った。
「普通に殺すんじゃ収まらねえ。それこそ骨の欠片も残らねえように、木端微塵にしてやるよ!」
高く右腕を振り上げた。鉄槌が雪久の頭に降り下ろされる――。
「やっと、来たか」
雪久がいった。ビリーが、拳を振り上げたままの格好で止まった。
「な、貴様」
驚きと苦悶の混ざった声を、発した。
ビリーの背中には、雪久の鉄パイプがつき刺さっている。その持ち主は
「『疵面の剣客』、この死にぞこないめが……」
省吾が、しっかりと突き込んでいた。
剣を腰だめに構え、体ごと突く一心無涯流太刀術“鉄砕”。右肩をぶつけるようなその姿は、突きというより体当たりに近い。鉄パイプを剣に見たて、勢いをつけ突いた。ビリーが背中を反り返らせるほどの、強力な刺突であった。
振り上げた右拳を裏拳に変え、省吾に叩きつける。それを後ろに倒れこむように避け、雪久の側に回りこんだ。
「よお、随分遅いお出ましだな」
体を起こしながら、雪久がいった。
「いってる場合か、馬鹿野郎!」
ビリーが銃を構えなおしたのをみて、再び省吾は走り出した。
雪久も走る。足を撃たれた梁の腕を取り、引きずるように遮蔽物に隠れた。そこへ、省吾も飛び込んだ。
「絶対、来ると思ったぜ。前から機械が憎いっていってたもんな」
「そうだっけか? どうでもいいだろそんなこと」
省吾は自分の衣服を裂き、梁の足の止血をした。先ほどまで殺し合いを演じていた相手、ということはもう頭になかった。
「こんなチンケなパイプじゃなきゃ、一発で勝負がついていたんだがな」
壁の隙間から、ビリーの様子を伺う。背中を押さえて、うずくまっていた。相当効いてはいるものの、やはり決定打ではなかったか。
「何、長脇差の一本くらいは誰かもって来ているさ。それよりも……」
雪久は真顔に戻り、梁の顔を覗きこんだ。
「お前は、休んでいたほうがいいな。その傷は堪えるだろう?」
「別に……なんともない」
顔に玉の汗を浮かべ、息を切らしながら梁がいった。苦痛に顔を歪めつつも、立ち上がろうとする。
「あんな奴の弾なんぞ」
「いや、どう見ても無理だから」
雪久が、梁の肩をつかみ無理やり座らせた。
「何、あとは俺らがやっとくからさ。ここで命落としちゃ、つまらんだろう?」
「待て。俺ら、と来たがお前と誰だよ」
省吾が横から口を挟んだ。雪久が満面の笑みで、返した。
「誰って、お前以外に誰がいる?」
絶句する省吾の肩を、軽く叩いていった。
「あの腕は、お前の嫌いな機械だぜ? 理由としては十分だろう?」
「お前も機械じゃねえか……」
「まあ、細かいことは置いといて」
雪久が顔を近づけた。吐息がかかる距離、思わずのけぞる。
「とりあえず、俺が銃とあのクソ腕をひきつける。その隙に殺れ」
雪久が合図した。立ち膝になり、飛び出す体勢をつくる。
「しくじるなよ、省吾」
省吾、という響きに驚いた顔をし、次に少しだけ笑みを返した。
「そっちこそな」
省吾もまた立ち膝になり、機を伺った。