第六章:1
第六章、スタートです。若干、見切り発車気味ですが・・・。
盛り上がった増帽筋、隆起した広背筋に支えられるように、右肩から伸びる鉄の腕。それは人の肌ではない、鈍い、黒ずんだ銀色を放っていた。
関節の継ぎ目は、甲虫の節くれだった足を思わせる。角ばった、エッジの効いた指と無骨な腕回り……もともとは医療用に、欠損した手足を補うために開発された自動制御学にもとづいた、「筋電義手」と呼ばれる機械製の義手。それが人体の強化、すなわち軍用に転用されたのは21世紀に入ってからのこと。腕だけでなく全身の機械化――サイボーグという、SF作品では使い古された感のある、陳腐な響きが現実の物となった。そして、その機械の兵士が大量導入されたのが8年前の戦争であった。
「こうしてみると、随分と不恰好だなその腕」
刀を突きつけたまま、雪久が感想をいった。さも面倒そうに、まるで笑えない喜劇を観せられているような、退屈そうな口ぶり。欠伸でもかみ殺しているような、締まりのない顔である。
「幼稚園児の粘土細工の方がまだ見ごたえあるぜ。なんというか、中世の鎧の腕部をそのまんまくっつけたみてえだ。つまらん形だこと」
「造形など、どうでもいい」
いくらかトーンを下げた声で、呻くようにビリーがいった。怒りはいくらか収まったのだろうか、上気していた顔は平常の色を取り戻している。
「こいつはな……20世紀後半に造られた医療用義手とは違う。内臓された超小型モーターが人間の腕力、握力など及びもつかぬ力をもたらし、硬度と靱性を併せ持つ装甲は鉄をも砕く」
ビリーが『鉄腕』を、誇示するように振った。上から下へ、切り下ろすように。ぶうんと低く、鳴った。
「あん? あんた20世紀から生きていたのか?」
別に慄くことなく、雪久が挑発するようにいった。ビリーの眉が、ぴくりと反応した。
「何?」
「いやさ、随分詳しいから。でもそうか、それならなおさらお前の天下を終わらせきゃな」
雪久の口角が上がった。黒と赤の目を細め、愉悦と侮蔑が混じりあったような笑みを浮かべる。くつくつと喉を鳴らし、馬鹿にした眼差しを向けた。
「年寄りにゃ、とっとと引退してもらわんとね。老醜はみっともねえぜ?」
「ほざけ小僧」
左に持ったUZIの銃口を、雪久に向けた。
対角線上にある、刀の切っ先と銃口。互いの得物から伸びる攻脈線が空中でぶつかり、見えない火花を散らした。
距離、10メートルといったところか。雪久の眼は、「危険領域」を告げていた。
ふいに、雪久がいった。
「なあ、彰」
「何?」
ぐったりとするユジンを支えながら、彰が答えた。
「あのな、退がったほうがいいぞ」
と発した、その瞬間であった。
いきなり、ビリーが発砲してきた。
まるで残弾など気にしない、引き金引きっぱなしの出鱈目な射撃である。照準も何もなく、ただ無秩序に弾を撒き散らした。コンクリートの地面に当たり、破片を散らした。
「たいっ……」
ひ、と彰が告げる間もなく、赤の群れが蜘蛛の子を散らすように逃げ回った。
「行くぞクソ野郎!」
刀を脇につけ、雪久が一直線に走った。ビリーは構わず撃ち続ける。
弾動が、無数に観える。その一つ一つを掻い潜り、銃弾を刀で弾き返した。
「God damn it!!」
ビリーが右拳を振りかぶった。接近戦に備える。
最初の衝突。
鉄の右ストレートと、鋼の刺突がぶつかり合う。オレンジ色の火花を散らし、互いの最大限の力が相俟って、衝撃を生み出した。
カキンッ
しかし、ファーストコンタクトはビリーに軍配が上がった。
「あ、あり?」
雪久の刀が、半ばから折れたのだ。あまりに呆気ない音を奏で、刃先が木の葉のように舞い上がる。半分になった刀身を見つめ、雪久は間の抜けた声を出した。
「あ……えーっと、これって」
体中の汗腺が開き、冷たい汗が一気に噴出された。眼前に、『鉄腕』の巨大な拳が迫ってきたのだ。
ほぼ反射的に、体を反らす。その鼻先を鉄の拳が掠めた。摩擦熱で皮膚が焦げ、熱せられた空気が一陣の風となって雪久の顔を打った。
距離を取る。その雪久に、ビリーは銃を向けた。
発砲。緑色の発射炎を瞬かせ、9ミリ弾が10発、一続きに吐き出される。その一つ一つを、『千里眼』で見切り、避けた。
「かあっ、このクソ刀!」
避けながら悪態をつき、使い物にならなくなったそれを投げ捨てた。
「使えねえよ、ったく。梁、お前らなんて不良品を使ってたんだ」
「予算が逼迫していてね」
いつの間にやら梁が、雪久の隣にいた。右半身の姿勢で、戦闘態勢を取っている。雪久に背中を預けるように、ビリーに対した。
「あいつは、悪いがお前1人の手には負えない」
「はあ? どういう……」
ビリーが発砲。2人の間を、銃弾の槍が飛来した。慌てて2人が離れる。
「って、話しくらいさせろよ!」
飛来する弾を避けながら、雪久が怒鳴った。狙いを定めさせぬよう、ジグザグに走る。そして、崩れた壁の隙間に隠れた。
「で、どういう意味だ?」
同じく遮蔽物に飛び込んできた梁に雪久が訊く。
「俺1人の手にゃ負えない、って」
「ああ。さっきもいったと思うが」
壁からちょっと顔を出し、ビリーの様子をうかがう。ゆっくり、こちらに近づいて来ている。
「その目で攻撃を避けるのはいいが、それだけじゃ攻撃には繋がらない。直接の攻撃は、やはり自分の体一つですることになるが……避けつつ攻撃しつつじゃお前も限界だろう」
「悪かったな、避けるしか能がなくて」
頬を膨らませ、拗ねたように雪久がいった。そんな様子をみて、梁が苦笑する。
「だが、俺が加われば……攻撃は2倍だ」
梁が鉄パイプを手に取った。長さは50センチほど、強度も重さも丁度よい。それを、雪久に渡してやった。
「得物はこいつで十分だろう?」
「お前は?」
「野暮なことを」
拳を突き出して、梁が微笑んでみせる。ああ、と納得したように雪久も笑った。
9ミリ弾が、コンクリートの壁に突き刺さる。ビリーが、近づく。
「狩りの時間だ。2年ぶりの、な」
梁が左拳を差し出した。
「ああいいぜ。久しぶりに派手にやろうや、相棒」
その拳を、雪久は鉄パイプの先端で軽く小突いた。
「ロックンロールだ、ベイビー!!」
雪久の掛け声と共に、2人の獣が飛び出した。
『OROCHI』と、わずかばかりの『突撃隊』がビリーの銃弾を避けんと後ろに下がった。
「彰!」
リーシェンが、ビルの外を指差しながら叫んだ。
「どうした」
「な、なんか……別の奴ら来た……」
乾いた銃声が響いた、同時にリーシェンの体が前のめりに倒れた。
「リーシェン!」
崩れ落ちるその体を、黄が支えた。彰が駆け寄る。
「大丈夫だ。肩をやられたみたいだが、傷は深くない」
という黄の言葉に、とりあえず安堵する。次に、緊迫した視線でビルの外を見た。
「……副長さん、全部片付けたんじゃなかったの?」
「まあなんといいますか、しぶとい連中ですね」
彰と同じ方向を見ながら、グエンが呑気な感想を述べる。
2人の視線の先には、『BLUE PANTHER』の残党が約20人程いた。SMGとショットガンで武装しており、煤と埃を頭から被ったような身なりをしている。車やビルの影から、銃を向けていた。
『OROCHI』、発砲。銃撃が始まる。しかし
「あ、彰! 弾がなくなった!」
黄が、弱りきった声で叫んだ。ホールドオープンした拳銃を、掲げている。
その黄の声が合図であったかのように、次々に弾切れを訴える声が群集の中から聞こえた。かくいう彰のガバメントも、あと一発を残すのみとなっている。
「まいったね……」
彰が、呟いた。頬を一筋汗が流れた。
銃は、数日前の100人戦で敵から奪い取ったものである。この成海市ではアジア人が銃火器の類を手に入れられる環境にない。当然、弾薬もである。銃弾は、敵が持っていたものをそのまま使ってはいたが、それ以上手に入れることは出来ない。限られた弾で、いままで彰達は戦ってきたのだ。
ここに来て弾切れとは――運に見放されたのか。
いや。本来、銃火器に頼らない戦いを是として、それでいままで生き残ってきたのだ。それがチーム『OROCHI』の強みだ。
「なに、銃が使えなければ本来の俺たちに戻るだけ。そうだろう? ユジン」
振り向き、背後にいるユジンに語りかけた。
ユジンが立ち上がった。玉の汗を浮かべ、疲労の色はまだ消えない。しかし、しっかりとした足取りで。
「それで」
黒髪をかき上げ、顔を上げた。まだ消えぬ香の匂いが、風に混じりあった。
「私の棍はどこ? ついでにジャケットも」
「いや……やる、ってのかい? あいつらを?」
黄が驚いたように訊いた。
「無茶だぜ、そりゃ。さっきあんだけ弱ってたのに……」
「大丈夫」
彰から、超剛性ジャケットを受け取り袖を通した。
「黄、皆がそうであるように私も戦うためにここに立っているの。傷を負っているのは皆同じ、私だけ休んでいるわけにはいかないわ」
棍が投げ込まれた。中心を掴み、手首を返して2回転させた。黒い風車が現出した。
「だから戦う。皆のために……私のために!」
背を向け、銃火の中に飛び込んだ。赤い裾が広がり、旗のように棚引いた。
「さて」
グエン・チー・イはククリナイフを、残り手で抜いた。のっそりと腰を上げ、肩に担ぐ。
「私も、行きましょうかね……」
睥睨するように、銃撃の嵐を見つめながら呟いたのだ。