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監獄街  作者: 俊衛門
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第五章:20

 「終わったか……」

 ビリーが背後から侮蔑混じりの声で呟いた。梁はその身体を見下ろした。

 足下には、和馬雪久の身体が物言わぬ骸のように、横たわっていた。



 「う……そ、雪久……」

 ユジンは息を飲んだ。信じられない、と言う様子で。雪久が倒れる姿など、想像もつかなかったようである。

 「だ、大丈夫よね? きっとまた立ち上がるよね?」

 「それはどうかな」

 対照的に省吾は冷静である。

 「あの男の力は……どう考えても俺たちよりも上だ。あんな奴、俺は今までお目にかかったことない」

 いよいよとなったら――省吾が向かわなければなるまい。武器は無く、勝ち目も薄いが他に方法は無い。

 (できれば機を見て逃げたいところだが……)

 ちらと後ろを見る。忌々しいことに、銃口が2人を狙っていた。これでは逃げられそうも無い。

 

 身を起こし、拳を握った。


 かつての友人を見下ろす視線は、複雑であった。

 友を討った悲哀か、血に濡れた再会を嘆いているのか――温度の無い目で、見下ろした。

 「雪久、お前は……」

 梁が何か、いおうとしたその時

 「よお宮元、何やってる早く止めさせや」

 ビリーが舐めるような声で、梁にいった。

 「? 何だと」

 「そいつを早く殺せ、っていってんだ。そいつは俺の敵なんだからさ」

 「いや、しかし……」

 梁は戸惑っている。ビリーと雪久を交互に見比べ、困惑の色を浮かべた。

 「だが……こいつはもう戦う力は……」

 「ああ、そうかい。分かった」

 ビリーはふんぞり返ったまま、UZIを構えた。

 「俺が止めを刺してやる。お前も、昔のツレをやるのは偲び無かろう? なに、そうなった『千里眼(クレヤヴォヤンス)』をるのは、鶏の首を捻るより簡単だ」

 この男は……梁はビリーを睨みつけた。拳を握り締め、噛みしめた歯がぎりと音を立てた。

 自分だけが安全な場所にいて、汚れ仕事や鉄火場には関わらない。それでいて、弱いものをいたぶることには積極的。そういう態度が、我慢ならない。

 梁は銃口の前に、立ちふさがった。

 「ビリー、何度もいってるがこれは俺の仕事だ……俺が最後まで、やる」

 「ほう? 殊勝なことをいうなあ。イエローなんてのは情や何やらの、1ドルにもならねえことで動く種族と思っていたがな」

 愉快そうにビリーが笑う。

 何も分かっていない……一瞬沸き上がったビリーへの殺意を隠すように、梁は視線を逸らした。

 この男は全力で自分にぶつかり、果てた。その最期を見届けるのは、戦友ともである自分の勤め。ビリーの『鉄腕(アイアン・アーム)』に止めを刺されるくらいなら、自分が引導を渡してやる――柳葉刀を拾い、雪久の元に歩み寄った。振りかぶり、首の辺りに狙いをつける。

 「……そんな顔すんなよ、梁」

 横たわる骸が、口を聞いた。

 「起きてたのか」

 振りかぶった状態で制止。梁の目に、未だ笑みを崩さぬ旧友の顔が飛び込んだ。

 「そんな顔、ってどんなだ? 雪久、今俺はどんな顔をしている?」

 「ああそうだな……お気に入りの、リーグ最下位のフットボールチームが今年もまた最下位だった、って顔」

 「何だ、それ」

 険しい梁の顔が、一瞬だけ緩んだ。

 「まあ、なんていうか諦めというか……『ああまた負けた』って落胆。そんな感じだ」

 「諦め……そうだな」

 伏せた目には、何もなかった。凍えそうな空が瞳を覆い、湖面の底のように淀んでいる。それは、死にゆく者の持つ目だった。

 「悪く思うなよ、雪久。これが、この街の(ルール)だ。俺も、随分足掻いてみた。いつかお前と話したように、この街の全てをひっくり返すことができれば、と。でも、ダメだったんだよ。俺たちはどうしようもなく無力で、いつのまにか同じことを繰り返す。ここでお前を殺し、あの女と『疵面(スカーフェイス)』も殺され、そして多分俺自身も……それがこの街の不文律――」

 「はっ、くっだらねえ」

 梁の声にかぶせるように、雪久が怒鳴った。

 「掟? 不文律? だれが決めたんだよそんなもん。ムカつく話だぜ。俺はそんなルールなんて納得しちゃいねえ、してたまるかよ。俺の意思は? どうなるんだよ。お前はママにお伺い立てなきゃ、女も抱けねえのか?」

 「いや、例えが良く分からんが……」

 「梁、お前さっき『何のために戦っているか』っていったよな?」

 雪久はごろりと仰向けになった。赤々と燃える左目と黒く濁った右目で、廃ビルの天井を見つめている。

 「何のためもクソもねえ、俺は俺のために戦っている。掟とか街の法則? 関係ねえ。そんなもん全てぶっ壊してやるんだ。俺自身のために!」

 「この状況で、よくそんなこといえるな」

 梁は柳葉刀を逆手に持ち、雪久の心臓に切っ先をつきつけた。

 「もう終わりだよ、雪久。何もかも……ここでお前を殺さなかったら、『鉄腕(アイアン・アーム)』はお前を殺す。だから、せめてこの俺の手で――」

 「まだ、終わってねえ」

 雪久が声を張り上げた。

 「勝手に終わりにするな。幕は俺が引くんだ。この街の不文律、理不尽な決まり、全部を俺が終わらせてやる」

 「何をいって……」

 「来やがれ!」

 声を限りに、雪久が叫んだ。闇の静けさを切り裂く、獣の咆哮の如くに響き渡った。

 その声に共鳴するかのように

 銃声の嵐が、その場を包み込んだ。


 

 フルオートの規則正しい銃火とともにSMGの9ミリ弾が廃ビルに飛び込んできた。銃弾はやや上の方、コンクリートの崩れた壁を穿った。破片が雨となり、省吾とユジンのいるところにまで降り注いだ。

 「何事だ!」

 ビリーは左手のUZIを、音のするほうに向けた。

 次にビリーが目にしたのは、20ばかりの「赤」だった。ビルの崩れた隙間から、虫が這い出るかのように飛び込んできた。各々、銃やナイフ、鉄パイプで武装している。

 「くそ、このファッキン・イエローがあ!!」

 ダラスが、SMGを構えた。が、引き金を引くことなく、その場に倒れこんだ。

 「ダラス?」

 後頭部に、ククリナイフを生やして果てている。

 ……ククリナイフ?

 「グエン! 貴様か!?」

 ビリーが叫ぶと同時に、ドゥカティ・“モンスター”が4騎、飛び込んできた。それに跨るのは、青を纏い、鉈のような刀を持った男たち。4騎各々コンクリートの地面を駆け巡り、呆けているビリーの側近達を次々に切り伏せた。

 「……これは?」

 突然のことに、面食らって立ちすくむ梁。雪久が、笑いながらいった。

 「見ろよ、意外と簡単な事なんだぜ? ぶっ壊すことは」


 ビリー同様、省吾とユジンも突然のことに唖然としていた。

 「え、何? これ……」

 事態を呑み込めていないユジンの元に、彰が駆けつけた。

 「ユジン、無事か?」

 「彰! 皆してどうしたの?」

 「何、ちょっとしたピクニックさ。ランチバスケット持って、途中“パープル・アイ”にも立ち寄ってね」

 彰は軽口を叩きながら、ユジンの鎖を解いてやった。解きながら、彰は省吾の方に顔を向けた。

 「省吾、いろいろとご苦労さん」

 「何がご苦労、なもんか。来るなら早く来いっての」

 「まあまあ、こっちにもいろいろとあるんだよ。囚われの姫を救い出すのに、手間取ってね」

 「なんだ、姫、って」

 困惑顔の省吾に、彰は笑顔で返した。

 「感動の再会、って奴だよ」

 

 「宮元サン!」

 バイクに二人乗りしていた、グエンが駆けつけた。

 「グエン……? お前死んだんじゃないのか?」

 驚く梁に、グエンは困ったような笑顔で応えた。

 「幽霊じゃありませんよ。死にかけていたところを拾われたんです。舞サンを助けるために協力しろといわれましてね。お陰で、もう一度あなたのために命を張ることができました」

 「舞、って……」

 懐かしい名前に、一瞬戸惑った。直後、雪久が立ち上がり肩を叩いた。

 「そのまんまだよ。あの時の忘れ物だ。俺たちの、な」

 雪久が、梁の背中を押した。ほら、とばかりに。その視線の先に……

 「……舞?」

 かつて、奪われた、宮元梁のたった一つの宝――宮元舞の姿があった。


 鳴り響く銃声も、騒がしい怒声も――全てが消えた、ように思えた。


 同時に目に入る全ての景色はシャットダウンされ、梁にはもう、目の前の妹の姿、妹の声しか届かなかった。


 「兄さん……」

 少女はか細く、鳴いた。ふらつく足取りで歩み寄り、梁の胸に飛び込んだ。

 「兄さん!」

 涙声で、少女は胸の中で叫んだ。こんどは、しっかりとした声で。

 「舞、なんで……」

 「雪久と彰が、助けてくれたのです……光の当たる、この場所まで私を引き上げてくれました。暗闇から、私を……」

 「舞……」

 梁はそれ以上何もいわず、舞を抱き締めた。その手に何年か振りの温もりを感じ、もう二度と離すまいと、きつく抱き締めた。



 「くそ、デニスは!? コリーはまだか!」

 ビリーは立ち上がって喚いた。目を剥き青筋を立て、周囲の騒々しさにも負けぬ声で怒鳴り散らす。

 そのビリーの前に、グエンが歩み寄っていった。

 「いくら待っても無駄ですよ、ミスタ・レイン。あなたがこちらに差し向けた兵隊は、殆ど私たちが片付けました。まだ、燕サンが戦っていますが……」

 「……貴様っ!」

 ビリーがグエンに銃を向ける。だが引き金を引くより先に、雪久が立ちはだかった。

 「おおっと、お前の相手はこの俺だ」

 先ほどまでぐったりしていたのが嘘のような、しっかりとした足取りである。いつもの人を食った調子で、ビリーを挑発した。

 「『突撃隊』も、これでお前に従う理由が無くなった。後はお前だけだぜ?」

 雪久は、今しがた梁が落した柳葉刀を左手でくるりと回す。そして

 「玉座そこから下りてこい、ビリー・ルーサム・レイン。今日で貴様の天下を終わらせてやる」

 切っ先を突きつけた。刃の先に、ビリーの喉があった。


 ビリーの機械の腕から、煙が昇っている。かすかな、目を凝らさなければ分からないほどであるが……腕全体から白煙が立っていた。

 湯気であった。長時間、夜の冷気に晒された『鉄腕(アイアン・アーム)』には水滴が付着していた。それが、いま『鉄腕(アイアン・アーム)』の機械熱によって蒸発しているのだ。

 ビリー・R・レインは機械の拳を握り締めた。もう一方の、生身の方の腕は怒りのあまり震えていた。

 「……俺が今まで積み上げてきたもの、貴様らが手を伸ばしても決して届かないもの……その全てを……いとも簡単に……」

 唸りながら機械の腕を振りかぶり、それを思い切り椅子に叩きつけた。

 「クソガキめが!!」

 豪奢な玉座は、細かな木片となって砕け散った。煌びやかな装飾も、埋め込まれた宝石も、『鉄腕(アイアン・アーム)』の前に全て灰燼に帰した。

 「ジャップが……イカレた猿の分際で。そんなに死にてえんなら、お望みどおり殺してやるよ。この『鉄腕(アイアン・アーム)』でなあ!!」

 憤怒の形相で、雪久の前に立ちふさがった。ビリーは、『OROCHI』や梁、グエン達と対峙する形になった。

 「まとめて、スクラップにしてやる!」

 いきまくビリーに、雪久は馬鹿にしたように笑った。

 「鉄屑(スクラップ)は貴様だろう? 『鉄腕(アイアン・アーム)』?」


 ビリーはUZIの引き金に、指をかけた。『鉄腕アイアン・アーム』が、低いモーターの唸り声を上げている。

 

 成海の街に、最後の火の手がいま上がらんとしていた。



 第五章:完

第六章は2月12日より、その後3月上旬に第一部完結予定です。


最後までお付き合いいただければ、幸いです。

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