第五章:17
3つの戦場が交錯します。分かりにくかったら・・・すみません。
クラブの奥の娼館は、随分簡素な作りだった。
木製の扉で仕切られた小部屋はプレイルーム、それが大人2人が通れるくらいの廊下に沿って幾つも並んでいる。銃撃と喧騒で何事かと、部屋から売春婦達が次々に飛び出してきた。
「なによ、うっさいわね……ってええっ!?」
一番手前の部屋から出てきた、ブロンドの髪の女に彰はガバメントを突きつけた。
「ちょっと大人しくしてもらうよ。でないと、上の穴と下の穴が繋がることになる」
口に銃口を突っ込んだ。
「ひ、ひあ、ひょっと……」
廊下の向こうから男が4人、撃ってきた。彰は女を盾にすると、廊下の遮蔽物に隠れた。
「リーシェン、援護を!」
迫る男たちに、リーシェンと他の少年達が応戦する。銃火舞い、埃と土ぼこりの匂いに混じって硝煙の臭気が充満した。
「両手を壁に。抵抗するなよ」
彰は女の手を後ろ手に回した。耳元で、囁く。
「娼館の地下に、女達を収容する部屋があるはずだ……」
「はあ? なにいってんのよ」
「とぼけても無駄だ。多分、店の関係者以外は入れない……だから、あんたに案内してもらう。誘導してくれたら、命は保障してやる。でも、妙な真似したら……」
銃口で二、三度ほど頭を小突いた。銃身で耳や首筋を撫で、耳元で撃鉄を起こしてみせる。女の白い肌が青ざめるのが、分かった。
「分かった、分かったよ……案内するからさ!」
「じゃあ、さっさとしてもらおう」
彰は女を歩かせた。
「ということでリーシェン、このお嬢さんに水先案内頼むから、後は適当に切り上げて」
「切り上げる、ってどうするですか!? 怖いオニイサンいっぱいくるよ!? 銃なんて撃ったことないですワタシ!!」
「大丈夫だ」
彰は、やけに自信たっぷりにいった。
「もうすぐ援軍が来る」
丁度その頃、店の裏手で赤い装束の集団がもう一つ、動いていた。
「よし、いまだ」
少年たちが5人、クラブの裏口に集結した。皆、右手に拳銃、左手に鉄パイプやらバールやらの鈍器を持っている。
一人が、ドアノブを撃って扉を破る。少年たちは埃と熱気が支配する、ボイラー室へなだれ込んだ。
「な!? 貴様らドコから入って――」
狼狽する1人のギャングに、鉄パイプがぶち込まれた。胴体を二つに折り、崩れ落ちた。
そのパイプの持ち主である長髪の少年――黄が後続の仲間に呼びかけた。
「雑魚に用はない、立ちふさがる奴ぁぶち殺せ!」
右手に持った、ベレッタ拳銃を発砲。戦端を開いた。
「表の奴らの援護をするんだ――挟みうちにしろ」
雪久の靴が弧を描いた。
地面から膝を曲げず、遠心力で振り抜くハイキック。梁の顔面に、叩きつける。それを梁は、左腕で受け止めた。
間髪入れず、正拳。雪久の腹にめり込んだ。
「……っ」
体を折る雪久に、さらに梁は前蹴りを打った。雪久の顔面が弾けた。
「ってえ……このっ」
右ストレートを、放った。梁はそれを、左手で止めた。
左手を右腕に絡ませるように掴み、引っ張った。同時に、右拳を打つ。引く力と拳の勢いが、相乗効果を生み威力が強まった。
正拳が、胸骨に刺さった。肺の呼吸機能が、一瞬だけ停止する。遅れて、衝撃。全身の骨が震える。
「野郎……!」
雪久は梁のわき腹に横蹴りを打った。骨がつぶれる感触が足の裏から伝わる。一瞬、そう思った。だが
――何だこれは。
それはまるで、岩石や金属のような……とてつもなく硬い物体を蹴ったかのような感覚だった。衝撃は蹴った足の方に走り、痺れた。
梁は雪久の蹴り足を掴んだ。すかさずその顔面に向かって、梁は前蹴りを放つ。
目の前に星が瞬いた。意識が衝撃と共に体の外に弾き出される。雪久の体が、糸が切れたマリオネットのように地面に落ちるが……
「ぐっ!」
完全に倒れるより先に、弾かれた意識を引き戻した。膝を折った状態で、踏みこらえる。
「お前の拳は、軽い」
梁がいった。
「背負うものも、守るべきものも無く……闘争に快楽を求めるようなお前の拳など、効くわけがない。お前は今まで、何をしてきたんだ?」
「は、うるせえ」
雪久はふらついた状態で、腰を落とした。そして、梁の下半身めがけて猛然とタックルをかます。だが、梁はその動きも予測していた。
0から1へ急加速する、無拍子の膝蹴り。雪久の顔面に最短距離で到達、突き刺さった。
「二度も同じ手は食わん」
だが、雪久は倒れない。
「らあああああああ!」
叫びながら、体ごと拳を叩きつけた。梁は涼しい顔でそれを受け止める。間髪入れず、腹に逆突きを入れた。内蔵がせり上がるほどの衝撃、雪久は苦痛に顔を歪め胃の中の物を全てぶちまけた。
「俺は、お前とは違う。俺が負ければ、全てが失われる。だから負けられない、お前ごときに」
ついに、雪久は膝をついた。ゆっくりと崩れるその姿は、梁に跪いたかのように、見えた。
「お前は何のため、戦っている? 金か? 快楽か? いずれにしろお前の戦う理由など、お前自身のためでしかない。だが、それはこの街を支配する奴らと同じ、己の欲望のための戦いでしかない。俺は、俺だけじゃない。『突撃隊』や……“あいつ”のためにも」
「悪いか? 自分のためで」
顔を上げ、雪久が梁を睨んだ。
「自分のために戦って、それが悪いか? 人間というのは、どんな綺麗事いっても結局は自分が一番カワイイんだよ」
再び立ち上がった雪久は、腫れた顔を歪ませた。
「カッコつけんなよ? 背負うものとかいってよ、お前は背負ってんじゃなくて背負わされてんだよ。白人共に、そこでふんぞり返ってるブタ野郎にな。戦う理由は、自分のためじゃなく白人共のため……自分の本心に化粧をして、なにが『背負っている』だ。そんなお前の拳も、結構“軽い”ぜ?」
喉に、貫手が叩きこまれた。酸素の流れが断ち切られ、呼吸が一瞬止まった。
再び膝をつく、雪久にはもう戦う力など殆ど残っていないようであった。だが、口だけは閉ざそうとしない。むしろ、体の方と反比例して饒舌になっていくかのようだった。
「てめえは、自分のためですらねえ。理由がない奴に、俺は倒せな……ゴフッ!」
中段蹴りが雪久の口に叩きこまれ、雪久は吹き飛んだ。
「俺がどんな思いで戦っているか、どんな気持ちでこの2年間過ごしてきたか。俺のことなど何一つ知らんくせに、知った風な口をきくな!」
梁の無感情な瞳に、わずかな波が立っていた。倒れこむ雪久に対し、憎悪か、あるいは悲哀のような色が揺れている。
「……別に、分かる必要なんて無い。俺とお前は、敵同士だろ?」
あれだけ、痛めつけられたというのに尚も立ち上がろうとする。雪久の紅の眼球に見つめられ、梁はたじろいだ。
「“敵”ってのはな、存在を否定するから“敵”なんだ。貴様は、俺の“敵”だろ?」
雪久は立った。おぼつかないながらも、しっかりとした足取りだった。
炎は、いよいよ勢いを増す。銃声が間断なくこだまし、男たちの怒号と悲鳴が静まる街を駆け抜けた。
オレンジの光に、二つの影が浮かぶ。一つは風のように疾く、もう一つは山のように動かない。ぶつかり合っては離れ、銃声と金属音が聞こえた。
落雷のような銃声、地響きのような振動とともに、44マグナムよりもさらに威力の高い454カスール弾が吐き出された。
燕は膝を折り、倒れこむように右に避けた。弾は1秒前まで燕の頭があったところを通り、地面を穿った。アスファルトが砕け、破片を舞いあげた。
2発目が来る。
デニスが発砲。燕は頭を下げると、槍の届く距離まで、一歩で踏み込んだ。弾丸が燕の頭上を通り、赤い髪を焼いた。
銃口の前に、怯んではいけない。当たれば燕の脆い体は粉々に砕け散ってしまう。恐怖を感じようと何だろうと、とにかく動き回って狙いを定めさせないようにした。
「えい!」
燕が槍をしごいた。デニスの眉間と胸、さらに股間、と刺突。槍頭が三つ又にわかれた、と錯覚するかのような速い連撃である。
デニスは不意を突かれた。退がりながら身をひねり、急所を避ける。こめかみと肩をしたたかに傷つけた。
「まだだ!」
燕が逃げるデニスを追う。槍を長く持ち、間合いを広く取った。
再びの刺突。デニスの右手を狙った。槍頭が、銃のシリンダーに刺さった。銃身と槍頭が、咬み合うように交差した。
銃と槍の鍔競り合い。不思議な光景は約1分、続いた。燕は槍を押し込め、デニスはグリップに力をかける。二つの力の、均衡状態が続く。
デニスが銃で槍を払いのけ、均衡が崩れた。
燕は、払われたその勢いを利用して、槍を回した。
赤い房が、大きく弧を描いた。槍頭は一旦、燕の背中側に回り次に頭の向こうから飛来した。
槍は、なにも突き刺すばかりが能ではない。時には槍の柄の部分、槍杆と呼ばれる棒の部分で敵を叩くという使用もできる。
樫でできた槍杆を鞭のようにしならせ、銃を叩き落さんとデニスの右手を打ち据えた。びしりと鋭い音を立て、ごつい手の甲が赤く腫れた。
がしかしデニスは意に介さぬように、飄々としている。蚊にでも刺された、くらいの顔をしていた。
――少しは痛がれよ、デカブツ!
燕の鼻先に、銃が突きつけられた。
銃口は、眼前にあった。螺旋状のライフリングが洞穴の奥にまで伸び、その先に収まる弾頭まで見えた、気がした。
「吹っ飛べ」
発砲。轟音が響いた。