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監獄街  作者: 俊衛門
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第五章:16

 放たれた瓶がボンネットに着弾した。鈍い音とガラスの砕けた音が同時に響く。何事かと身を乗り出した直後、デニスとコリーの視界が紅蓮に染まった。

 「火炎瓶(モロトフカクテル)だ!」

 2本目が着弾。ボディーが火に包まれる。

 「止まれ!」

 デニスが叫び、コリーが急ブレーキを踏む。

 直後、車体が大きく揺れた。視界を遮られ、ハンドルを誤った後続の車が突っ込んできたのだ。見ると、他の車も次々とやられていた。

 「ええいクソ、なんだってんだ」

 コリーは悪態をつき、車を降りた。デニスも降りるが、そのときふと道の端にいる人影に気がついた。闇にまぎれて、目を凝らさなければ良く見えないが……左右に5,6人づつ、いる。それぞれが手に、銃を持っている――。

 「コリー、伏せろ! 連中撃ってくるぞ!」

 叫ぶと同時に、デニスは車から離れ、路上に伏せた。

 直後、路肩の人間達が一斉に発砲した。その弾の一つがガソリンタンクを撃ち抜いた。

 火球が轟音と共に、幾つも生み出された。鉄の箱に収まった液体燃料が漏れ、車体に間纏わりつく炎に引火したのだ。火は周りの酸素を一気に貪り食い、爆炎となって猛威を振るった。

 爆風と共に、鉄片や肉の燃えカスが炎と共に舞い上げられた。

 「……クソッタレが」

 道端に倒れこみながら、コリーが悪態をついた。肩と背中を打ちのめしたが、どうにか生きている。

 「畜生、やりやがった。やりやがったな、クソガキが!」

 立ち上がりながら、ショットガンを構えた。炎の向こうに、人影が見えたのだ。揺らぐ熱気が、影をぼうっとした虚像として浮かび上がらせる。まるで亡霊だ。

 「クソッタレ、この蛆虫野郎! てめえら『OROCHI』か! イエローが舐めた真似しやがって!」

 ショットガンをところ構わず撃ちまくった。デニスが立ち上がり、コリーの肩に手を置いた。

 「コリー、クールダウンだ」

 そうなだめるが、コリーは聞く耳を持たない。

 「クソ野郎、出て来い!」

 火柱に向かって吼えた。それと同時だった。

 銃声がまた、こだました。今度はビルの上から、フルオートで撃ってきた。

 (上だと!?)

 デニスが見上げた先に、商業ビルの屋上でアサルトライフルを持った少年がいた。射程の長いM16で、爆発を避けた本隊の人間を掃射している。青のギャングたちは見えない敵に怯え、逃げ惑う。

 「散り散りになるな! 上だ、上にいる!」

 デニスはなんとか隊をまとめようとするが、男たちは幽霊が攻撃してきたくらいに思ったのだろう。密林に潜むベトコンに震える米兵の如く、パニックに陥っていた。もう、デニスの言葉など耳に入っていないようだった。

 その逃げる群衆に、野犬の如く襲いかかる赤い影が確認できた。各々、手に鉄パイプやら剣やらを持っている。炎の隙間を縫って、ギャングたちに飛びかかった。

 「野郎!!」

 コリーが屋上に向かって発砲。だが、散弾が届く距離では無い。逆に、相手からは悠々届く。3発目のショットシェルが排出されたと同時に、コリーは胸を撃ち抜かれた。

 「畜……生」

 足がもつれるように、頭から地面に倒れこむコリー。ショットシェルが血溜りに落ちたと同時に、コリーは崩れ落ちた。

 「ち……さかしい奴らだ」

 車の残骸に身を隠しながら、デニスが呟いた。

 おそらく、銃なぞろくすっぽ撃ったことの無い連中ばかりであろう。だから、正面切っての撃ち合いでは敵わないとみたのか、待ち伏せアンブッシュと奇襲に徹した戦法で攻めてきた。火炎瓶で撹乱し、車を爆破してこちらの足を止める。恐怖と混乱に満ちた兵に白兵で向かうのは、そう難しいことではない。

 「大したもんだ」

 「お褒めに預かり、どうも」

 壁の向こうから、声がした。デニスは辺りを確認すると、車の影から頭を出した。

 「……貴様が総指揮か」

 赤い髪の少年が、そこにいた。その隣には……

 「グエン……」

 かつての飼い犬の名を、口にした。


 「ミスタ・ロック。私達『突撃隊』は、今夜を限りに『BLUE PANTHER』を離反します」

 グエンが強い口調でいった。炎に照らされたその顔は、(いかめ)しい。

 「ビリーの旦那がなんというかねえ……」

 「関係ありません」

 「そうかい。まあとりあえずだ」

 グエンには興味が無いといったそぶりで、デニスは隣の燕に目を移した。

 「お前、名はなんという?」

 「まず、自分から名乗れよ。礼儀だろう」

 「ああ、そうだな……」

 普通、白人がアジア人にこんな口を聞かれたら「ふざけるな」と怒る者が多いが……デニスは素直に従った。

 「俺はデニス。デニス・“ザ・ロック”」

 「“錠前(lock)”?」

 「“岩(rock)”だ」

 デニスが訂正した。

 「ああごめん。発音がまだちょっとね……」

 舌を出してちょっと笑い、そして

 「俺は(ヤン、だ。貴様をる男の名、覚えとけ」

 構えた。


 火炎が、天を燃やす勢いで立ち昇る。熱気と混乱の最中、あちこちで銃声と喧騒が聞こえた。

 「グエン、ここは俺がやる。お前は他のギャングども黙らせて来い」

 デニスから目を逸らすこと無く、燕がいった。

 「……ご武運を」

 「うるせえ、早く行け」

 グエンはククリナイフを抜き、逃げるギャングたちを追った。3秒後、絞り出すような悲鳴が幾つも聞こえた。

 「良かったのか? 一人で」

 デニスは槍を突きつけられても、動じている風では無い。槍頭とよばれる刺突部分ではなく、燕の全身を眺めるように見ていることから対人格闘にも慣れているようだ。 

 「うーん、ちょっと後悔してきた。なんとなく、あんた手強そうだから」

 「それは褒めているのか?」

 デニスは角刈りに揃えた金髪を掻いた。

 「敵に褒められるというのもなあ……」

 「しっかり、胸に刻みな。それがあんたがこの世で聞く、最初で最後の賛辞だ。どうせ今まで、人に褒められない人生を送って来たんだろうし」

 「そりゃどうも」

 デニスは懐から、銀色のリヴォルバー拳銃を取り出した。

 取り出したのはスタームルガー、スーパーレッドホーク。454カスール弾を納める太いシリンダー、9.5インチもの銃身(バレル)が、(あらわ)になる。

 「文句は、無いな」

 デニスは真っ直ぐ、銃口を差し向けた。

 「無いけど、そんなバカでかい銃で槍の動きについてこれるのか?」

 「一発でも当たれば、それで……」

 デニスは撃鉄(ハンマー)を起こした。燕が動いた。

 引き金が、引かれた。


 デニスが撃ったときには、もうそこに燕の姿は無かった。 

 一歩、踏み出し懐に入った。

 そして、刺突。槍頭が空気を切り裂き、風を起こした。

 「ち……」

 デニスは一歩下がって避けた。避けながら、発砲。カスール弾が燕の顔面まで螺旋に回転しながら飛来し、肉にめり込む……

 「どこに撃っている、ウスノロ」

 振り向くと、燕の槍が視界に飛び込んできた。首をひねった、その1秒後デニスの頬を刃が掠めた。

 「速いな、身のこなしが」

 デニスは攻撃の手を休めていった。感嘆したように、軽く口笛を吹いた。

 「あんたこそ、“錠前(ロック)”なんていわれているから鈍間(のろま)かと思っていたけど……俺の槍に順応している」

 「“(ロック)”な。渾名の由来はそんなじゃない。そもそも、“(ロック)”なんていわれているのは俺が見た目が岩っぽいのとか、石頭だとか、そんな風なところからつけられたとかいうが、でも岩というのは別にごついばかりが岩じゃねえし、第一俺が石頭なんてどんな根拠から来たのか、というよりもいわれなき中傷なんだがともかくビリーの旦那がいうにゃ、“ザ”何とかってついたほうが語呂がいいらしいってんでそれならいっそ……」

 「あー、ストップ」

 燕が遮った。右手で「待て」といわんばかりに、制止のポーズをとる。

 「正直、あんたのニックネームのことはどうでもいいんだが……話が分かりづらいとかいわれたことはないか?」

 「割と」

 デニスはスーパーレッドホークのハンマーを起こし、狙いを定めた。

 「だが若造、話下手でもお前をミンチにしてやることは出来る。今のうちに、お祈りでもしておくんだな」

 「若造、だなんて嬉しいこといってくれるねえ」

 左半身に構え、槍の先端に手を添えるように構えた。後ろに重心をかける。

 「最近、あいつら俺のこと年寄り扱いするんだよ。チームの中じゃ一番年長だからってさ。その点じゃ、あんた気に入った」

 燕は槍を翳した。オレンジ色の炎が、薄く笑う燕の横顔を照らしていた。

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