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監獄街  作者: 俊衛門
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第五章:15

 「……分かった。ただアジト(ここ)から『百鬼地区(ゴーストタウン)』までは、急いでも30分くらいだ。それでもいいというなら……10分? 無茶いいなさんな旦那。あのクソ車がエンストしない、っていう奇跡(ミラクル)が10回連続で起こらない限り無理だ。だから、新しい車を買えと……ああ、とりあえずいいか。なに、案ずるこたない。『(ファング)』の坊やがいるなら、あと30分くらい間を持たせる事はできるさ。じゃあな、俺はもう出るから」

 男はそういうと、一方的に電話を切った。

 「デニス、誰だ今の電話」

 『BLUE PANTHER』アジト、玉突きに興じながら青のギャングたちがたむろしていた。ランプの光と煙草の煙が、男達を影として浮かび上がらせている。全部で100人強、待機を命じられていた。

 「ああ、ビリーの旦那から。出動だそうだ」

 デニスなる男は身長2メートル、体重は100キロ以上もある巨漢である。ごつごつした指に挟まれている携帯電話が、まるで玩具のようだ。

 「あっちには兵隊はいねえのか?」

 「いたらしいけど、殆どやられたらしい。『千里眼(クレヤヴォヤンス)』の代わりにモンスターに乗った『疵面の剣客(スカーフェイス・ソードマン)』が来て暴れ回って、そいつを『(ファング)』が食って、食った後に『千里眼(クレヤヴォヤンス)』が来て、その『(ファング)』と『千里眼(クレヤヴォヤンス)』が喧嘩していて、その間に兵隊を補充したいって……」

 「分かるようにいえよ」

 向かいの男、コリーが覇気の無い声でいった。ぼさぼさの長い金髪と無精髭、垂れた目つきはいかにもな気だるさを醸し出している。だらしなく開いた口から、マリファナ臭い息を吐いた。

 「まあ要するに、行けばいいんだよ。ビリーの旦那を助けにな」

 退屈そうにテーブルに足を投げ出して座っている相棒に、デニスはショットガンを投げて渡してやった。無感動かつ無機質な表情と声で一言「出番だ」と発する。

 「だが、あんなガキ共に必死になるんだ。『鉄腕(アイアン・アーム)』がありゃイチコロだろう?」

 「まあ、そうもいかんのだろう。なんせ相手は銃弾をも見切る『千里眼(クレヤヴォヤンス)』だ。四方八方から一斉に撃たねえとダメらしい」

 「なぜ?」

 「だから『千里眼(クレヤヴォヤンス)』ていうのは、銃弾を避けるように出来ているんだがそれは目に入るものに限られていて、でも見てなければ避けられないわけでだな……だから奴の視界に入っていないところから……」

 「ああ分かった分かった、とにかくイエローぶち殺せばいいんだろ。おい、てめえら!」

 スパスショットガンのポンプを引いて、ショットシェルを詰め込みながらコリーは怒鳴った。

 「ショータイムだ。クソイエローを血祭りにあげてやろうぜ」

 コリーの一声で、影の男たちは各々立ち上がった。銃を手に取り、外に出る。コリーも喜々としてショットガンを肩に担いで立った。

 「相変わらず、こういうイベントは好きだなお前」

 デニスが重い腰をあげながらいった。

 「ケケッ、タネ食って女に突っ込んでいるだけじゃ、血とかアレとかいろいろ腐っちまう。ぶっ放してナンボだろう、俺ら」

 いくぞ、とコリーが声をかけようとしたその時。

 「ちょっと待て」

 デニスの携帯電話が、再び鳴った。

 「んだよ、こんなときに。置いてくぞ」

 「……ビリーの旦那じゃ、ないな」

 ディスプレイには“ダック”と表示されていた。“パープル・アイ”の総支配人が何の用だというのだろうか。通話ボタンを押す。

 「なんだ、俺は今から出るところで……」

 『た、助けてくれっデニス! や、奴らが! みみ、店に!』

 電話口のダックはかなり切羽詰っているようである。心底慌てて、いや怯えた口調であった。

 「落ち着けよダック。まともに話も出来ねえようじゃ“お喋りアヒル(ダック)”の名が泣くぜ。奴らって誰だ」

 『ああああ、あいつらだよ!『OROCHI』とかいうクソ東洋人どもが!』

 「それがなんだ?」

 『来やがったんだ! よりにもよってうちの店に!』

 悲鳴のような音が、電話口から聞こえた。それを最後に、電話は切られた。



 ――10分前



 “パープル・アイ”のホールは人工の闇に包まれ、その闇を極彩色の光芒が幾つも走っていた。ステージの上ではDJが、早い手捌きでターンテーブルを回している。

 選曲はラップを織り交ぜたダンスミュージック。その疾走感溢れる音色にホールの人間全てが酔い痴れていた。あるものは酒を煽り、あるものは隅の方で体を重ね、またあるものは拳を振るう。

 そのホールに、災厄が投げ込まれた。


 円筒状の黒い物体が、どこからか飛来した。弧を描きながら、群集の真ん中に落ちた。

 床に着地、それは眩い光を放った。


 遅れて爆発音。風船が割れた音をもっと大きくしたような音がした。反響しやすいホール内だけあって、それは増幅されて聞こえた。

 同じ光と音が、こんどは2発続けて爆ぜた。白光が群集の目を貫き、音響が耳を麻痺させた。享楽はパニックに、笑い声が悲鳴に変わった。群集は慌てふためき、ホール内は混乱に包まれた。

 ほぼ同時に、赤いジャケットを来た集団がホールに躍り込んで来た。


 九路彰、他『OROCHI』メンバー15名。閃光弾を投げ入れ、その混乱に乗じてクラブ“パープル・アイ”になだれ込んだ。赤い毛並みの狼が、黒い群集に身を投じたようにも見えた。

 群集は、我先に逃げ惑う。その間を、彰たちは縫うように走り抜けた。

 「彰!」

 リーシェンが叫んだ。彰は、短く頷いた。 

 「踊らせてやれ、リーシェン!」

 リンショウはVz.61(スコーピオン)を天井に向け、フルオートで撃ちまくった。ミラーボールが砕け、金属の細かい破片が槍となって群集の肌を傷つけた。

 「彰! これからどうするですか!?」

 悲鳴の中、負けじとリーシェンは声を張り上げた。

 「ホールの奥にここのもう一つの顔、娼館がある。その地下に、幽閉されているはずだ!」

 「なんでわかる?」

 「ここはもう何度も通っているからな……リーシェン、後ろ!」

 彰がガバメントを抜き、リーシェンの背後に向かって発砲した。5メートルほど先で、SMGを持った男が倒れた。

 「ここで暴れても得じゃない、とにかく目的地に着くことだ!」

 悲鳴、怒声にまぎれて銃声が幾つか生まれた。『BLUE PANTHER』の警備の者たちだろう。だが、人込みに紛れた彰たちには当たらず、周りの一般客を巻き添えにした。

 ――当たるものか。

 人込みが、盾となり目的地まで守ってくれる。そのために、わざわざパニックになるよう仕向けたのだから。

 目的地は娼館のさらに地下。

 「そこに、舞がいる!」

 ガバメントを撃ちながら、彰は叫んだ。



 デニス、コリー以下『BLUE PANTHER』本隊160名が、車に分乗し一路『百鬼地区』を目指していた。

 荒れた路面を走るのは、古びた軍用車の群れ。その先頭を走るアメリカ製のジープに、デニスとコリーが乗っていた。

 「どうすんだ!? “パープル・アイ”に『OROCHI』が押し入ったってっけど、こっちはこっちでビリーのとこ行かなきゃだしよお?」

 運転しながら、コリーは後部座席のデニスに怒鳴った。

 「……クラブは第5ブロック、『百鬼地区』は第6ブロック、隣りあわせだ。途中までいって、半分をクラブの方に回せばいいだろう。押し入ったのはわずか10人前後、すぐに片付く」

 「はあ、全くやけにあそこにこだわるよな。ビリーの奴」

 コリーが溜息混じりにいうのへ、デニスがたしなめるようにいった。

 「あそこは戦略上の要、なんだと」

 「戦略? 何だそれ」

 「あそこには『ファング』の妹が繋がれている。そいつを質にとることで、『突撃隊やつら』を従わせているんだと。だから……コリー、前になんかいるぞ?」

 デニスは前方を指差した。50メートルほど先、デニスら本隊の車群の行く手を阻むように、人が数人道を塞いでいる。

 「まあ、そういうことならな……じゃあ、俺はクラブの方に行くとすっか。そっちの方が、多くぶち殺せそうだしなイエロー共を」

 「いや、話聞けよ。前に人が……」

 「ああっ!? んなもん轢いちまえばいいだろうが!」

 コリーはアクセルを、さらに踏み込んだ。

 

 「来たか……」

 車が数台、近づいてくる。先頭のジープだけ、ものすごい速度で突っ込んできた。

 燕は、ワインボトルを一本手に取る。ボルドーだかシャブリだか、元は高級なワインが入っていたのだろう。が、今は質の悪い安物ガソリンがたっぷりと詰め込まれている。

 「足引っ張るなよ、“元”副長さん?」

 隣のグエンに、精一杯の皮肉を込めた声でいった。

 「飼い主に逆らうのは心苦しいかもしれんがね……」

 「飼い主じゃありません。あなたも存外にしつこいですね」

 少しばかりムッとした表情を見せ、グエンがやり返した。腕を切られ、かなり出血したはずなのだがもう回復している。

 「私の主君は宮元サン唯一人……むしろ本隊の人間など私にとっては不愉快な存在でしかない。腕一本で彼らをローストポークに出来るのなら喜んでやりますよ」

 「いうじゃないか。じゃあ、飼い犬がどこまで食らいつけるか、お手並み拝見といこうか」

 「いいでしょう」

 グエンは足下の火炎瓶に火をつけ、瓶を拾い上げた。燕や他の者、生き残った『突撃隊』隊員の5人の男たちも同様に着火する。

 「キャンプファイヤーだ!!」

 燕が号令をかけた。男達が一斉に、瓶を投げた。

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