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監獄街  作者: 俊衛門
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第五章:14

 灰の中に残った、消え損ないの小さな火種。


 もう火はつかない。しかし完全には消えてくれない。そいつはいつまでもぶすぶすと燻り続けて……ここ2年間、ずっとそんな心地だった。

 

 《南辺》第5ブロック、クラブ“パープル・アイ”の毒々しいまでに輝いたネオンの灯りに照らされて、九路彰は煙草を噛んだ。

 「うるさいなあ、もう……」

 ビルの影で、彰は一人、光の方に呟いた。店の前では改造された車がアイドリングの騒音と、ヘヴィメタルとHIPHOPがごちゃ混ぜになったような音楽が響く。酒と薬に溺れた若い男女が嬌声を上げてはしゃぎ回り、騒々しいことこの上ない。

 不快であった。騒音だけじゃなく、彼らが浸かっている刹那的快楽、そのものが。その快楽は、難民たちの血の雫。敗戦国民から搾り取った残りかすが、あっというまに白人たちの娯楽に消えてゆく。

 「彰」

 背後から呼ぶ声がした。振り返ると、そこには燕の姿があった。

 「彰、準備できた。こちらの人員の配置は全て完了、あとはお前次第だ」

 「ああ、わかった」

 眼鏡の端を押さえながら、マルボロの煙を肺の奥に吸い込んだ。

 「しかし、なあ……」

 「なんか不服か?」

 彰が人懐っこいような笑顔で訊いた。

 「いや。別にそうじゃないけど、上手く丸め込まれたというか釈然としないというか……」

 燕は煮え切らないような、喉に何かがつっかえたような物言いである。彼自身、まだ先ほどのことを引きずっているようだった。

 「ちゃんと活躍の場は用意しただろう? 約束どおり」 

 「でもよ、結局は雪久の意向に全部沿ったような作戦で、あまり面白くない」

 「思いっきり不服じゃん」

 彰はくすりと笑って、燕の肩を叩いた。

 「まあ、ことがうまく進むかどうか燕の腕次第、だからさ。わだかまりとかそういうの無しにしてやってくれれば、俺は一番嬉しいけど?」

 「嬉しいって……お前のためにやるんじゃねえぞ」

 「それでもいいんだけどね」

 一つ伸びをして、彰は足下にあった瓶を燕に渡した。

 「餞別だ。これで白豚どもバーベキューにしてやりなよ。村を焼かれた、お礼参りの意味でもさ」

 「お心遣い、どうも。でも、正直そんなことはどうでもいいんだけどね。俺は、別に復讐とかそういう理由でチームにいるんじゃないからさ」

 「ほう」

 「この街では俺なんかドコにも行くところは無い、そんな中であそこだけは居心地が良いと思えたからな」

 「単純でいいね」

 マルボロを吐き捨て、靴の裏で火を消す。

 「うるさいよ。お前はどうせ復讐のためだろう。なんだっけ、あの宮元とかいう……」

 「そうじゃないさ……消えてくれないんだよ」

 「は?」

 燕は訝しげな顔で彰の横顔を見た。クラブの灯りを見つめるその顔は、恐ろしいまでの無表情に変わっていた。鉄か何かで作ったかのような、無機質さ。

 「燻ったままなんだよ、あの日から。何度諦めよう、それが弱き者の宿命だって分かっていても……俺は、自分の心に決着(ケリ)をつけられないでいたんだ」

 足を離し、残骸を見た。灰の中に、一瞬だけちらりとオレンジ色の光が見えた。が、それも直に消えた。

 「だからさ、このまま燻り続けるくらいならもう一度火をつけてみようと思ってね」

 「はあ……それでこの機会にやっちまおうと?」

 「誰かさんのお陰で、計画は随分早まったけども。ユジンも、とんだ拾い物してくれたよ」

 彰は苦笑しながら

 「さて、こっちの方の拾いものはどうしたものかねえ……」

 視線を背後のワゴンに移した。ワゴンの中の人物を、視界に捉えた。


 「気分はどうだい? 副長殿?」

 ワゴンのスライドドアにより掛かりながら、中の男たちに話しかけた。

 男は5人、血まみれの泥まみれであった。疲労困憊と出血で息を切らし、腕を折った者背中を斬られたものとさまざまである。

 その中心にいたのが、グエン・チー・イであった。左腕の、肘の下からが無い。傷口をベルトで固く縛り、ガーゼと包帯で腕を幾重にも巻いていた。

 「……敵の陣中でこれほど趣味の悪い皮肉を聞くとは思いませんでしたよ。ええ、あなたの思惑通り気分は最悪です」

 「そいつは何より」

 ニッと笑い、続いてグエンの顔を覗きこむように見た。

 「グエンさん、それで例の件は考えてくれたかな?」

 「九路サン、でしたね。はっきりと申し上げますと、お断りします。我々は敵のために働く義理などありません」

 憔悴しきった顔で、しかし目はしっかりと彰を見ていた。隙あらば、と身構えているが……グエン達の足は縛られているため、動けない。

 「ここで殺すのなら、それも結構。ただ、我々に情けなどをかけぬよう」

 「情け? 仲間を殺されておいて情けをかける酔狂な輩がどこにいるんだい? そんな寝言は叩かぬようお願いしますよ、副長殿」

 おもむろにガバメントを取り出し、銃口をグエンの眉間に突きつけた。

 「そうでなくたって、こいつを弾きたくってしょうがないんだからさ……俺の理性が吹っ飛ぶかもしれないから滅多なこといわないほうがいいよ?」

 仮面のような笑みを張り付けて、撃鉄(ハンマー)を起こした。がちりと重く鈍い音を奏でた。

 「それをいうのなら、私の方こそ仲間を殺されたのですが?」

 「省吾は、うちとは関係ない。チームの構成員じゃないから、そっちの恨み言は省吾に直接いうことだ」

 簡単にいうものだ。自分でも節操が無いとは思ったが、この際そんなことは問題で無い。

 「いいかい? 俺は優しいんだよ。俺のいう通りにしてくれれば、2人を殺したあんたらの咎をチャラにしてやる。まあ、嫌ならこの場でガバメント(こいつ)の的になってもらうまでだ。行く前に、ちょいと練習しときたいしね」

 グエンが睨み返す。沈んだ空ろな目にもまだ、気迫が残っていた。猛る獣ではない、鋭い猛禽の気が。

 「我が主君に仇なすことをするくらいなら……この場で果てます」

 「格好いいねえ、グエンさん。ただ、ご立派な覚悟ではあるけど“主君”が『鉄腕(アイアン・アーム)』じゃあね」

 「『鉄腕(アイアン・アーム)』ではありません……私達の主君は宮元サン唯一人、それ以外にいるはずなどない。だからさあ、撃つなら撃ってください」

 「へえ、梁の奴もえらく慕われたもんだ……昔の侍みたいな部下が出来ている」

 梁、と名前で呼ぶ彰にグエンは驚いたようである。俯き加減の顔をばっと上げた。

 「なんだか、宮元サンを知っているような口ぶりですが……」

 「まあねえ……そうなると話は別だ。こいつはいまの俺たち――雪久と梁、それにあんたたちの立ち位置も価値も全てひっくりかえる」

 「どういう意味ですか」

 「まあ、ともかく話を聞きな」

 拳銃を下ろし、眼鏡の蔓にしなやかな指を添えた。唇が、かすかに上向いた。

 「ここでくたばるより、よっぽどタメになる話だ。どうせ散る命なら、もっと有意義に使わなきゃね」

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