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監獄街  作者: 俊衛門
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第五章:12

 間合いとは、領土のようなものである。相手との距離、という意味だけでなく自身の攻撃の及ぶ範囲も指す。

 領土に踏み入り、敵は命を狙ってくる。自身を守るには、掛かる敵を領空内で迎撃し無ければならない。剣、拳など持てる武器をいつでも撃てる態勢につくる。

 攻め込むほうは、敵の領土に踏み込まなければ敵を倒せない。しかし、いつ敵に反撃されるか分からない。迎え撃つ火の手を掻い潜り、中心の核となる敵の命を討つ。そのためには、常に相手の様子を伺い攻め口を見つける。

 格闘とは領土の奪い合い。国家間の戦争であっても、それは変わらない。敵の領域に踏み込み、命を討つ。もっともシンプルな格闘(ゲーム)だ。

 このゲームは苛烈で、互いの力が強いほどに慎重になる。ならざるを得ない。国家でいえば、互いに大陸間弾道ミサイルを構えあっている状態だ。一歩違えば、命取りである。


 だというのに――雪久はいとも簡単に、まるで散歩でもするように梁の間合いの内に踏み込んだ。領土侵犯を、不用意に犯してしまった。


 当然、梁は迎え撃つ。刀を水平に振りぬき、首を斬った。が、そこには雪久の姿は無い。

上を見る。雪久はトランポリンかなにかの選手みたいに、空中を泳いでいた。跳躍力など、身体能力に関しては雪久は天性のものがあった。

背後に着地した雪久に、さらに浴びせる。下から掬い上げるように斬り上げ。雪久は身体を反らすように避けた。刃が雪久の鼻先ギリギリを通った。数ミリ違えば、確実に斬れている。

 頭上で旋回。今度は斜めに、雪久の左肩めがけて斬った。

 雪久は首を、つい、っと横に向けた。コンマ22秒後、雪久の頬をなでるように刃が通る。髪が数本犠牲になり、粉雪のように散った。

 その太刀筋、ひとつひとつを雪久は目で追っていた。身体のギリギリを通る刃を、薄ら笑いを浮かべながら眺めている。振り上げた右腕を左目で見て、次に自分に迫る刃に視線を滑らせ、最後に避ける。

 迫る刃を恐れない人間はいない。それが本能だ。だが雪久は、纏わりつく一つ一つを花か蝶でも愛でているかのよな、楽しげな視線で見送っていた。

 「やはり性能は変わらんようだな、『千里眼』」

 斬撃の手を休めずに、梁がいった。紅に燃える左の眼球を、忌々しげに見つめて。

 「まあね〜。あれから随分たつというのにいい仕事してくれるぜ、この機械目」

 喋りながら、首を傾ける。刃の腹が、耳朶に当たる。

 「だが、それは所詮避けるための技術。そのまま逃げ続けたとしても、いずれ体に疲労が溜まり、思うように動けなくなる。いくら軌道を読めたとしても、それだけでは戦いと呼べない」

 「説教か? それとも親切にもアドバイスしてくれるんか?」

 「忠告だ」

 梁は間をつめ、左足を強く踏み出した。コンクリートの地面がぱしりと鳴り、その踏み鳴らした足の衝撃が刃に伝わり力となる。

 「や!」

 息を全て吐き出し、気合と共に両断。これも、すかした。雪久の変わりに地面を穿った。

 「もちろん、攻撃のことも考えているさっ」

 耳元で声がした。背筋が総毛だった。

 「な――」

 振り向く、と同時にしゅるりと首に何かが巻き付いた。布の感触。取ろうとした瞬間、それはおそろしい勢いで収縮し梁の気道を塞いだ。

 「ほらな? こういう手もあるだろう?」

 背中で雪久が笑っていた。両手には、赤い布。チームジャケットで、梁の首を締め上げる。

 「ぎ、ぎざま゛」

 「おおっと、暴れるとさらに深く食い込むぜ」

 両手に力を込める。一秒ごとに梁の首筋が縮まり、梁の喉を圧迫した。

 「ご、の」

 梁は布と首の皮の間――隙間など殆ど無いのだが――に指を差し入れた。押し込むように、無理やり入れたものだから爪が皮膚を抉ってしまった。が、締め殺されるよりか数段ましといえよう。

 「――はっ!」

 締め上げている布を掴み、腰を落とす。次に、立ち上がりながら上半身を前傾させた。そうすると、ジャケットを握った雪久を腰と背中に背負うような形になる。この形は、雪久の体重が梁の首に直接掛かる形になるため命の危機はさらに増すのだが……それも一瞬のこと。

 「やあ!」

 両足が浮いた雪久を、腰で跳ね飛ばすように投げた。腰投げの変形、に見えなくは無い。雪久は思いがけない反撃に狼狽し、手を離してしまった。そのことにより、完全に投げ飛ばされる形となった。

 「姑息な手を」

 顔を真っ赤にさせながら、梁は巻きついたジャケットを解いた。息が、切れている。

 「“蛇”っぽいだろ?」

 起きあがりながら、雪久がおどけた調子でいった。

 「喧嘩は勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ。ま、首吊って負けました、じゃ笑いものになるかんな必死になる気持ちも分かるけど」

 再びファイティングポーズ、ただし、今度は右手を前にしている。

 「さて、お次はなにかなっと」

 身を低くして、雪久が突進して来た。領土を侵略した。

 「ほざくな!」

 横薙ぎに、胴を斬った。空を掴む。が、今度は跳躍ではない。

 斬った軌道よりさらに低い、地面を這うかのようなタックルをかましてきた。

 雪久は梁の胴に、抱きついた。さらに振り下ろそうとした右手を、掴んで封じ込める。

 「これ、この間の露助の真似」

 すぐさま足を払い、梁を転ばせる。タックルという手段を計算していれば、ここまであっさりと寝かされることなどなかったのに。

 ――不覚!

 起きあがろうとするが、雪久が馬乗りになった。左手で梁の刀を封じ、右手を振り上げる。

 梁の顔面に、鉄槌。殴るというより、ドアを叩くように右を浴びせた。

 1発、2発、3発……

 が、黙って見ているつもりなどない。梁は雪久の右を左で受け流し、受け流した手で、雪久の水月を打った。

 ぐへっと空気が漏れたような声がした。同時に体に掛かる力が消え、梁は起きあがった。

 「お前の戦い方はまるでなってない。子供の喧嘩だ」

 梁が吐き捨てるようにいった。

 「反吐が出る。その場凌ぎの急戦法、心構えもなにもあったもんじゃない。それで、俺に勝とうというのか?」

 「へへっ、でも効いてるじゃんか?」

 腹を押さえながら、それでも雪久は薄ら笑いだ。やはり、目は笑っていないが。

 「梁よ、それをいうならお前だって子供の喧嘩だ」

 「何を馬鹿な」

 苛立つ心を、をどうにか鎮める。

 「だってそうじゃねえか……何故、本気にならない」

 「は?」

 「いつまで柳葉刀(そんなもの)に頼っている? 俺に遠慮しているのか?」

 雪久の科白。最後の言葉が、梁の胸に突き刺さった。

 「な、何を馬鹿なことを……」

 「そうやって逃げている。お前の方こそ、そんな心構えで俺に勝とうというのか? それじゃあ俺は負ける気はしないね」

 濁った目が、底なしの沼のような目が梁を見ていた。


 何をいっている……俺が本気じゃない? そんなはずは無い。

 心は否定していた。体も、本気で雪久を殺しに掛かっている。刃を確実に当てにいっているし、遠慮などするいわれはない。

 だが。雪久の言葉が妙にちくちくする。後ろめたさ、ではないがどこか引っかかる心残り。雪久の科白が、無視できない。

 「どういうことだ、俺が本気じゃないって……」

 「だから、そのまんま」

 「答えになるか!」

 梁はまた声を荒げた。押し込めてきた感情を、爆発させてしまった。

 いってから梁は恥じた。戦いで一番大事なのは冷静な心だ。こんな男の言に惑わされてどうする、と。だが、雪久は止めなかった。

 「その刀……使うようになったのはいつからだ?」

 「え? いやこれは……」

 「2年前は、それなかったよな? いつからそんな刀を使うようになった?」

 「……『突撃隊』が出来てからだ」

 過去の記憶を探りながら梁が答えた。

 雪久達と離別してすぐ後。『BLUE PANTHER』と対立したグエンたちと出会い、そのまま『BLUE PANTHER』の別働隊として組織された『突撃隊』。バイクと刀というスタイルを考えたのは梁であった。

 銃を相手にするには、機動力が必要であり加えて即効性のある攻撃。そのため、重い片手刀を用いた。それが全ての始まり。

 「そうかい、それなら刀術にはそれほど長けていないと見た。それなのに、なぜ(そいつ)にこだわる」

 「それは……」

 「本気になってねえからだろう……『(ファング)』の名が泣いてるぜ? まあ無理か、てめえにゃ本気は出せねえ。自分がやること成すこと、全部に言い訳をくっつけてしたくも無いこと、白人共に押し付けられたことをやっているお前になんか」

 「何だと……?」

 静かな泉に、波紋が広がった。感情が滲む。

 「自分の意思を殺しているお前が、本当の力なんぞ出せるわけねえ……血筋だけじゃなく、人生も半端者のてめえがよお」

 「黙れ!」

 平静な心に、波が立った。無表情だった梁の顔に、憤怒の形相が浮かんだ。血管を浮き立たせ、歯を軋ませる。拳を固く握り、勢いに任せた斬撃を雪久に浴びせる。が、遅い。

 「そんなに怒ると、筋肉が固くなっちまうぜ?」

 「本気で無いわけが無い……俺は、お前を殺すことを使命としているんだ。お前を殺さなければ……殺さなければならないんだ!」

 「ならそんなもん捨てちまえよ、半端者が」

 この世の全てを見下ろすような視線で、雪久がいった。

 「……いいだろう」

 梁は柳葉刀を投げ捨てた。刀は放物線を描き、背後の地面に刺さって落ちた。

 「そんなに見たいのなら、お望みどおり俺は本来の力に戻ってやろう。そして後悔させてやる、俺の血を侮辱したことを」

 それと、と梁は言葉をつないだ。

 「その『(ファング)』というのやめろ。嫌いなんだ」

胴体タックルは、レスリングでいうところの「グレコローマンスタイル」です。

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