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監獄街  作者: 俊衛門
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第五章:10

 咄嗟に、受け止めてしまった。

 重い一撃が手を痺れさせた。眼前に迫った刃に、省吾の顔が映える。 


 案の定、柳葉刀と長脇差では柳葉刀の方が(まさ)った。受け止めたところが、大きく刃こぼれしている。折れなかったのは奇跡に近い。

 「いい加減、終わりにしてやる。後がつかえているからな」

 鍔競り合いながら、梁がいった。吐息が、かかった。

 「ほざけ、顔面過剰装飾男」

 腰を落とし、梁の股間に膝蹴りを打つ。それを梁は、左手で受け止めた。まるで、省吾の行動を見透かしていたかのような絶妙なタイミングであった。

 「なってない……膝はこうやって使うもんだ」

 逆に左膝を、突きだした。槍のように鋭い蹴りが、省吾の腹に刺さり、体を折ってしまった。


 後頭部を、敵に晒すという愚を犯してしまったのだ。


 梁が振り上げた。止めの一撃、全てを終わらせるために。


 が、振り上げた格好のまま梁は止まってしまった。

 「まだまだ、終わりじゃねえさ」

 固まった梁に、省吾が微笑しながらいった。

 「メインディッシュにゃ、程遠い」

 

 省吾が左手から放った手裏剣が、梁の右肩に刺さっていた。

 


 「一心無涯流は総合武術。剣だけじゃなく、何でも使う。俺が教わった技術は、そんなに底が浅いわけじゃねえさ」

 省吾が距離を取り、勝負を再び振り出しに戻した。

 「成程。しかし、剣で勝てぬからといって飛び道具を使うとは……」

 「何だよ、卑怯だってか? 喧嘩は何をしても勝てばいい、って誰かいってた気がするけど」

 「構わんよ、別に。正論だ」

 梁はナイフを引き抜いた。血が吹き出るのを、布で縛って止血する。

 「もちろん、剣の方だって」

 いうや、省吾は刀を上段に持っていった。胴を開いた、大きな構えだ。

 「勝負だ、宮元」

  別名、『火の構え』と称される上段の構え。その名の如く、燃え盛る炎のような気迫を以って対し、攻撃に特化したスタイルである。肉を斬らせて骨を断つ、自らの命を晒し敵を斬る。今まさに、命燃やして梁を仕留めんと、振りかぶった。

 「誘い、か」

 梁が、省吾の心の内を見透かしたようにいった。

 「その胴を大きく開けた構え、俺の太刀を誘っているのだろう。胴に斬ったところを、相打ちに討つ……」

 ひゅるん、と音を立て右手で刀を回した。水色の刀彩が雲のようにたなびいた。

 「剣術家なんて単純なものよ……技術不足も気迫があれば何とかなると思っている。あわよくば自分の命と引き換えに、なんてな。そんな死に急いでなんになると……愚かな」

 「おい、刺青。貴様は人道主義者(ヒューマニスト)か?」

 省吾が挑発するような声を出した。

 「は?」

 「死に急ぐだ? 命を大事にしましょう、なんて薄ら寒い説法でもするつもりかよ」

 「……いいや」

 「そうだろう。俺の命を、どう使おうが俺の勝手だ。敵である貴様に、なんか言われる筋合いはない」

 「そうだったな」

 梁、腰を落とした。刀を背中に隠した蔵刀(ツァンダオ)という構えを取る。

 「乗ってやる。お前の剣が届くより先に、斬ってやろう」

 虎が再び、地に伏せた。

  


 左足を、繰る。

 右足を思い切り踏み込み、上段から一気に斬り下ろした。思いのほか、速い。

 梁も、背中に回した刀を、水平に斬った。

 縦と横の流星の煌きが、一つになった。

 

 カーン、と高い鐘の音のように金属が鳴った。かみ合った鉄が火を噴き、一つの刃が砕け散った。

 折り取られたは、省吾の刀。細長い刀は半ばから無くなっていた。脆い刀では、勝負になるはずが無い。

 止めの一撃。梁は高く振り上げる。


 天頂から下される重い刀身は、いやにゆっくりに感じられた。



 省吾の脳裏に、かつての師の言葉が蘇った。

「切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ」

 宮元武蔵の作である。この歌は初めて剣を取ったときから、省吾の心の支え、そして原点であった。


 ――踏み込み見れば あとは極楽


 省吾は半分になった刀を右片手に持ち、左足を踏み込んだ。通常の斬撃時より、さらに、深く。

 柳葉刀の重厚な刃が省吾の頭蓋骨を割る寸前、両手を突きだした。まるで、天に祈りを乞うかの如く。真っ直ぐに。

 刀が、落とされた。


 「な……」 

 梁は、驚いていた。

 刃は届かなかった。省吾の頭をカチ割るはずの刀は、省吾自身によって止められていた。

 右の、短くなった刀は柳葉刀の鍔元に食い込んでいた。左手は、刀を握る梁の手首を握っている。振り下ろす直前、踏み込み刃が触れるか触れないかの所で鍔と手首を掴んだ。

 「一心無涯流小太刀術、“鍔抑え”」

 上段に構えたのは、相打ち狙いではない。渾身の一撃で梁の刀を討ち落とし、一瞬だけでも勢いを殺せれば良かったのだ。そうして、わずかに踏み込める隙を作ったのだ。刀折れようとも、多少斬られようとも構わなかった。踏み込んだ先に、掴んだ勝機。

 「不完全だろうと何だろうと……俺はいままで、先生から授かった一心無涯流(こいつ)で生き残ってきたんだ!」

 がっちりと受け止めた刀を左右に揺さぶり、省吾は刀をもぎ取った。

 丸腰となった梁に、奪ったばかりの柳葉刀で斬りつけた。


 勝負あった――かに見えた。


 「……50点、だな」

 梁が、呟いた。口の中で唱えた声は、省吾には聞こえなかった。


 刃が振り下ろされる、その瞬間。

 省吾は右足に、軋むような痛みを感じた。同時に、天地がひっくり返った。

“鍔抑え”は、直心影流小太刀乃形の“鍔取り”を参考にしました。興味のある方は、調べてみて下さい。

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