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監獄街  作者: 俊衛門
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第五章:7

 「全く、省吾の奴勝手にうちの備品を持ち出して……」

 「別にいいだろう。置いてあったとしてもあんなブツ、他に使える奴なんざそういねえ」

 タンクトップを着込みながら、雪久がいった。細身の、一見すると華奢な体つきには鋼のような筋肉が無駄なく、ついている。

 「奴がどうしようと、俺たちの計画にゃなんの影響もねえさ」

 「計画……ねえ。随分地味な計画だったこと」

 彰は短く溜息をついて見せた。わざとらしく、腕を広げて「やれやれ」といった表情をつくる。

 「青豹共の娼館やらクラブやら……《南辺》中の売春宿を調べつくしたりねえ。お陰でエライ目に遭ったよ。金がなくなるわ、変な病気感染(うつ)されるわ……一番堪えたのはユジンに白い目で見られて、それがどうにも」

 「まあ、そこはあれだ。上手く『男の性がどうとか』いって誤魔化せたがな」

 雪久が声を上げて笑った。笑い事じゃないよと彰がむくれる。ふと、真顔になって訊いた。

 「でもさ……確証はあったのかい?」

 「確証もなしに、こんなこたあしねえよ」

 雪久がチームジャケットを手に取り、それをひるがえした。

 「……この街じゃ、誰も牙を砥ぎあっている」


 するり。


 赤いジャケットに、腕を通す。大蛇の名を冠したチーム、その刻印が焔の中に躍っていた。

 「俺もあいつも……生まれ落ちてこの方、クソッタレの地の底で生きてきた。牙を持たないと殺られちまう、だから牙を砥ぐ。そして、めでたくクソッタレの仲間入りさ」

 左手で顔を撫ぜた。左の眼球が、紅に染まった。

 「だが、たまにクソになりきれねえ奴ってのはいるんだよな。ユジンとか、お前のような、な。俺から言わせりゃ、クソ(あめ)えんだが……そんな馬鹿はな、クソ共に踊らされやすい。とすると……自ずと答えは導かれる」

 「はあ……成程。で、柄にも無く人助け?」

 「勘違いするな。あいつのためじゃなく、自分のため。これは、俺が天辺に昇るための足がかりに過ぎねえ」

 「ふ〜ん」

彰は笑いながら、眼鏡の蔓を押さえた。彰の舐めるような視線に、雪久はたじろいだ。

 「何だよその目は。気味悪い」

 「別に〜」

 彰はひらひら手を振ってかわした。意味ありげな視線を送り、雪久が問い詰めれば素知らぬ振り。いつものパターンだ。

 「まあともかく、お前の読みは当たっていたよ。第5ブロック、クラブ“パープル・アイ”。そこがゴールだ。お前が行ったら、俺たちも動くよ」

 彰は、棚の上からコルト・ガバメントを取り出した。引き金に人差し指をひっかけ、西部劇のようにくるくると手の中で回してから弾倉(マガジン)を差し入れた。これも、『BLUE PANTHER』との衝突で得た戦利品であった。

 「銃なんて、撃ち慣れないけどね。これでヤクの代わりに泡食わせてやるよ」

 「そうしてくれ」

 彰の洒落を、物の見事に流す。不満そうな顔で、彰はいった。

 「つっこんでよ」

 「やだ」

 これも、いつものことだ。



 時計は夜の11時をさしている。そろそろ、時間だ。

 「じゃあ、行くから」

 そういって雪久、部屋を後にしようとするが

 「彰……それで、さ」

 立ち止まった。

 「……燕のこと」

 「分かってるって」

 彰が、雪久の背中を叩いた。強く、2回。

 「こっちは全部引き受けた。だから心置きなくやって来いよ、相棒」

 「ああ」

 短く応答した、雪久の目はすでに戦場を見据えていた。

 


 雪久は、地上に出た。遠くの方で、バイクのエンジンが遠雷のように鳴り響いている。まだ『突撃隊』の狩りは続いているのだろうか。

 ふと、雪久は背後から掛かる気配に気がついた。

 「用があるんなら、出てきやがれ」

 その声と共に、アジア系の男が数人出て来た。

 「何だよ、貴様ら。そんなモン持ち出して」

 雪久は、男たちが持っているナイフや鉄パイプを顎で指し示した。手斧を持った男が怒鳴った。

 「今日も、鉄の騎兵どもが暴れているよ……」

 「そうかい。で?」

 さも面倒そうに、頭を掻き欠伸をしながら雪久は答える。男がさらにまくし立てた

 「で、じゃねえ! こんな事態になったのは貴様らのせいだろう! もうこれ以上青豹に関わるな!」

 「関係ねえだろ、おたくらには」

 「あるんだよ! この間は娘を、今日は妻を殺されたんだ! もはや奴ら見境ねえ。肌が黄色かったら首を刎ねられる、同じ黄色い奴に! てめえが」

 「関係ねえ、っていってるだろ」

 雪久の目が、変わった。鋭く、濁った……世の全てを、見下した目。活きた目では無い、地の底から覗く亡者はこんな目を持っているのかもしれない……そう思わされるような、死んだ瞳だ。紅の光が、血の様に見える。

 「な、なんだと」

 怯む男に詰め寄り、胸倉を掴んだ。キスできるほどに、顔を近づけた。

 「誰が死ぬとか、それが俺らのせいとか。だからどうしたよ……死者の都合を生きている者に押し付けんな。俺は、俺の理由のためだけに動き、俺の目的を果すだけ。てめえはなんだ、てめえが動く理由を死者に求めるのか? 何も語らぬ死者に、生者が動かされる? そんな馬鹿な話があるか」

 男は手に持った斧で、雪久の顔を割ることが出来る距離にいた。対する雪久は無手なのだから、その手を振り下ろせば簡単に雪久を殺せた。

 しかし、それができない。周りの男たちも、やらない。皆、雪久が放つ重圧(プレッシャー)に呑み込まれている。どこまでも淀んだ、暗い殺気が男を襲う。

 「俺は、俺の思うようにやるんだ。てめえら難民とは違う。死んだものを理由にして、てめえらは目を背けてる。その刃を向けるべき、相手から」

 「それじゃなにか、お前らのように歯向かえ、っていうのか? そんなこと出来るわけがねえだろ。この街を支配しているのは白人、俺らの命を握っているのも白人だ。そうならねえためにゃ、俺ら下を向いているしかねえんだ」

 「そうかい。いかにも、だなクズめ。それならクズはクズらしくしてろ。俺は、そんな奴らにゃ止められない」

 男を突き放し、雪久は去った。

 「……おい張、行かせて良いのかよ」

 男の一人が、張と呼ばれた手斧の男に話しかけた。

 「あいつ……あの目」

 張は、焦点の定まらぬ目でうわごとのように呟いた。

 「あの目に……睨まれて……あんなの、そこらのギャングに銃口向けられるほうが、よっぽど生きた心地が……するぜ」

 うわ言のようにいうと、その場に力なくへたり込んだ。 



 「零時まで、あと10分」

 懐中時計を覗き込み、ビリーが苛ついたようにいった。

 「女、和馬雪久は博愛主義か?」

 「なによそれ」

 ユジンは縛られ、地を這うような格好になりながら睨み返した。

 「いやな……考えてみりゃ女一人のためにわざわざ乗り込む奴も珍しいなと思ってな……。宮元は『来る』というが、お前を見捨てるって可能性も十分、いやそっちの方が高い」

 「そうかもね」

 「そうなったら……」

 不意に、下品な笑い声を上げた。腹の底から響かせる、耳障りな濁音を奏でた。

 「人質云々も関係ねえ。零時を過ぎた瞬間、お前は俺のモンになるってこった! 何だよ、やっぱさっきヤっときゃよかった」

 「来ない、とも限らないでしょう?」

 「へえ? なんっか、くだらねえ仲間意識でも持ってるのか? 教えてやるよ、この街で生きるには利口な生き方しなきゃならねえんだよ。ノコノコ罠にかかる奴は、いの一番に食われるんだ。まあ奴が馬鹿なら、それはそれで助かるけどな」

 ビリーはそういって、玉座から身を乗り出した。

 「来なきゃ来ないでいいさ。その場合は“刻み込んで”やる、お前の身体に直接な。来た場合は……まあそうだな、ケツの穴を100ばかり増やしてやる。奴の身体によ?」

 ユジンはそれを聞くと、もう二の句が告げなくなった。

 確かに、雪久が自分を助けるなんて確証はどこにもない。普段なら、ありえたかもしれない――例えば戦いの最中など。

 だが、組織として考えたらどうだろう。ここで下手を打って、組織の長たる雪久が死んだら『OROCHI』は立ち行かない。不利な状況を避けるためには、構成員を切るという手も――

 (別に、良い)

 むしろ、その方が良い、と考えている自分がいた。自分のために、危険な目に遭う必要はない。彼が無事ならばそれでいい――。

 「何、来るさ」

 黙りこくるユジンに、梁がそっと耳打ちした。

 「あの男は天邪鬼でな、あいつのことはお前よりも分かるかもしれない」

 「慰めてくれるの?」

 笑いながら、梁の顔を見た。敵に対して皮肉や侮蔑を込めた笑みを送ることはあるが、この場合は違った。どういうわけか、梁のことを憎めなくなっていた。

 「いいわ、別に。彼が来なくても、私は彼といられただけで良い。でもね……」

 ユジンは屈託ない笑みで、ごろりと仰向けになった。笑ってはいるが、その目には薄く、透明な光が宿る。

 「あの人、鈍感だからなあ……多分、私の気持ちなんて知らないわよね。常に戦場に身を置いて、戦いさえあれば『世はことも無し』そんな人だから……」

 「まあ……そうかもしれんが」

 梁は、ユジンの方を見ずにいった。

 「あは、なんか敵であるあなたにこんなこというのって、変よね。ご免、忘れて頂戴」

 「なに、気にすんな。吐き出すのも、悪くは無い」

 梁は立ち上がった。廃ビルの、入り口をじっと見据える。遠くから、バイクの音が近づいて来たのに、気がついたのだ。

 「だがまあ、そう悲観することもなさそうだぞ」

 ごう、っと天に抜けるかのような重低音。ガラスが四散し何かが突っ込んできた。排気750cc、巨大な赤の『怪物(モンスター)』。

 そこに跨る男は、雪久ではなかった。

 「えっ、省吾!?」

 ドゥカティ“モンスター”に乗った、省吾の姿があった。

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