第五章:6
右のナイフを高く構え、左半身にグエンは構えている。腰は低く、重心はやや後ろ向き。自分から攻撃を仕掛けるよりも、こちらの出方を伺っているように見える。
投げナイフを、親指で挟むように持つ。掌に隠すように持ったそれを、振りかぶった。
「いざ!」
省吾が右の剣を投げた。飛来する切っ先は、グエンの喉に向かう。
グエンは、それを左のナイフで弾いた。
2打目。左の剣を、今度は2本同時に打つ。グエンは走りながら、それも弾いた。
打つ、弾く。打つ、弾く。グエンは2本のナイフで以って、交互に、身を回転させながら弾いていった。その姿は舞っているかのように淀み無く、ナイフは流れるように閃いた。
彼我の距離2メートルまでに縮まったとき、グエンの姿が視界から消えた。
(――な)
グエンは跳躍していた。身をひねりながら空を舞い、回転しながら左右のナイフで斬りかかった。
咄嗟に省吾、長脇差を抜き放つ。直後、刃が降ってきた。
天より下された刃を、省吾は受け止めた。重量のあるククリナイフに、重力と遠心力を加えた重い一撃。省吾の体に、負荷が掛かった。衝撃は腕から足裏までを一気に走り、思わず膝を折った。受け止めた長脇差は砕け散った。
「く……そ!」
もう一度、斬りかからんとグエンは振りかぶった。そうはさせじと省吾、懐から新たな投げナイフを取り出し、投げた。
ナイフが、グエンの左腿に突き刺さった。グエンが怯んだその隙に、距離を取った。
「……はあ、危ねえ危ねえ。どこぞの片目機械野郎みてえなアクロバティックだな」
冗談ぽくいうと、背中から新たな長脇差を取り出した。
「抜け目無いですね。我々と渡り合うのに、それほどの武器を用意するとは」
グエンが刺さったナイフを抜きながらいった。
「曰く、軍師というのは人一倍臆病だそうでね。俺はその典型ということか」
「あなたは軍師ではなく戦士では?」
「何、似たようなもんだ。貴様らみたく単純に突っ込むのもいいけど、俺は、戦いは頭使ってナンボって思っている」
省吾は刀の峰で自身の頭を、軽く小突いた。
「どういうことです?」
「つまり……突撃馬鹿は救いようがねえってことさ!」
省吾が走った、同時に左手に持ったナイフを放った。
グエンは、予想していなかった打剣に少なからず狼狽した。そこに、一抹の隙が出来た。
「せいや!」
走りながら省吾、両断に斬った。グエンは、ククリナイフを十字に交差してそれを受け止めた。
斬った格好のまま、省吾は前蹴りを水月に見舞った。グエンは呻きながら身体を折る。そこにまた、隙が出来る。
長脇差を諸手にしかと握り、打ち込んだ。グエンはナイフを翳し、防いだ。
ガツンッという低い、重い金属音が響いた。右のククリナイフ、その柄に省吾の刀が当たったのだ。グエンはナイフを落とした。
「やっぱ、刀は諸手に限るな」
刀を中段に構え、今叩き落としたばかりのナイフを踏みつけた。グエンはというと、距離を取り、左のナイフを水平にして防御の構えを見せている。
「やはり、一筋縄ではいきませんね」
グエンは、息が上がっている。緊張の連続で、精神を磨耗させたのだ。
「遊んでいる暇はない。直ぐに、終わらせてもらう」
省吾は、刀を八相に構えた。
「真田サン……あなたは、何故このようなことを?」
苦しい息の間から、グエンが訊いた。
「聞いた話だと、あなたは……成海にきたまだ半月ほどであると……そんな人がなぜ、あのような小組織に義理立てして、こんなにも必死に戦うのです?」
「さっきからよくもまあ、べらべらと喋ること。そんなら、何で貴様らもあの刺青男の元にいるんだよ? こんな割にもあわねえことして、同種の人間殺してよ」
省吾は距離をつめた。左足を、わずかに指の幅ほど前に。斬り合いとなれば、この一寸の間が勝負を分ける。
「あの人には恩義があるから、ですよ」
「はあ? 『恩義』だ?」
「『BLUE PANTHER』に捕らわれ、殺されるしかなかった我々を救ってくれたのが宮元サンなんです。もっとも、“クライシス・ジョー”の口添えがあったというのもあるのですが……ともかく我々が生きているのはあの方のお陰です。だから、その恩義に報いたいのです」
「なんかつい最近、それと同じようなこといってお前らにやられた奴がいたなあ。恩義とか、義理とかなんともアホくさいこと並べて……血生臭いところには血生臭い奴しかいないと思っていたのに、以外と馬鹿が多い。俺の故郷の方がよっぽどクソらしい奴がのさばっていたっけ」
グエンもまた、じりじりと近づいてくる。両者の距離は、気がつけばもう一歩のところで相手を斃せる、というところまで迫っていた。
「今度はあなたが答える番ですよ……なぜ、彼らのために」
「冗談じゃない。あんな女がかった白髪のために差し出す命があるなら、豚のクソに捧げるほうがマシだ。俺は義理だなんだじゃなく、他人のためじゃねえ自分の意思で来ている」
間合いが縮まる。互いの気が、高まる。
「なぜ」
「何、簡単なこと。これは俺の戦だからだ」
「あなたの?」
刃を、真っ直ぐに向け合い
「単純に気に食わねえ、それだけだ。やられっぱなしは、性分じゃねえからな」
両者、踏み込んだ。