第五章:5
《南辺》に鉄の騎兵、あり。夜の帳が降りる頃、闇が恐れを運んでくる。
ここ一週間で、『突撃隊』の名は恐怖の代名詞として語られるようになっていた。
深夜零時、獣の慟哭のようにエンジンが唸る。それは、処刑を告げる鐘の音にも似て、恐ろしくよく響いた。
「“赤狩り”だ! 『突撃隊』が来た!」
叫び走るその男は、次の瞬間には首と胴が切り離された。朱の飛沫が天高く舞い、それが惨劇の合図となる。
「恨みはないのですが……死んで頂きます」
『突撃隊』の副長、グエンがククリナイフを構えた。ドゥカティ“モンスター”を、走らせ往来の人間を無差別に殺す。赤を身につけていようといまいと、もはや関係なかった。アジア人たちが妙な考えを起こさぬように、徹底的に殺戮せよ――それがビリーから下った命令だった。
逃げるもの皆、恐怖に引きつった顔で殺されて行く。隊員達も皆、同胞殺しという罪の意識に苛まれ悲壮な面持ちで斬り伏せる。追うもの、追われるもの両者が負の感情に支配される、なんとも不思議な“狩り”だった。
グエンは男の首を斬った。まだ若い、東南アジア系の青年。ひょっとしたら、同郷だったかもしれない。
それでも斬った。機械のように、淡々と。
逃げるものは逃げ、追うものだけとなった。往来にいくつかの首なし死体が転がり、アスファルトに血が染み込む。黒い路上が朱に染まるその様を見ると、地面が血を啜っているようにも見える。この街は、そうやって出来上がったのだ。毎夜繰り返される殺し合いで流れた血を、吸い尽くして。
こんな夜を、いつまで繰り返すのか――グエンはしゃがみ込み、死体の瞼を閉じた。
――あの方を……助けることが出来れば、あるいは。しかし、そんなことは夢物語。例え救い出せたとしても、連中はしつこく私達を追い回すに違いない……それならば……。
グエンは、そこで往来の端にいる1人の男の姿を見た。
グレーのロングコート、フードを目深に被り左手には白鞘の刀。そして、右肩に太く長い棒状の物体を担いでいる。
「よお、久しぶりだな。クサレ外道共」
男がそういうのに、グエンは首を傾げた。
「どちらさまでしょう? 悪いですが、あなたがアジア人なら私達はあなたを殺さなければいけません。そのフードの下の肌を晒す前に、お逃げになったほうが良い。今なら、まだあなたが白人かアジア人か分かりませんし」
グエンが、いった。その直後
「――ハッ、俺がどこの人であっても殺したくなるはずだぜ。こいつを見たらな」
男が、フードをめくった。グエンが、反応した。
「……その顔の傷は」
たった1人で、『突撃隊』の戦力を半減させたその男――真田省吾がそこにいた。
「楽に見つかるもんだな、やっぱ。好き勝手に騒いでるモーターギャングってのは、今も昔もはた迷惑な存在でしかねえ」
「『疵面の剣客』……」
グエンが、省吾の顔に刻まれている傷痕を見て、いった。
「スカー……なんだよそりゃ。俺はそんな阿呆みてえな名前じゃねえ、俺は真田省吾ってんだ」
「いえ、本隊の人間がそういっているのを聞いたものですから。ああ、申し遅れました。私は『突撃隊』の副長、グエン・チー・イと申します」
そういって、グエンは恭しく頭を下げた。
「そうかい……この間うちのツレが世話になった、刺青はどうしたんだよ?」
「宮元サンですか? 今は少し取り込んでいまして……」
「へえ、そうかよ。なら、貴様じゃ話にならねえ。そこをどきな」
省吾がいった、と同時に周囲に素早く目を走らせた。
囲まれている。『突撃隊』のバイクが7騎、いずれもエンジンをかけて唸っていた。
「先日、私の仲間もあなたに大層お世話になったようですね……是非とも礼をしたいとうちの者たちが申しております。労をねぎらわせてもらえませんか」
「はあ、ありがたいこって……」
騎兵が、動いた。悲鳴にも似たスキール音が徐々に近づき、刃が省吾の首に伸びる。
省吾が、ぼそりと呟いた。
「借りるぜ、チョウ」
省吾が右に担いだ棒。それを両手に持った。振りかぶり、横に思い切り振り抜く。先端が騎上の人間を捕らえ、隊員の1人が叩き落とされた。
「な……」
落とされた男の左腕がひしゃげた、だけでなく。男の皮膚が、剥がされたように引き千切られていた。
省吾が持ったその太長い棒。その先端部には鉄の棘が複数、びっしりと埋め込まれている。棘には、先ほど落とした男の皮膚がこびりついていた。
「なるほど……ちと重いがいい武器だ」
騎兵達の真ん中で、省吾は狼牙棒を構えた。
「さあ来やがれ、鉄屑にしがみついた似非ハンターども。ただし、これはウサギや狐を狩るとはわけが違う……文字通り狼を狩るつもりでやるんだな」
全騎、背後と前方から迫ってきた。
「さて、どうすんだっけか」
省吾は、戦いだというのに緊張感の無い声で独り言を唱えている。
「先ずは、馬上の人間を落とし……」
前方の1騎に向かって、狼牙棒を叩きつける。棘の部分が顔面に突き刺さり、顔がひしゃげた。重みで頭蓋骨が破壊され、棘が面の皮をひっぺがえし眼球を潰した。
「さらに、馬の足を狙う……」
棒を振り抜き、背後から迫るバイクに体ごと向き直った。そして、先端部を今度はバイクの前輪に叩きつけた。
円が、崩れた。前輪部分がひしゃげ、足を奪われたバイクはそのまま転倒。上の人間は路上に投げ出された。
「調子に乗るな!」
また1騎、近づき刀を省吾に叩きつけた。省吾は狼牙棒を盾にし、防ぐ。重い斬撃で、棒は真っ二つに斬られた。
好機とばかりに、斬った男が再び引き返してきた。今度こそ斬り伏せんと、振りかぶった。だが
「そして、間合いの外からの投擲武器も有効、っと」
省吾の左手には、細長いナイフが握られていた。それを、まるで空き缶でも投げ捨てるかのように男に向かって放った。
投げたナイフは放物線を描き、男の眉間に突き刺さった。刃を届かせるよりも前に、男は体勢を崩しそのまま落馬した。
「ほう、今の時代じゃ時代遅れの戦法かと思ったが。使えるな、先生の教えてくれた『足軽の心得』」
省吾の両手に、ナイフが数本握られていた。右に4本、左に2本。
「動くなよ。動けば全員仲よく目ん玉ぶち抜いてやる。左右両方、1本ずつな。それが嫌なら、道を通せ」
省吾が残り3騎の隊員達に吠えた。その言葉に、騎兵達が怯んだ。
「流石に、“クライシス・ジョー”を仕留めただけはありますね」
グエンが一人歩み出ていった。ライトに照らされ、影になって見える。
「ワンパターンなんだよ、攻撃が。前は面食らったけど、一度見てしまえば対策は立てやすい」
「成程、身に染みます」
グエンは、特に動揺した様子も無く平然としていた。
出来ると感じた。冷静さを欠かない戦士は優秀である。流石は副長、といったところか。
「では、一つお手合わせ願えますか。真田省吾サン」
両の手には、ククリナイフが一本ずつ、握られていた。「く」の字型刃のそれは、ナイフというより蛮刀に近い。
「一応、これでも「副」を張らせていただいております故」
2本のナイフを順手に持ち、威嚇するカマキリのような構えをとった。
「いいけど……俺は手裏剣でやらせてもらう。ちゃっちゃと済ませたいからな」
投げナイフをちらつかせた。