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監獄街  作者: 俊衛門
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第五章:3

表現が多少過激で、人によっては不快になるかもしれません。

 第六ブロックの片隅、成海市の外れに『百鬼地区』と呼ばれる廃墟郡がある。

 もともとは、アジア人の居住集落であったのだが、あるとき白人の極左グループによる焼き討ちに遭った。多くの住人が死に、生き残ったものも散り散りになったため、廃墟のみが残った。

 新しく居を構えようとする者はいなかった。瓦礫と化したそこに根ざすよりも、元からある居住地域に住んだほうが楽であるといのもあるが――焼き討ちがあってしばらくして、死んだ人々の“亡霊”が出る、という噂が立ったのだ。噂は飽くまで噂でしかないのだが、やはり誰もが気味悪がり、近づくものはいなくなった。

 「以来、放置されたこの辺一体が『百鬼地区(ゴーストタウン)』って呼ばれるようになったわけだ」

 ビリーがいった、その足下には……


 鎖で縛られたユジンが、転がされていた。


 「黄色い奴らは単純だよな、そんな迷信を信じるなんてよ」

 廃墟の一つに、ユジンが囚われていた。辺りを『BLUE PANTHER』本隊数名と、『突撃隊』が囲っている。

 ビリー・R・レインは、愉悦に顔をほころばせ、衰弱しているユジンを見下ろしていた。あてがわれた椅子は脚が高く、背もたれは豪奢な飾りつけ。まるで玉座である。その柔らかな布地に身を沈ませながら、ユジンの腹をつま先で突いた。

 「そのお陰で俺らも仕事がしやすいんだけどな。ここは誰も近づかねえからよ。多分、この辺住んでいた連中の倍以上の骨が埋まっているぜ? 殆ど俺が(バラ)した奴だけどよ」

 硬い靴裏で、ユジンの顔を踏みつけた。白い肌に、紫色のあざが刻まれた。

 「俺は優しいんだ。街の連中は、いきなり銃をぶっ放して殺っちまうんだけど俺はそんなに品の無いことはしない。ちゃんと死ぬまでの時間を与えてやるんだ。自分の人生を振り返り、死の覚悟を決めさせる猶予をな。もちろん、仕方なくいきなりぶっ殺しちまうこともあるんだが……」

 今度は背中を蹴り付けた。声を上げる気力も奪われたユジンは、ただ必死に痛みを噛み殺している。

 「こうやって、死ぬまでの間にな! 自分の愚かしさとをしっかりと自覚してもらうんだよ。ああ、なんて馬鹿なことをしたんだ、ってな。そうやって自分の人生を悔い改めて死んでゆくんだ。だが、あいにくお前はまだ殺せない。じゃあどうするか」

 そういうとビリーは玉座を降りた。しゃがみこみ、ユジンの髪を引っ掴んで顔を近づける。

 「殺せないが……懺悔の時間はあるんだよ、これが」

 「何……よ」

 かすれた声で、ユジンがわずかにいった。艶めいた黒目は、今は濁っている。

 「お前はラッキーだぜ? 男だったら痛い目に遭うところを、お前は気持ち良くなれるんだからな。ま、初めのうちは痛いかもしれないがな」

 その言葉の意味するところを、ユジンは一瞬で理解した。途端、感覚を失った身体を寒気にも似た不快感が駆け抜けた。

 「……最低、ね」

 わずかに抗議の声を上げたが、うまく舌が回らない。

 「最低? 違うな、これは必然だ。お前、敵の手中で何にもないとでも思っていたのか? 吐き気がするほど(あめ)えよ」

 さらに顔を近づける。腐ったような臭気が口から漂い、ユジンの鼻を突いた。ビリーの、脂ぎった髭顔が視界一杯に飛び込んでくる。思わず顔を背けた。

 「澄ました顔してられんのも、今のうちだぜ。その可愛い顔が乱れる瞬間を、見てやるよ」

 ビリーが、その華奢な身体に馬乗りになった。だが、ユジンは恐れるどころか今度はキッとビリーを睨んだのだ。

 「ふざけんじゃないわよ、腐れ外道」

 弱弱しいながらも、はっきりとした啖呵。ビリーの眉が、ぴくりと動いた。

 「私達朝鮮民族を舐めないでもらいたいわね。国を失ったからって、誇りまで失ったわけじゃない。屈辱を与えられるくらいなら、この場で舌を噛み切る」

 わずかに舌を出し、上下の歯で軽く挟み込んで見せた。

 「おいおい、まさか男を知らねえってわけじゃないだろう? 俺は女には優しいつもりだ。気に入ったら、俺の傍に置いてやるよ」

 「あなたの傍? 土の下の方がよっぽど居心地よさそうね。いいわ、やりなさいよ。その前に私は果てる。男知らなくても、その下の物のド汚さはわかるわ」

 その科白が、ビリーの理性の箍を外した。

 「んだと、このクソアマ!」

 にやけ面が一転、怒りの形相に変わった。そしてユジンの顔を思い切り叩いた、機械ではない左手で。

 「まだいうかよ、この状況で! 力も無いくせに、弱いくせに! 俺の手の中に、てめえの生死が握られているんだよ! それが分かんねえのか!」

 何度も何度も、平手で叩く。頬が腫れ上がった。

 「う……」

 ぐったりと、ユジンは果てた。衰弱した身体には、堪える。

 「ハッ、ったくこの女は……大人しくし――」

 ろ、というよりも先に

 「その辺にしてもらえるか、ビリーさんよ」

 刃が、ビリーの視界をふさいだ。


 「なんだ宮元、邪魔すんのか」

 宮元梁が、柳葉刀をビリーに向けていた。

 「邪魔というか、な。一応そいつ人質なんだし、手を上げられたりとか困るんだよ。死んだらどうするんだ」

 「あ? 別に殺さねえよ。この女が生意気な口を聞けないように調教してやるんだよ。馬鹿犬とメス犬には、鞭を振るうが一番だ」

 「だから、困るっていってるだろう」

 感情の無い声に、いくらか怒気を滲ませて梁がいった。

 「そいつは雪久をおびき寄せる餌だ。餌は、鮮度が命なんだよ。死なねえまでも、それに近い状態だったら人質の意味がねえだろう」

 「吼えるな、犬!」

 右手の、機械の方の手で梁の柳葉刀の刃を握った。鉄の指が鋼に食い込み、刀が四散した。

 「何度もいっているが、俺に逆らったらどうなるか分かっているだろう? 俺が電話(ワンコール)すりゃ――」

 「そのときは」

 梁は、特に慄く様子も無くいった。

 「『突撃隊』はお前から離反する。お前の『鉄腕(アイアン・アーム)』とでは勝負にならないかもしれないが、致命傷は与えられるはずだ。今、俺達を失うのは本意じゃないだろう?」

 「ぐ……」

 ビリーは言葉に詰った。確かに本隊のダメージが深い今、『OROCHI』を討つまでは『突撃隊』を失うわけにはいかなかった。

 「この作戦は、俺達が最後までやり通す。だから、人質には手を出さないでくれ」

 ビリーの周りを、『突撃隊』が囲っていた。その隊員達を、牽制するように『BLUE PANTHER』のギャング達が銃を向ける。ビリーが合図したら、いつでも引き金を引けるように。

 だが、ここで争うのは得策ではないと判断したのだろう。

 「いいだろう」

 なんと、折れたのはビリーのほうだった。

 「でもな、お前今『やり通す』、といったな。なら、“狩り”を続行しろ」

 「……何だって? あれは雪久をおびき寄せるための」

 「うるせえ。俺がいつ、止めろといった。二度と馬鹿な考えをおこさねえよう、連中に教え込んでやるんだ。俺がいいというまで止めんじゃねえ」

 梁の顔に、困惑の色が浮かんだ。

 「宮元サン……」

 背後から、グエンが近づき話しかけた。

 「私が、行きます。宮元サンはここにいてください。ミスタ・レインも、それでいいですよね?」

 「まあ、いいだろう。分かったらさっさと行け」

 グエンは軽く会釈し、引き下がった。グエンの後を、隊員達が追う。そして各々バイクに跨り、甲高いスキール音と共に走り去って行った。

 後には梁とビリー、数人の側近が残された。

 「こいつは、俺が預かる」

 そういって梁は、ぐったりしているユジンを担ぎ上げた。

 

 「あの野郎」

 苦虫を噛み潰したような顔で、ビリーは椅子に座り込んだ。

 「いいんですかい? 旦那」

 隣にいたスキンヘッドの男、ダラスが話しかけた。

 「そもそも、何であんな連中を生かしておくんですかい? さっさと始末しちまえばいいじゃねえじゃないですか?」

 訛りの激しい英語でダラスがいった。

 「俺が生かしたわけじゃねえ……ただジョーの奴が『使えるものは使ったほうがいい』ってんで置いていたんだ。ムカつくことに、役には立ったからな」

 「確かに、半年前の戦争は楽だったけんど……それにしたって面倒くさくは、無いですかい? ジョーはもういねえわけですし、いっそのこと……」

 「分かってるさ」

 ビリーはキューバ産の葉巻をとりだした。吸い口を噛み千切り、火をつける。煙は肺まで吸い込むことなく、口の中で転がすように吹かす。

 「いくら手なずけようとも、所詮は下等な猿だ。なに、もう少しの辛抱だ。和馬雪久を仕留め、『OROCHI』を討てばもう奴らに用は無い」

 ビリーの顔が、わずかに綻んだ。


 梁はユジンの鎖を解いた。

 「痛むか?」

 ビリーに痛めつけられた箇所に、氷嚢を当ててやる。

 「気休めだがな、とりあえずはこれで腫れは引くだろう」

 「……ありがとう」

 ユジンは礼をいった。

 「ありがたくは、ねえだろう。俺はお前の仲間を殺し、お前を拉致した。お前にとって敵である俺に、礼をいうのか?」

 「うん、そうなんだけど……あなたはあいつらとは違うみたいだし」

 「同じだ。何も違わない。この街にいる限り、奪う側と奪われる側に誰もが分けられる。俺は、奪う側に回った大多数のうちの1人。変わらない」

 「でも、あいつを止めてくれた」

 「人質としての価値を落としたくないだけだ。傷だらけのお前を見たら、雪久の奴何するか分からないからな」

 そう語りかける梁は、朝鮮語であった。久しぶりに聞いた故郷の言葉が、ユジンには心地よかった。

 「上手いのね、朝鮮語。あなた日本人でしょ?」

 「日本人、なんて久しぶりに聞いたが……まあそうだな、半分は日本人だ」

 「半分……?」

 「俺の母が朝鮮人だったんだ。俺が生まれてすぐに両親が死に、俺は母親の実家で育てられた。どっちかというと、朝鮮語の方が第一言語だったりする」

 「そう、なんだ……」

 「戦後、釜山の事件が起こった後は日本人にも朝鮮人にも嫌われたよ。どっちの民族ともいえず、いつも俺が奪われる側に回される。同胞と、思っていた者たちから……」

 梁の目は、街へ向いている。廃ビルの、コンクリートの隙間から成海の灯だった。

 「奪われるのはごめんだ。だから、俺は奪う方を選んだ。お前も、雪久も、奪われるのは厭だからこんなことしているんだろう」

 「私は……」

 ユジンもまた、遠い目で梁と同じ灯を見た。

 「どちらも、したくない。今はまだ、奪ってしまうことも奪われることもあるけど。でも、いつか奪わず奪われずに生きていける世界、それを私は望んでいる」 

 「奪わず、奪われず、か」

 梁が、少しだけ笑った。無表情以外の表情を、初めて見た気がする。

 「甘いな。そんなことできるものか。この世はいつだって、奪い合いの連鎖。それが普通、それが正常、だ」

 「今は無理かもしれない。でもそれが実現しないなんて、いえないでしょう?」

 ユジンが、(しか)と梁の顔を見据えた。目に再び、光を宿して。

 「いえ、実現させる。私はそのために、戦っているのだから」

 しばらく、両者は視線を交わしていたが 

 「……まあいい」

 やがて梁が視線を外した。そして、先ほどまでユジンを縛っていた鎖を手に取った。

 「とりあえず、お前は人質ってことを忘れんようにな。雪久が来るまで、もうしばらくこいつに収まってもらう」

 いうや、ユジンを再び縛り上げた。先ほどよりも、いくらか緩く。

やっぱR−15にすべきでしょうか・・・?

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