第五章:2
雪久の過去編。ただし、短いです。
「2年前。俺達3人はこの街のギャング共相手に暴れていた。まあ、いまの『OROCHI』の前身と考えてもいい。荒事は雪久と梁の2人、俺は主にバックアップ担当。あの2人は、鉄火場ともなると最強のタッグだったんだ」
「タッグ、ねえ……だから『相棒』なのか」
「そう。彼らはほぼ丸腰にも関わらず、それは大層な活躍ぶりだったね。その頃から雪久の目には『千里眼』が備わっていたけど、それを差し引いても凄いことだよ。何せ、この街の殆どの組織と互角に渡りあっていたんだから。やることは主に強盗、密売、破壊工作。依頼殺人もたまーにだけどやったり」
そんなことだったから、当然2人は街のあらゆる組織に睨まれることとなった。ギャングというギャングが雪久と梁を追い詰め、捕らえ、殺そうとした。だが、たった2人を捕まえるどころか、翻弄される有様であった。
「まあ、その辺は俺が結構骨を折ったんだけどね。組織相手にゲリラ戦を仕掛け、逃走ルートを確保する。そうした戦略は全部俺がたてた。捉えられなかったのも、俺の尽力のお陰というわけ」
「自慢かよ」
そんな省吾のツッコミを無視して、彰は続けた。
「でもね、どんなに大きな獣でも、あるいはどんなに堅牢な砦でも必ず弱点、脆いところってのは出てきてしまう。俺達の場合、それは梁の妹――宮元舞だったんだ」
「妹……?」
「省吾、お前が写真で見た女だよ。あの娘は梁の妹であり、俺達にとっては心の支えとなってくれた、かけがえの無い女性だった」
当時、雪久達は南辺で力を付けつつあった『BLUE PANTHER』と対していた。最初は短期で決着をつけるはずが、泥沼の長期戦にもつれ込んだ。『鉄腕』ビリー・R・レインはさることながら、“クライシス・ジョー”の指揮する隊に苦戦したという。
「当時は今と違って、奴らバリバリの武闘派でね。しかもこっちの戦力は2人、ときている。まあ、それでもいいところまではいったんだよ。奴の、ビリーの喉下に迫るくらいまでに、ね。でも、戦いの基本は敵の弱点を突くこと。奴ら、その基本にきっちりのっとってきたんだよ」
雪久達が戦闘に明け暮れている間、“クライシス・ジョー”は彰と舞の潜伏場所を突きとめた。10人の兵隊を動かし、そして。
「俺は両足に銃弾を食らい、舞は奴らに攫われた。戦おうとしたけど、如何せんそういった荒事には慣れてなくてね……目の前であの娘が連れ去られた、あの時の悔しさは忘れられないよ。下手に生き残った分、余計にね」
省吾は彰を見た。燃えるような厳しい目つきで、視線を宙に泳がせている。そんな目つきをする彰を見るのは、初めてだった。
「散々痛めつけられて、舞を連れて行かれた俺を責めるでもなく、雪久と梁は舞の救出のために『BLUE PNATHER』の本部に向かった。でも、それは獣の群れに裸で飛び込むようなものだ。生きて帰れる保障なんて無い。それでも、あの2人は向かって行ったんだ」
いや、といって彰はいい直した。
「正確には1人、だな。雪久は行かなかった。というか、行けなかったんだ」
「何故?」
「彼らが行ってから2日後、雪久がボロボロの状態で路上に倒れているのを見つけた。最初、青豹共にやられたのかと思ったけど違った」
倒れこむ雪久が、一言、いった。『あの野郎……俺を生かしやがった』、と。
「梁は、自分の妹のために雪久を巻き込みたくないと思ったんだろう。後ろから襲いかかってタコ殴りにして、気絶させて……結局1人で乗り込んでいった。水臭い話だよ、全く」
そういって煙草の火を地面に押し付けた。
「その後は……」
10本目となるマルボロに火を付け、彰は何度目かの煙を吐いた。
「ご想像の通り。梁が俺達の元に戻ってくることは無かった。雪久は、陣容を整えるために『OROCHI』を造った、ってわけさ」
「つまりあれか、このチームは復讐のために造られた、ということか」
「ま、半分はそうかもね」
10本目は、2度吸っただけで火を消した。そして立ち上がった。
「梁が『突撃隊』の長であることを知ったのは半年前、『マーダー・ローズ』が壊滅した時だ。死んだと思った相棒が、今度は敵になってしまったんだ。そりゃあ、心中穏やかじゃないよね」
「そんなこと」
省吾はいった。
「そんなこと、戦場ではよくある話じゃねえか。別に珍しくも無い。それで躊躇してちゃ、そりゃ燕も怒るだろう」
「まあ、そうだけど。雪久は、別に躊躇しているわけじゃないさ。この半年間……いや、お前に話しても栓の無いことだな」
彰は背を向け、戸口へと歩いていった。
「お前は、『OROCHI』じゃない。だから、もうこれ以上巻き込むことはしないよ。好きにすればいい」
「……そうだな、そうさせてもらう」
背中で語る彰に対し、目を伏せながら省吾は応えた。
「じゃあ。あと24時間以内には動くと思う。それまでに行ってくれて構わないよ」
彰は戸を開け、ふと思い出したように振り向いた。
「省吾」
「何だ」
「……孫を助けてくれて、ありがとう」
それだけいって、彰は出て行った。
「助けて、だと?」
あんなもの、助けたうちに入るものか。そう吐き捨てながらも、彰の去り際の科白が、何故か省吾の胸の奥にわだかまっていた。