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監獄街  作者: 俊衛門
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第四章:7

久々の更新です。

 『OROCHI』と『BLUE PANTHER』の最初の衝突から一週間、自然南辺のアジア人たちの話題にのぼった。

――クソむかつく白人に、一発かました!

 それだけでも話題性に欠かない。

「さらに、あの“クライシス・ジョー”を殺った奴がいるそうだ」

第3ブロックの大通りを、千鳥足で歩きながら星圭がいった。安酒をあおって、したたかに酔っている。

「剣術を使うやつらしいけどな、オレァそれ聞いた時にこいつはくる、って思ったね」

「くるって何がだよ」

 もう一人、星の仕事仲間の陳が訊く。やはり、酔っている。熱くなったのか、臙脂えんじ色の作業着を肩にかけていた。

「なあ、この街の頂点はだれだ」

「決まっている、『皇帝(ホワンターレン)』だ」

「そう、だが玉座ってのはいつかは奪われるもんだ」

「だからなんだよ」

 陳が怪訝な顔をした。

「その玉座に、収まるんじゃねえかと思っているわけよ。その剣術使いが。そいつが『皇帝』になったら、はじめてアジア人がこの街の白人共に勝てたってことになるだろう?」

 酒くさい息を撒き散らしながら、深夜にも関わらずに喚き散らした。とはいえ、倉庫が集中するこの第3ブロックに人家など少なく、故に夜ともなれば人通りも少ない

「まさか、いくらなんでも夢を見すぎだろう」

「夢、いいじゃねえか」

 星が肩をすくめて、愉快そうに笑った。

「久しく忘れていたぜ、そんなもの」

 星がそういうと、陳もちげえねえといって笑った。


 零時を回ったというのに、遠方からバイクの排気音が聞こえる。モーター・ギャングが騒いでいるのだろうか。

「しっかし、これからどうなるんかね」

 陳がふと、真顔になった。

「なにが」

「いや、だって青豹がこのまま黙っているとも思えない」

 直管から繰り出される爆音が、徐々に近づいてくる。

「まあそうかもしれない。ギャングの流儀は『やられたら倍返し』だ」

 その音は、一つでは無い。千の爆雷が否応無しに鼓膜を突く。

「しかも、半年前に暴れた……なんていったか、『突撃隊』――」


 轟ッ


 最後まで発するより先に、爆音を響かせながら一台のバイクが二人の間に突っ込んできた。

 あまりのことに対処できず、星は吹き飛ばされた。同時に、泥が跳ねたのか顔に何かべっとりとしたものがかかる。

「いってえな!」

 バイクの主に、拳を突き上げながら怒鳴った。が、その状態のまま硬直した。

「陳……」

 陳の首が、無くなっていたのだ。切断面から盛大に血を噴出している。

 顔にかかった、それを拭う。闇の下でも分かる、鮮やかな赤が星の掌を汚した。

「いいいいいったい、なんだってんだ?」

 驚愕のあまり動転する星を、光が照らした。

 夜の帳を引き裂く3本の光芒。星を囲む3騎のバイク、そのライトの光である。

 機上の男の手には、巨大な刀が握られている。刀身は約70センチほど、長く幅広な刃はまるで鉈のように重厚だ。

 柳葉刀(りゅうようとう)である。長く、先端部が膨らんだフォルムは柳の葉を思わせ、そこからその名がついた。大陸式刀術ではよく使われる武器だ。

 もっとも、武に明るくない星がそんなことを知る由は無く、ただその刃にこびりついた血を見て慄いていた。

「お、おお前らなにもんだよ?」

 震えながらも、星は男たちが跨っているバイクに目がいった。

 形状、色は様々である。しかし、3つとも機体のどこかに『B・P・S・A』とプリントされたステッカーが貼られている。

「び、B・P・S……ブルー……まさか」

 その言葉の意味するところを理解した星は、驚懼を織り交ぜたような顔になった。

「ま、待てオレぁ関係ねえだろうが。オレが何をしたってんだ、え? さっき好き勝っていったのは悪かったけどさ、でもなにも殺すこたねえだろ? なあ、もういわねえよ。なんならあんたらに協力してやってもいい。だから、その物騒な刀をしまって――」

『為了我主人(我が主君のために)』

 男の一人が、ぼそりといった。

『生命得到接受(命、もらい受ける)』

 グン、とエンジンを高鳴らせバイクを走らせた。それと共に柳葉刀が、星の首筋に迫った。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!」

 走りながら、刀を首に叩きつける。血飛沫と共に、星の頭部が上空に舞い上げられた。


 翌朝の午前8時、《南辺》第3ブロックの一角に一台のパトカーが止まっていた。

「俺がこの世で二番目に嫌なことは何だと思う、ワット?」

 胸に「POLICE」の徽章を付けた、ジェームズ・クルーがいった。

「そんなこと知るかよ、俺が」

 ワットと呼ばれた、もう一人の警官が応える。さも面倒くさい、といった感じで。

「うちの女房な、ギャングの男を連れ込んでた。俺のいねえ間に。どう思うよ?」

「ますます知らん、てめえの家の事情なんぞ」

 ワットが、口にくわえたマルボロを足元の血の溜まりに吐き出した。ジュ、っと火が消えた。

「じゃあ、一番はなんだよ」

「そりゃあ……」

 トンファー型バトンを肩に担ぎながら、溜息をついた。

「週末に、くだらねえ事件で呼び出されることだ」

 そういって、顎で指し示す。その先には、首と胴体を切り離された二つの死体が転がっていた。


 成海市にも、警察というものは存在する。国連によって設けられた行政特区特設の特殊警察だ。建前上、行政特区内の治安維持のために置かれているのだがほとんど機能していない。これも、国連上層部と犯罪組織の癒着から来るものであった。

「イエローどもの殺しで、なんで俺らが出張ってくる必要がある」

「全くだ。そこいらで誰か撃ち殺されようと、川に死体が浮かぼうと大したことじゃない。この街じゃな」

 ワットが被害者の頭部を足で転がした。恐怖で引きつった、星の今際の顔が日の目に晒される。

「しかし、こいつぁただの殺しとは違うな……見ろこの切断面」

「ああん?」

 ジェームズが屈みこむ。途端、目の色が変わった。

「これは……」

「分かるか? 以前この界隈にいた『マーダー・ローズ』だかいうギャングどもの死体とそっくりだ。なにか、でかい刃物で一刀のもとに斬り落とされている」

 ワットが立ち上がって、もう一つの死体に歩み寄った。

「見ろ」

 ごろりと、陳の首を蹴飛ばした。ジェームズが、目を見張る。 

「なんだこれ?」

 首が、小さな紙片を咥えていた。

「チャイニーズはイスとテーブル以外は何でも食うっていうけど、死に際に紙を食うこともあるのか?」

「ダンボールなら、食うことあるらしいぜ。でも、これはそういうもんじゃねえな」

 ワットが紙片を取り出し、広げた。

「メッセージカードだ」

 紙には、こう書かれていた。


 “Kill THE RED”

 

 The Red、というところが大文字で強調されている。

「“赤を殺す”……? 何のことだ?」

 ジェームズが首を傾げた。

「おそらく……赤いものを着ている奴は無差別に殺す、っていう意味だ」

「なぜ?」

「見な」

 ワットは、被害者の胴体の方を指し示した。

「奴らの格好……臙脂(ダークレッド)の作業着だ。よくギャングが、対立チームのカラーを着た奴を無差別に襲って、相手に警告をすることがある。その典型だ」

「なるほど……」

 ようやく理解したのか、ジェームズが納得したように立ち上がった。

「なら、この場合は」

「ああ、おそらく“RED”というのは最近でてきたチーム『OROCHI』のこと。そして相手は……間違いない。『BLUE PANTHER』どもだ」


用語解説


柳葉刀:中国刀術ではもっともよく使われる片手刀。よく「青龍刀」と称されるが、それは誤りである。本来の青龍刀は、薙刀のように柄が長い「長器械」に分類される。

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