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監獄街  作者: 俊衛門
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序章:4

《成海市南辺第3ブロック 化学プラント“クロッキー・カンパニー”》


 その日は暑かった。


 高温多湿な空気が、工場内に充満していた。さらに内部は機械熱で暖められ、熱気が工員たちの水分と体力を奪う。


 老人が倒れたのも、無理はなかった。

 

 作業中のことである。隣で手を動かしていた人影が、省吾の視界からふいに消えた。そちらの方向を見ると同室の老人が、床に倒れこんでいる。

「ジジイ!」

 いくら気が合わないとはいえ、難民の間ではある程度仲間意識がある。それが同室の者となれば、手を貸さないわけがない。省吾は老人を助け起こした。

「何をやっている。作業に戻れ」

 例の豚、ではなく工場長(チーフ)がやってくる。不機嫌そうな顔をしていた。

「仲間が倒れたんです……どこか休めるところに連れて行ってくれませんか」

 出来るだけ、丁寧な口調を心がけた。しかし、何が気に食わなかったのか男はさらに不機嫌な顔を作った。

「だからどうした。そんなことで手を休めるな」

「そんなこと、って。倒れたんですよ? このままだと死んじまうかもしれないのに」

「知ったことか」

 男は吐き捨てた。

「アジア人が一人や二人死のうが関係ない。人材はいくらでも調達できる。そんなことより作業が中断されることの方が問題だ」

「ふざけんなよ、俺らは……」

「うるせえ! 虫が一匹死ぬだけじゃねえか」

 心底、どうでもよいという口調で投げかけられる、辛らつな言葉


 気づいたら拳を振り上げていた。それは男の顎を砕かんと、一直線に顔面に伸びる。

だが、それより先に手に持ったスパナで頭を殴られた。血を舞い上がらせ、その場に倒れこむ。

「この野郎!」

 起き上がろうとする省吾の腹に、男の靴がめり込んだ。うっ、っとうめいてうずくまる。

 床にへばった省吾を、男は踏みつけ、蹴り飛ばした。まるで苦痛を感じる暇も与えない、というように執拗に蹴り続けた。

「調子に乗るな、ジャップ」

 完全に動かなくなった省吾を踏みつけ、唾を吐きかけた。

「ここではお前らイエローなんざ、そのへんの石より価値がねえ。ゴミだ。そんな奴らが俺に逆らって生きていけるか? お前らは食うことも、寝ることも、しゃべることも全部俺にお伺いを立てて生きていかなきゃならんのだ。当然」

 懐から、何かを取り出した。

 黒光りする、コルト製のリボルバー。銃口を突きつけた。

「死ぬことも、俺の思うようにな」

 引き金にかけた指に力をこめる様を、省吾は見た。

――ふざけんな、畜生! 俺の意思はなんでこいつの手の中にあるんだ。死ぬことも、生きることも、なんでこいつの思うがままなんだ。嫌だ、俺は俺なんだ。こんなところで終わってたまるか――

 銃弾が省吾の頭を貫く。だれもがそう思った。


 だが、工場内に響いた衝撃が、それを阻止した。


 構内の機械が、紅蓮の炎を上げ爆発したのだ。




 ばらばらと、ガラスの破片が飛んでくる。それらが中の者たちの皮膚を傷つけた。

辺りから黒煙が立ち上っており、焦げたゴムの匂いが辺りに充満した。


 何が起こったのか、わからなかった。省吾は上を見た。

銃を持ったまま、呆けた顔をしてたたずむ工場長(チーフ)の姿がある。顔を右に向けた。老人を抱え、避難する仲間の工員たち。それも煙に遮られ見えなくなった。

 やがて遠雷のごとく押し寄せる轟音が、内部に響き渡った。


 エンジン音を轟かせたバイクが一騎、構内に躍り出た。腹のそこに響く重低音、オイルと鉄の匂いが鼻をつく。

 バイクに跨った人物、そこにいる者を省吾は見た。


 赤いジャケットを羽織った少年がいた。

 黄色人のようだ。しかしその顔立ちは欧米人のように彫が深く、整っている。

 そしてその髪は……銀色に輝いていた。雪のように白く、光に当たり、煌く。前髪が風に揺れていた。

「あ……」

 呆然としていた工場長(チーフ)が、ようやく自我を取り戻したようだった。

「貴様ら!」

「よお、豚工場長。まだあくどい商売やっているのか」

 少年が挑発的な台詞を投げかける。

「何しにきやがった、このクソ野郎!」

「豚が豚小屋経営してるとどうしても穴が出てくるようだな。こんなザル警備、突破してくださいって言ってるようなもんだぜ」

 敵愾心を煽る。男は顔を紅潮させ、怒りに震えていた。

「FUCK!」

 銃を構え、発砲。だが、彼が撃つ前に少年は動いていた。バイクを駆り、弾丸を避ける。そして巧みに機体を操り、宙に舞ったかと思うと、


 バイクの後輪を、男の顔面にめり込ませた。

 男の体が吹き飛んだ。作業台に叩きつけられ、部品が散乱する。


「いろいろ頂いてくからな。豚に真珠つーことでお前が持ってても役に立たねーだろうし」

 去り際にそう残した。

 高揚したような、少年の言葉はおそらく男には届かなかった。


 その言葉は省吾の母国語であった。白人には理解できるはずはない

序章はこれで終わりです。

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