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監獄街  作者: 俊衛門
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第二十一章:4

何か特別なことがあったわけではない。

 劇的な出会いがあったわけでもなく、義兄弟の契りや杯を交わすだとか儀式めいたことをしたわけでもなく、ただ気づけばそこにいた。九路彰とは、そういう男だった。

 日本難民であった彰は、雪久のことも同類だと思ったのか、近づいてきたのは彰の方だった。路上でギャングを殴っては金品を奪うだけだった雪久に、一緒にやらないかと持ちかけてきたのは。

お前なんかに何ができるのかと聞けば、彰は言ったのだった。

「何ができるかどうか分からないけど、たぶんあんたのサポートぐらいはできる。そうでなくとも、一人より二人いた方が良いだろう?」

 実際、男は役に立った。腕っ節はないが、手先が器用だから仕掛けを張る、武器を造るといったことには長けていた。人集めの才もあったらしく、梁や舞をどこからか見つけてきてしばらくは四人でつるんでいた。その後宮元兄妹がギャングにとられた後は、組織の重要性を悟ったらしく今まで以上に人を集めてきた。銃器を持たない雪久らにとっては彰の造った閃光弾、火薬玉は十分な武器となった。

 そうして「OROCHI」は活動してゆけたのだった。

(最後までお前のことを案じていたーー)

 そう言うレイチェルの言葉が脳裏をよぎった。

(お前を生かすために) 

 その通りだ、と認めるだけの器量がなかった。

(本当は見えているのに見ようとしない)

 だがそれを認めてしまえば。彰を死なせた自分を到底許せなくなる。そして自分自身、本当は弱くて情けない存在なのかもしれないと思ってしまえば。そうなればあとにはもう弱い自分しか残らない。

「弱い・・・・・・」

 力の源は「千里眼」であっただけであり、強がっていたのはただの虚勢であり、組織としてまとまっていたのは偏に彰のお陰であり、そうして本当の雪久には何もないーー

「くそったれ」

 貴重な煙草はまだ半分以上あったが、悪態とともに吐き出す。地面に散った火花ごと踏みしめ、執拗に残骸をねじ込んでみても、当然気分が晴れるわけでもない。

 遠く東辺の灯を見ながら、二本目の煙草に火をつける。廃ビルの狭間にひっそりと建つ背の低い集合住宅故に、屋上といえども周りの建物に囲まれて埋没した印象を受ける。以前ならば東辺、西辺の街を見るには不足なかったのだが、ここではそれもかなわない。

「こんなとこで煙草だなんて」

 背後で声がするのに、雪久は身体ごと振り向く。が、その先には誰もいなかった。目線を下げるとシンが屋上への梯子を昇ってくるところだった。

「見つかったらどうすんの」

「・・・・・・寝てたんじゃないのか」

 雪久、今度は煙草を地面に押しつけて火を消した。

「出てくの見たから。逃げるんかと思って」

「逃げたところでお前ら親子には関係ないだろうよ」

 大体が転がり込んできたのは雪久の方である。出て行く分には何も問題はないはずだ。だがシンは意外なことを口にする。

「母さんが、お前のこと見とけって。出て行きそうならば止めろってさ」

「止めろ? 何でだよ」

「知らないよ。今のまま出て行かせるわけにいかないとか何とか」

「ヤナがそんなこと言ったのかよ。どういう意味だ、そりゃ」

「だから知らないって」

 シンの短い手足では梯子の間隔が広すぎるらしい。苦労しいしいよじ登り、何とか登り切った。

「お前降りるときどうするんだよ」

「何で屋上なんかに来てんのさ」

 雪久の問いには答えず、シンが訊いてくる。子供とはいえ、詰問するような口調にはさすがにいい気分はしない。

「うるせえな、気分転換だよ。お前のとこの穴蔵じゃ息が詰まる」

「だって、蛇って狭いところ好きなんじゃないの? 穴蔵暮らしなら特にさ」

「何だとお前」

 かっとなる心を、しかしすぐに収める。こんな子供に絡んでもどうにもなるまい。

「それで、穴蔵這いだして何で高いところに昇りたがるの? 蛇って高いところ好きなわけじゃないでしょ」

「別に何でもねえよ」

 もともと気分がよかったわけではないが、ますます気が削がれた気がした。煙草を投げ捨て、戻ろうとする。

「また路上に返り咲こうっての」

 シンの一言に足を止めた。

「返り咲く?」

「だからさ、あんたギャングなんだろ。ギャングは路上にいる、だからそこに戻りたいとか思ってたんじゃないのかって。なんか未練ありそうな顔してたし」

 子供のわりには細かいところに気づく。黙って立ち去ってもよかったが、雪久はシンに向き直って訊く。

「そうだといったら?」

「どうもしないけど。ギャングなんてみんな同じことしか考えてないし、こいつもそうかとしか思わない」

「ギャングといえば確かにそうだが」

 ふとこの子供の言うことを訊いてみたくなった。今まで省みることもなかった、難民の考えを。

「俺たちは南辺の、白人ギャングをつぶしてやってんだ。他とは違うだろう? 「黄龍」が幅きかせてたときも俺らが追い払ったんだから」

「どれも変わんない。あんたらがいたって、あんたらが去ったって、ギャングはみんな同じだよ。僕ら難民のことは虫けらぐらいにしか思ってないし、そういう風に思ってるから街中でも平気でどんぱちできるんだ。僕らが一人ぐらい死んでも別にいいって思ってるんでしょ?」

 シンの口調は厳しい。雪久が返答に窮していると、追い打ちをかけるようにシンはさらに言う。

「ギャングなんかに期待しちゃいないよ。それとも、この街で歓迎されているとか思っていたの?そうだとしたら勘違いだよ、それ」

「歓迎されてるなんて思っちゃいねえよ」

 子供の言うこと、とはいえシンの言葉がやたらと突き刺さってくる。少し前ならばそんなに気にとめなかっただろう言葉を律儀に受け止めてしまうのは、今の雪久がどうしようもなく弱っているからなのか。

「母さんがどういうつもりか知らないけど、僕はギャングなんて認めない。出て行くんなら出て行けばいいさ。それでどっかでのたれ死んでも知らない」

 シンはそれだけ言って、去ろうとした。

「なあ、お前」

 その背中に雪久が投げかけた。シンは心底うんざりという様子で振り返る。

「何」

「お前、あの剣の出所知っているだろう」

 そう言うと初めてシンの顔が動揺の色を帯びた。それを見て確信する。

「あの剣の持ち主のこと、お前知っているな。会ったことあるのか?」

「どうでもいいだろ、そんなの」

「ああ、どうでもいいと言えばどうでもいいが。ただあの剣の持ち主、あいつもギャングといえばギャングだったはずだが」

 シンは目を伏せて、何事かを言うか迷っている様子だった。妙なことだが、そうしている方が年相応に見える。

「飛慈は」

 やがて重い口調でそう切り出す。

「怖い人だと思った」

「そりゃそうだ。お前の嫌いなギャングの手下でーー」

「あの剣でギャングどもを切り刻んだときには」

「・・・・・・何だって?」

 妙なことを言う。孔飛慈がギャングを切り刻むとは、つまりシンはあの戦いの時にあの場にいたとでもいうのだろうか。

「ギャングって、俺たちのことを言ってんのか」

「違う、西の龍。母さんがあいつらに絡まれているときに助けてくれたんだって。その後、いろいろあって、僕がつかまったときに飛慈が僕のこと助けてくれたんだけど。あの連中を切っている間、僕はギャングよりも飛慈のことが怖いって思った」

「何、それ孔飛慈が「黄龍」を切ったってのか? あいつは黄龍に雇われてたんだぞ。雇い主切ったってことかよ」

 だが。孔翔虎、孔飛慈の兄妹は別に「黄龍」に忠誠を誓っていたわけでもない。あの二人の大元はマフィア、そしてそのマフィアにしてみれば「黄龍」など利用しただけにすぎない。孔飛慈にしてみれば「黄龍」のことなどどうでもよかったのかもしれない。

 しかしそれにしても、難民を助けるために雇い主に噛みつくとは・・・・・・

「怖いと思ったけど、でもそのときだけだった。本当、姉さんみたいに思った。僕のこと、助けてくれたのすごく嬉しかった。けど、それを」

 言葉を詰まらせたのは、こみ上げるものがあったのだろう。幼子とはいえ、そこは気づかない振りをした方が良いような気がして雪久は腰を上げた。

「明日も早いんだろう。寝ておけ、ガキは特にな」

「うるさい、子供扱いすんな」

 涙を拭きながらシンは文句を垂れる。雪久に背を向け、さっさと梯子を降りようとした。

 が、最初の一段下がるのにずいぶんと苦労している。足が届かないのだ。うんうんうなりながら足を伸ばしている。雪久はため息まじりに、シンに手を貸してやる。

「そんなのも昇り降りできないようじゃ、やっぱりガキだ」

 シンの手を掴み、シンが降りるのを補助してやる。最初こそ拒んでいたものの、自分のおかれた状況を鑑みて結局は雪久のサポートを受け入れるた。降りきったあと、またすさまじい形相でにらまれたが。

「ガキの分際で年長者にかみつくんじゃねえよ」

「ガキだガキだとうるさいな」

「ガキはガキだ」

 だがその言葉は、自分に返ってくる言葉でもある。


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