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監獄街  作者: 俊衛門
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第三章:11

「あの野郎、人のバイクを……」

 ぶつくさと文句をたれる雪久は、今は車上の人。燕が運転するハーレーのサイドカーに、足を投げ出して乗っていた。ガムをくちゃくちゃと鳴らしている。

「まあ、確かにサイドカーつきより単車の方がいいだろう。なんていうか、速度的に」

 と燕。苦笑いしながらナビを見つめる。

「盗難防止用の発信機が、こんなところで役に立つとはね」

 見つめるモスグリーンの画面には、地下経路図が白い線で表示されている。その一角には、赤い光点が明滅していた。それは雪久のバイクを表している。動かないところを見ると乗り捨てたか、もしくはそこに省吾もいるのか、であろう。

「気にいらねえな……」

 そんな雪久を、燕はちらりと見て

「その割には楽しそうだな」

 といった。

 実際、雪久は目こそ笑っていないが口元を歪めて笑っている。燕が知る限り、これは機嫌がいい時の顔だ。

「気にいらねえ、が面白い。あそこにいる限り俺の持ち物に手を出そうなんて輩はいねえ……後でどんな目に遭うか分かっているからな。だけどあいつはまるで遠慮なんかない。久々に骨のある奴だ、と思ってな」

「そうかい……」

 燕はちょっと、顔を曇らせた。

――俺あっての『OROCHI』

 省吾の話だと、確かに雪久はそういったのだと言う。確かに、雪久がいなければこのチームは存続できないだろう。だが

 この男の言動は、どこか他のメンバーを置き去りにしているようでならない。

「さて、俺のBMWを勝手に動かしたらどうなるか分からせてやらなきゃな。急いでくれ」

「ああ、分かっている。が、その前に……雪久」

「何だよ」

「いや……そういう乗り方は危ないんじゃ」

 その瞬間。

 ガクン、と車体が上下した。それにつられてサイドカー上の影は跳ね上り、はるか後方の地面へ投げ出された。


 金属が触れ合うたび、省吾の刀が削られる。

 省吾の打ち込みはことごとく止められる。そのたびにもう一方のナイフで斬りつけられるのだ。

 手の甲、肩、そして顎。

 だんだん、核心に近づいてくる。

(クソが!)

 身を沈め、脛を斬った。それをジョー、飛び上がって避ける。飛ぶと同時に前蹴りを放った。

 顎にまともに入る。

「いってえな、この野郎!」

 省吾は袈裟に斬った。

 ジョーはナイフを横に薙いだ。

 二つの刃が、交錯した。


 刹那、橙の火花が、闇を照らした。


 長脇差が中ほどから折れた。切っ先は放物線を描いて飛んだ。 

「チェック・メイトだ」

 その言葉とともに突き出された、左のナイフ。それが省吾の右腕に刺さった。

 さらにそれを引き抜き、今度は右のナイフでわき腹を裂く。

決壊したダムのように、血が吹き出た。それと共に体を支える力も抜け、膝をついた。

「この街は、俺達がつくった」

 ナイフの血を拭いながら、ジョーは言った。

「戦後の秩序、経済、政治。すべては勝った俺達が作り上げたものだ。当然、この行政特区も。世界を支配してるのは、白い肌のやつであって、黒や黄色じゃない」

 血の池であえぐ省吾を、冷たく見下ろす。その視線を睨み返すも、その目にもはや力はない。

「創造主に噛みつく愚かな虫は、いずれは業火に焼かれる。分をわきまえていれば、死ぬことは無かったのにな」

 省吾の顔面を蹴り飛ばす。たまらず倒れこんだ。

「それにしても、ムカつくネーミングだな」 

 動かない省吾の頭を踏みつけ、唾を吐き捨てる。

「イッシンムガイリュウ……っつったっけか。まったく嫌になる。つい一年前にこの街に来た妙な女も、そんな流派だったな。まあいい」

 しゃがみこみ、ナイフを振りかぶる。省吾の首に狙いを定めた。

 虚ろな目で、そのナイフを見た。

 まるでスローモーションのように、ゆっくりと下ろされる切っ先。その背後で、ユジンが何事か叫んでいるのが、見えた。

 血の溜まりに、雫が落ちる。その波紋が広がりきらないうちに……。

 

 省吾は、ナイフを止めた。

 

 左の手で、ジョーの手首を掴んでいる。ぎりぎりと手首の骨に、省吾の指が食い込んだ。

「貴様、まだ動けて……」

 左のナイフで刺突する。省吾は身を起こし、立ち膝になりながらそれも止めた。

「そいつは、確かか」

「なあ?」

「確かなんだな」

 左右の手で、ジョーの両腕を掴んだ格好になった。そしてその状態のまま両腕を交錯させて、右後方にジョーを投げ飛ばした。

「――が」

 ジョーが地面に叩きつけられる。省吾はすばやく起き上がり、距離を取った。そして

「ユジン!」

 唐突に声を上げる。いきなり名前を呼ばれ、ユジンはびくりと肩を震わせた。

「なんてこった……お前のような甘ちゃんに感化されることなんか絶対ないと思ってたけどな」

 コートを脱ぎ捨て、折れた刀を拾う。

「お前の言う、生きる目的ができちまった」


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