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監獄街  作者: 俊衛門
332/349

第二十章:11

 九環刀が閃く。

 連はぎりぎり刃をかわす。頭上を刀が通り、連の頭髪を数本切り飛ばす。

 最大限飛び下がる。男が追いかけてくる。体の勢いをそのままに横薙に斬る。

 跳躍。男の頭上を飛び越えた。飛びながら、連。蹴りを放つ。男の後頭部に連の足刀が刺さり、男がよろめく。

 が、倒れることはなく。再びこちらに向き直り、突進。袈裟に切りつける。連はかわすことに精一杯で反撃することが出来ず、ただ下がることしか出来ない。

 いつの間にか周りを野次馬が囲っていた。《北辺》にはよほど娯楽が少ないのか、この立ち会いを面白がって見ている風である。というよりも、連が殺されるところを見たがっているのか。はっきり言えば迷惑だが、野次馬ごときに文句を言っても仕方がない。

 また男が詰めてくる。

 連、鉄パイプを拾い上げる。その鉄パイプで九環刀を真横に弾いた。鉄同士がかち合い、火花が散る。

 すぐに連、懐に潜り込む。男の金的に蹴り。急所を打たれた男はうっとうめいて前屈みになった。

 再び蹴り。連の渾身の前蹴りが男の顎を打つ。

 男の顔が跳ね上がった。がら空きの胴体めがけて、連は鉄パイプを叩きつける。

 鈍く音がした。男が身体を傾けさせる。だめ押しに連、もう一度打ち込んだ。

 しゃん、と鉄の環が鳴った。

 それとほぼ同時か少し遅れて、連の持つ鉄パイプが半分ほどの長さになった。九環刀が鉄パイプを切り落としたのだと--そう悟るのと同時に連は後ろに下がる。目の前を刃が通過、前髪が何本か舞った。

「調子に乗んなよ、ガキが」

 男は涙目になって、ほとんど叫ぶかのように吠えた。胴体ではなく、股間を押さえている。よっぽど金的を打たれたのが効いたのだろうか。

(斬った--)

 手の中にある、半分になった鉄パイプを握り直した。刃物は鉄の塊を両断するようには出来ていない。現に、男の持つ刀。刃がこぼれてしまっている。斬ったというよりも、力で叩き折ったと言うべきか。いずれにしても刀の性能ではなく、機械の義手による力だ。

 そんなものが生身に向けられれば。

 背筋を寒いものが走った。

 男が突進してくる。刀を振り上げ、袈裟に斬った。

 横に飛ぶ――連が逃れると、男はしつこく追いかけ斬りかかる。袈裟に斬り、両断し、横薙にと三連続。その全てを、身を逸らし、飛び退き、跳躍しと危うくかわすが、刃の先はその都度連の服の先や皮膚一枚をかすめる。

 手持ちの武器もなく、ただ逃げるより他無い。だが疲労のせいで、動きが徐々に鈍くなってくる。思い切ってこの男を振り切ろうとしてもこの男、体の割には動きが早くとてもじゃないが逃げ切れそうもない。

 三ミリ、否一ミリ。刃の距離が近くなってくる。九環刀の鉄環の耳障りな音色が近くなり、それにともない連の中で焦りが増してくる。

(このままでは)

 刃の先が胸の辺りを切り裂いた。さらしを巻いた胸元が露わとなる。あとわずかでも深く踏み込まれていれば確実に切り裂かれていただろうという、距離。

 横に飛んだ。連のすぐ脇を刃が通り過ぎた。

 男の顔がこちらを向いた。すぐさま刀を振り上げ、連は身構える。

 突如、銃声が鳴り響いた。連と男の間を銃弾が過ぎり、すぐ横の掘っ建て小屋に着弾する。トタン屋根をぶち抜き、中にいた人間が驚いて外に飛び出して、そこで二人して足を止める。

「喧嘩だと言うから、誰かと思えば」

 声は、おそらく銃声の主。女の声だ。連は構えを崩すことなく目線だけそちらに向けた。

 男物の外套を纏った人物。その人物には見覚えがあった。一体どこで見たのだろうかと記憶を辿れば、ついひと月前の出来事に思い当たる。

「邪魔すんなよ、扈蝶。何の権限があってこの俺を止めようって言うんだ」

「権限ということを言えば、確かにそんなものはありませんけど。ただその人、ちょっとした知り合いなので引いてもらえませんか? チャン・ディオン」

 扈蝶の手には六連発リヴォルバー拳銃が握られている。銃身がやや短いマグナムを、扈蝶は男--チャン・ディオンの方に向けた。

「そうでないと、今度はあなたに撃ち込むことになりますから」

「ほう? 偉くなったな、西の小娘が。この俺に指図? 工藤に気に入られているからって大きく出たもんだ」

 チャンは銃を向けられていても全く臆した様子はない。よほど右手の機械に自信があるのだろうか。

「そんなものまで持たされて、ここらを仕切っているつもりか? 伽の枕元でねだったんか、その玩具」

 下卑た声音で言うが、当の扈蝶は全く意に介さないように冷静な口調を崩さない。

「そういう軽口を叩けるうちだと思いますよ、チャン・ディオン。くだらない冗談をこれからも吐き続けたければ、今すぐ武器を下ろして。そうでないと本当に撃たなければならなくなる」

 チャンの顔から笑みが消えた。

 次の瞬間、チャンは扈蝶の方めがけて突進していた。

 扈蝶が発砲。銃弾がしかしチャンの顔の横を過ぎる。二発目を撃とうとしたときには九環刀の刃が扈蝶に降りかかる。

 扈蝶、慌てて避ける。横っ飛びに避けるが、避けきれず刃の先が銃身に当たった。銃が遙か後方に弾き飛ばされる。扈蝶はそれを拾いに行こうとするが、それよりも先にチャンが拾い上げてしまった。

「べらべら喋りながら撃つのが《西辺》の流儀なんか?」

 チャンはそう言って右の義手で銃を握りつぶして投げ捨てた。

 扈蝶は後ずさり、連をかばうような位置取りでもって対峙する。

「扈蝶さん、あの……」

「援護をお願い。私一人では倒せないかもしれないから」

 扈蝶は連の方を見ずにそう言った。言いながらコートを脱ぎ捨てた。

 扈蝶は背中に二本、サーベルがある。その二本のサーベルを左右に抜き、両手を広げるように構える。いつか見たのと同じスタイルだが、違うのは剣の形状。今、扈蝶の持っているサーベルには護拳ナックルガードがついてない。そういう種類の剣なのか。

「ちょっと待ってください、援護といっても」

 連が言い終わらぬうちにチャンが突進してきた。

 九環刀を両断。地面ごと割る一撃が降りかかる。二人して左右に飛び退いて避ける。

 扈蝶の方が動いた。チャンめがけて突っ込み、右の刀で袈裟に斬る。

 防ぐ。刃が鉄の義手に阻まれる。すぐさま扈蝶、左で斬る、横薙。チャンの顔めがけて。

 チャンが下がる。サーベルが流れる。すぐさま九環刀を突き上げる。

 衝突。サーベルの先端と交わる。

 すぐに太刀筋が変化する。チャンが九環刀を斜めに切り上げるのを、扈蝶は危うくかわし、かわしたと同時に懐に入り込んだ。

 サーベルの連撃。体をよじり水平に二回切りつけた。チャンが九環刀で防ぐに、扈蝶は息もつかせず三度、四度とつなげてゆく。斜めに、両断に、横薙にと切りつけ、チャンに反撃の暇を与えない。

 それでも刃は到達しない。

「この!」

 チャンが九環刀を振り抜いた。サーベルの攻撃が弾かれ、扈蝶が体のバランスを崩す。すかさずチャン、両断に切り下ろす。

 咄嗟に連は石を拾い上げ、投げつけた。チャンの頭に当たる。チャンが振り向いた、その顔面めがけて跳び蹴りを食らわせた。

 チャンの体が傾いだ。その隙を逃さす扈蝶が動く。サーベルを斜めに切り上げた。刃の先がチャンの胸を切り開き、血飛沫が舞い散る。

 チャンが何事かを叫び扈蝶に切りかかるが、それより早く連はチャンの左膝を踏み抜く。今度こそチャンは地面に倒れ伏した。 

 倒れたところ、扈蝶はチャンの義手の関節部にサーベルを突き立てた。

 めり、という音がして、さらに何かが引きちぎれる音。配線を切ったのだと、連は確信する。

「傷は浅いよ、チャン」

 扈蝶はサーベルを突きつけた。チャンは苦しそうにうめいて扈蝶を見上げている。起きあがろうにも、膝をやられているのと、義手のせいで動けないでいた。配線を切られ、動力を失った義手などただの錘でしかない。

「けれども、これ以上何かするとなればこの喉を切り裂かなければならなくなります。このまま消えてもらえませんか」

 物言いこそ丁寧だが、扈蝶は強い口調でそう言った。男が引かなければ、迷うことなくその先のことをするであろうという意志が感じ取れる。チャンもそれは感じたらしく、それ以上抵抗しようとはしなかった。

「覚えておけよ」

 チャンは捨てぜりふを吐いて立ち去った。腕を引きずり、片足で立ち上がると刀を杖代わりにしてその場を立ち去る。途中、取り巻きの男の肩に掴まりながら人混みの中に消えていった。

 扈蝶はそれを見送り、完全に見えなくなるとサーベルを納めた。

 連は扈蝶に近づいた。

「扈蝶さん、あの」

「胸、隠した方がいいよ」

 扈蝶が指摘するのに、ようやく自分の格好を顧みる。さらしを巻いた胸元が露出している自分の姿を。

「……危ないところをありがとうございます」

 羞恥心よりも、何となくばつの悪さを感じて切り裂かれた所を左手で覆い隠した。

「びっくりしたよ、《南辺》から来ている誰かが絡まれてるっていうから、誰かと思えば」

「扈蝶さんは?」

「聞いてない? レイチェル大人が人を派遣したこと。私はその第一陣として送られたのだけれど」

 扈蝶はコートを羽織り、周囲を見回した。野次馬たちは徐々に解散していったが、中にはまだ遠巻きに二人を見ている者もいる。扈蝶は連に目配せして歩き出した。

「あの男は一体誰なんですか」

 扈蝶と連では、普通に歩いていても歩幅が違うため連の方が引き離されてしまう。連の方が自然、早歩き気味になる。

「良くいる輩よ、力を手に入れればどこでも公使したがる、支配したがる連中。《南辺》でも西辺でもその手の奴はいたでしょう」

「でも、あんな機械の腕を」

「金大人のあの脚を見ておいて、今更驚くの?」

 通りの人混みを避けながら二人は歩いていた。気づけば少しだけ道幅が広くなり、行き交う人の数も増えている気がした。

「でも、無理もないよね。私もびっくりしたし。ここでは、簡単とは言えないまでも、想像しているほど難しくはないみたい。機械を手に入れるのは」

「そうなんですか? それより扈蝶さん、あなたは今どこに身を寄せているのですか? そもそもここでどうやって生活を」

「その辺はまたあとで説明するから。私からも質問させて。ここに来たのはあなただけ?」

 扈蝶が問いかけるのに、連は一度言葉を詰まらせる。

「と、言いますと」

「だから、《南辺》からこっちに来たのはあなただけなの? 他に誰かいるのかって、《南辺》で生き残ったのはあなただけ?」

「ええ、まあ。もう一人」

 すると扈蝶は声のトーンをもう一段階低くした。

「来ているの?」

「ええ、今待たせてありますが……ああ、そういえば」

 連はふと思い出した。チャンが言っていたこと、もう一つ重大なことを。

「さっきの男が、もう一人差し向けているかのようなことを」

「誰に」

「ええ、その。私と一緒に逃げてきた、真田さんに」

 いきなり扈蝶、立ち止まって連の両肩を掴んだ。

「どこにいるの?」

「え、えっと。町外れの、廃墟の中に。だけど」

 扈蝶はさらに語気を強めて言った。

「案内して」

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