第三章:10
視線が、切り結ぶ。
わずか三歩の距離、刃から発せられる圧力をぶつけ合う。実際に刃を交えるよりも先に、戦いは始まっていた。
「“クライシス・ジョー”ね……」
やがて口を開いたのは省吾のほうだった。
「随分と大層な名前じゃんか。お前のセンスか?」
「別に俺がそう名乗っているわけじゃない」
ジョーがそれに応える。
「ただ、俺を見るとこの街の奴らは皆、口々にこう叫ぶんだ。“Crisis approaches!”(危機が迫って来た)ってな」
「それで“クライシス・ジョー”か……なかなか面白いぜ、お前」
「そいつはどうも」
ナイフを逆手に持ち、右半身に構える。
一方の省吾は、刃を水平にし刺突体勢に入った。
右足を大きく踏み出し、左足で地面を押した。それが、戦いを告げる合図となった。
「しゃあぁ!」
突進、そのまま剣を突き出した。
ジョーは体を開き、それをかわす。バンダナに刃が当たり、青い繊維を散らした。
左肩に抜けるジョー、それを見逃さなかった。
振り向き、上段に振りかぶって両断に打ちおろす。
鉄が、交わった。
打ち下ろした渾身の一撃は、右手のナイフで受け止められた。刃が噛み合い、カリカリと音を立てる。
「な、何?」
省吾は驚いている。その隙に、ジョーは懐から新たなナイフを取り出した。左手に、順手で構える。それを省吾の腹に突き出した。
「くっ!」
一度下がり、刃を避ける。
もう一度、今度はわき構えに持ってゆきそのまま打ち込んだ。
体の勢い、刀の勢いは先ほどより増している。今度こそ――
ガン、と金属がぶつかり、火花が散った。
また、受け止められた。右のナイフで刀を止めた隙に、左のナイフで横に薙ぐ。前髪が切れた。
再び、距離を取る。
「貴様!」
「得物は一つ、とは限らないだろ?」
「そういうことじゃねえ……」
刀身の短い長脇差とはいえ、かなり勢いをつけて諸手で打ち込んだ。にも関わらず、それを難なく受け止めるなんて。しかも、長脇差よりはるかに短いナイフ一本で――。
「なぜだ、って顔しているな」
省吾の心を、ジョーが代弁した。
「なに、簡単なことだ。確かに貴様の打ち込みは鋭く、強い。しかし、それ以上の力で迎えればその打ち込みを止めることも出来る」
「それ以上の力、だと?」
「俺の握力は右だけで100キロ、ある」
ジョーは右手をかざした。
「左も同じくらいにな……我鬼のころから握力ばかり強くってね。小さい頃は家で飼ってたコーギーを握りつぶしちまった。俺は撫でたつもりだったんだけど……16の時、地元のチンピラにカマ掘られそうになったが、逆にそいつの金玉握りつぶしたこともあったな」
喉の奥を鳴らすように、ジョーは笑った。
「親父は言ったよ、お前は悪魔の生まれ変わりだ、ってな。その予言は大的中したわけだ。ま、その予言者はもうこの世にいねえけど」
といって両の手にもったナイフを、くるくると回し始めた。
(なるほど、ね)
それほどの握力なら可能なことである。ナイフのグリップを握る力、それがそのまま刀を止める力となる。
「一度はボクサーでも目指そうかと思ったが、やっぱり俺ぁナイフの方が好きなもんだからよ、それで」
「趣味の悪い自慢話は、その辺にしておけ」
剣を霞に構え、足は左足を前にした。
「気分が悪くなる」
そういって唾を吐きかけた。
両者動かない。だが実は動いていた。
ミリ単位で歩を進め、刃で狙いをつける。呼吸を計り、相手の出方を伺う。それは、水面下の攻防だった。
(もしまた打ち込んだら……)
また同じ事の繰り返しであろう。一方のナイフで受け止めて懐にもぐりこみ、もう一方で止めを刺す。
(二刀流だな、まるで)
宮本武蔵が創始した、二天一流剣術。左に小刀、右に大刀を持つ剣法だ。小刀で相手の打ち込みを防ぎ、大刀で斬る……それをナイフでやるとは。類まれなる握力が、それを可能にしているわけか。
頬を、汗が一筋伝う。顎に伸び、首筋まで至った。
それを拭いたい気もするが、出来ない。そのために手を放したりしたらその瞬間――
「行くぞ!」
ジョーが突進して来た。両のナイフは、逆手。
「こんのぉ!」
省吾は中段から諸手突きを繰り出した。その突きを、ジョーは左のナイフで受け流す。そして再び、懐にもぐりこんだ。
右のナイフが、横に切り裂く。刀を立て、鍔元で受けた。
次に左。順手に持ちかえ、突く。省吾は真半身になってそれをかわしたが、わき腹に鋭い痛みを感じた。その部分を見る。
超剛性繊維越しに、横一文字に肉が斬られている。幸い、かすり傷ではあるが。
「超剛性繊維を斬るとはね」
平静を装うが、そんな虚勢が通じる相手ではない。案の定、「無理するなよ」といってジョーは笑った。
「それなりに力があり、それなりに技もあればそんなもの、ただの布切れに過ぎねえさ」
「なるほど、ディフェンスだけじゃねえってか」
ごくりと喉を上下させた。
「だが、俺をあまり甘くみるなよ」
正眼に、再び構えた。
「我が一心無涯流柔拳法、そうやすやすとやられたりしねえ」
OP:ジャパハリネット「金色の螺旋」
ED:ジャパハリネット「落陽」
ってのはどうでしょう?