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監獄街  作者: 俊衛門
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第二十章:6

「治安維持部隊を入れたそうですね」

 その言葉を発したのは、襲撃から十時間後。麗花はプライベートルームで、一人ワインを傾ける皇帝を相手にのたまう。

「ここは私にとって心を休める場所だよ、麗花。煩わしさから解放されるための時間に、そのような話を持ちかけるのか」

「おくつろぎのところに押し掛けたことはお詫びいたします」

 別にいいさ、と皇帝は安楽椅子に身を預けてワインを傾けていた。ホログラムの魚群を目で追い、完全にリラックスした状態。それでもその目は鋭さを隠さず、一分の隙も見せない。戦う姿勢は常にあるというようなその男が、ワインボトルを傾けた。グラスに琥珀色の液体が注がれる。

「お前もどうだ、本国から空輸してきたものだ」

「いえ、結構です」

 かたくなに麗花はその場を動かない。

「それよりも、先の質問の答えを」

「堅いな、相変わらず」

 皇帝はワインを置いた。酒の減り具合を見るに、相当飲んだように見えるが、しかし皇帝自身は酔っているようには見えない。

「心配はせずとも、治安維持隊はよく言うことを聞いてくれる。当局から部隊を入れる時に、こちらが提示した条件を呑ませた上で展開させるようにした。こちらが行う試験運用には影響はない。実験そのものについては本国には通達済みのこと。そうそう目くじらたてることもない」

「しかし、彼らと不要な接触は、なるべくならば避けなければと」

 皇帝が傾けるワインボトルが空になった。皇帝は残念そうな顔をしてそれを床に落とした。ボトルは粉々に砕ける--ことはなく、まるで床がクッションであるかのように落ちたボトルが弾んだ。続いて床のある一部分がへこみ、落ちくぼんでゆく。そのくぼみがぽっかりと穴を形成したころには、ボトルがそのへこみの中に転がり落ちてゆくところだった。

 ボトルを回収し終わった床は、やがてもとフラットな状態に自ら戻ってゆく。

「床にまで分子操作素材を」

「ああ、便利なものだろう。これはゴミを回収するだけでなく、侵入者の足下を掬うのにも使える。といっても、これだけ表面積の大きな部位、全面を覆うには至らないが」

 何てことはないかのように言うが、床全体を改造することの意義を麗花が分からぬわけでもない。

「それよりも――」

 麗花が口を開こうとするのに、皇帝はすべて心得ているかのように手のひらを向ける。

「ああ、お前の心配は分かる。治安維持部隊も機械化が進んだとはいえ、まだ生身に近い。そんな奴らと、あの連中が遭遇すれば不測の事態が起きかねないっていうのだろう」

「彼らは、まだ十分なデータが取れていません。少なくとも、野に放った『千里眼』を回収させるまでは」

「いい、いい。分かっている。だがな、ここで変に秘匿しても世界は待ってはくれない。新しいものなど、すぐに日の目を見ることとなる」

 皇帝はグラスを押しやってから麗花を見た。全く酔わないその男は、屈託のない笑みを浮かべながらも油断のならない鋭さを視線に宿している。

「最新の技術というもの、まあこの床のこれにしてもだ」

 と、皇帝は軽く床を踏んでみる。コツコツと硬質な音がした。

「これらが、今は試用段階であっても、これが実用化されるまでにどれほどかかると思う」

「実用化ならばすでにされているのではありませんか。ここもそうですし、それにこれと」

 麗花は左腰に吊った脇差に触れる。

「ああすまない、実用化というと語弊があるな。では言い直そう、一般化されるまでだ」

「一般化ですか」

「そう、特殊な状況、特殊な世界。そういう場所ではなく市井の人々がごく普通の日常として扱うまでだ。昔は五十年百年かかるなどと言われたことがあるらしいが、今やそのスパンは段々と縮小してきている」

「確かに、すでにセルなどは民生用に技術転用されておりますが」

「お前や、あの連中。分子操作素材、そして『千里眼』と。新しい技術が一般に普及するまでにもはやそれほどの時間は要らない。秘匿することに意味はない、むしろ隠せばそれだけ一般化への路が遅れ、そうすれば他から台頭してきたものに追い抜かれる。ならば実験し、それを現実に応用するサイクルの中でも、実地がすなわち応用でなければ一般化へのサイクルは縮まらない。お前もそうだろう? 麗花。かつてはタブーであったヒトクローン再生の、一般化へのサイクルの一環としてお前が生まれた。そのサイクルが間延びしていれば、お前はここにはいなかった」

 そうだろうとは言われても、どう返答すれば良いのか困った。自分のことに話題が触れられると応えに悩む。

「それで、その……この街の不穏分子を一掃した後に、彼らの有用性ごとにランクに分け、特区の各地に放つということでよろしいのでしょうか」

「私もそのつもりではあったが、上は納得していないようだ。『千里眼』、そして『飛天夜叉』。奴らをつぶすまでは安心できない。違法な技術を、統制下ではなく野放しにしている状態は良くない」

「しかしもはや彼らが何かをするということはありえません。これまでのような監視を続けることが必要とあれば、私がここに残って--」

「監視ではない、抹殺だ。組織はあの二人を殺し、その首を取ってくるまでは安心できないらしい」

「それは非効率的ではありませんか」

「お前の言いたいことは分かる。分かるが、そこは従ってもらうしかない。まあいいだろう、まだこの街にも実験台は残っているのだから」

 そう言う皇帝自身も少しばかり不本意であるかのような物言いであった。この街では『皇帝』である彼も、一組織として見れば必ずしもそうではない。

「この街に残った最後の不穏分子。《西辺》と《南辺》だけでなく、《北辺》にな」

「《北辺》、確か南のギャングがそこから装甲車を仕入れていたようですが」

「この街に外からの商人が入り込んでいることはすでに掴んでいる。今までは海路から武器の類が流れていたようで、そっちはすでに封鎖してあるが、北に流れてくるとしたら陸路しかない」

 《北辺》は成海の外れに位置する。港のある南辺までは距離があり、また成海の中でもより内陸にある地域である。

「西と南には、すでに商人共が入り込む余地はない。それでもなお、彼らが入ってくるとすれば北でしかあり得ない」

「それで、北にゆくと」

「まあ、そちらはそう時間はかかるまい」

 皇帝はやおら指を鳴らした。その音で、空中を泳いでいたホログラムの魚群が姿を消す。

「北の方はお前に任せる。連中を集め、今後の指揮を執れ」



 その一時間後、麗花は広間にいた。

 《東辺》は廃墟はない代わりに、何のオフィスも入り込んでいないビルがいくつもある。成海の中で、もっとも再開発が進んだ東辺であるが、建築されるビルとその中に入る人のスピードが比例していないのが現状であった。

 戦勝国は飽和状態になりつつある自国産業を徐々に特区内部に移行したいと、考えている。特区内部の再開発を進め、欧米資本を移行させる。いずれは《東辺》をはじめ、《南辺》や《西辺》、すべての建物にオフィスが入り、ゆくゆくは居住が可能な状態にまで回復させる。それが、戦勝各国が描く絵図である。

 現在東にオフィスを構えるのは、軍事産業、生化学産業、医療産業の類。すべて麗花やそのほかの機械たちに必要不可欠な分野の企業しか進出はしていない。だが軍事だけではない、文明に必要とされる企業のほとんどが特区にオフィスを構えることが出来るようになれば、そこに雇用が生まれる。難民たちは難民ではなくなり、貧困故に乱れる治安は改善され、特区はただの難民収容区域ではなく本当の意味で政経特区となりうる。

 それが、麗花が聞かされたシナリオだ。そのための機械であり、そのための粛正。いままでのような現場任せではなく、上からのトップダウンで一気に叩くことでその構想に近づけるのだと。

(そればかりではない)

 とは、麗花も含め誰しもが思っていることだ。名ばかりの『皇帝』と呼ばれる彼も、その下で動いているものたちも、今回の件が政経特区の復活という名目のためだけではないことは明白だ。

(なぜ、あの連中を目の敵にするのか)

 明らかに組織は、レイチェル・リーや和馬雪久の存在を消したがっている。たかがギャング風情に抹殺の命令を下すことが、通常では考えられない。考えられないのだが、少なくとも上はここに来て急にそれを行おうとしている。

 理由は察することはできる。生存する唯一の『千里眼』のテストケースである和馬雪久、そしてクローン被検体の脱走者であるレイチェル・リー、彼らの存在自体が違法性を帯びている以上はそれらを処分しなければならない。今までは特区内に存在したかつての実験体は、ただ監視しておく程度にとどめておいたものをここに来て一気に攻撃を始めたのもそうなのだろう。実験を行っていたという過去そのものを消すための作業、それを治安維持だなんだというもっともらしい理由をつけて――あるいは本当に治安目的もあろうが――処理しようとしている。そのぐらいの想像を巡らせることは容易だ。

 そうは言っても、それを確認することはできない。麗花にそれを指摘するような権限はなく、また指摘しようとも思わない。これまで同様、命令を下されればそこに行き、命令されるまま刃を振るう。ただそれだけだ。そこに隠れた背後関係など気にするだけ無駄と言うものだ、それに関与することも流れを変えることも麗花には出来ない。

(自分はそのためにいる)

 ただ、あの連中が納得するかと言えばまたそれは別の話である。

 広間にはすでに何人か集まっていた。最初に気づいたのはジョセフ・アードニーで、こちらに向かって声をかける。それを受けて、その場にいる全員が一斉に顔を向けた。

「アニエスは?」

 麗花は広間をぐるりと見回してから訊く。《南辺》へ寄越して、引き上げてからまだ一度も顔を見ていない。

「爆風を間近に浴びたもので」

 ジョセフが大袈裟な身振りでもって肩をすくめた。

「今、検査を受けております」

「ああ、そういえば地下を襲撃させたとき、構成員の少年に自爆攻撃を受けたんだっけね。でも検査が必要なほどの損傷とは想えなかったけど?」

「至近距離で爆発に巻き込まれた場合の細胞の損傷レベルを確かめて、身体へのフィードバックを高めるために必要なのだと、クロード氏はそのように言っておりましたよ。それに我々クラスAの細胞は貴重なので、メンテナンスは欠かせないのだそうで」

「へえ、高級過ぎて手入れが大変ってわけね。お高く止まっていられていい身分ね、戦場でも気を使わなきゃならないガラス細工みたい」

 リーザ・ギィの声がした。麗花の後ろ側、簡易テーブルの前に置かれたシャンパンの瓶を前にしてグラスを傾けている。ソファにふんぞり返って、その傍らには長柄を収納したハルバードが置いてある。

「というか、クラスAと言う割には『千里眼』取り逃がしたんでしょ? あんなギャング風情に手こずってんのは何、あんまりにもボディーが繊細過ぎてちょっとの埃でも動き悪くなるのかしら。地下に潜って生き埋めにされかけちゃ、高い金だしてこしらえた肉体も惜しいからね」

「我が姉に対する侮辱は」

 ジョセフはつと、リーザに詰め寄った。が、リーザに近づく三メートル前で足を止める。それ以上はハルバードの間合いだ。

「そこまでにしてもらいましょうか。監察官を取り逃がし、とどめもさせないあなたが言うことではない」

「あら、私はちゃんと仕事果たしたわよ? まあそこのデカブツは分からないけども。ねえ、ハルトマン」

 ハルトマン--右目を負傷し、今は眼帯を巻いている。挑発じみたリーザの物言いにも苛立つ様子も見せず、ただ静かにジョセフとリーザを交互に見据えている。

「私が失態を犯したのは、監察官にこの目を潰されたこと。しかし監察官そのものは壊滅させた。もし、監察官がらみで失態と言うので在れば、それはお前の方だろうな、王春栄」

 ハルトマンは視線のみで左を向く。柱に寄りかかり、さっきからずっと憮然とした表情を浮かべていた王春栄が舌打ちした。

「監察官に、顔に疵をこさえた男がいる。そんなことは周知されていたはずだがな」

「うっせえな、暗くて分かんなかったんだよ。あんな疵」

 王春栄が取り逃がした男が真田省吾であったということは東に帰還してから聞かされたことだった。それを聞かされて以来、王春栄はずっと面白くなさそうにしている。

「大体よ、俺は聞いてねえからな、その疵の男がどうとかって。それに、あん時は殺せたんだ。お前の姉貴が止めなきゃな」

 王春栄の物言いに、ジョセフが視線を鋭くさせる。口元には笑みを浮かべたままではあるが。

「人のせいにするのは感心しません、王春栄。自らの行いを棚に上げて」

「事実は事実だ。あの女が」

「そこまでにしておきなさい」

 収集がつかなくなりそうだったので、麗花が間に割って入った。

「まず、真田省吾の生死などはどうでも良い。監察官といえども、あの男の存在がそれほどの脅威となっているわけでもないし、それにあの状態で長く生きられる保証もない。だが、レイチェル・リーと和馬雪久、この二人を取り逃がしたことは大きい」

「どうしても、その二人は外せない理由でもあるのか」

 声の先にいたのは佐間吉之助。銀鼠の紬を着流したラフな格好である。ただし、いつでも動けるよう両足に均等に体重をかけた、隙のない体勢を取っていた。下駄はいつでも脱げるようにと指を鼻緒にひっかける程度に履いている。この男は常に、気を緩めるということがない。

「南と西、それぞれのギャングを襲わせて壊滅させ、監察官どもをすべて始末して。それでもなおこの地にとどまらせようとするのは、その二人が今後の妨げになる存在だとでも」

「余計な口を挟むな、佐間。最初からターゲットに挙げていたのは分かっているはず。そのほとんどは壊滅させたとしても、目的のすべてを果たしたわけではないのだとすれば、残りの部分もきっかり終わらせてからここを出るべき。そうでなければ、意味がない」

「しかし、すでに治安維持隊が動いているはずです。海上封鎖も済み、この街から出ることもかなわなければまだ市内にいる。ならばその二人の捜索は彼らに任せれば良いのではありませんか?」

 マリア・セレディア--階段に腰掛け、長い足を組み、足の指を閉じたり開いたりしている。この少女は場所がどこであれ常に裸足である。靴を履いているのを見たことがない。

「治安維持隊は我々の管轄外だ。それに、彼らの手を借りず、我々だけで彼らを探し出さなければならない」

「それは一体どういう」

「空気読みなよお嬢ちゃん」

 と、リーザが割り込んだ。

「どういうこと」

「だぁから、あの二人の存在が公になっちゃヤバいってこと。私らが出張んなきゃいけないことは、大概そういうときだからね、そうなんでしょ? ねえ、そういえば一番の獲物を取り逃がしたのは誰だったっけ?」

 わざとらしくリーザが振り向いた先、マイク・リッチーの巨体があった。本部に攻め入ったはいいが、レイチェル・リーの姿はなく、仕方なくそのまま帰還してきたこの男、苦々しい表情を浮かべて椅子に座り込んで、ブランデーの瓶を携えている。飲まなければやっていられないといったところか。

「あいつら殺すために、治安部隊入れたようなところもあるんじゃないの?」

 確認というよりも、そうであることを認めよと暗に迫るかのようにリーザが訊いてくる。眼鏡の奥の瞳は、笑ってはいるが油断のならない光を宿している。

(存外に鋭い--)

 内心、驚いていた。リーザの脳には対人戦闘用プログラムを施された以上のことは埋め込まれてはいないのだが、脳のプログラム以外の部分でリーザは勘が良いらしい。

「命令されたこと以上のことを」

 しかし、立場上否定も肯定もできない。

「我々が知る必要はない。とにかくここにとどまり、実験は継続する。それにまだ全員のデータがとれたわけではないからね、謹慎中にも関わらず先走った馬鹿と、ずっと不満ばかり漏らしていたどっかの伊達男、そして新参の者」

 麗花が振り向いた。全員がそちらをみた。

 部屋の片隅に座っているその男は、身の丈ほどの大太刀を抱えている。黒い上衣に黒いズボン、手袋も靴も、すべてが黒い。髪色も黒だが、ただ一筋だけ、赤いメッシュが入っているのが目に映える。

「ああ、そういや新入り。お前に言いたいことがあるんだ」

 王春栄が立ち上がった。男の前に立ちはだかると、男を見下ろす格好になる。

「俺の邪魔してくれたんはな、おい。生身の」

「韓留賢だ」

 ぼそりとつぶやいたかと思うと、男が顔を上げた。

「なんだっていい。お前、蛇どもとつるんでなかったか? 確か孔翔虎やるときにもいたんだよな? そんなお前が何でここにいるんだ?」

「元々彼はこちら側の人間よ」

 と、麗花が言う。 

「地下の補給路は、我々には判然としない部分もあった。だからその男を送り込み、奴らの仲間にさせた。孔翔虎らとぶつかるときも、奴らに信用されるために本気で戦えと言っておいた。脚を一度潰させてまで」

「脚動くんだろ、お前」

 王春栄が言うと、韓留賢は立ち上がった。ちょうど二人の上背は同じぐらいだ。

「脚のひとつなど、どうにでもなる」

 韓留賢は何故か王春栄をにらみつけている。敵意というよりも殺意じみた視線だ。

「なるほど、セルを埋め込んだってわけか。だけども見たとこ、まだ身体に馴染んでねえな。動きがちょいとばかり、身体についていってない。そんな半端もんがお前、俺の邪魔したっけな?」

「女は殺さなくても良かったはずだ」

「女?」

 その一言が、麗花には引っかかった。

「王春栄、女とはどういうこと」

「あんたが知ることじゃねえよ」

「知ることだよ。お前たちの挙動すべて、私に責任がかかってくるんだから」

 王春栄は面白くなさそうに舌打ちして言った。

「大したことじゃねえよ、南のギャングどもに女がいるってから、ちっと挨拶してやってぐらいだ。勢い余って殺っちまったから、こいつはそれにかみついてんのよ」

「謹慎を破って出歩いて、何をしていたかと思えば」

 今更だがこの男、というよりもここにいる大半が麗花の言うことを素直に聞くことがない。そういう者、特に王春栄のような者には力で思い知らせるという手も麗花には許されている。だがそうなったところで麗花自身も無傷では済まないので、力に訴えるのは最後の手段にしてある。

「有用性を示すための実験なんだろうが。だったら俺も参加しなきゃならねえだろうが」

「いいよ。そうまで言うのならば、お前には北に行ってもらうから」

「北に?」

 ハルトマンの眉根が動いた。どうにも不審を隠しきれない表情である。

「南と西を制圧したとはいえ、この街にはまだ限りがない。討伐隊は後で組織するけど、《北辺》の動きが最近怪しい。先ほど皇帝と話してきたんだよ、次の標的は《北辺》だとね」

「確かに北から武器が流れているということは聞いたが。しかし、《北辺》は荒れ野だらけでバラック街しか広がっていないと聞く。討伐が必要なほどの勢力が潜んでいるとは」

「あんた、目が潰されてからますます節穴っぷりに磨きが掛かったね」

 リーザはもはや、口を開けば挑発口調でしかない。

「どういうことだ」

「言葉通りだよ。ま、ともかくあんたが口出すことじゃないんでしょ、ねえ?」

 リーザはソファに身を預けるように、首だけこちらに向けた。

「誰を北に差し向けるとか、そういうのって決まってるの?」

「メンバーは未定だけど、敵の規模を見定めてから改めて決めるようにする。こちらから斥候を送り、北辺に関わる情報を収集してからの行動になるから、それまでは各自いつでも出られるようにしておくように。ただし」

 麗花は韓留賢の方に向く。韓留賢はまだ、王春栄と対峙していた。何かあれば韓留賢は王春栄とことを交えそうな雰囲気であったが、王春栄の方は歯牙にもかけていないようで薄笑いを浮かべている。

「韓留賢、お前はまず間違いなく北に行ってもらうことになる。まだお前自身の有用性を確かめたわけではないからね。だから、余計なことをしないように」

 麗花が言ってもまだ韓留賢は、王春栄をにらみつけたままだった。だが数秒後に韓留賢の方から離れた。

「俺の刀は、あるんだろうな」

「ちゃんと作り替えてあるよ。でも身体については、そう簡単にはいかない。今はクロードに、お前の身体に合ったセルを再導入しなければならないね」

「それはすぐにでも出来ることなのか」

「時間はかからない。ここにいる誰もがそうであったように」

 韓留賢は麗花の言葉を受けると、すぐに踵を返した。どこへ行くという麗花の問いに、一言も返さずに広間を出た。

「何かぁ、あいつ」

 王春栄は面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「ギャング上がりならばその程度のことでしょう。行儀を知らない」

 ジョセフは、韓留賢をあざけるような口調で言う。

「あまり、信用出来るとは言い難い。我らは仲間ではないとはいえ、あのようでは北に向かうといっても心許ないのでは」

 ハルトマンは麗花を詰問するかのように言うが、麗花はしかし黙っていた。たっぷり十秒ほど空を睨み上げてから、皆を見回して号令をかける。

「すぐに動ける体勢を作っておくように」


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