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監獄街  作者: 俊衛門
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第三章:9

更新遅くなって申し訳ありません。ユジンvsジョーです。

 両者動かない。だがすぐに動ける状態を保っていた。

 棍とナイフなら……

 5尺の棍と、わずか20センチメートルのナイフとならどちらが有利か火を見るより明らかである。ジョーが動いたと同時にその先端を突き出せばよい。3秒とかからず勝負は決するだろう。

 だが、この重圧(プレッシャー)はなんだろうか。少しでも動こうものなら次の瞬間には四肢を切り刻まれそうな、不安と焦燥。いいようのないわだかまりが、心に広がる。

顎に伸びる汗を、そっと拭った。

(私はなぜ、こんなに動揺しているの?)

 ジョーはナイフを構えたまま、涼しげな顔をしている。

(私は……)

 ――目の前の男に、恐怖している?

 馬鹿な。

 邪念を振り払い、ユジンはついに動いた。

「やあああああ!」

 叫びながら、ジョーに向かって突進する。そのまま渾身の力をもって、突いた。サイドステップで、ジョーはその突きをかわす。

 それをユジンは追う。棍の左端を長く持ち、掬い挙げるように打つ。棍の先端がジョーの前髪を揺らした。さらに体ごと棍を旋回させ、真っ向から叩きつけた。

ジョーは間合いに入れない。ひたすら、ユジンの繰り出す打撃の嵐から逃げ回っていた。やはり、リーチの差は簡単に埋められるものではない。

 ついに、壁際に追い詰めた。

(いける!)

 棍をしごく。踏み込み、勢いをつけて突いた。

 不意に、左足に痛みが走った。同時にじわりとした生温かい感触が足首に伝う。

 傷口が開いたようだ。その痛覚が、足の力を奪う。膝が抜け、バランスを崩した。

 ――しまった。

 体勢を立て直し、再び対するもジョーの姿がない。先端はコンクリの壁を突き、破片を撒き散らした。

 どこに――

 「俺の間合いだ」

 ユジンの右、わずか1歩ほどのところにジョーの姿が現れた。棍の刺突を掻い潜り、懐に入り込んだのだ。

 眼前に迫るジョーは、逆手に構えたナイフを突き出した。

 ユジンは棍を横にし、刺突を避けた。だが

「くはっ……」

 ジョーの膝が、水月に入る。たまらず体を折り曲げた。その一瞬の隙を、ジョーは見逃さない。

 白刃一閃、ナイフが、空を薙いだ。

 その刃は右の手の甲を傷つけ、肘まで切り裂く。腕一面に赤い線を描いた。

 出血とともに、指から手首、そして全身の力も抜けてゆくのが分かる。棍を落とし、腕を押さえユジンついに陥落した。

「貴様らのような身の程知らずが、一番気に食わない」

 バンダナのむこうから、くぐもった声が聞こえた。

「おとなしく頭を下げれば、道の隅で凍え死ぬことは無い。逆らわなければ、飢えて死ぬことはない。ただ黙って俺たちの言う事を聞けば、痛めつけたりゃしねえ。なのに、何が不満だ? パンと寝床をやろうってのに何が気に入らない?」

“ クライシス・ジョー”は凍りそうな声と目で、敗者を見下ろす。その目に真っ向から挑むように、ユジンはキッと睨み返した。

「私は人間だ……」

「あ?」

 ユジンは再び立ち上がった。ふらつく足に力をこめて。

「与えられた『生』は、それは脆いもの。あなたたちが私たちの生殺与奪を握り、白人たちの都合で死ぬ。私たちは自分の『生』を自分で決められないの? 私は人間よ、あんたたちのものじゃない!」

 声を限りに、そう叫んだ。途端、蹴り飛ばされる。

 仰向けに倒れたユジンを、ジョーはさらに首を掴み、押さえつけた。

「分不相応は身を滅ぼすぞ」

 ユジンの左足を踏んだ。傷が疼き、思わず声を上げる。 

「人間? 少し頭をもたげようものなら靴裏で踏み潰される、それのどこが人間だ。非力で卑小な貴様らが、人間なわけがねえ」

「違……う」

 ユジンは涙を滲ませた。傷が痛むから、ではない。

「その証拠に、お前は死ぬ。俺の意思のままにな。虫が生き方を、選べるものか」

「違う!」

 ジョーの目を見つめ返しながらユジンは声を上げた。

「私は――」

「うるせえよ」

 ジョーはナイフを振り上げた。その切っ先の真下にユジンの心臓があった。

「死にやがれ」

 ゆっくりと振り下ろされる、鋼の鋭気。

 もう刺されたのだろうか……? しかしこの世で最後に感じるはずの、痛みは襲ってこない。いくら待っても、刃の感触が伝わってこない。

 ユジンは目を開ける。ぼんやりと視界に二つ影が見えた。

 二つ? 一つはジョーだとしてもう一つは……。

「分不相応の、何が悪いんだ?」

 その影が言った。もう一度、よく目を凝らす。

 ジョーの、ナイフを止める真田省吾の姿が、そこにあった。

「しょう……ご?」

 ユジンが呟いた。

「ったく、世話の焼ける……だが、これで貸し借りなしだ」

 言うなり、ジョーのナイフを持つ手を両手で包むように持つ。そして小手を極め、後ろにねじり倒した。

 ジョーの体は極められた手首を支点にし、空中で大きく反転する。そして、肩から地面に落ちた。

 小手返しである。敵の武器を封じ、さらにその手を極めて投げる古流柔術の技だ。

 呻きながら、ジョーはうずくまる。その隙にユジンの身を起こした。

「ユジン、こいつは俺がやる。貴様は離れてろ」

 刀の柄に手をかけ、ユジンを庇うように前に立った。

「待って、省吾」

 棍を杖に、ユジンも歩み出ようとする。それを手で制した。

「いいから、お前は休んでろ」

「だめよ、あなたにもしもの事があったら……」

「俺は何だ?」

 省吾は、ユジンの言葉にかぶせるように聞いた。

「え?」

「お前は、俺を『仲間』といった。仲間ってのは気を遣って遠慮し合うものなのか?」

 静かに、言ったつもりであった。しかし一言一言は強く、諭すような口調だ。

「俺を仲間と言うなら、少しは信用してみろよその『仲間』を。そうやって、何でも一人で背負おう必要はない」

 しばらく、ユジンは黙っていたがやがて

「分かった」

 といって引き下がった。

「まあ見てろ。俺は死なねえ」

 振り返って、省吾はかすかに、笑って見せた。


「ようやくのお出ましか」

 起き上がったジョーは、首と肩を鳴らす。投げられた瞬間に受身を取ったのか、あまり効いてはいないようだ。

「待ちわびたぜ、この瞬間を。あのとき、貴様に出会ってから一度、本格的にやりあってみたくてな。お前が『OROCHI』にいるとは聞いたが作戦の都合上、戦うことは無いと思っていたが、会えてうれしいぜ」

 長い指でナイフを器用に回す。くるくると弄ぶそれは、幾人の血を吸ってきたのだろう。

「奇遇だな、ジョー」

「何?」

「俺も、会いたくてしょうがなかった」

 右手で、顔の傷を抑えていった。

「貴様を思うたびによ、この傷が疼くんだよ。同じ傷を貴様につけてやらなきゃ収まらねえほどに……待ちわびたのは俺のほうだ、“クライシス・ジョー”」

 (はや)る気持ちを抑えながら、都合4本目となる長脇差を抜いた。

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