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監獄街  作者: 俊衛門
313/349

第十九章:9

 ありったけの銃を出せ、と。誰彼から言い出したわけでもなく、皆がそう口にしていた。銃と弾丸、在庫のすべてを吐き出し、役に立つかどうか分からない刀槍の部類もすべて持ち出し、しかしそれでも足りるかどうか分からなかった。

 彰が廊下を駆けてゆくと、後ろから構成員の少年が二人駆けてくる。一人が小銃を三挺も抱え、もう一人が銃弾の箱と弾倉をありったけ抱えていた。彼らのような年端のゆかないものは武器・弾薬の運搬に徹しているのだろう。二人は彰とすれ違うときも、彰が目に見えていないらしくそのまま走り去っていった。

(敵は一人と言うが……)

 一人とはいえ、機械だろう。だとすればあの山のような銃弾が、果たしてどれほど保つだろうか。孔翔虎・孔飛慈を相手にしても、銃弾を相当数浪費したのだから。

 と、少し先で物音がした。何かが地面に落ちる音、細かいものがばらまかれる音。

「おい、何だよ気をつけろ」

 そして怒声。先に行った少年二人が、その声の主に平謝りしながら、地面に落ちた銃弾を拾い集めていた。

 その、ぶつかった人物はそれを手伝おうともせず、ぶつくさ文句を垂れている。

「雪久?」

 彰は歩を緩めて、その人物に近づいた。

 雪久は、彰の姿を認め、数秒ほどにらみを利かせるように目をすがめた。

「何だ彰か」

「雪久、部屋にいたんじゃ?」

「騒がしかったからな、そりゃ出てくるわな。何かあったのは明らかなのに、俺に一言もなしか? え? 彰よ」

「や、それは……」

 答えに窮していると、雪久は少年が落とした銃を拾い上げた。小降りのチェコ製SMGだ。

「東の連中か。見た感じ、苦戦してるみてえだな」

「こっちはこっちでどうにかする。お前は奥に引っ込んでいろよ、雪久」

「ほう、俺はのけ者ってか」

「そうじゃない。ただ、お前がやられたら終わりだろう。だから俺たちが食い止めるから、後は」

「黙ってろ、彰」

 雪久は、まだ銃弾を拾っている少年の首根っこをひっつかみ、引き寄せた。

「おい、暴れているんはどいつだ。俺をそこに連れて行け」

 有無をいわさぬ迫力で、少年はほとんど反射的に頷く。

「つーわけだ、お前の案内はいらねえぜ、彰」

「やめとけよ。今のお前じゃ、無理がある。ここは俺たちが」

「俺が出来なきゃ、お前らがなんかするって、そりゃどういう理屈だよ? 俺一人とお前らで、そうそう釣り合うと思ってんのか?」

「雪久、今はそういうことしている場合じゃ」

「そうだよ、そういうことしている場合じゃねえ」

 少年をせっつき、少年は諦めたように先導する。途中でちらりと彰の方を見た。俺を責めないでくれとでも言うように。彰は肩をすくめてみせた。責める気など毛頭ない、と。

「そういうことしている時間がありゃ、機械に一撃でも食らわせてやらなきゃよ」

 雪久が、もっと早く歩けと少年をせかしている。少年は歩く速度を早める。

「……敵の情報なんて何も分からないぞ」

 雪久が早足で駆けるので、彰もまた早足になる。雪久の半歩後ろからついてゆきながら彰はそう発する。

「見張り立ててんだろ、上に」

「地上にいる黄からは連絡が途絶えた。連絡する間もなくやられたのだろう」

「機械だったらな、それも当然のことだろう」

 雪久は少年が持っている小銃の中から一挺抜き取る。AKシリーズのコピー版、レイチェルも使ったことがあるカービンライフルだ。

「だが、地上から地下に入ったとしてもここにはすぐに辿りつけはしないだろう。今は体制を整えてはいるが、地下通路は一度入れば迷路みたいなものだ。そう簡単にはここに来れないはずだが……」

 彰がそう呟いたとき、二人して地下通路に出た。

 銃撃の音がした。通路の奥。地上玄関口にほど近い方向だ。歩いていくにつれてその音は増す。

「雪久か? それと彰」

 暗がりに人だかり、そのうちの一人がこちらに気づく。ディエン・ジンが小銃を担いでこちらに走ってきた。

「ディエン、これは一体」

「一体じゃねえよ、お前さん方。ちっと遅くねえかね」

 ディエン・ジンの普段の口調からはあまり緊迫感はないが、それでもこの男にしては切迫した風だ。

 彰は前を見た。

 地下にはいくつか車両が放置されてるポイントがある。補給路を走っていたかつての軍用列車で、今はもちろん走ることなどないが、バリケードの代わりにはなる。放置車両の陰から、少年たちが銃撃を加えており、その銃弾の行き着く先には一人の女が立っていた。

 その女は、見た目に変わりはなかったけれども、一目でそうだと感じさせるものだった。遠目から見て、その女は細身の体をしている。華奢な手足を、タイトなスーツが包み込み、ゆるく波打つ髪色はピンクが差したブロンドである。少女のようでもあり、しかしこちらを見据える目はやけに冷めているかのようで。

 一目でそれと分かる佇まいでもって、そこにいる。

「一報入って、十五分とかかってないぞ……」

 背中が粟立つのが分かった。自らの声がいやに聞き取りづらかった。シャツにじんわりと汗がにじんでゆくのと同時に、口中の水分が失われてゆくようであった。

「いくらなんでも早すぎんじゃ--」

 二十ほども銃声が連なった。

 前方の放棄車両の上。イ・ヨウを筆頭に私服の兵たちが十人程伏せていて、女に向けて軽機関銃を撃ち込む。

 女はそれに対して、身を隠そうともせず悠々と歩いてくる。線路の上を堂々と歩くさまは、自らの身をあえて晒しているかのようにしか見えない。一見すればその姿は無防備でしかない。

 当然、無防備な女の身には無数の銃弾が降り注いでいる。しかしそのどれもが女には当たらない。弾は、女の背後、あるいは足下に着弾。女にはかすりもしない。

 再び射撃。今度は四方から。他の少年たちが小銃を撃ちまくる。

 ふと女が、右手を前に差し出した。そのまま身体の前で二度、三度、四度と腕を振るう。その動作とあわせて、何かが弾ける金属音、そして女の背後で着弾。

 いったん、銃撃が途絶えた。撃ち手たちが弾倉を換え、再び攻撃を加えよう銃を構えた。

 その瞬間、女の姿が消えた。

(なーー)

 彰が声を失う、その刹那。車両の上にいた少年が悲鳴を上げる。続いてその陰、さらに線路脇の少年。三人が三人とも倒れ伏した。

 そこに女は立っていた。少年の躯を見下ろすみたく、先ほどと変わらない風に。

 その女の手には、さっきはなかったものが握られている--剣だ。それも刃の身幅がほとんどない、針のような剣。手元には絡み合う蔦のような護拳のついている。

「レイピア?」

 あまり刀剣の類には詳しくない彰でも、それが何であるのかは分かった。細く、一見すると頼りない剣身、斬撃よりも刺突専用で実戦というよりは決闘に用いるための剣。まさかあんなものを武器にしているというのか。

 再びの発砲があった。

 四方から打ち込む銃弾を、しかし女は首をひねり、体を数センチ動かしただけでその銃弾を避け、または細いレイピアで弾き返している。最小限の動きで被弾を避けている。

 また女の姿が消えた。

 否消えたのでなく、飛び越えたのだ。銃弾の間を。気づけば十歩も二十歩も離れた銃の間合いを飛び越え、手にしたレイピアが打ち手の体を貫いている。刺された少年は声もなく崩れ落ち、それを確認することもなく女はすぐに飛ぶ。左に飛び、十歩先の撃ち手の頭を貫き、さらに剣を返して隣の男を突く。銃口を向ける間もなく、刺し貫かれた撃ち手たちが次々と倒れてゆく。

「『千里眼』だ……あいつの目」

 彰は見た。女の両目を。目立たないが、女の両の瞳にはわずかに朱が宿っている。雪久のように眼球そのものが光っているというようなものではない。ないが、確かにそれは『千里眼』だった。銃撃を、見ることもなくただ感覚で避けているかのような体捌きは、銃弾がどこに来るのか分かっている避け方だ。

 女がこちらに向く。

 とたんに四方八方から銃火が咲く。単発のもの連発のもの、拳銃から軽機関銃までありとあらゆる銃が火を噴いた。

 その銃撃の嵐を、女は気にも留めない。確かな足取りで銃弾の中を行き、時折その細剣で銃弾を弾く。剣そのものは細く頼りない風であるのに、しかしどれほど弾いても折れることはない。まるで鞭のように振るい、決して目に留まることがない銃弾を正確に弾いている。

 しかもその弾く瞬間も見えない。女の周りで火花が散れば、それが弾いたのだろうと分かるぐらいだ。それほど剣は速い。速い故に、目に留まらない。

「来るぞ!」

 彰が叫んだ。

 視界から女が消えた。

 ほぼ反射的に発砲した。彰の手中でグロック拳銃が跳ね上がる。

 衝撃、右から。誰かが割り込み、彰は突き飛ばされた。何事かと目を凝らした、彰の眼前を細い銀色が過る。

「下がってろ」

 訛りの強いだみ声が告げた。彰が立ち上がったと同時にその声の主が--ディエン・ジンが貫かれるのを見た。後頭部から細い剣身が突き出、ディエン・ジンは声も上げずに崩れ落ちる。

 すぐさま雪久が発砲する。ショットガンを三発。

 女が身を低く飛び越える。散弾をかいくぐり、間を詰め、刺突。

 血が舞う。

 雪久の首筋を捉える--捉え損ねる。雪久は寸でのところでかわしていた。動脈ぎりぎりのところ、皮一枚残して突きを避け、しかしそれも本当にぎりぎりと表情から分かる。

「雪久!」

 彰が叫ぶと同時に女がまた刺突、三連。上下に分けてレイピアを突き出す。雪久はショットガンの銃身で防御し、降りかかる剣を何とか弾いている。

 すぐに彰は構えた。女の頭部を狙い、五連発撃ち込む。その銃弾を女は後ろを向いたまますべて避ける。

 一続きの銃撃が響いた。車両の上からイ・ヨウがぶっ放す。右手に軽機関銃、左手に小銃を腰だめに構え、引き金引きっぱなしで撃ちこむ。女は、さすがに防ぎきれないとみて後ずさる。それを見てイ・ヨウが怒鳴った。

「伏せろ!」

 右の機関銃を捨てた。左の小銃を構え直す。小銃にはグレネードランチャーが付いており、大口径の砲が火を噴く。

 着弾。

 爆風。

 地面がめくれ上がる。線路とグレネードの破片を巻き上げ、粉塵が地下空間を覆い尽くす。女は爆煙の中に消え、それを受けて彰は雪久の方に走った。

「行くぞ、逃げるぞ」

 雪久が口を開きかけたが、有無を言わさず彰は雪久を引っ張り走る。煙が晴れかけ、その中に女の陰を認め、それを受けて彰はますます足を早める。

「おい、待て彰。逃げてんなよ、離せ」

 雪久が抗議する。彰はそれでもその腕をはなすことはない。

「雪久、よく聞けよ」

 ただ険しい表情のまま前を見据えてそう言った。前だけ見ていなければ、きっと少しでも後ろを気にすればそれだけで、奴の餌食になりそうな気がしたから。

「たぶんあいつはこの地下の路を知っている。ここまでたどり着くにも、さした時間はかからなかった。だからこれは賭けでもあるが」

「だからなんだよ、離せっつってんだろ」

 雪久は彰の手を振り払おうとする。腕力では雪久にかなうわけがないのだが、不思議と今だけは雪久に振りほどかれることはなかった。自分でもどうしてこれほどの力が出るのかというほど、強く握りしめている。

「ただあいつが、うちのアジトの中のことまで分からなければ……あいつの持っている情報は、少なくとも俺が最近発見したことまでは網羅されていないのだとすれば、逃げる手立てはある」

「逃げる? あいつから逃げるっていうのかよお前」

「だってあの女、今どうにか出来るかと言えば--」

 いきなり影が割り込んだ。二人の間だ。

 反射的に二人して飛び退いた。雪久が左、彰が右に。陰はそのまま左の方に向き直る。

 雪久が発砲。ショットガンを三連発。

 その散弾を、女はすべてレイピアで弾いた。剣を振り回して盾とし、そのまま雪久に近づく。

 刺突。レイピアの先が閃く。

 突き立つ、銃身に。ショットガンに深く刺さった。剣が貫いた、衝撃で銃身が縦に割れる。

 雪久はナイフを抜く。女が刺突の体をとる。

 また影が割り込む。今度は雪久の前に立った。女が突き出す剣が、その影に突き刺さった。

 彰は目を凝らした。その影とは、ここまで彰たちを先導した少年だった。雪久をかばい、女の剣を受けた少年が、最後にちらりとこちらを見た。一瞬目が合い、少年がにっと笑って、しかしそれで事切れた。

 何かが彰の中で弾けた。銃を構え、女の頭を--火線上に雪久がこないように気をつけながら――連続で撃つ。銃撃の一つ一つ、女の顔面にたたき込み、しかし女はそれらをすべて弾く。

 フルオートの連続射撃。銃声が一続き響いた。

 女はさすがに避けきれずに後退する。後退した女の足下に銃弾が突き刺さる。一度銃撃が途絶えたと思えばまたすぐに銃撃の嵐が。車両の上から間断なく注ぎ込むイ・ヨウの姿が見えた。

 イ・ヨウが何かを投げ込んだ。閃光弾。女にぶつける勢いで投擲。

 弾けた。狭い地下空間内にマグネシウムの光が満ちた。

 彰はその隙に雪久のもとまで走る。雪久は光に当てられて動けないでいた。至近距離でまともに光を受ければそれも仕方がない。

「急げ、雪久。走るぞ」

 彰は雪久の手を引いた。煙の中で女の姿をとらえた。

 周囲から銃撃。四方八方から小銃の洗礼が、女に向けられた。イ・ヨウの指揮ですべての構成員が、狙いもそこそこに敵の姿に撃ち込んでいる。女はさすがにすべては対処しきれないらしく後退。その隙に二人は駆けた。

 五百メートルも走ったところでようやく基地の入り口までたどり着く。

「ここで足止めしておく」

 と彰は雪久を奥に押しやって言う。

「お前は奥に、舞と一緒になるべく奥に行ってくれ。奥まれば奥まるほど、奴は追いにくくなるだろうから」

「逃げろっていうのか」

 雪久は納得しないかのようだった。

「この俺に」

「そうだ、逃げるんだ。ネズミみたいに逃げ回って、臆病風に吹かれて引きこもっているんだ」

「ふざけんな、そんなこと出来るわけーー」

「終わりだぞ、雪久!」

 ついに彰は声を張り上げた。

「お前が死ねば、終わりなんだよ! 分かれよ! さっき見ただろ、何でお前はかばわれたのか。もうお前一人で勝手に生きていられるわけじゃない、勝手に死ねばあいつらどうして、何のために死んだって言うんだ!」

 それがあまりの迫力で、雪久はたじろいだ。

 前方では銃撃が続いている。彰は前を見て、次いで雪久を見た。

「この街で、何の力もないガキが、一人で立ち上がった。そのまま潰されるかと思えば、ギャングども蹴散らし、機械を潰し、《南辺》でのし上がってきた奴。そういうお前が、こんなとこで死ぬっていうのかよ」

「お前--」

 雪久が口を開きかけたときだった。 

 彰が強く押し、雪久が身体をよろめかせる。その二人の間を分厚い鉄が降りてきた。

 その鉄の板が、両者を完全に分かつ。雪久と彰、彰と雪久。それぞれの視界が遮られ、互いの姿を完全に覆い隠した。

「いいから逃げてくれ、雪久」 

 扉の向こうで雪久は何をしているか。扉を叩いているか怒鳴っているのか。いずれの音も彰には聞こえない。何しろ延焼を防ぐための防護壁だ、人の声など通すはずもない。

「ここで食い止めるから。だから」

 銃声が近づいてきた。敵の女に浴びせている銃弾の数々が、敵ではない背後の壁にばかり当たっている。女は歩き、近づいてくる。彰は女の方向を見る。

「強引な手だな、彰よ」

 イ・ヨウが近づいてきて隣に立つ。右手に拳銃、左手に斧を持っている。いつものような作業用の手斧ではなく、もっと戦闘向けのトマホークだ。

「来るぞ」

 そう、呟いたとき。女の姿が消えた。

 イ・ヨウが走り出した。

 彰は銃を構えた。

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