第三章:8
これ、本当にSFなんでしょうか?
「大方、片付いたな」
銃火の雷雨が小雨に変わり、やがて途絶えた頃。雪久は省吾と合流した。
「そっちはどうだ」
「劉がやられ、チョウが負傷した。誰かさんの怠慢のせいでな……ってなんだよそれは」
雪久が何かを引きずっている。暗がりで良く分からないが人間のようだ。頭髪を掴まれたそれは動かない。
「『鉄腕』に手土産だ」
どさり、とそれを省吾の前に投げ出す。その体は仰向けに転がった。
「……うっ」
思わず声を洩らす。
顔面が、平らにならされている。めちゃくちゃに叩かれ、鼻も目もつぶされていた。赤い血肉の隙間から、ところどころ白い骨が見える。
「こいつを南辺に晒せば青坊主共相当びびるぜ。ギャラリーが増えたら金取ってもいいかもな」
そういって笑う雪久を、省吾は不快感露に睨みつけた。
――下衆野郎が……!
「それで、ジョーはどこいった?」
雪久がそう聞くと
「いねえな」
省吾は首を左右に振る。
「さっきから妙なんだ。こいつらの将たる“クライシス・ジョー”はどこにもいない」
「逃げたんじゃねえのか?」
「そうは思えないな……」
わざわざ危険な《放棄地区》に足を踏み入れ、どこからか金属探知機を調達してまで不発弾を探索し、100人もの兵隊を動員してまで攻め入るような男である。たった30人のために。
「嫌な予感がする……」
レールの列を眺めながら省吾は呟いた。それらはその先の、無限とも思える漆黒の闇へと続いていた。荒涼たる空気の流れが、吹き抜ける。
その予感は、しかして的中する事になる。
雪久の携帯電話の、着信音が鳴った。
「何だよ、地下でも使えるのか?」
「知らんのかよ、衛星電話なんか簡単に手に入るぜ」
李からだ、といって通話ボタンを押した。
「どうした?」
『雪久……か』
電話口のその声はか細い。弱まったろうそくの火のような、吹けば消えるような吐息混じりの声。
「李か? 何があった」
『奴だ……“クライシス・ジョー”が……』
「ジョーが、どうしたんだ?」
『追ってきた』
それが最後だった。ろうそくの火が消えるように、通話が途絶えた。
「和馬、最初にお前が視た10人はどこにいった?」
省吾が歩み寄る。
「10人?」
「銃を持ってないから油断したが、奴らの武装でもあとの20人を血祭りにすることは出来る」
前線で討伐隊の迎撃に当たったのは、省吾と『OROCHI』の中でも手練れとされる精鋭。残りは、それほどでもない。
「最初からそのつもりだったんだ。90挺を俺らにぶつけ、他の10人で残りを倒す……」
となれば。
「おそらく、ジョーもそこにいる」
省吾は走り出した。
「どこに行く」
「和馬! 貴様のバイク借りるぞ!」
アジトの前に、雪久が乗るバイクがある。工場襲撃の時に見た、黒のBMW。
「お前は後でついてこい。俺は先に行く!」
「そんなこと言って、お前場所は……」
「大丈夫だ」
バイクに飛び乗り
「だいたい覚えた」
エンジンをかける。直後、雷鳴にも似た爆音が地下に響いた。
地形や地図を読み取る力、それが戦場での生死を分ける。
かつてそう教え込まれた省吾は、「先生」より地形の読み方を徹底的に叩きこまれた。
地図を読む、といっても細かいところまで記憶する必要は無い。大筋、必要となる経路や
大体の地形を把握すればよい。慣れれば一見しただけで全てを把握する事が出来る。
最初に地下経路図を見たとき、省吾は主要経路と補給基地の位置を記憶した。その中で、最も近い補給基地跡。
(おそらくユジンたちはそこへ向かっている)
アクセルを全開にした。記憶の中に先ほどの地下経路図を表示する。新補給基地への最短ルートを検索し、導き出す。
その検索結果に従い、ハンドルを右にきった。
補給基地、つまり旧アジトからどのくらい歩いたかわからない。しかし、篝火で多少の光があったそこと違い、ここは真の闇に包まれてる。
「まさか成海の地下にこんな空間が広がっているとはな」
ストライダー・ナイフを小手先で回しながら、ジョーはかつての仲間の骸を蹴飛ばした。
顔をバンダナで覆っている分、表情ははっきりとはうかがい知れない。しかしその目を見る限り、どこまでも冷たい殺意がユジンにも感じ取れた。
「なぜ、あなたがここにいるのかしら?」
乾ききった舌と口を、無理に回して言葉を発する。動揺する心を隠すように、ユジンは笑って見せた。
移動は必ずしも迅速にとはいかない。物資の運搬もあり、脱出組の22名は慎重に移動をしていた。
だが道のりも半分を過ぎようというとき、後ろからジョーをはじめ『BLUE PANTHER』の追っ手が来たのだ。メンバーの何人かがやられ、李がジョーに刺された。
殿のユジンは棍を振るい、追撃して来た10人を蹴散らした。幸い、銃は持っていない。
その間にメンバーは逃走したのだが……。
「“クライシス・ジョー”は、職場放棄が趣味なのかしら? とてもじゃないけど一軍の将とは思えない行動ね」
「軍、だと?」
笑わせるな。そういってジョーは鼻を鳴らした。
「あんな烏合の衆が“軍”というなら、猿の群れのほうが強力な一個大隊になるわな」
「仲間を囮にして雪久たちをひきつけ、あなたは残りのメンバーを尾行け、叩くって寸法ね」
「仲間じゃねえさ、別に。いうなれば“駒”だ。兵は実弾、鉄砲弾にすぎん。そいつで敵の主戦力を叩くか、あるいは削ぐ。その後温存していたこちらの主戦力をぶつける。それが最もリスクの少ない戦いだ、違うか」
「最低」
「何とでも言え」
ユジンは棍を、脇に構える。
一方のジョーはナイフを逆手に持ち、その刃を闇に翳した。