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監獄街  作者: 俊衛門
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第十九章:5

 目の前を戦斧が横切る。

 首を最大限に反らして、どうにか避けた。先端がわずかに瞼の皮膚に触れる。

 女が長柄を返して、すかさず両断。ハルバードの無骨な刃が縦の軌道で襲いかかる。

 鉄パイプ一閃。横に払う。鉄の先端が戦斧を打ち落とした。

 すぐに燕は踏み込む。パイプをしごき刺突。

 だが、その突きは難なく防がれる。女は長柄で燕の足を払った。

 跳躍。戦斧が薙払う、刃の打ち込みを飛び上がりかわす。

 燕は空中で身をひねり、身を旋回させながら鉄パイプで打ち込む。着地した後は後ずさって距離を取る。

 すぐに女は、間合いを詰めて来た。

 刺突。戦斧が突き込まれる。

 かわす、と同時に鉄パイプで払う。

 女は次に繰り出す。ハルバードを三連切りつけた。燕は刃を避けるのに精一杯で、鉄パイプを無我夢中で振り回し、ただ逃げるしかない。

「つまらないよぉ、そんなの」

 女は余裕そうな笑みを浮かべている。笑いながら、燕を追い回しているのだ。そのたびに燕は背筋が寒くなるのを感じる。外気の冷たさなど、問題ではない。

「せっかくここまで出向いたんだから、もうちょっとやれるとこ見せてよ。じゃないとつまんない」

「つまるもつまらんもあるかってんだ」

 逃げる、間もなく女は刃を浴びせてくる。それを、鉄パイプで船の櫂のように振り回してたたき落とし、はじき返す。鉄と鉄がぶつかるたびに甲高い音をたて、火花を散らす。

 だが、女の勢いは止まらない。

 ハルバードが真っ向、打ち落とされる。

 受けるべきか、避けるべきか――迷っている時間などない。横に飛んで打ち込みを避けた、コンマ何秒後に燕の直ぐ横を刃が通過する。空振りした戦斧が地面を叩くに、無骨な刃がアスファルトにめり込んだ。

 最大限跳び下がる。女から距離をとるも、女はすぐに間合いを詰めてくる。そうこうしているうちに、燕はすぐに壁際まで追いつめられる。

 女がハルバードを振りかぶった。

 燕は身を低く取った。

 一閃、切りつける。戦斧が打ち込まれる、斜めの軌道。

 飛び込む、燕。意を決して、死に向かう覚悟で一線を飛び越える。

「はっ」

 そして突き出す。鉄パイプをしごき、女の顔面めがけて突く。

 果たして、交差。鉄パイプとハルバード、互いの長柄が噛み合った。

 それも一瞬。すぐに女の方が長柄を返す。勢い弾かれ、燕はバランスを崩す。

 低く、刈り取る。ハルバードが燕の足を薙払う。

 慌てて燕は飛び上がる。ハルバードの足切りをやり過ごし、着地すると同時に再びの刺突。

 顔面。

 その中心を突き込むよりも先に、女がハルバードを切り上げた。かきん、と涼しげな音がしたかと思うと、鉄パイプの先端が切り飛ばされる。

 さらに横薙。

 風の感触を頬に受ける。ほとんど反射的に身を引くと、燕の目の前を戦斧が過ぎ去る。風は、切り込む戦斧が巻き起こしたものだった――そう理解したときには、ハルバードは縦の軌道に変化する。

 両断。

 ぎりぎり、燕はかわす――入り身となり、鉄パイプを返し、下からすくい上げるように打つ。

 長柄同士でかち合う。すかさす鉄パイプを手中で滑らせ、刺突。三連。

 戦斧と交わる。女がハルバードを回転させる。鈍い刃の波が襲いかかる。

 離れた。ハルバードの間合いよりはるかに後方まで燕は後退する。

 得物はすでにぼろぼろだった。単なる鉄パイプであるから、武器としては頼りないことはわかっている。わかってはいるが、しかしハルバードの方は全く変わりがない。あれだけ激しく打ち合えば、並の刃物ならば折れている。どれだけ頑丈でも刃こぼれぐらいはしてもいいものだが。

 しかし、鉄パイプを切り飛ばすほどだ。こんなものを切るほどだから、あれは何か特殊な刃物なのだろう。鉄などものともしないという。だったら人間なんてもろいもの、なんてこった俺には勝機なんてないじゃないか――

 女が走り寄ってくる。

 再び横薙に切り払う。戦斧がうなりをあげる。

 とっさに受ける――受けきれず、鉄パイプが半ばより両断される。さらに女が長柄を返し、刃を突きつけようとするのに、燕はすぐさま逃げ出した。用済みの鉄パイプを捨て、倉庫の入り口に向かって。

 当然、女は追いかけてくる。構わず、行く。

 外に出る。すでに外は真っ白になっていた。雪に足を取られながら走る燕に、女が再び間を詰めてくる、ハルバードの間合いまで。

 一閃、斬り払う。横の軌道。

 避ける――避けきれず、刃の先が燕の肩をかすめる。すさまじい痛みが走った。白を背景に赤い筋がたなびき、地面の雪に流れた燕の血が染み入る。

 無我夢中で走った。船の方まで。別に何か計算があったわけではない、ただ船が目に入ったからそちらに走っただけだった。

 ふと何かにつまづく――死体だ。あのハンドラーの仲間だろうか、濃緑の軍服を着込んでいる。

 誰にやられたのかとか、そんなことはどうでも良かった。その死体が持っているもの――銃。チェコ製のSMGが目に入る。

 女が迫ってくる。

 すぐに燕は銃を奪い取り、発砲。小気味良いフルオートが女に向かって注がれた。

「わああああああ!」

 狙いもなにもない、引き金引きっぱなしの射撃である。フルオートで全弾撃ち尽くすと、死体の懐をまさぐり新たな弾倉を取り出してリロード。また撃つ。

 その弾倉もすぐに弾がなくなる。燕は次の弾倉を探そうとした。

 ヒュッ、と風の切る音。何事かと思った、その瞬間に手の中の銃の先端が切り飛ばされていることに気づく。

「そぉんなもの」

 侮蔑めいて、鼻で笑いながら女は燕の目の前に立っていた。かすり傷一つない。あれほど銃弾を浴びせておいて、一つとして当たることがない――

「うわああああ!」

 燕は銃を投げつけて走った。体面もなにもあったものではない。

 走り出した瞬間、背中に激痛を覚える。斬られたのだ、と認識したときには燕は地面に倒れていた。

 立ち上がろうとする。しかし足に力が入らない。周りに積もった雪は、流れる血で赤く染まっていた。血を含んだ雪、全く現実味のない光景。

 近づいてくる。女は悠然とハルバードを肩に担いで、歩み寄って来る。

 一歩、後ずさる。それでもこらえきれずに崩れ落ちる。斬られた背中は焼けるように熱く、四肢は凍り付いたように冷え切っていた。一歩動けばそれだけで、意識がもぎ取られそうになる。そういう痛みだ。

「いい顔よ」

 女はどこか恍惚としているような表情をしている。心なしか顔が上気しているようだった。燕の様子を、心から愉しんでいるというように。

「でも声は殺さなくてもいいのよ。我慢してないで出したいときは出さないと。じゃないとこっちも楽しくないもの」

 斬られていなければ、きっと背中を薄ら寒いものが駆け上がっただろう。が、今の燕にはそんな余裕もない。

「いい声で鳴いて、でないと張り合いないから。楽しみがないと、こんな街でもね!」

 一気に振り下ろす。

 両断。

 ぎりぎりかわす。燕が飛び起きると同時に、刃が股間をかすめて両足の間をすり抜けた。

 戦斧が袈裟に走る。燕はほとんど四つん這いになりながら逃げる。

 唐突に道がとぎれた。コンクリートの断崖絶壁に行き当たり、その先は海。それ以上先には行けない。

 女が追いつめる。ハルバードを横に広げて、退路をふさぐかのような所作を見せる。そんなことをされなくとも、燕にはもう逃げ場などない。

「終わり? 呆気ないのね」

 女はさも残念そうにそう言った。

「もうちょっと楽しませてくれても良かったのに」

「それは」

 皮肉の一つでも言ってやろうかと思ったが、そんな余裕もない。今にも意識を手放しそうだった。

 立ち上がる。ふらふらと足下がおぼつかないが、それでも何とか立った。せめてこいつの顔を真っ向見据えて最後を迎える――

「あとであの子、探すとするわ。もうちょっと彼の方が張り合いありそうだから」

 けれど、こいつの刃で死んでやるものか。

 燕は後ろに跳んだ。女が驚いた顔をしたが、それも一瞬のこと。すぐに背後の海面に落ち、女の顔は見えなくなった。


 下段から払いあげる――長光を逆袈裟に切り上げた。

 先端が捉え損ねる――男の前髪をわずかに斬る。金色の毛髪が2、3舞う。

 男が転換、ロングソードを突き出す。刃を押しつけるような斬撃を繰り出す。ハンドラーの顔を割る勢いで。

 身を返す、刃をかわす。真半身となってロングソードを避けると、すかさず横薙に斬った。

 衝突。二つの刃が十字に交わる。鉄同士が火花を散らす。

 男の方が剣を押しつけてきた。ロングソード滑らせ軍刀の鍔もとに刃を押しつけると、そのままハンドラーを押し倒そうとする。

 だが、それより早く身を翻す。ハンドラーは男から離れ、最大限に身を引いた。距離を取り、互いに踏み込まない遠い間まで後退する。

 そうして二人してにらみ合う。遠間から互いに牽制し合い、構えを取ったままの状態で膠着。もうずっと同じことを繰り返している。

(埒があかない)

 あまり認めたくはないが、これ以上やっても切り崩せそうにもなかった。切り込むたびに堅牢なロングソードに阻まれる。男の方から切り込まれれば避けるのに精一杯となる。切り込み、離れ、それだけでもかなり体力を奪われる。長引けば長引くだけ、こちらの消耗も激しくなる。

 ハンドラーは剣を下段に構えた。守りの中段から、誘い込む構え。己が頭上を敵にさらす。

 男が剣を肩に担ぐ。左半身のまま、じりじりと間を詰めてくる。

 距離は、二歩。ロングソードの間合い。

 切り込んだ。

 剣が降りかかる。ハンドラーの眼前。

 刀を返す。剣の峰側で剣戟を受け、鎬でロングソードの剣身を擦り上げた。

 散る火花、一瞬だけロングソードが跳ね上がる。

 すかさずハンドラーが踏み込む。男の顔が初めて驚きに彩られる。

 刺突。

 切っ先が男の顔面を捉える――男の左目を傷つけた。柔い眼球を剣先がえぐり、半透明の液と黒い血を飛び散らせる。

 刀を引く。すぐにハンドラーは横薙に移行。

 長光が捉える、男の横面。頬をわずかに傷つけた。男はうめき声をあげながら後ずさる。船の際まで下がり、左目を押さえた。

 どろりとした液が、血とともにあふれてくる。人ならばそれは眼球の硝子体だろうが、機械の目ともなればそれはまた違うものだろう。『千里眼』であるならば、それは――

 男はしかし、すぐに構えた。ロングソードを横に寝かせて明らかに刺突する構え。鍔もとのリカッソに手を添えて、長柄の武器のように持つ。

 ハンドラーは晴眼に構えた。互いに互いの剣先を向け合う形となる。

「何しているの、ハルトマン」

 唐突に声がした。コンテナの上に人影を認める。

 女がいた。白いチュニックとデニムのレギンスというラフな格好。手には長柄を握っている。先端が斧になった、あれはハルバードだ。

「リーザか」

 男は構えを解かずに受け答える。リーザなる女はコンテナから見下ろして言う。

「なあに、それ。ひどい有様じゃないの。たかだか生身に、そんな手こずってるの」

 リーザはハルバードを肩に担ぎ、ハンドラーの方をみた。眼鏡越しに見つめてくる、やけに澄み切った瞳の奥底に、得体の知れないものが詰まっている。

「そうは言っても一筋縄じゃいかない、この女」

 男はハルトマンというらしい。ドイツ系の名だ。そういえばかすかにドイツ語の訛りがある。

「ふうん……」

 リーザは興味深げな視線を浴びせてくる。ハンドラーはハルトマンの方に剣先を向けたまま、リーザにも注意を向けなければならなかった。何しろリーザの立ち位置からすれば、飛び降りながら切りつけることなど造作もない。飛びかかられれば、こちらの不利は必至だ。

 リーザはしかし、襲いかかることはなかった。コンテナから飛び降り、ハンドラーの後ろに降り立つ。ハルバードを短く持ち、飛び込む体勢を取った。

「あなた、監察官たちの手綱取ってたんでしょ」

「なぜそうとわかる」

 後ろ向きになれば、ハルトマンに隙を見せることになる。だからといって構えを崩すわけにもゆかず、ハンドラーはそのままの格好で応じる。

「そりゃあね、私たちだって何にも知らないわけじゃない。この街で監察官を操って、あちこちかぎ回っていたみたいだけど。残念ね、あなたの飼い犬、さっき殺しちゃった」

 女の物言いは、挑発を含んだものだった。

「飼い犬?」

 一瞬、脳裏を過ぎる。自らが調教師ハンドラーならば、飼い犬と言えば一つしか思い浮かばない。

(省吾――!)

 ハルトマンが踏み込んだ。

 ロングソードを刺し貫く――慌てて身を引きかわす。

 ほぼ同時にリーザが動く。戦斧を叩きつける。

 真半身に切って刃を避ける。鼻先を分厚い刃が、風を伴いながら通過する。

 身を返す。長柄の間合いに踏み込んだ。リーザの懐に入る、リーザの驚いた顔と対面する。

 その顔めがけ太刀を浴びせる。

 リーザ、長柄で防いだ。そこに一瞬だけ隙が生まれた。

 すかさずハンドラーはリーザの体の側面をすり抜ける。そのまま走り去った。

「はあ? ちょっと」

 後ろでリーザが何かを言うのにも気にせず、船尾に向かって走る。追いかけてくる機械二人に目もくれず、船の外に飛び降りた。

 そのまま海の上に、身を投げ出した。 

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