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監獄街  作者: 俊衛門
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第十九章:2

「始まったようだな」

 そう声をかけられたとき、麗花はすぐには振り向かなかった。声の主は分かっていたから。

「第一陣は市街戦か」

「マリアを行かせました。《南辺》の、ギャングどもを狩るには十分でしょう」

「あのCクラスの。まあ、攻撃の人選はお前に任せたのだから、構わないが」

 喧騒があった。どこかで悲鳴があれば、どこかで怒声が上がる。いつも、どこかで騒がしいこの界隈であるが、今日のそれはいつもと違う。

 麗花はビルの上から見下ろし、皇帝もまた同じように目をすがめて街を見渡していた。

「南はいいが、《西辺》そのCクラスがやるのか」

「そこまでゆくには、少々骨が折れるでしょうから。無論、《西辺》には別のものを行かせております」

「南のギャングはともかく、西の龍は一筋縄ではいかないぞ」

「心得ております」

 当然そう来るだろうと思われた質問を、そのままぶつけられると、少しばかり味気ない気がした。

「ですから、それなりの者を行かせています」


 今までも、特に老体に鞭打っていたわけではない。

 レイチェル、ヒューイ、そしてまたレイチェルと雇い主が変わっても。変わらずに自分は、黒服たちを指揮し、自らも前線に出ていた。体力は衰えても、それを補って余りある技術、それこそがバートラッセルの原動力だった。

「だがさすがに堪えるか……」

 バートラッセルは一人つぶやきながら、弾倉を入れ替える。ビルの合間から、少しだけ顔を出して通りを見やれば、銃火があちこちで咲いていた。

 私服兵、それに若干の黒服が混じっている。相手はどうやらスナイパーらしいとしか分からない。第五ブロックの私服兵から、得体の知れない連中と交戦しているという連絡を受けて、駆けつけてからすでに一時間。しかし体感ではもっと長いこと銃火を交えている気がする。

「ビクターゼロよりビクターナインへ。状況はどうだ」

 無線で連絡をとるも、返事がない。どうやら撃たれたようだ。舌打ちする。

(とにかく、確実につぶしてゆくしかない)

 手にしているのは、ヒューイが頭だった頃に大量に仕入れたクルツ・SMGである。半ば強引に忠誠を誓わされた男が残した銃は、以外にもしっくりくる。ビルの裏手から回り込み、路地裏から目的のビルまで走った。

 三区画曲がる。その間にも銃撃は響いている。慎重に、近づいて、ビルの陰から少しだけ銃口をのぞかせた。

 銃声。すぐ耳元を銃弾が過ぎ去った。

 すぐに身を引く。通りでは一続きの銃声の後、何人かの悲鳴が上がった。

(反応が良い)

 相手は何人体制のチームなのか分からないが、自分に有利な見晴らしの良い場所に陣取り、さらに四方に目を配らせている。通りの私服を相手にする者の他に、腕の良いスナイパーが伏せているのだろう。

 ならばこちらも、狙撃には狙撃で対抗するしかない。

 バートラッセルは無線に向かって言った。

「ビクターゼロより、ビクターエイト。そちらはもう着いたか」

「ビクターエイトよりビクターゼロ。配置につきました」

「了解。そのまま待機だ」

 そしてスナイパーならばこちらにもいる。腕の良さは、向こうとも張れるものと思われた。

 十分、待った。こちらのスナイパー、ジムはそろそろ現場につく頃だろう。バートラッセルは暗視スコープをのぞき込んだ。

 向かいのビルに人影が見える。障害物からわずかに頭を出し、ライフルを構えている。出ているところの面積はほんのわずかであった。何か、つばの欠けたベレー帽のようなものをかぶっている。 

 見えるところと言えば、それだけだ。あれを狙うのは至難の業だろう。

 だがバートラッセルは、ジムという男を知っている。あの男は二百メートル先の卵を打ち抜くことだって造作もない。かつては凄腕の傭兵として世界中を渡り歩いていたという。同じ傭兵であってバートラッセルから見ても、他とは違う。そう思わせる男だ。

 ジム・バートラッセル。傭兵稼業など自分の代で終わりにしようと決めていたのに、何の因果か同じ傭兵などという道を選んでしまった困った息子である。先の、ヒューイの叛乱の時には一家を人質にとられるという詰めの甘さはあるものの、一度ライフルを持てば誰にも負けない。そういう男だ。

 先のこともあって、息子ともどもレイチェルに恩義を感じているわけでもない。むしろレイチェルを憎んでさえいる。だが雇い主が気に食わないとしても、それはそれとして自分のベストの働きを行うというところも、親譲りなのかもしれない。

 スコープをのぞく。標的はまだ動かない。

 無線が入る。

「ビクターエイトよりゼロ、今到着した。これより標的を」

 いきなり通信が途絶えた。

「ビクターエイト、どうした?」

 そう聞いたとき、無線の向こうで悲鳴が聞こえる。ジムのものだ。

「ジム、ジム、どうした! 応答しろ!」

 嫌な予感がした。背中を汗が伝う。駆け出しそうになる気を押さえて、暗視スコープで標的をのぞき込んだ。

 ついさっきまで伏せていた標的がどこにもいない――そこにはライフルだけ置き去りになっている。狙撃手はどこにもいなかった。

 銃声が聞こえる。だが今度はビルの方ではない、別の方角からだった。それも明らかに、口径が大きい。45口径か50口径ぐらいはありそうな拳銃の銃声だ。

「ビクターナイン、シックス、どこだ」

 無線に怒鳴るも、応答はなし。だがナインもシックスも、標的のビルとは対局の位置に配していたはず。まさか他に仲間がいたのか――

 走った。バートラッセルはすでに息が切れそうだったが、それでも無理にでも走るしかなかった。戦局もそうだが、狙撃手のことが気がかりだった。ジムはどうなったのか、まさかやられたのか。

 角を曲がった。

 銃声。

 右足に痛みが走る。そのままバートラッセルは体勢を崩す。

 倒れ込む瞬間、何者かに腕を引かれた。そのまま腕を極められ、首筋にひたりと冷たいものが押しつけられる。ナイフだ。バートラッセルはゆっくりと振り向いた。

 男がいる。都市迷彩に身を包み、グリーンのベレー帽をかぶった男。切れ長の目と細面ないかにもハンサムさを体現したような顔立ちであるが、感情の見えない無表情さがその印象を冷たくさせている。

 バートラッセルの目に、ベレー帽が写る。帽子のつばが欠けていた。その欠け方には見覚えがあった。つい先ほどまで伏せていた狙撃手の――

 まさか。こいつこいつがすべて。

 瞬間、バートラッセルは声を失った。男はナイフを横に捌き、喉元に涼しい風が入り込む心地を得た。 やがて口内が血で満ちる感覚を得、それを最後に、バートラッセルは意識を失った。



「”ファントム”・ジギー……」

 皇帝は端末を見ながら唸った。ノートサイズのタブレットには、無愛想そうな男の顔が写っている。一昔前の特殊部隊のようなベレー帽をかぶっており、技能欄にはただ「戦闘技術」としか書いていない。

「随分と大仰な名前だ。それなのに技能は漠然としている」

「その名のとおり、戦場の技術のほとんどをインプットしたのが、その男です」

 麗花が答えた。

「狙撃、突入技術、さらには近接戦闘。軍隊に必須の技術を一人でこなす。彼を相手にすれば、まるで見えない敵と戦っているような錯覚に陥る。故に、幻影ファントムと」

「しかし、クラスはBなんだな」

「Aクラスで生み出される個体は、少しばかり個性が主張されてしまうきらいがあります。個が強い兵士など、軍隊には必要がありませんので」

「なるほど、軍隊用の量産型タイプがあると聞いたが、こいつがそうなのか」

「ええ、しかもクラスAだと高くつきます。量産するならば、少しでも安価のクラスBで生み出す方が良い」

「考えているんだな」

 と、皇帝は端末の電源を落とした。

「伝統武術ばっかりかと思いきや、ちゃんと市場のニーズをくみ取ろうともしている、研究者たちも」

「伝統武術には需要がないかのような物言いですが」

「まあ、暗殺要因でなければ、この手の技術が欲しいのは軍だろう。なんだ、不服か?」

「いえ、そういうわけでは」

 言葉ではそういいつつ、麗花は明らかに不満げな面持ちとなる。皇帝は微笑ましいものでも見るように口元をゆるめた。

「さて、問題の『千里眼』の方だが」

「そちらに向かうよりも前に」

 と麗花は居住まいを正した。

「まずは、港に集るうるさい蠅を追い払っておきましょう」

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