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監獄街  作者: 俊衛門
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第十八章:6

 奥へ、進んでいた。

「なあ、イ・ヨウ」

 廊下はどこまで続いているのか分からない、それほどまでに奥に進んでいる。いつしか通路を照らす照明の数も少なくなり、薄暗闇が行き先に広がっている。

「何だ」

「いや何だじゃなくて。どこまで行くつもりなんだ? ユジンを呼んでくると行っておいて、戻ってきたらついてこいって。それでどこまで連行されるんだ俺は」

「ん、ユジンのところだが?」

 何を当然のことを、という顔でイ・ヨウが振り向く。

「ユジンに話するんだろ?」

「呼んでくるって言っただろうが。俺が出向くとは」

「食糧庫だ。ユジンはそこにいて、今手が離せんのだと。だからしょうがないから、お前を俺が連れていく。ここまでいいか?」

「食料庫だ? こんな奥の方にあるってのか」

「まあな。もともと有事の時のために米を備蓄しておく場所だったみたいだ。そこをそのまま活用させてもらっているってわけだ」

「何でユジンがそこに?」

「出納係だからな。食糧関係、あと資金管理、そういうのはあいつの仕事だし。まあ外でのあいつしか知らなきゃ、棍をぶん回している姿っきゃ想像つかないのも無理はないけど」

 そういってイ・ヨウは先を行く。省吾はそれで黙ってしまった。

 ここに出入りするようになってから、半年は経つ。その間に省吾は、ユジンのことを何も知らなかった。知らず知らずのうちに、省吾はユジンに惹かれて、しかし実際は何も見えていないままではなかったのか? 

 それもそうだろう。省吾自身、自分のことをさらけ出したりはしなかった。常に一定の距離を保っていれば、相手のことだってそれなりのことしかわからない。

 それで仲間などと、ここの連中は本気で思っているのか――?

「着いたぜ」

 イ・ヨウが立ち止まった。

 扉があった。鉄の扉だ。人一人が通れれば良いというほど小さな入り口である。錠前らしきものもなく、粗末な南京錠が一つあるだけである。

 その南京錠も外されていて、扉は半開きとなっている。つまり中にはもうユジンがいるということだ。

「ここが、そうだ」

「そんな立派なものは想像していなかったけども」

「粗末なつくりって思ったか。まあ、中はこれでも広いんだ」

 促されるまま中に入ると、薄明かりの空間が省吾を迎えた。

 確かに、入り口からは想像もつかない広さだった。案外天井は高く、上は普通の建物ならば二階分ほどはありそうだった。天井には白色の照明が等間隔に並び、あまり強いとはいえない光を放っている。

 その天井に迫りそうなほどの、鉄の棚がそびえている。三段の棚が倉庫の両側に並び、左右あわせて十程の棚があった。棚というよりも、まるで小型の櫓であるかのように作りはしっかりしている。

 しかしそこには、大きさに見合うだけの物は積まれていない。米の袋だとか缶詰の詰まった箱だとかは、すべて棚の一段目に収まっていて、なおかつ使われていない棚も結構ある。

 かつてはこの倉庫のすべての棚を、食料が埋め尽くしていたのだろう。それこそ前線の兵士をまかなえるほどは。しかし今となれば、その棚すべてを埋めるまではない。その必要もないのだろうが。

「連れてきたぜ、ユジン」

 後から入ったイ・ヨウが声をかけると、奥の棚で備品をあさっていた人物が振り向いた。

「ねえ、ちょっと軽く見てみたんだけど。やっぱりどこも間違っていないみたいだけど--」

 ユジンが顔を上げ、イ・ヨウの顔を見、次に省吾の顔を見た。

 一瞬、ユジンが固まったように見えた。信じられないものを見たという風に。ここに省吾がくるとは知らされていないかのように。

「どういうこと?」

 実際知らされていなかったようで、ユジンはすぐさま駆け寄り、イ・ヨウに詰め寄った。

「助っ人って聞いたけど」

「そうだが、何か問題が?」

 むしろイ・ヨウは、なにがいけないのかというように返した。

「どうせ男手が欲しいなら、頼れる奴の方がいいだろう、ユジンも」

「で、でも省吾はその、部外者じゃない。さすがにそれは悪いし」

「どのみち仲間になるんなら、こういうところも見ておいたほうがいいだろうに。まあ後は任せたから」

 イ・ヨウはそれだけいうとさっさと引き上げようとするが。

「ちょっと待て」

 むろん省吾が許すはずもなく、立ち去ろうとするイ・ヨウの襟首をひっつかんだ。

「俺は急いでいるのだが」

「説明してからにしろ。どういうことだ」

「だからユジンに話があるんだろう。だから案内してやったんだろう」

「助っ人がどうとかはどういうことだ」

「細かいことは気にしない。まあ、俺から言えることとしたら」

 イ・ヨウはそこで声の調子を落として、ささやくように言った。

「うまくやれよ」

「な--」

 絶句する省吾を後目に、イ・ヨウはさっさと立ち去ってしまった。倉庫の扉が閉められると我に返り、省吾は扉を開けようとするが開かない。どうやら鍵をかけられたらしい。

「おいまてイ・ヨウ、洒落にならないぞ、おい!」

 鉄扉を叩いて抗議するが、もうイ・ヨウはその場を離れてしまったのだろう。省吾は扉を叩くのをやめた。

「どうしたの?」

 ユジンが訊いてくるのに、一瞬迷いかけたが、本当のことを言うことにした。

「鍵がかかっている」



「食糧はあるからいいけども……」

 ユジンは眉間を押さえながら庫内を見渡す。確かに、二人分をまかなうには十分すぎるほどだ。

「奥には、仮眠室もあるから、まあ閉じこめられたからどうこうってわけにはならないわ」

「だからって、何日もここにいられるわけはないだろう」

「ああ、それは大丈夫。朝には当番が来て必要分を持ってくることになっているから。明日の朝には解放されるのは間違いない、んだけれども」

 そうしてユジンはため息をついたが、それは省吾も同じことだった。

「何であいつ、こんなことを。明日出たら徹底的に締め付けてやらないと」

「いい考えだ。なんなら俺も手伝ってやる」

 とりあえずユジンは缶詰を一つとり、省吾に差し出した。

「勝手に手をつけるのはいけないことだけど、こういう場合は仕方ないわね」

「悪いな」

 ナイフを突き立てて缶をこじ開けると、魚の切り身が入っていた。そのままナイフで突き刺して食らう。

「でもまあ、食糧庫で良かったわよ。旧地下経路なんてどこにつながっているのかも分からないところが多くて、拠点ごとにも勝手が違うから。奥に入っても、出てこれないことがある」

「ちなみにこの奥は」

「わからない。彰の話だと、外につながっているところもあるらしいけど」

 ユジンは缶詰をつつきながらため息をついた。

「それにしても、イ・ヨウったら。食糧のチェックというから、昨日すませたばかりだったというのに。助っ人がしかも省吾って、かと思ったら閉じこめたりだなんて。一体どういうつもり」

 唐突にユジンは黙った。何かに気づいたように固まり、缶詰を開ける手のまま止まった。

 そしてそれは省吾も同じだった。それはつまり、二人して同じ答えにたどり着いたということだ。

 朝までこのままであるということ、たとえ朝には解放されるのだとしてもそれまではここにユジンと、二人きりということになる。どれほど気まずくても、どちらかがいなくなるといこともできない。倉庫内に、朝まで、どんなにがんばっても二人という前提は覆せない。

 二人同時に顔を見合わせ、瞬間二人とも顔をそらした。

(あの野郎……!)

 つまりはイ・ヨウの計算だったのだ。食糧庫をわざわざ指定したこともそう、そして最後にイ・ヨウがもらした言葉も。

 うまくやれよ――

 急に鼓動が早くなる気がした。心なしか、顔も熱い。どうにか平静を保とうとしても、足下がふわふわと浮いてくるような感覚があった。

 ちらりとユジンを見た。うつむき加減に反対側の壁の方を向いているが、耳元が赤くなっているのが分かる。

「あ、えっと」

 省吾は咳払いを一つして切り出した。少々うわずった声になっていた。

「仮眠室ってのは、複数あるんだよな?」

「一部屋しかない」

 消え入りそうな声でユジンが答える。

「そ、そうか。だが予備の毛布ぐらいはあるだろう? 俺が庫内で」

「全部一人分しかないわ。食糧だけは豊富にあるけど、宿直は基本一人だったらしく、て」

「あ、ああそうか」

 そうして二人ともまた黙った。互いに背中を向けあったまま沈黙が流れ、たっぷり五分ほど経った後、ユジンの方から切り出した。

「もう一つ、食べる?」

「いや、いい」

 食欲も、もはやわかない。

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