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監獄街  作者: 俊衛門
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序章:3

続きです。

《成海市放棄地区 旧地下鉄跡 ギャング団『OROCHI』アジト》


 むき出しの鉄筋と、さび付いたレール。廃棄された電車。

そこはかつての地下鉄の跡だ。


 地下の気温は低く、滴り落ちる水滴がそれを物語っていた。崩れ落ちたコンクリートの隙間からは冷たい風が吹き、ヒューヒューと涼しげな音を奏でる。

その一角、かつて軍の輸送用に用いられた地下の補給基地がギャング『OROCHI』の本部である。

「さて、諸君」

 リーダーの和馬雪久かずまゆきひさが切り出した。ボロボロの迷彩ズボンと白の薄汚れたタンクトップを着ている。銀の髪が、揺れた。

「いままで、俺達はちまちまとカツアゲもどきのことをしてきた」

雪久の隣には、長い髪の少女、ユジンの姿があった。その周りにはまだ10代そこそこの少年達が十数人ほど、2人を囲うように座っていた。

「通行人を襲ったり、白人の店を壊したり……しかし、それではとても稼ぎにならんことに気がついた。ユジン、今月はいくら赤字だ」

「収入は全部で100ドル、うち支出は220ドル。主な出費は武器、火薬、あと……」

 少し、間を空けた。それを口にすることをためらうように。

「……風俗」

「だ、そうだ」

 雪久はメンバーを見渡す。ユジン以外は皆男である。溜まるものは排出したくなるのがオスという生き物だ。しかし、だからといって……

「せめてそのぐらいは自費で賄ってよね」

 ユジンが呆れたように、ため息をついた。

「しょうがねえじゃん。俺ら金ねえんだし。その辺の女掻っ攫って性欲処理してもいいってんなら問題ねえけどよ」

「それじゃ白人共と一緒だ、彰」

 雪久がぴしゃりと言い放つ。彰なる少年はぶつくさ文句を言いながらも黙った。

「まあ、そういうことでここらで一発、でかい仕事をする必要がある。で、次の襲撃作戦だが」

 彼は成海市の地図をばらりと広げ、都市の南方、「南辺」と書かれた地域を指差す。

「次の獲物は、もっと金になる、かつ警備が手薄なところがよい。そこで、諸君の意見を聞きたい。どこがいい?」

「リーダー、質問」

 左隣の、バンダナを巻いた少年が手を上げる。鼻と耳にあけたピアスがきらりと光った。

「なんだ、チョウ」

「南辺の工場や店はあらかた襲った。警備は手薄などころかかなり厳重になっているぜ」

「そうだな」

「だからよ、ここは一旦引いて……例えば西辺の色町とか東辺の都市部とかそっちの方に足を伸ばしてみたら」

「それは無理だな」

 なぜ、とチョウが聞く前に雪久は続けた。

「東辺はまず、近寄れない。あそこは『やつら』の住処だ。下手にアジア人がうろついているとその場で射殺されかねん。『やつら』と一戦交えるのはまだ大分先だ」

 次に雪久は、地図の「西辺」と書かれた地域を指差す。

「東辺ほど厄介じゃないがここも危険だ。成海最大勢力『黄龍』の縄張り。やつらのシマを荒らしたとなっちゃ、戦争が起こる」

「じゃあ、この『北辺』ってところは?」

 チョウの言葉に、ため息を一つついた。

「あのなあ……ここは何もないバラック街だ。白人の店どころか、アジア人のしけた難民キャンプしかねえ。襲うものなんてなんもねえよ」

「そうなの?」

 へえ、っとチョウは感嘆の声を漏らす。

「なに感心してんだよ。こんなの常識じゃねえか。お前、この街に来たばかりだからって基礎的なことぐらい覚えろ。そんなんじゃ命がいくつあっても足りねえぞ」

 再びため息をつく。

 チョウのような者は少なくない。ここ数年で、成海市の入植者は2倍に増えた。新参者にこの街のルールは、少しばかり厳しい。

「じゃあ、どこを襲うっての?」

 ユジンは聞いた。

「実はもう目星はつけてんだよな」

 楽しげな雪久。こういうときの彼はやけに生き生きしている。

メンバーの誰もが思う。まるで子供のようだ、と。

「んだよ、じゃあ意見もへったくれもねーじゃん」

「まあ、そういうなって」

 彰の不満に、弾んだ声で応える。

「まず、金になるところだが、これは当然この街の主産業を狙う。次に警備が手薄なところだが」

 にやり、と笑いながら雪久は南辺の「第3ブロック」の中央部に赤いマルを書き込んだ。

「難民が入ったばかりのところって、忙しくて警備どころじゃないんだよね」

 印を書き込んだ所には、工場を示す記号。そしてその下の文字は、英語で『クロッキー・カンパニー』と読めた。



《成海市南辺第3ブロック》



 寮と工場を行き来するわずかな間、成海の街の建造物が天上より省吾たちを見下ろす。


 成海市中でも、この南辺地域は特に建築物が多い。工業地帯だけあってビルや工場が所狭しと並び、狭い通路に暗い影を落としている。その大半はもう使われていない、戦前の遺物なのだが取り壊すのが面倒なのか、あるいは意図されたものなのか、廃墟の地に新しい建造物を造り、その隣にさらに高いビルを建て、いつしかうっそうと日の光も届かないジャングルのような街が出来上がった。

 街は今も増殖を続けている。建築途中のビルからは建築用のクレーンが伸びて太陽を遮る。天を突く煙突からは排煙がたなびき、黒い空気を作り出していた。


 闇は人心を荒廃させる。その闇に紛れ、盗み、押し込み、果ては殺人などを犯す輩が増えた。彼らは廃ビルに住み着き、街のいたるところで犯罪を繰り返す。けれど彼らは決して表には出てこない。暗がりから決して出ることのない魔物たち。そしてその闇もまた、広がりを見せている。それが、成海という街なのだ。

 天を仰ぎ、つぶやく。まるで牢獄だ、と。

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