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監獄街  作者: 俊衛門
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第十八章:1

「物資は期待できない?」

 最初に訊いたことがあまりにも予想外だったので、変に張り上げたような声を出してしまった。

「大声だすな、つまりそういうことだ」

「い、いやだって。”シルクロード”は」

「だから、それが使えないっていうんだよ」

 レイチェル・リーは彰の正面に座り、頬杖をついて投げやりな調子で言う。口にしている本人が一番堪えているようである。

「アラブ商人に裏切られでもしたのか」

「裏切るとか裏切らないとか、商人に対しては当てはまらないよ。あっちの状況が変わったから、こっちにはもう来れないんだと」

「どういうことだ」

「つまり」

 レイチェルは彰の方に向いた。

「締め付けが強くなったということらしい。今までは国連当局の眼をかいくぐってこれたが、その監視が強まったと。武器規制委員会だかが多国籍の監視チームをつくって世界中の海を見張っている」

「国連? そんなもんが出張っているのか」

「もっとも、実際に取り締まっているのは戦勝国の傭兵部隊らしいけどね。海賊行為の取り締まりってことらしいけど、特区への物資も細かくチェックされている。アラブ商人とて例外じゃない」

「なんてこった」

 彰はがっくりとうなだれた。そういう可能性も、今まで考えなかったわけではなかったが、ことこの局面に至ってはまるで頭になかった。前のように、アラブから銃を買い付ければよいと。

(甘かった)

 それはおそらく、レイチェルも同じことだろう。憮然として、ふてくされたかのように腕を組むレイチェルの姿は、今まで見たことのないものだった。

「それにしても、どうして今になって」

 ただ、疑問は疑問としてある。

「そもそも、以前だって非合法なものだったんだろう? いずれ規制が強くなる可能性はある、といったってそれがどうして今、しかもこんな急に」

「詳しいことは分からないよ。ただ、この間事務総長が殺されたっていうのが関係しているのかもしれないね」

「何だそれ」

「ん、知らないのか彰。まあ無理もないか、こんな街じゃ」

 レイチェルはどこぞの新聞を机の上に広げてみせた。その一報はかなり大きな文字で、一面に踊っている。

「国連事務総長だった男が、本部で死んだんだと。一応発表では自殺ってなっているけど、殺されたんだろうってもっぱらの噂だ」

「はあ、事務総長って国連のトップなんだろ?」

「そういう位置づけではある。まあトップといっても、そんなに絶対的な力を持っているわけじゃないが」

 新聞の日付は、3週間前といったところであった。そんな古い情報でしか、ここでは手に入らない。

「この、事務総長とやらが死んだことが、締め付けが強くなっている原因ってか」

「分からないよ、だけどここまで急ってことはね。特区というもの自体が国連の直轄地って扱いだから。その抜け穴を利用してきたんだけど、ここに来てそのわずかな穴も埋めてかかってきている。それはつまり、そういうことだろう」

「何にしても」

 彰は新聞を投げ捨てた。古い紙束が床にばさりと広がり、何年分かの埃を舞いあげる。

「武器が手に入らないんじゃ、『マフィア』と対するどころの騒ぎじゃない」

「だから、次の手だ」

 レイチェルは口元を袖で押さえて埃の吸引を防ぎながら言う。

「他で銃を手に入れるってか? そんな都合良くいくか、普通のルートじゃ買えないぜ」

「《北辺》に、使者をよこした」

 レイチェルは若干声を抑え気味にしていた。

「あの男、金が機械の脚や装甲車やらを手に入れたということ。あの場所はただのスラムではないだろう、武器だって手に入る可能性は出てくる」

「だ、だけども」

 彰は口ごもった。

「いくらなんでもそれは」

「不服か?」

「自ら命を捨てにいくようなものだ。それにあの場所には、何もないってのがこの街の常識だよ」

「常識通りでは済まないことも証明されただろう」

「だとしても。常識通りじゃない、だから調べにいく、あわよくば武器を、って。その考えは分かるけど、そういうのは平時にやっとくべきだ。金だってあれだろ、行方不明にまでなって」

「その金の捜索隊を差し向けたのはお前だろう、彰」

「あれは遊撃隊を説得するためのものであって」

 彰が言うのに、レイチェルが手で制した。彰の言葉を遮るかのように。

「お前のいうことは分かるよ。そんなものは賭けだって言うんだろう。うまく行く保証なんてないと」

「分かっているんなら何で」

「だけどお前だって、あの局面で賭けに出た。金もまた賭けた。ならば私も賭けてみる、それがどう出るとしてもこのまま何もせずにいるよりはいい」

 そう言われてしまうと、彰はもう反論する術を持たない。他ならぬ自分がそういう大胆な真似をしたのだから。

 レイチェルは薄く笑みを浮かべた。

「お前たちに迷惑はかからないよ。《北辺》への探索はこちらで選ぶ」

「なら俺らの方からも」

「いや、わざわざ人数のいかないお前たちにそこまでさせるつもりはない。こちらからは数人、扈蝶とあと5、6精鋭を加えて」

「ちょっと待て、扈蝶って? あいつこの間やられたばっかりなんだろう」

「やられたけど、命に別状はない。それほどダメージ負っているわけじゃないからね」

「結構痛めつけられたって訊いたけど」

「安静にしておけとは言ってあるよ。でも、何かしないといけないって本人が思っているらしくて、行かせてくれって言われて。何かしたいのならば、《北辺》の探索に行かせとこうと思って」

 と、レイチェルはキセルを取り出した。刻みタバコを管に詰め、火であぶって煙を吹かす。

「もちろん、前線に送り込むことはしない。ただ《北辺》と《西辺》の境界、そこに拠点をつくって、扈蝶にはそこで陣頭指揮を取ってもらう。いきなり北の奥深くまで行けばさすがに危ないから、まずは境界上で様子見しながら少しずつ内情をさぐっていくつもりだ」

「なるほどな」

 レイチェルらしい、と彰は口には出さないが思った。レイチェルの言うことは扈蝶を「マフィア」の手の届かない場所にやるための方便なのだろう。扈蝶ならば、自らの傷を押してでも「マフィア」と戦うと言い出しかねない。だからレイチェルは、《北辺》の探索を彼女に命じたのだ。

「ならば、やぱりその探索もうちから人を出さなきゃな。《北辺》に一度行ったものがいた方が、やりやすかろう」

「だから、お前の手を借りることはしないと」

「いいや、無理にでも連れて行かせてもらう。なんたって、あんたとは一蓮托生、《西辺》がやられれば《《南辺》》だって危ないんだからね。それに、《北辺》に武器が眠っているならそれに加わらない手はない」

「……まあ、私はかまわないんだが」

 ややあきれたように嘆息し、レイチェルはキセルの灰を落とした。

「しかし、それをここで即決するか」

「問題でも?」

「私はない。けど、雪久は知っているのか? 私が口出すことでもないけど、あいつに声をかけておかなくても良いのか」

「あ、いやそれは」

 雪久の名を訊くと、胸の内がざわつくような感じがする。何と言っていいのか分からず、少しばかり頭の中で言葉を吟味した。吟味したのだが

「別に、いいんだ」

 何となく誤魔化しきれない、歯切れの悪い言葉となってしまった。

「俺が、何かを言わなくても」

「何だ、何かあったのかお前たち」

 レイチェルが、その言葉の淀みに気づかないはずもない。

「別に、何もない」 

「そうは見えないね。何かあいつが変なことでも言ったか? だが言い争うことなんてしょっちゅうだろうに、お前たち」

 レイチェルは真に彰の意図を問いかけるようにまっすぐ見つめてくる。そういう顔をされれば彰はどうして良いのか分からず、目を背けてしまう。

「言い争いっていうか、まあ何というか」

 確かに衝突や、意見の食い違いなんて今までもあったことだ。だがこれまでは信頼関係を保って来れた。彰が譲歩して、一歩下がった位置でものを言っていたからだ。だが今回はどうか、譲歩しようにもし切れないかもしれない。

「あっちから拒絶されてしまえば、今までのことなんて通用しないものだなって」

 レイチェルにはこれ以上隠していても、おそらくは隠しきれない。そう悟ったときには、彰は雪久とのことを口にしていた。レイチェルは黙ってそれを聞き、聞き終わった後に開口一番告げた。

「それはあいつが悪い」

「いや、それはその。俺も、ほら何だ」

「俺も、じゃない。お前は何も悪くはない。お前がどれほど貢献していたのか、ここ2年のことは私には分からないが想像に難くない。加えて今回、機械たちを下したのだってお前の策略がものを言ったわけだろう。功績のほとんどを持って行かれたのが気にくわないって、あいつはただそれだけのことだ。それはあいつが悪い」

「はあ」

 やはり話すべきではなかったか、と思いながら曖昧な返事をする。レイチェルに同意するわけにもゆかず、どういう態度を取って良いのか分からず、居心地の悪い感じがする。

「一人で出来ることなんてたかがしれている」

 レイチェルは椅子に深くもたれ掛かると、カウンターに置いてあった酒瓶を掴んだ。相当に上等そうな酒であるが、彰にはそれが何なのか分からない。

「ここじゃそういう疑心暗鬼に陥るのは分かるけどね、仲間と思ったら裏切られたり、信頼すればだまされたりって」

 グラスを二つ分、テーブルに並べた。二つともに琥珀色の酒を注ぎ、一つを彰の方に押しやる。軽く礼を言ってから彰はそれを口に含む。ほのかな甘みすら感じる味だった。

「けど、そういうの差し引いたって仲間ってのは必要だよ。自分一人じゃ、自分の周りのこと、自分に関わることぐらいにしか干渉できない。小さく生きるだけならば、一人でも生きられないことはない。けど大きな流れを変えようとするなら、一人では出来ない」

「道徳でも説くのか? レイチェル。やけに似合わないことを言う」

「恥ずかしながら、私も最近ようやく気づいたことだよ。信頼というものを得るのに、こちらから信頼しなければならない。私にはそれが足りなかった。普通の人間がごく当たり前にしていることが、ここにいれば出来なくなる。それがこの街だ、といえばそうなんだけどもね」

 レイチェルが自らをそのように評するのも、少し以外な気がした。超然と人を見下ろすか、あるいは一人先頭に立って戦場に向かってゆく。この女は自省しないということはないだろうが、それを人に見せることはまずないと思っていたのだが。

「しかし、この時期にまずいんじゃないのか? そういう仲間割れは」

「そりゃあね。すでに《南辺》に東の連中が入っているかもしれないってなれば、いつおそってくるか分からないってのに」

「ならばどうする」

「そりゃあ……」

 少しだけ考えて、彰は言った。

「そりゃ、当分あいつ抜きでやるしかないでしょうに。武器の調達、兵の確保、やることは一杯だ。奴には悪いが、個人的なことで揉めているわけにも」

「お前たち二人の問題が、すでに個人的なものじゃないことぐらいは分かるよな?」

 レイチェルの言葉が槍のように刺さるようである。

「組織の上に立つということはそういうことだよ。これは私の反省でもあるけれども、たとえばヒューイともっと良い関係築けていればあんなことにはならなかっただろうにって、最近よく思う」

「何となくだけどあの男は関係がどうだろうと裏切っていた気がするけども」

「お前は裏切らないか? 雪久のことを」

「もちろん」

「だが、今の雪久には『千里眼』がないんだぞ?」

 その言葉にはっとした。雪久は『千里眼』があることで、優位に立っていられたのだ。それがなくても雪久には十分な腕があるだろうが、それでも目が使えない以上はただの人なのだ。

「妙なこと考えるものが、いないとも限らない、と」

「可能性の一つだ。今すぐどうこうってわけじゃない。けれども、考えておいた方がいい」

 柱の時計が一つ、ベルを鳴らした。廃屋のわりには時計だけは活きているのか、と彰が思ったとき、レイチェルが腰を上げる。

「他の連中は、分からない。けど少なくともお前たち二人は、私は前から見てきた。雪久が戦端を切り開き、フォローを彰がやる。そうやってお前たちは今までやってきたのだろう。そういうバランスのもとに成り立ってきたものが、一度崩れればどうなるか」

「そんなこと」

 まただ、この女はまた、こちらを見透かすようなことを言う。こちらがどれほど否定したとしてもしきれぬという、そんな感覚だ。レイチェルを前にすれば誤魔化しは効かない。

 かなわないと思いつつ、それが少し悔しいと思う気持ちもある。自分にはどうしても越えられないものがあるという実感、けれどもそれは決して不快なものではない。

「俺は、どうすればいいんだろう」

「どうすればなんて正解は、この世にはないよ。あらかじめコースが決まっている、掟の中を泳ぐならばともかく。ここではしたいようにするしかない」

「したいようにって、そうするんだっても雪久がその気がなければさ」

「もちろん、そこで諦めてあいつを見放すというのも一つの手ではあるよ。何も悪いことじゃない。ただ彰が、どうしてもそうしたいというならば、そう出来るようにと働きかける方法はいくらでもある。そのやりようこそ、正解なんて一つもないし間違いだって同様にない。一番自分にとって良いと思える方法を採ることだな」

 まるでレイチェルは、教え子を諭すような口振りだった。

「そんな風に言われるとね」

 彰は肩をすくめてみせる。

「なかなか言葉通りにはいかないものだよ」

「分かっている。けれども彰、お前はまだ恵まれているんだよ。正解がない代わりに、自由に選びとれる。最初からあるべきルールがあって、その中でしか泳げない者だっているんだから」

「あるべきルールねえ、そんなものは平和で平穏な場所だったらありうるけども。ここじゃ通用しないだろうに」

「それがそうでもない。平和でも平穏でもない場所で、それでも掟に縛られなければならないって者。それはとても窮屈で、生きるには不自由過ぎるって人間がね」

「何だ、心当たりでもあるのか? そういうの」

「いや……」

 ふとレイチェルは目をそらした。その瞬間を彰は目にした――本当に一瞬、レイチェルが嫌悪を露わにしたような表情を浮かべたのを。

 それもすぐに消え失せ、いつものような無表情さを取り戻す。

「雪久は雪久として、何とか説得してみる。こんなことでチームがバラバラになるのもつまらないし」

 それに気づかなかったと暗に示すよう、彰はつとめた。わざと明るい声を出して、目線をそらしつつ言う。

「あとは、金のところだが。当面は奴らの手を借りるしかないだろうな。本当は《南辺》のあちこちに見張りをたてたいけど、扈蝶のことがあったから迂闊には動けないだろうし」

「お前のところは地の利があるから、まだ良い。こちらは『黄龍』の看板を堂々と掲げているからね」

「それはどうするつもりなんだ」

「場所を分散させるしかない。一応、あの本部にも隠し通路は存在するが、もしヒューイがすべて暴いていたとしたら、それが《東辺》にも伝わっているとしたら厄介だ。幸い、《西辺》にはまだ私服兵が散らばっている。今までの拠点は廃して、新たに潜伏出来る場所を探すより他ないな」

「それをすぐに実行出来るのか?」

「すぐにやるしか方法はないだろう」

 レイチェルは唇をかみしめた。

「時間はそんなに無いのだから」

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