第三章:6
「なんなんだよ、てめえはぁ!」
銃を撃ちながらも声を震わせ、及び腰になっている。迫る雪久に、『BLUE PANTHER』の男たちは怯えているようだ。
まるで未知の物体をみるような。
初めてライオンに遭遇したガゼルの子供のような。
そんな恐怖に引きつった、目。
(そりゃそうか)
雪久からみても、銃弾をかわす人間など恐怖を感じるだろう。
「化け物めぇ!」
M16A1――時代遅れのアンティーク銃だ――を乱射しながら男は涙目になって叫んでいる。
(おっしゃるとおり)
「化け物さ!」
銃弾を鉄パイプで跳ね返し、そのまま男の頭を割る。顔面がゆがみ、眼球が飛び出した。
男が落としたその銃を、雪久は拾い上げた。見様見真似で構え、引き金を引いた。がしかし
撃った瞬間、反動で銃身が跳ね上がった。放たれた銃弾はあさっての方向に飛んで行く。何度も射撃を試みたが、やはりまともに撃つことができない。活きた大魚のように、腕の中で暴れた。
(銃って、こんなにめんどくさい武器だったのかよ)
握った手がしびれた。肩の、骨の髄まで衝撃が伝わってくるようである。
(やめた)
とライフルを投げ捨てようとした、そのとき。
ズドン、という衝撃を背中に受けた。同時に背骨が軋むような痛み。
撃たれたのだ。幸い、超剛性繊維に阻まれて体を穿つには至らなかった。だが、衝撃まで殺すことは出来ない。
よろめく雪久の足元で、銃弾が刺さった。そして今度は右肩に衝撃。
千里眼は「見えている」物体には威力を発揮する。しかし、視界に入らないものは当然、補足することなど出来ない。
(囲まれたか)
敵の渦中に、深入りし過ぎた。
(こりゃやばい。どっかに避難……)
するより先に、ついに弾が雪久を貫いた。
右の太ももに、風穴が開いた。血が、足首をぬらし地面に血の池をつくった。
「ええい、こん畜生!」
叫び、ライフルを適当にぶっ放す。撃ちながら、雪久は逃げた。
「閃光弾はあと幾つだ」
壁に背をつけ、省吾は隣の燕に聞いた。
「もう、ない」
「こっちの被害は」
「劉がやられた」
「そうかい……」
それっきり押し黙る。
さすがに数が違いすぎた。最初のうちは奇襲でなんとか敵の数を減らしたものの、徐々に相手が息を吹き返した。閃光弾の数も減り、加えて
「あ、痛っ……」
右腕に、銃弾をうけてしまった。袖口から血の線が伸び、地面に落ちる。
「撃たれたのか」
「超剛性のボディーアーマーも、至近距離からAKで撃たれたら穴があくみてえだな」
「その撃った奴は?」
「斬ったさ、もちろん」
コートを脱ぎ、傷口に薄汚れたハンカチを当てる。どうやら骨は無事のようだ。
それにしてもあの野郎、さぼってやがるな、などとひとりごちた。敵の数が増えたのも前線の雪久が取りこぼしたせいでもある。クソ野郎、もたつきやがって。
「あまり責めんなよ、雪久を。奴もよくやってるさ」
燕の言葉に、省吾は舌打ちで応える。
「あの野郎、“俺あっての『OROCHI』”とかほざいておきながら役に立ってねえじゃんか」
「いいじゃないか、お前は『OROCHI』じゃないんだし」
「今この状況なら同じ事だ」
二人がいるのは軍用列車の中である。避難するとき、淀んだ空気と暗闇が二人を出迎えた。 狭苦しい人員輸送用の電車だが、二人入るには問題ない。
外では銃声が鳴り響いている。それが徐々に近づいているのが分かった。
「だが、妙なんだよな……」
省吾が呟いた。
「何が」
燕が聞く。
「いや、どうも奴ら統率が取れてない」
動きがばらばらである。皆が好き勝手に動き回り銃を盲滅法に撃っている。大部隊を率いるなら、「目」となる指揮官が必要だ。その指揮官に当たるのが彼らの場合
「“クライシス・ジョー”……奴の姿が見えないのが気になる」
「後ろでふんぞり返っているんだろうよ」
燕が槍を持ち変えた。
「それにギャングに統率もクソもないだろうがよ」
「ん……でも地上ではよく統率が取れていたんだがな」
省吾は思案する。が
「妙ではあるが、今の俺達には都合がいい」
顔をすぐに緩ませた。
燕が列車によじ登ると、眼下には男が20人ほど、うろついていた。他の『OROCHI』メンバーは列車の中などに身を隠している。
やたらと銃弾を、八方に撒き散らしている。どこを撃っていいのか分からないといった様子だ。
なるほど、統率が取れてない、そう思いつつ燕は槍を構えた。右手に掲げ、投擲体勢に入る。
大きく息を吸う。腹一杯に空気を溜め込み、息を止めた。
そして、全ての息を吐くと共に
――投げた。
唸りを上げてその槍は群れに飛んでいく。やがて一人の男の首に、刺さった。
ぎゃあという悲鳴が、合図となった。
省吾は飛び出し、奪ったイングラムを弾倉が空になるまで撃ちつくした。といっても5発目で弾切れになったが。
男たちは慌てふためいている。急な襲撃でパニック状態になっているようだ。そのため銃を構えることすらままならない。
焦り。それは戦場では禁物である。
銃を投げ捨て、省吾は刀を振るった。一人、二人、三人、と立て続けに突き、斬り捨てる。
男たちも撃ってくるが、冷静な判断を失っているため、どうにも当たらない。
燕も飛び出した。槍を引き抜き、頭上で旋回させる。銀の光輪が闇に浮かび、直後血の柱が5つ昇った。
「チャイニーズどもが!」
誰か、叫んだ。ちょうど群れの真ん中にいる二人に向かって、男たちが一斉に銃口を向けた。
――狙い通りだ。
「伏せろ!」
省吾は叫んだ。
男たちが撃つ。それと同時に二人はうつぶせに、レールの上に倒れこんだ。その頭上を銃弾が飛び交った。
頭を上げたら、全てが終わっていた。
二人の周りには銃創を受けた骸が転がっている。銃を再び握れるものは、もういない。
「や、やったのか?」
ふらふらと燕は起き上がった。冷や汗を、流している。
はじめ、槍と銃で動揺を誘う。次に、斬りながら群れの中央に躍り出て自らを囮にする。そして男たちの銃が火を吹いた瞬間、二人して地面に伏せる。
そうすると銃弾は二人ではなく、男たち互いを傷つけあうことになる――つまりは同士討ちをする形になる。
こちらを白兵となめきった敵の心理をついた作戦である。
「よくもまあ、こんな手を考えるな。おかげで寿命が縮んだよ」
今の立ち回りで、敵は大分減った。中には逃げ出すものも出てきた。
「俺はな、燕。勉強熱心なんだよ」
そう言って3本目の刀を抜いた。